home

novels

event

back

next

浄夜

安土と空

 クリスマスは共に過ごそうと約束をしていた。
 空が間もなく大学受験を迎えるため、同じマンションの上下に住んでいるとは言えなかなか会えない日が続いていて、のんびり型の空がやっと志望校へのA判定とやらをもらった褒美に、クリスマス・イブとクリスマス当日だけは好きなように過ごしても良いと父親からお墨付きをもらったのだ。

「空」
 同じ制服を着ている集団の中から空を見つけるのは容易い。決して華やかなタイプではないが、遠目から見ても空の周囲だけ空気感が違うのだ。惚れた欲目かも知れないと初めは思ったが、どうやら誰もがその事を感じているらしく、空自身も「空気清浄機」などと宣っている。
「秋思さん!」
 今日は迎えに行くと伝えていなかった。
 イブとクリスマス、と父親に言われたとき空はそれなりに嬉しそうだったが、平日のため会える時間も限られている。後からその事に気付いた空が残念そうにしていると、弟の陸が、24日の午前0時に空を連れてなだれ込んできた。

『もう24日だからね。空は絶対気が付いてないと思ったから連れてきてやったよ』

 その三時間程前まで共に過ごしていた。名残惜しそうに去っていく空に0時を過ぎたら迎えに行くと言うか否か迷ったが、何も言わずにその時を迎えて驚く様を見たいとも思った。が、すばしっこい弟の陸に先を越されてしまった。言われてみればそうだ、とテレながら俺の腕の中にすっぽり収まった空を見て、陸も満足そうに矢崎が待つ部屋へ帰っていった。

「びっくりした…学校まで迎えに来てくれるなんて言ってなかったから…」
「久しぶりに二人でデートでもしようかと思ってな」
 お互いの自宅には出入りしていたが、二人きりで外出するのはそれこそ一月ぶりくらいだ。
「なにか欲しい物はあるか?」
「うん。ちょうどトラとくみちょうのごはんが切れたから、一緒に買いに行こう?」
 この日に、欲しい物はと聞かれ猫のエサ…
「わかった。いつもの店の本店に行くか?あの二匹にもクリスマスプレゼントを考えなけりゃな」
「あ、そうか。クリスマス…どうしよう…プレゼントのこと忘れてた…」
 かなり焦っているのだろうがぼんやり口を開けているようにしか見えない。その姿に癒されていれば、他は何も欲しくないとさえ思う。
「浅葱さん、陸、ご両親とお姉さんには俺と空からと言うことにしてプレゼントを渡してある。あとはお前の分だな」
 空のクセのない髪をくしゃっと掻き上げると、猫のように目を細めた。
 

「ねえ秋思さん…猫のえさを買った後、少し時間ある?」
 助手席で考え事に耽っていた空が、おずおずと訪ねてきた。
「ああ、少し街をぶらぶらしてから食事でもしようと思っていた」
「僕ってほんとに間抜けだよね…友達ともクリスマスの話しはしたのに…すっかり忘れてて…大好きな人が側にいるのに…」
 うなだれる空の手をそっと握る。
 恋人同士になって一年経つが空はまだ色々なことに戸惑っていて、一つ一つを飲み込んで自分なりに消化する事に手一杯なのだ。多感な時期に恋人が年上の男でしかもヤクザの組長だなどと言う普通では先ずあり得ない状況に陥いったために、より多くの悩みを抱えることになった。
 そうさせてしまったのは自分だ。
 空が溺れないよう、綺麗な空気が濁らないよう、見守っていよう。

「ただでさえ空には負担を掛けているんだ。余裕が無くても気にするな」
「負担?僕は…うれしいばっかりだけどな…なのに、秋思さんへのプレゼントのことすっかり…」
「今から俺の我が儘を聞いてもらえればいい」
「我が儘?」
「ああ。そうだな先ずは…」
 真剣に話しを聞こうとして真面目な顔で見上げる空の顎を指ですくい上げ、泣き言を吐かせてしまった唇を音を立てて吸う。
「んふ…ん…」
 舌を差し入れ、空の口内を隅々まで堪能する。こんなキスにもまだ慣れないのか、最初は舌を引っ込めたまま固まってしまう。優しく抱き締め背中や腰を愛撫し、縮こまっている舌に少しづつ絡みついていくと、やっと力を抜いて身体を預けてくる。
「しゅ…じ、さん…だめ…」
 前のシートに座る部下を気にして身体を離そうとするが、それでも強引に抱き寄せ口づける。
「もっとキスしたい。空の甘い唇を味わわせてくれ…」
 我が儘を聞いてくれるのだろう?そう耳元で囁くと、空が困ったような顔をした。


 目的地の駐車場に到着しても暫くその甘美で清浄な身体を離せなかった。
 制服のタイは緩みシャツの間から見える素肌には紅い跡が散り…真っ赤に染まった頬を膨らませながら見上げる瞳は怒っているのか快楽に潤んだのか…
 自分で胸元を整えようとした腕をやんわり掴み、元通りに整えてやる。
「トラとくみちょうには、お前のタイをプレゼントするか…」
「それって…何本目だよ…」
 二匹のじゃれつく様を思い出したのか、空がふっと微笑んだ。その隙にもう一度軽く唇を奪うと、文句を言いつつも笑っている。
「何本あっても足りんな」
「…秋思さん、今、お強請りした?」
 笑顔を返すと、空もいつものように唇を軽く噛んで微笑み返してくれた。

 新しい『ちょっと草臥れたネクタイ』は二匹に大好評だった。随分と身体が大きくなったくみちょうは、見た目だけならトラよりは「くみちょう」らしいが、トラの強さには敵わない。先住のトラを立てているのかも知れないが、いつものとっくみあいではわざと力を抜いている感もある。ネクタイ合戦になると様子が変わり、体格の大きさで勝るくみちょうはその重さと大きさで少しだけトラを翻弄する。けれど最後には、トラの素早いねこパンチを浴びてネクタイを手放してしまう。
「くみちょうって優しいね。やっぱり組長だよ。秋思さんと似てる」
「そうか?いつも負けてるのに?」
「負けてるんじゃなくて…好きにさせてあげてる感じ。トラも物わかりは良いし強いけど、ガキ大将みたいなところがあるよね」
「トラは…宗一か」
 ふふふ、と思い出し笑いをする空。
「お前と陸はどこにいるんだろうな」
「僕と陸は…秋思さんと矢崎さんをどこかから見つめてるんだ。二人の世界にはまだ入れないけど、憧れと、尊敬と、愛する気持ちを込めて見つめてる。いつか堂々と隣を歩けるように、時間が掛かっても良いから一生懸命なんでもかんでも頑張りながらね」
 

 疲れたら無理はするな。俺はいつだって立ち止まってお前の手を引いてやる。


「ありがとう…」
 そう言いながら首筋に縋り付いてきた空をきつく抱き締め、清々しい気を体中に吸い込む。空のために出来るだけ汚い仕事から手を洗えるように表の企業の業績を上げてきた。過去が清算される事は無いが、空が醸し出す澄んだ空気は安土組に新たな未来を与えてくれた。
「礼を言うのは俺の方だ」
「でも…結局プレゼントも消耗品の補充になっちゃったし…」
 プレゼントへの礼ではないのだが…
 噛み合っていない会話すら楽しく、気持ちが和む。
「構わんさ。もう少しだけ我が儘を聞いてくれたらな…」
 

 結局、自分が吐いた台詞が白々しくなるほど空を求め、クリスマスは一日中ベッドの住人にさせてしまった。 


home novels event

安土さん視点です。久しぶりに落ち着いたカップルのお話です。みなさんも静かに、優しい時間を過ごせますように。