クリスマス・イブ、紅宝院マンションからほど近い教会に亮は一人でいた。一時間程前まではイブのミサで沢山の人がいたのだが、みな今頃は自宅で楽しく過ごしているのだろう。今年は秋一も悠斗も何処かへ出かけてしまい、迅と二人きりで過ごす予定だ。
 でも、今日は朝、行ってらっしゃいと迅を送り出してから、まだ会えないでいる。あの日から一年たった今でも相変わらず迅は忙しく、今日なども日本にいることが珍しい。
 クリスマスは二人にとっても特別な日なので、イブを含めて三日間は何があっても二人で過ごそうと言われた。でも、どうしても、今日はここで静かに一人で祈る時間が欲しかった。
 みんなそれなりに幸せで、母と妹もすっかり元気になり、ユリアスとシリルからもつかず離れずでぎこちないけれど幸せだ、と書かれたカードが届いた。
 その全ての幸せを与えてくださった、もしかしたらお祖父ちゃんかも知れない人の誕生日だから…


 この教会には暇なときや静かに祈りたくなったとき、良く来ている。ごく普通の何て事はない教会だけれど…敬虔な信者さんが多いのか、他の教会よりも普段から祈りを捧げる人が多いような気がする。それは教会の中に流れる空気が教えてくれる。
 この夜も礼拝が終わった後、何人かが残って祈りを捧げていたけれど、その人達も帰ったようで、祈り終わると最後の一人になっていた。 
 帰ろうと思って礼拝堂の外に出ると、迅さんが、雪の中に立って待っていてくれた。
「迅さん!」
 嬉しくて駆け寄る。
「お帰りなさい。中に入って来てくれたら良かったのに…」
 抱きつくと、身体がすっかり冷たくなっていた。
「外から教会を見ていた。亮の温もりが伝わってきて、寒くは感じなかった」
「でも、こんなに冷たくなってる…待っててくれてありがとう。あ、そうだ、ここに来る前、秋一さんからプレゼントをもらったの。すごく面白そうな天使の本。僕は秋一さんに手編みの帽子とマフラーを贈ったの。お母様に編み方を教えてもらって…お母様、片方が義手なのに、とても上手に編まれるんだよ。沢山手伝ってもらっちゃった」
「ああ、そう言えば巽が悠斗とお揃いのマフラーをありがとうと言っていたぞ。たぶん今頃二人で使ってるんじゃないか?」
 教会の外に待っていた車まで、迅を仰ぎ見て話しながら歩いているので、時々躓いたり雪で滑りそうになったり…それでも気にせず歩いていられるのは、支える迅を信頼しているからだろう。なるべく視界に入らないように、側に近づかないように世話をしていた一年前に比べると、二人の関係がとても良くなったように見える。けれども、それもつい最近まではぎこちなかったのだ。
 迅の屋敷で出会った人達はみな優しくて心が豊かで大好きだ。その中でも特別に好きだったのが迅で、亮の世界の中心だった。それを恋と言うのだよ、と巽に言われ、身体に触れ合うことは愛し合う恋人同士にとってとても大切なことなのだと理解できるようになった。

「亮、今夜は板井も休みだから、食事にでも行こう」
 外出することにも随分慣れたが、街の中は人も車も多く、亮は色々なものが珍しくてフラフラ歩くので、誰かと一緒じゃないと出してもらえない。人を疑うことを知らないため、ナンパされたり勧誘されたりするとホイホイ付いていく。迅が一緒にいても、声を掛けられると無視することが出来ないようで、立ち止まってにっこり笑ってしまうのだ。
「あ、昨日は秋一さんと松野屋の牛丼を食べました」
「…じゃあ今日はそこじゃなくても良いな?」
 クリスマスにチェーン店の牛丼は、さすがに行きたくない。別の日なら行きたがるところは何処にでも連れて行くが…
「板井が昔修行した店を紹介してもらった。面白い話しが聞けるかも知れないな」
 
 

 休暇と言っても完全な休みではなく、26日の亮に誕生日のために、板井は食材を確認したりレシピと手順を何度も頭の中で繰り返したり、やることが山積みだ。特に今年のバースデー・ケーキには力が入っていて、やっと見つけた理想のイチゴに見合うスポンジと生クリームの材料も吟味を重ねた。イチゴは、たまたま知り合いの家に遊びに行ったとき、宮崎の実家で作ったものを食べさせてもらった露地栽培の逸品。露地栽培と言っても、単に放置していただけなのだそうだが、これが濃厚な甘みと切れの良い強い酸味がどちらも生きている素晴らしく美味なイチゴに育った。ただ唯一の欠点は、放置されていたものなので形が不揃いで、飾り付けに向かない、と言う点だろう。
 丸でも四角でも三角でもない、自然の大地をイメージした土台を作り、一つ一つのイチゴの形を何かに見立てて飾るつもりで、午後からずっとイチゴとにらめっこをした。
 何年前だったか一々覚えていないが、そろそろ紅宝院での仕事を辞めてレストランにでも勤めようかと思っていた頃、亮が屋敷へやってきた。出会いは衝撃的で、屋敷の主にレイプされ死んだようになっている金髪碧眼の少年を抱き上げた瞬間、この子を元気にするために腕をふるいたいと思ったのだった。
 去年、イチゴのショートケーキにまつわる話しを聞いたときは、後で部屋に帰って思い出し泣きをしてしまい、じじいになって砂糖と塩を間違えるようになるまでは、この子のためにイチゴのショートケーキを作りたいと思った。
 明日、渾身の作のケーキで生クリームプレイをされるのはなんだが、あの二人がそれで幸せなら、まあそれも許せる。

 

 紹介されて入った店はフランス料理の店で、店内の暖炉で炭火焼きを作るという野趣に溢れた店だった。オーナーが自分で狩ってきた本格的なジビエは予約しないと食べられない。しかもシンプルに炭火で焼かれたものを手で持ち、かぶりついて食べなければいけないものもあり、食べる行為自体を楽しめた。
「迅さん、僕の祖先の人達も、こうやって食べたのかな?」
「そんな時代もあっただろうな」
 ご自由にお取り下さいと言われた生野菜も、手でちぎって食べる。途中からナイフとフォークを放り投げて何でもかんでも手づかみで食べ始めると、近くのテーブルにいた人達も次々と真似をし始め、みんな綺麗に着飾っている事とのギャップも楽しくて、そこら中から笑顔が溢れていた。
 食事も終わり最後のコーヒーを飲んでいるときに、迅がプレゼントをポケットから取り出した。
「これはクリスマスプレゼント。去年は用意できなかったからね」
 そう言って手渡された小さな箱を受け取り、丁寧に包みを広げる。
「でも、去年はちゃんとお誕生日をお祝いして頂いたから…」
「お誕生日とクリスマスは別だよ。私だってその方が良い」
「あ…迅さんへのプレゼント、持ってきてない…家のクリスマスツリーの根元に…」
「構わないよ…家に帰るまで楽しみが長引く。それより、早くその箱を開けてご覧」
 亮が箱を開けると、去年もらったピアスが入っていたものと似たビロード張りの小箱が収められている。その箱も開けると、中には細いけれど繊細な彫刻が施された指輪が入っていた。
「これ…」
「私はどうにもプレゼントのセンスが無くてね。こういうものしか頭に浮かばないんだ」
 貸してご覧、と言って亮から指輪を受け取ると、亮の左手を取り、薬指に嵌めた。
「今更どうかと思ったんだが…結婚して、紅宝院の籍に入ってもらえないだろうか?」
 

 母親とも十分話し合った結果だ。実質は亮が花月院の当主であるが、将来亮の血を引く子供は望めないだろうから、花月院は妹とその子孫にたくす。こればかりは人の気持ちも大切で、妹が他家に嫁ぎたいと言うならば、今の花月院はこれきりで終わる事にする。花月院の血を引くものは他にも存在しているので、守りのファルハン家にその者達を見守るようにとも伝えた。
 さすがの亮も、結婚と聞いたときには頭の中に疑問符が沢山わき上がったが…
「でも…僕は男だし…」
 いくらなんでも結婚できないことくらいは知っている。
「そうだね、普通の結婚とは少し違うかも知れないね…でも、私は亮の性格が心配でたまらないのだよ」
「僕の性格?」
「もし私に、誰かが結婚話を持ってきたら、お前はどう思う?」
 亮はほんの少しだけ心臓がちくん、と痛むのを感じた。
「…迅さんが、その人のことを好きなら…僕は素敵なことだと…」
 何故か、口ごもってしまった。今までそんなことは無かったのに…
「どうしてかな…」
 胸の痛みがだんだん大きくなる。どうしよう…泣いてしまいそうだ。
「その指輪は、私がお前を愛している証拠だよ。他の誰でもない亮だけに、私の全ての愛を…何度口で言っても分かってもらえないみたいだから、少しでも疑問に思ったらその指輪を贈ったこの瞬間を思い出して欲しい。私が亮以外を愛することなど、無い。亮は愛することに長けているけれど、自分が愛されることは後回しにしてしまうからね。私の幸せを望むときその指輪を見て、私が亮をどれだけ愛しているか思い出してくれ」
 

 帰りのリムジンの中で沢山のキスを受け腰が抜けそうになった。こんな時、14階でのエレベーターの乗り換えは億劫だ。いつか、警備など気にしなくて良い日が来ると良いのに…そう思いながら抱きかかえられたまま詰め所を通ると、せっかくのクリスマスなのに警備の仕事をしていた二人が、手を振ってくれた。二人とも、亮が送ったスカーフをはめている。みんなに似合う色や柄を選んでプレゼントしたものだ。
 部屋に入ると、真っ暗な中にクリスマスツリーのイルミネーションが輝き、窓の外には街の夜景も広がり、いつになく綺麗だった。ちょっとだけ涙ぐんでいたので、キラキラも二割り増し。
 亮はツリーを指さし、その根元に置いてあった迅へのプレゼントの所まで連れて行ってもらう。
「これ…使ってもらえるかな…」
 もこもこする包みを解くとオフホワイトの手編みのセーターが出てきた。
「お母様に教えてもらって編んだの。ちょっと編み目が不揃いだけど…家で着てもらえれば…」
 前身頃の中心にちょとだけ模様編みを入れたシンプルだが肌触りの良いセーターだ。
「それで、お母様がこれとお揃いのを僕に編んでくださったの。僕のは凄く上手に編んであるのだけど…」
「そう?良く見ても私にはどこが不揃いなのか分からないよ。明日はこれを着て過ごそう」
 そう言うとしばらくの間、じっくり眺めたり手触りを楽しんだり、最後にくすっと笑った。
「やっぱり分かる?変なところ…」
「いや、そうじゃなくて…昔、巽が…」
 悠斗が現れる前、巽は亮にぞっこんだった。もちろん、迅と亮が愛し合っていることは分かっていたのでそれを邪魔するつもりは無かったろうけれど、迅が真正面から亮を見つめないのを良いことに過分なプレゼントに情熱を注いでいた。その中には「お揃いのもの」が多数有り、巽と亮で同じものを身につけて、迅に見せつけて楽しんでいたようだ。
「そうだったね…あのお揃いのプレゼントは使っちゃいけないような気がして…大事にしまってあるの」
 その代わり、これからは自分が巽と悠斗にお揃いのものを沢山プレゼントしようと思う。
 そっと抱き寄せられ、口づける。
 もうすぐ12時を回れば19才の誕生日を迎える。
 去年はどうやってその日を迎えたかな、と上の空になっていたら、迅にぎゅぎゅっと抱き締められてしまった。口には出さなくても、上の空だったことがばれてしまったようだ。
 触れ合う唇から温かさが伝わり、全身に満ちる。
 

 背中の傷に触れられると今でも身体が逃げる。追いかけて強引に手の平で覆われ、逃げ場を失って怯えそうになるのだが、それも時間がたつといつしか温かく心地よい感情に変わる。
 腰の刺青は既に消され、少しだけ周囲と違い赤みを帯びた色になっているが、どんな言葉が書いてあったかは分からない。良く見るとピンク色の両翼が広げられているようで、剥ぎ取られた片翼のバースマークの代わりにも思えた。
 その腰の翼にキスを受け、そのまま背中をゆっくり舐めあげられた。
「あ…っ」
 俯せの身体を背後から抱き締められ、両足の間に迅が身を割り込ませてくる。またゆっくり唇が下降し始め、柔らかな谷間をそっと押し広げる。
「あっ…ん…っ」
 優しい舌遣いで丹念に蕾をほぐすと、小さな声をあげて身体を震わす。その声が可愛くてもっと聞いていたいが、亮の心が解れ、これが愛し合う行為だと受け入れるまでの徹底した愛撫で、迅の身体も限界に近かった。
「亮、力を抜いて…」
「ん…」
 愛しい人で身体の中が満たされ、腰が痺れてどうしようもなくなる快感に声を上げる。
「あぁっん…!」
 同時に、長い愛撫の間に恥ずかしいくらい張りつめて蜜を零していた性器に触れられ、燻っていた快感に一気に火が点った。
「あっ…あっ…あぁっ…んぁっ…」
 腰が打ち付けられるたびに声が漏れ、次第に早くなる動きに、意識が遠のくほどの快楽が押し寄せる。
「はっあぁっ…!じんさっ!…ふぁっ…あっ」
「亮…おいで」
「んんっーっ!」
 一番敏感な先端を指先で押し広げるように弄られ、一層深く突き上げられる。
「も…だめ…っあぁ…でちゃぅっ…!あっ…あっああぁぁっ!」
 頭の中が真っ白になって、そのまま意識を無くしてしまった。無くす前に、名前を呼びながら身体を包み込んでくれる大きくて熱い炎を感じ、それは底知れないやすらぎを与えてくれた。


「んん…」
 ベッドの中で目が覚める。昨夜は居間で愛されたはず…身体もすっきり清められていて…気を失っていた間に恋人が大切にあつかってくれたのだろう。
 長年の習慣で、どんなに疲れていても迅より早く目を覚ますようになっていたので、今朝も支度を調えて朝の準備をしようと起きあがると、柔らかく引き止められ、またベッドの住人にされてしまった。
「ほったらかしにする気か?」
 乱れた髪の向こうの顔はにっこり微笑んでいる。
「支度を…」
「今日はしなくて良い。もう少しゆっくりしていろ。せっかくの誕生日なんだし…」
「あ…」
「お誕生日おめでとう」
 引き寄せられ、大きな体の下に抱き込められて、そしてキス。
 くちゅ…と微かな音がして、亮の顔が真っ赤に染まった。
「あ、あ、ありがとう…」
 ふふ、と笑いながら枕元の時計を確認すると、亮をもう一度掛け布団の中に引き込む。
「な…もう起きなきゃ」
「もう少し隠れてて」
「え?隠れる?」
 なんで隠れるんだろう、と掛け布団の中でじっとしていると…

「「「「お誕生日おめでとうっ!!」」」」

 いきなり寝室の扉が大きく開かれ、みんなが戸口で大合唱をはじめた。
 首だけ出して、そっちを見る。

「「「「〜〜〜ハッピーバースデイ・トゥー・ユー〜〜〜〜」」」」

 もうその後はクラッカーは鳴るし、みんなベッドに上ってくるし、裸を見られないように迅が掛け布団をしっかり身体に巻き付けて抱き締めてくれた。
「…あ、ありがとっ…!」
 掛け布団にくるまったままの亮と、亮を抱き締める迅の周りに巽、悠斗、秋一がくっつき、板井が急いでカメラをセットし、シャッターを押す。
「あと10秒!…9、8、…」
 タイマーを作動させた板井もベッドに飛び乗る。
「6、5、4、はいっ、ちー、ずっ!!」
 カシャッ!

 そうして、寝起きで髪がぐしゃぐしゃ、びっくり顔の主人公が中心の世にも恥ずかしい一枚が撮れた。恥ずかしいけれど、嬉しい。泣きたくなるくらい嬉しい誕生日の始まりだった。
「さて、二人とも素っ裸でパーティーに出てきても、私は構わないけど…さっさと支度して下のリビングまでおいで」
 今日は巽が全てを取り仕切るとかで張り切っている。悠斗と秋一は板井を手伝って厨房の下働きをする。いつもならはちまきを巻いて声を張り上げている山崎さんは、割烹着を着て紙吹雪が散らばった寝室の掃除を始め、隣の居間を片づけ、何やら家具を移動して忙しく動き回っていた。
 迅と亮は手早くシャワーを浴び、お揃いのセーターを着、山崎さんがいってらっしゃーいと手を振る中、下の階に向かう。
 ドアを開けると、そこはまたしてもカオスだった。


 四十人の傭兵と悠斗、秋一の家族、そして母と妹、全ての関係者が出そろい、全員でもういちど誕生日の歌を大合唱する。全員から一つずつプレゼントをもらい、もうどれが誰からのプレゼントかさっぱり分からなくなってしまった。
「どうしよう…誰に何てお礼を言えば良いのか分からなくなっちゃった…」
 困ったけれど、零れるのは笑顔。
「お礼はいらない。お前がここにいてくれるだけで、みんな幸せになれるんだから…」
 いつまでもこの時間が続いてくれる事を祈るしかできないけれど…その最も自分らしい生き方で等しく平安が訪れるなら…
「おいで、昼の部のケーキのろうそくを吹き消してこよう」
「…夜の部もあるの?」
「それは二人きりで…」
 迅の悪戯っぽい微笑みに顔を上気させながら、悠斗と秋一が指を突っ込んで、既に穴が空いてしまったケーキに火をともす。
 目を閉じて願い事をして…
 一息で炎を吹き消すと、拍手と喝采の後、みんなが寄ってたかってケーキに指を突っ込んだ。
 この不作法が幸せになるおまじないだと、各地に伝わったかどうかは定かではない。


END

 

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26日は亮の誕生日です。この日はイギリスではBOXING DAYと言って、クリスマスカードを配達してくれた郵便屋さんに感謝する日です。それとは全く関係ありませんね。ずっとこの二人が頭の中でいちゃいちゃしているのですが、黒瀬組が元気良すぎて…(笑)これにてクリスマスイベント終了です。

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光りある者・番外編

Prayer