初めてのクリスマス
こんな大きなクリスマス・ツリーは初めてだ…
沙希は園部の肩車でツリーのてっぺんに大きな星を飾り付けると、そのまま大きなツリーを上から下までじっくり眺めた。
去年の今頃はまだ施設にいて、毎年ツリーは飾っていたけれど、てっぺんの星はじゃんけん大会で優勝した子が飾り付けることになっていた。沙希は施設にいた10年間、一度も優勝したことがなかったのだ。ツリーの大きさは1.5メートルくらいで飾りも少なく、いつも20人くらいいた子供で飾り付けると、一人が2個くらいしか飾れなかった。
園部が自宅の居間に用意してくれたツリーは2.5メートルもあるもので、沢山の美しい飾りや電飾を園部といっしょに飾りつけた。
12月に入って直ぐに飾ったツリーの根元には毎日プレゼントが一つづつ置かれ、明日のクリスマスイブには最後の一個が待ちかまえているらしい。
「俺だけこんなに幸せでいいのかな…」
園部に肩車されたまま物思いに耽っていた沙希がぽつりと漏らした。
「幸せなのはお前だけじゃないぜ」
沙希を肩から降ろし、そのままやんわり抱き締める。
「俺のほうがもっと幸せだ」
「はるさん…だって、俺…プレゼント一個しか用意してないよ?」
「根元に飾るのは一個だけで良い…あとは直接奪うからな」
「直接?」
「この可愛い耳とか、ほっぺたとか、鼻とか唇とか指とか……」
そこから先は耳元で囁かれたのだが、沙希の顔がどんどん赤くなり…ぴったり寄り添ってくる園部を両手で、どんっ、と突き放すと庭に駆け出した。
庭は一面雪に覆われ真っ白だ。
こんなに雪が積もる所も沙希は初めてだった。初めて雪が積もった日には園部と一緒に雪だるまを作った。雪合戦もした。かまくらは失敗したけど、椅子とテーブルを作って、そこで温かいココアを飲んだ。園部はブランデーだったけど…そうやって毎日毎日、これでもかというくらい楽しくて…
沙希が庭の真ん中まで来て後ろを振り返ると、園部がコートを持ってゆったり近づいてきた。
「沙希、風邪をひくぞ…」
「うん…ありがと」
軽くて温かいコートを園部に着せてもらいながら、園部が薄着のまま雪の中に出てきた事に気が付く。
「はるさんこそ風邪引いちゃう…」
「かまわねぇ」
そう言って、薄着のまま深く積もった雪の上に仰向けに倒れ込んでしまった。
「はるさんっ…」
「沙希、おいで」
手招きされて側へ寄ると、腕を掴んで沙希を自分の身体の上に引き倒した。
「うわ…」
びっくりしてジタバタする沙希に構わず、園部はぎゅっと抱き締めた。
「沙希、仰向けになってみろ。星が綺麗だ」
園部が思わずロマンティックな台詞をはいたので、少しびっくりしながら沙希は園部の上でごそごそひっくり返って空を見上げた。
「うわぁ…」
都会の真ん中なのに、こんなに星が綺麗に見えるなんて、今まで知らなかった。
「あ、そうだ、沙希、お前ちょっと横にずれてくれるか?」
そんなに重かったかな…と少し恥ずかしく思いながら、くるんと反転して園部の横の雪の上に着地。
「ほらな、お前のでっかい黒目に、星がキラキラ反射してる」
「あ…」
園部の心地よい重みと共に、沙希にはとても優しくて格好いい顔が(だってみんな恐い…って)近づいてくる。
胸がきゅんっとなって、キスして欲しくなって、自然とまぶたを閉じようとする…
「目、開けてろ…」
じっと見つめられると、なんだか焦ってきょろきょろしてしまった。
「星見てろ」
くすっと笑われちょっとむかついたが、黙って星空を見上げる。ずっとずっと頭の上の上まで見上げていると、ますます園部の顔が近づいてきて…沙希の目を見ながら熱い唇が沙希の柔らかい唇に重なった。
目を開けたままなのが妙に恥ずかしくて、沙希の鼓動を速くする。じっとしていたら園部の悪戯な舌が沙希の可愛らしい唇を割り、獲物を求めて徘徊する蛇のように沙希の口中を動き回る。誘われるまま小さな舌を園部の舌に絡ませると、だんだん頭がぼんやりしてきて目が開けていられなくなる。
必死で上に向けていた視線を園部に降ろす。
「んっ…」
園部の突き刺すような欲望を湛えた目が、沙希を捕らえる。その途端、沙希の頭の中も真っ白になり、もう目を開けていられなくなった。
「へっっっ……っくしゅんっ!!」
朝から何回目だろう。昨夜、雪の中でしばらくキスをしていた。ボスが雪の中で酔狂なことをし始める前に止めようと思った良心的な部下が、最初は遠くから遠慮がちに、耳に入らないようだったので少し近づいて数回、最後は家に常駐している部下全員出てきて、無理矢理園部と沙希を捕まえて寝室に放り込んだ。
部屋は暖かかったし、直ぐに二人とも汗をかくようなことをし始めたので、暖かいコートと園部に抱き締められていた沙希は大丈夫だったが、薄着の園部は…
朝食の後に風邪薬とドリンク剤を飲まされたが、もう遅かったようだ。
「せっかくのクリスマスなのに…」
沙希に風邪を移してはいけないからと、マスクで顔を覆っている。
大好きな園部の顔が半分しか見えない。
「今日中に治さないと、プレゼント上げないからね」
それは沙希なりの愛情表現だったけれど…
「…あと…三時間で治す」
夕方から、沙希が通う学校のクリスマスパーティがあるのだ。
沙希はそのパーティで合気道の演舞をやる予定なのだ。
そしてそれが終わったら、園部が買ってくれた新しい着物とかぶり物をかぶるのだ。かぶり物は微妙に恥ずかしいけれど、園部に土下座してお願いされたのだ。
かぶり物をもらったのは園部の事務所に行く用事ができたときで、園部の部屋にプレゼントのボックスが置いてあったが誕生日でもなんでもなかったので自分のものではないと思って少ししょげていたら、園部がこれはお前のだ、と言ってその場で開けて見せてくれた。可愛いかぶり物だけど男っぽくないので拒否していたら、社員の前で土下座して頼まれてしまった。
みんなクスクス笑っていて…園部にそんな真似をさせるのも男が廃る。仕方がないのでクリスマスパーティで着る、と男のを約束してしまった。
パーティは正装で行かなくてはいけなくて、他のみんなはタキシードで行くのだそうだ。沙希は着物を着てお出でと言われたので、呉服屋のおじいちゃんが送ってきたものを着る。
今回は園部が買ってくれた物ではなく、おじいちゃんからのプレゼントなのだ。
両親も、おじいちゃんおばあちゃんもいないと言うと、呉服屋の店主がおじいちゃんになってくれる、と言ってくれたのだ。
沢山写真を撮っておじいちゃんに送ろう、と沙希は思った。
「凄い!本当に三時間で治しちゃったの!?」
もうくしゃみも鼻水も出ておらず、園部の体調はいつも通り完璧だった。
「おう。沙希からもらったパンツ履いてるからな」
パーティーへ出掛けるための着替えの途中で、園部は履いていたスーパーマンの『S』マークが入ったパンツを堂々と見せた。
龍の刺青とはミスマッチだし、いつもはパンツも高級なものしか身につけないのに、沙希がプレゼントしたものは直ぐに使ってくれる。
「はるさん…はるさんはスーパーマンより格好いい」
もう何度もその身体に抱き締められ、愛されたというのに、園部の裸身を見るたびに沙希の鼓動は速くなる。
「はやく着替えないと、風邪がぶり返しちゃう!」
園部の身体にシャツを着せ掛け、沙希も自分の着替えを始めた。
合気道部の少年達が宣伝をしてくれたこともあって、体育館には見たこともないくらい大勢のお客さんが集まっていた。護身術にピッタリの合気道は、裕福な家庭のおぼっちゃまが集うこの学校で密かに流行っていた。特に身体の小さな子達がこぞって入部し始め、他の生徒達からは「美少年クラブ」とも呼ばれている。
「うわぁ…こんなにたくさん…どうしようはるさん、緊張してきた」
とか言いつつさっきから自然に柔軟体操をしている。
「大丈夫だ。いつも通り飛び回ってこい」
ばしっと背中を叩かれ、気合いを入れられた。
「うん!」
沙希が走り出し、舞台の中央に出ると、部員達も走り寄ってきた。
最初は全員で組み手。その後、沙希ともう一人の少年が二人で他の生徒達をやっつけていく。そしてその少年と二人だけで華麗な組み手を暫く披露した後、悪役に扮した師範を二人でちぎっては投げちぎっては投げ、ちぎっては投げ…やっつけたらお終いだ。全部で二十分くらいだが、その間、沙希と相方少年は休む暇もなく走り回り飛び回り…なので最後まで体力が持つかどうか心配だった。
師範は沙希達より頭二つくらい背が高く、そのため技を掛けるときの動きもちびっ子相手の時より大きくなり体力を消耗する。相方少年は師範の息子で小さいときから武道を習っているし、沙希もそうなので、演舞というあらかじめ動きを決めておく「見せる」ための試合なのに、師範はアドリブを入れまくって沙希と息子を翻弄しまくる。打撃や蹴りまで入れてくるのでかわすのに精一杯だった。
仕方がないので、沙希の得意技「脱兎逃げ」で一時的に身を隠し、そこで二人で作戦を立て直し、最後の力を振り絞り、やっと師範を倒すことができた。
ぜーぜーはーはー言いながら、舞台の中央で礼をし、大歓声を送ってくれるお客さんにも挨拶をする。走る気力も無かったが、力一杯手を叩いてくれる園部に向かってヨレヨレと近寄っていった。
「はるさっ…勝ったよっ…ちゃんと…できたかな…」
園部は満面に笑みを浮かべている沙希を抱き上げ、肩車すると、もう一度観客の前に沙希を連れて行った。師範も息子を肩車して園部の隣に並ぶ。
沙希と相方少年は肩車の上で手を繋ぎ、仲よく観客に向かって手を振り続けた。
「ふーっ…疲れた〜〜〜」
合気道クラブのロッカールームでシャワーを浴び、園部が差し出したスポーツドリンクをがぶがぶ飲む。これが園部さんだったらビールなんだろうな、と思う。園部が美味しそうにぷはーっっとやっていたので一度飲ませてもらったことがあるが、苦くてどこが美味しいのか分からなかった。
「ゆっくり着替えればいい。食べ物は沢山ありそうだし、みんな今日の主役が現れるまではずっと待ってるだろうからな」
ここに帰ってくるまでの間にも、同じクラブのメンバーの家族から花束をもらったりプレゼントをもらったり、結構な時間をくってしまった。これ以上遅れたくないけど、心地よい疲れが残った身体を園部に預けるのはとても気持ちが良い。
「ねえ、はるさん」
「ん?」
「やっぱりこれ着なきゃだめ?」
「男の約束しただろう?」
「うん…」
呉服屋のおじいちゃんが送ってくれたのはまるで花嫁みたいな真っ白の着物だった。金糸銀糸で繊細な刺繍がしてある。袴も白で、帯は赤と金の市松模様。クリスマスにピッタリだけど…
「はるさん、おじいちゃんと共謀したでしょ…」
そうしなきゃ絶対こんな衣装にならない。
沙希はしぶしぶ、真っ白でふかふかのブーツを履き…真っ白でふかふかのミトンをはめ…真っ白でふかふかの…うさぎの耳が付いたカチューシャを装着した。ふかふかのボンボンは、園部がおしりの上の方に安全ピンで取めてくれた。
上級生や大人の人達から可愛いと言われるのはまだマシだったが、同級生や年下からそう言われるのはなんとなく嫌だ。隣にピッタリくっついてくる園部も今日はちょっとうっとおしかった。
時々挨拶する自治会のメンバーが、今日は盛んに話しかけてくる。そのたびに園部を紹介するのだが、園部は軽く挨拶するだけならまだしも、盛大にガンを飛ばしまくり、日本語で「いけ好かない野郎だ」とか「頭悪そうなガキ」とか沙希に感想を投げつけていた。
「もう…はるさん、どうしてそんなことばかり言うの?みんな優しくて親切なのに…」
それはそうだろう。あれだけ華麗な技を披露し、その上うさぎのコスプレが本当のうさぎ以上に似合う、超絶可愛らしい沙希とお尻愛になりたそうな連中を牽制するにはもってこいの機会だ。
「なに考えてるのっ!!」
「沙希は俺のものだ」
最後の〆の台詞として定番化してしまったその台詞には、言い返したいことが山ほどある。でも、園部のもの、と言い返したい自分もいる。
「うん」
ちゃんとわかってる。
園部が沙希のことを心配してくれているから、馴れ馴れしく接してくる人にはガンを飛ばしまくるってこと。
でも、自分が一番好きなのは園部で、園部が可愛いと言ってくれるからうさぎのかっこでもなんでもしてしまうのだ。それに、時々は「格好いいぞ」って言ってくれるようにもなった。
「はるさん、ケーキ食べたらうちに帰ろう?」
園部に、はやくプレゼントを渡したくなったのだ。
うちに帰るとプレゼントを開ける、と言う壮大な作業が待ちかまえていた。一月の間、園部が毎日一つずつくれたもの、園部の部下がくれたもの、日本の友達から贈られてきたもの、全部で50個近くあった。
園部のプレゼントには園部に丁度良さそうなハンディーマッサージ器とか履き方が良く分からない下着(ただの紐と輪っか)とか変な形のキャンディー(バナナの絵が描かれた包み紙なんだけど…)とか、それがエロオヤジ園部の趣味だとは分かっているけど、知らない振りをすると喜ぶので今夜くらいは騙されて上げようと思った。
もちろん真面目なものもあったが…それはどう見ても高価で、エロオヤジネタの方が気が楽だったりする。
そして最後に、園部がポケットから取り出した物が今日最後のプレゼントで…指輪と養子縁組の書類だった。
「はるさん、これ…」
「結婚してくれ」
「…養子縁組って書いてあるよ?」
「ああ。男同士だからな、普通の結婚はできない。だが、沙希が俺の籍に入れば家族になれる。園部沙希になって、俺のもの全てがお前のものになる」
「…はるさんのもの?」
「まあこの場合財産とか、そんなもんだけどな。それでも、もしも俺に何かあったときには、沙希が不自由なく暮らせるだけのものは残してやれる」
「はるさん、はるさんに何かあったら、俺も一緒に行く…」
真っ黒な瞳が一瞬涙で潤む。けれども沙希は泣かなかった。
「でもね、はるさんは俺が守るよ。ずっと一緒にいられるように、俺が…」
園部の格好いい強面に、優しい笑みが広がった。
「そうだな。お前はめちゃくちゃ強いからな…」
「うん。それにね…これ、俺からのプレゼント」
抱き締めてキスして、ぐちゃぐちゃにしたい衝動を抑えて、園部は沙希のプレゼントを手に取った。小さな金色の包装紙を開けると、小さなお守りが出てきた。
「そのお守りはね、お母さんの形見の洋服の生地で作ったんだ。お母さんが結婚したときに着たドレスの生地なんだって。お母さんが俺と兄ちゃんに作ってくれたんだ。幸せになりますように、って、お母さんが書いた紙が中に入ってたの。そのお守りを解いて、二つに切って、はるさんと俺でお揃いのお守りを作ったの。願い事が一つにまとまらなくて三つくらい書いちゃったけど…」
こそこそ裁縫をしていると部下から聞いていたが…
「そうか…沙希が作ってくれたんなら効果ばっちりだな」
「俺はすっごく幸せになれたから…だからはるさんもずっと幸せで健康でお金持ちのまま一生暮らせるよ」
三つの願いの最後がお金持ちのまま、と言うのには笑いそうになったが、沙希が園部のことをどう思っているのか少しだけ垣間見え、少しのそのまた半分だけ反省した。園部にとっては大したことがない金額の贈り物でも、沙希のお腹を痛くするには十分らしいのだ。いつもその事で怒られている。
「ありがとうな。肌身離さず持っておく。いつもお前と一緒にいられるような気がする」
「…はるさん、お守りは大事なときに持っていって、普段はずっと俺の側にいて…」
沙希の一言は、園部の理性をいっぺんで粉々に吹き飛ばしてしまった。
でも今夜は沙希だって色々考えてたのだ。大好きなはるさんと初めてのクリスマス・イブ。今までも、みんなと一緒でそれなりに楽しかったけど、今日はみんないないのにこんなに嬉しい。
だから誰かが通りがかりそうな居間のど真ん中で裸に剥かれても、今日だけは特別。
あっという間に緩められた襟元から忍び込んでくる手はとても温かで、交わされる口づけはいつもより甘い。はるさんもケーキ食べたのかな?と思いながら沙希は園部の身体に抱きついていった。
END
いつもENDを書き忘れます…沙希ちゃん、うさぎの足袋とか履いてそうです。養子縁組の書類はどうなったのでしょうね…