この俺様に理由も言わず「帰れ」とは…
 電車の扉に軽く蹴りを入れながら、秋一は流れゆく外の風景を眺めていた。
 昨夜は大叔父が来るとか言うので屋敷から追い出された。こんな時こそ俺様の出番なのに。亮に何かあったらあのくそ野郎(迅)は永久に抹殺してやる。
 もう一発蹴りを入れようとしたら、すっと扉が開き、そのまま前につんのめってしまった…
 テレを隠しながら、勢いよく歩き始めたふりをして、必要以上に大股でホームを歩く。歩き始めによろめいたので、腰の位置も低くなんともみっともない。
「さすがにこの歩幅はしんどいな…」
 ひとりごちながら階段の前で態勢を整え直す。あまりにも勢いよく歩いたので、同時に電車を降りた人達は遙か後方を歩いている。
 階段をかっこよく駆け下り、改札に向かう。改札の向こうには広々としたスペースがあり、ショッピングセンターやら飲食店やらで賑わっていたが、秋一が住む町のそれと違い、一軒一軒の店がなにやら高級そうな雰囲気だった。
 お金持ちの秋一の恋人の屋敷までは、駅から歩いて二十分はかかる。駅前のテイクアウトの店で珈琲でも買って、飲みながら歩いていこうかなと思い、適当な店を探していると…視界の端に金色のキラキラ光るモノが目に入った。
 金色の髪の外人らしき少年がラフなかっこうの男と歩いている後ろ姿だ。大して珍しくもない光景だが、背格好が亮と似ていたため、なんとなく見つめてしまった。
(まさか亮がこんな所を歩いているわけがない。
 俺もしっかり嵌ってるよな〜。
 自分の恋人を盗られたって言うのに、盗った男の心配してるし〜。
 あ、でも、盗ったのは、もしかして俺の方?
 だったらリボン掛けてお返しします…。)
 スタバが目に付いたのでそこに入ることにする。
(金髪少年も連れの男と一緒にスタバに入っていく。亮の方が可愛いに決まってるけど、確かめてみよう。あれで不細工だったらやってらんね〜な。)
 などと心の中で思いながらそのカップルに少し遅れて店内に入る。
 連れの男は金髪少年に何か一言声を掛け、店の奥の席を指さしている。奥の席に座るらしい。少年は素直にそれに従うと、ゆっくりそちらに向かっていった。歩き方も亮に似ている。
 席に到着して、その少年がくるりとこちらを向いた。
「りょう!」
 だった。
 ちょうど注文の順番が回ってきたところで、俺は亮を注文してしまったわけだ。
「こんなところで何してんだ!」
 急いで亮の側に向かう。途中で連れの男を追い越しざまに鋭い一瞥をくれる。何処にでも居そうなにいちゃん。
「秋一さん…」
 俺は亮の腕をがっしり掴み、店を出ようとした。
「ちょっとあんた、俺の連れに…」
 それ以上言わせないように足をはらい、床になぎ倒した。
「てめぇ、こいつは俺の連れなんだ!許可もなくナンパしてんじゃねぇ!」
「秋一さん!」
「帰るぞ!」
「帰らない!」
 それは悲鳴に近いような訴えだった。

 店の外に出て、近くのベンチに腰を落ち着ける。昨夜何があったのか知らないけれど、よほど帰りたくないのだろう。俯いて、ぷるぷる震えている。落ち着くまでここで話しでもするかな…
「亮、何か飲み物買ってくるけど、絶対にここを動いちゃダメだよ?誰に話しかけられても返事するな。知らない人についていくなよ?わかった?」
「…はい」
 さっきのスタバにはさすがに行きにくかったので、ロザリアン、と書かれた小さなカフェに向かった。途中、振り向くと、さっそく女子校の制服を着た少女達が携帯を構えて写真撮影を開始していた。まぁ、女の子だったら大丈夫だろう…。急いで店内にはいり、亮の為にココアを、自分のためにカフェオレを注文する。出来上がりを待つ間亮を監視していると…女子高生の輪は少しづつ広がり、亮が見えなくなりつつある。その女の輪を何事かと足を止めて確かめる男子高校生や大人達。
 やばい?
 俺は、お待たせしました〜の声もそこそこにカップをひったくり、人の輪に突進していった。やはり、最前列の女子高生の輪は強力だった。
「ちょ、通せよ!どけっ!」
 肩で押しのけ無理矢理割り込む。
 盛大なブーイングが起こったが、そんなの気にしちゃいられねえ。
「亮、無視しろっていっただろう!」
「でも…」
 ああ、またその顔。
「可愛い〜〜〜〜〜っ!」
 そりゃそうだ。
「ちょっとごめん、もう写真撮ったら気が済んだだろ?解散!はい、解散!」
「ねぇねぇ、お兄さんこの子の友達?お兄さんも格好いい〜〜〜」
 まあね。
「ありがと〜。でもお友達じゃないんだよ〜。彼氏なんだよ〜〜」
 つい調子に…
「うっそ〜〜〜〜!」
「めっちゃお似合い〜〜〜!」
「ざんね〜ん…うらやましぃ〜〜〜〜」
 だから二人きりにして欲しいんだ…てな顔をして亮を見つめてみる。
 横に腰掛け、優しい表情でカップを手渡してみる。
 シャッター音が心地良い…って、何やってるんだ…
「ごめんな、もう二人きりにしてくれる?」
 最後の女子高生が去るまで、それでも十分以上かかった。亮はすっかりご機嫌である。
「楽しかった?」
「はい」
「じゃ、どうしてここにいるの?帰りたくないの?教えてくれる?」
 亮は覚めてしまったココアを一口啜ると、まっすぐ前を見つめた。
「本家に帰るんです」
「はぃ?」
「本家に帰ろうと思って…」
「どうして!」
 亮はまた一口ココアを啜る。理由は教えたくないらしい。
「で、さっきの男の人は、なんで一緒ににいたの?」
「僕、どうやって本家に行けばいいか分からなくて…」
 敷地の外にだって出たこと無いんだっけ…
「いろんな人にここまでの道を教えて貰って…でも、電車の乗り方も、何処まで行ったらいいのかも分からなくて…」
 こんなに美しい少年が困っていたら、誰だって助けてあげたくなる。
「駅の前でじっとしてたら、さっきの男の人が声を掛けてくれて…」
「なんて言われたの?」
「本家に連れて行ってあげるから、その前にお茶でも飲もうって…」
「それでついていったの?」
「…はい」
 ナンパされてるし。
「亮、心細かったんだろうけど…世の中良い人ばかりじゃないんだよ。本家みたいな人達が、沢山いるんだ…」
「でもさっきの人は、本家で見たこと無かったし…」
 だからそうじゃなくて…。
「秋一さん、僕を本家まで連れて行ってもらえますか?」
 亮が本家でどんな暮らしをしてきたのか、大体のことは巽さんから聞いていた。あんな所に帰りたいだなんて。恐らく一人でこっそり家出をしてきたのだろう。
「とにかく帰ろう、迅の所へ」
「でも…迷惑がかかるから…」
「みんなともう会えなくなっても良いの?」
 亮はとたんに目を大きく見開き、瞳を潤ませた。
「帰ろうな?」
 手を取って立ち上がると、亮は瞳に涙を湛えたまま俺を見上げていた。こぼれ落ちる寸前、俯く。だから、亮が泣いたのかどうか俺は知らない。
 亮を見ずに、ゆっくり歩き始める。
「きっとみんな、待ってるから」
 
 しばらく歩いていると、ゴミ箱が目にとまった。カップを捨てようと、亮の手元を見る。どこにも無い。
「亮、さっきのカップは?」
「…?ベンチの所に置いてきました」
「ゴミはゴミ箱か自分のうちに持って帰る!」
「だってメイドさんが…」
「いるわけねぇだろ!」
「メイドの格好をした人がいたから…」
「…それはコスプレ!!!!」
 こんなヤツを、一人で放っておくなんて、どんな了見してるんだあいつら!

END

  

迷子