秋一とイアン

春夏秋冬そして春

そして

春(完)

「秋一、イアンが会いたいと言ってきたぞ」
 腕のギプスが痛々しい。
「迅…怪我、大丈夫なの?」
「ああ。大したことない。それより、イアンのことはどうするんだ?」
「大体、なんで突然来たんだよ…」
「さあな。私もまだあまり話しをしていないので…」
 いきなりドアを突き破って、秋一の居場所を教えろとわめいたそうだ。
「知らないと言うと、隠していると思われて…暴れ始めたんだ」
 もうすっかり落ち着いているという。
「ここで、亮も一緒にいてくれるなら会っても良い…」
 

 イアンは佐野さんにも会いたいと言ってきた。
「佐野さん、たぶんイアンは俺と佐野さんのこと、疑ってるんだと思う…嫌な思いさせたらごめん…」
 駐車場から迅の部屋に向かうエレベーターの中で、佐野さんは困ったように笑っている。
「ははは…私はゲイではないよ。ただ、君の側にいると素の自分でいられるから楽なんだ。君も亮君も、不思議な雰囲気を持っているよね」
 なんだか歯がゆい。亮と出会ったから、俺は変われたんだ。だからやっぱり、亮は希有の存在なんだ。俺なんかとは全く違う。
 迅の部屋のドアは特注なので、新しいものと交換するまで時間が掛かる。壁も少しダメージを受けていたので、まだブルーシートで覆ってあるだけ。家具はすぐに新しい物と交換した。
 駐車場に入った辺りから、俺はイアンの存在を強烈に感じて、鼓動が早くなっていた。佐野さんが一緒だったので、かろうじて正気を保てたけど…近づくに連れてそれも危うくなる。
 

 ブルーシートをめくって中に入ると、イアンがとぐろを巻いていた…まともに目が合わせられなくて、佐野さんの背中に隠れる。
 ほら、やっぱり全然ダメ。会わないようにしてきた努力が一瞬で崩れ去る。と同時に、まともにイアンの感情が伝わって来て、それだけで俺は腰が砕けそうだった。
 もう俺は頭の中がごちゃごちゃで、わけわかんない。
 俺の気持ちなんてとっくの昔にお見通しだろうよ。
 隠していた気持ちの扉がイアンの熱で溶解して、いろいろ垂れ流してるし。
「秋一、来い」
 なに命令してんだよっ!
「…お前が…来いよっ!」
 亮が口を手で押さえて、ぷっ、と吹き出した。
「相変わらず俺様だな」
 もう声かけんな。懐かしい声の響きが鼓膜をくすぐり、全身に広がる。
「お前が、ぐちゃぐちゃに抱かれたいのは、俺か?それともそっちの男か?」
 な、ななななななっ!!
 なに言ってんだっ!こんなっ、人がいるところで吐く台詞かっ!
 

 怒鳴ろうにも、近づいてくるイアンの気迫に飲まれてしまって、蛇に睨まれたカエルのようになってしまって、声も出せない。佐野さんの背中に両手でしがみついて、みっともなくもぶるぶる震えている。
「…たす…けて…」
 なんか俺、このまま床にひっくり返りそうなんだけど…脊椎に、火柱が立つ。
「たすけろよっ…イアンッ!」
 床に膝が付く寸前、イアンの逞しい腕が腰をすくい上げる。
 

 もう、分かったから。
 

 俺様は佐野さんから手を離し、イアンの首に縋り付いた。
「イアン…イアン…イアン…」
 何度も呼ぶ。イアンは、身体がまっぷたつに折れそうなくらい力強く抱きしめてくる。
「イアン…俺…」
「言わなくても良い」
 でも…
「お前が私を忘れられるはずがないじゃないか…」
 ……。
 そうくるか。
「ハレムはとっくの昔に解放した。お前が嫌ならファルハン家も出る。浮気しても二度とキレたりしないから、側にいてくれ」
 …浮気してねーし…
 抱き合った瞬間に、焦燥や切なさ、喪失感など吹き飛んで、離れていた事さえ空事のような気がした。
 離れたくないのは俺の方。側にいたいのは俺の方。
 はやくキスして、触れて欲しい。
 
イアンが傭兵辞めて帰ってきたときもそうだったけど、今度はきっと、あんなもんじゃ足りない。
 

 噛みつくように、イアンの唇に突進していった後は、ナンにも覚えていない。
 気が付いたときは、最初にいた迅のリビングルームの床の上に転がっていた。背中にはイアンの温もり。身体と床の間に挟まっていた腕が痺れて不快だったので身体の向きを変えようとすると、イアンのモノがずるっと抜ける感触…
 挿れたままって…半分萎えていたけど、いなくなるとなんとなく寂しい…またぞくりとする。
 イアンの方に向き直り、眠っているイアンを起こすべく、唇に舌を這わす。唇を割って舌を差し入れると、半分目覚めたのか、イアンの舌もうごめき始めた。
「んっ…イア…」
 控えめに舌を絡ませ、覚醒を促す。
「あきひと…?」
 力強く逞しい腕が俺の身体を引き寄せると、弛緩していたイアンの身体に生気が戻ってくるのが感じられた。
「イアン…床、痛い…」
「ああ…」
 俺を抱きしめたまま、反動も付けずにすっと起きあがる。
 この屈強な身体に支配されている事がまた、たまらなく嬉しい。

「なあ、イアン。もしかして、あのまま始めちまったのか?俺たち…」
「そうらしいな…」
 周りを見渡しながら、イアンは苦笑った。
 迅のリビングでキスした後の記憶が吹っ飛んでいる。
 たぶん、熱烈にいちゃつき始めた俺たちに慌てて、総員退避したのだと思う。
「さっき目が覚めたときな…」
 まだ熱が治まらない俺は、イアンの耳元で甘く囁く。
「イアンの、入ったままだった…」
 ずるっと抜けた感触を思い出し、身体が震える。
「まだ、足りてないようだな…」
 不規則にひくつく俺の身体をなだめるように、イアンの手のひらが背中をまさぐっている。使いすぎの腰をいたわるように、優しく何度も手を這わす。俺様の美しい形の尻を片方づつゆっくり揉み上げ、すっかりだらしなくなった後の入り口を太い指でこすられると、むっくりと俺様の分身が首をもたげ始めた。

「あっ…ん…」
 いますぐ、欲しい…
「欲しいのか?」
「うん…はやく…きて…」
 イアンの雄は、半覚醒状態で十分に使用可能。中に入ってゆっくりこすり上げるたびに、硬度と大きさを増していく。俺様が我を忘れるポイントへの刺激も、それに合わせて激しくなる…思い出しただけで、俺様のペニスはぐんっと反り返っていった。
 さっきまでイアンのモノをくわえ込んでいた俺様はいとも簡単に受け入れ…
 胡座をかいたイアンの膝の上に持ち上げられ、ずぶずぶと沈められていく…
 入った瞬間、それまで中途半端に刺激されていたのか
、俺様は爆発しそうなくらい感じてしまった…
「ああっ…いあっ、だめっ…あっあ…!」
 イアンはだらだらと蜜を垂れ流すしょうのない俺様のペニスの根本をぐっと掴み、ゆっくり抉り始めた…
「聞かないヤツだな…最短記録更新したいのか?」
 耳元で囁くように揶揄われ、総毛立ったけれど、そんなのどうでもよかった。
「手…離せっ…快いっ…!も、だめ……!」
「分かった、好きに動いてみろ…」
 動けないよ…動いたら…
「んあっ…!あああっ!」
 イアンの手が離れた途端、最短記録を更新…
 イアンは容赦なかった。まだ余韻にびくびく震えている俺様の腰をがっしり掴むと、ぎりぎりまで抜いてまた打ち付ける。急に激しさを増した抽挿で吹っ飛ばされそうになりながらもがっしりしがみつく。
 ぐちゅぐちゅ粘膜をこする音や肉がぶつかるパンパンと言う音に耳まで犯され、俺様は萎える閑無くまた上り詰めそうになっていった…

「腹減った…」
 迅のベッドの上でぐちゃぐちゃにされた俺様は、イアンに抱えられて湯船に浸かっている。昼から何も食べずに暴れていたので空腹もピークで、もう何処を触られてもうんともすんとも反応しない…
「久しぶりに食堂へ行くか?」
「俺は昨日も行ったけど…」
「じゃあ付き合え」
「歩けねー」
 風呂から上がり着替えると、俺様は肩に担がれて食堂まで連れて行かれた。そこにはやはり俺たちの噂が渦巻いていて、突然現れた俺たちは冷やかしとからかいの嵐に巻き込まれてしまった…でもいいんだ。
 最強のバカップルと言われようと、幸せなんだし。
 ア〜ンしてとか、口移しとかやって見せつけてやった。みんなが差し出した食べ物を、セクシーに口で受け取ってイアンに口移しとか、アホ極まれり。
 これでいいのだ。

 

 ただ、迅と亮と佐野さんは何処へ消えたのか、どうもマンション内にはいないようだった。
 とんでも無い現場を見せたので会いたくなかったのも事実だけど…
 一応、電話でだけでも誤っておこうと亮に電話すると、迅が出て…背後で何やらあられもない声が…
「ご、ごめん、こっち終わったから!」
『こっちは…まだだ』
「佐野さんは?」
『バー』
 がちゃっ…て…。
「まだあの男に会いたいのか?」
 イアンの声に険が含まれている…
「だからっ、佐野さんはそんな人じゃないって!浮気なんてしたことねぇし!」
「じゃあ、会わなくてもいいだろう?」
「そうじゃねぇだろ!佐野さんは俺が尊敬する先生なんだ。勉強教えて貰ったり、今から先ずっと付き合っていきたい人なんだ」
「勉強?お前が?」
 呆れた顔すんなっ。
「聞いてないの?俺が真面目に勉強してるって」
「聞いてない」
「…じゃあ、いちばんとにばんに、何て言われてたんだ?」
 イアンは首をかしげてじっと見ている。その仕草、あんたには似合わないし。
「お前が知性派眼鏡と浮気していると…」
「そんだけ?」
「それだけ」
 

 …そんだけで、あんなに逆上したのか?
「俺な、学校の先生になろうと思ったんだ」
 びっくりした顔すんな。
「んで、来月からそのための学校に行こうと思って、バイト始めたんだ。そこで佐野さんと知り合った。佐野さんは中学校の先生。教員試験の事を色々教えてくれて、勉強も教えて貰ってるんだ」
 俺が真面目に、嘘偽り無い話しをしているのを分かってくれたのか、ちゃんと聞いてくれている。
「俺、イアンとか迅とかみたいにエリートじゃないし、大した人間でもない。イアンの隣でただ守られてるだけなの、嫌だったんだ。あんたたちの仕事と比べたらちっぽけな仕事だけど、胸を張って、あんたと一緒に歩いていける教師になりたい」
 イアンはそっと抱きしめて、額にキスしてくれた。
「馬鹿かお前。お前は私の命さえ自由に出来るのに…いま以上偉くなって貰ったら困る…」
「ナンにも出来ない男には、なりたくない。自分の足で立って、イアンといっしょに歩くんだ」
「今日は全然歩けてないくせに…」
 な…っ!
 かーっと顔が赤くなる。
「はははは」
 イアンは笑いながら身体に回した腕に力を込めた。

「浮気以外、お前がやりたいようにやれ。お前が自分のことを非力だと思えば思うほど、お前に生かされている私はそれよりもっと使えない、ゴミに成り下がるんだ」
「じゃあ、今度の夏の試験に受かるまで、勉強の邪魔すんな。今日みたいなえっちは無し。俺はずっと日本で佐野さんに指導して貰う。文句言うな」
 トドメを刺したら、イアンは黙って笑いながら、腰をすり寄せてきた。下腹にじんわり熱が伝わってくる。
「だめって…」
「まだ今日は終わっていない…」
 今日を過ぎてもまだ終わらなかったけれど。

「き、きのうは、す、すみませんでしたっ!」
 佐野さんとバーで落ち合い、昨日のお詫びをした。イアンも一緒。
 迅と亮は昼頃ご帰還あそばされ、記憶がぶっ飛んでいた時の恥ずかしい話しを手短に聞かせてもらった。
 濃厚なキスを始めた途端、俺はストリップを始め、慌てた亮は俺が脱いだ端から着せかけて行ったけど間に合わない。二人とも上半身裸になり、ズボンのベルトに手をかける頃には、止めるのを諦めて急いで外出の支度をしたそうだ。鍵と財布の入ったジャケットを握りしめるのが精一杯で、それでもジャケットを握りしめて部屋を退散する頃には素っ裸でもつれ合っていたらしい…
 佐野さんはあっけにとられて棒立ち。迅と亮に両腕を引っ張られて部屋から強制退去。
 俺は、はやくして、だの、もっと、だの恥ずかしい台詞を叫び、みんなの耳を汚染。
 一番ダメージを負ったのは迅で、最強の蛇のエロ・オーラをまともに浴びせられ、亮を抱きしめたままホテルに直行。ヒビの入った腕を気に病んで、亮が必死に鎮めようとしたけれど…
 

 佐野さんは、訳知りの傭兵たちから、夜まで接待して貰ったらしい。あるじ達が引きこもってしまったので、その日の仕事も無くなり、みんなヒマになったから…ああなったら次の朝まで姿を現さないのは、過去に学んでいる。
 佐野さんは照れくさそうに笑いながら鼻の頭を掻いた…
「いやまぁ、お互いに誤解も解けたようだし…」
 はっはっはっは…と笑うしかない俺。
 イアンはまだ険のある目で佐野さんをみている。いい加減にしろ。長い三つ編みをぐいっと引っ張って抗議の視線をかます。
「イアンがね、試験通るようにがんばれって。佐野さんのアドバイスも今まで通り受けて良いって」
「ああ。早く通って貰わないと、離れて暮らすのは嫌だ…」
 佐野さんはにっこり微笑んだが…
「試験に通っても就職や、もっと先のことはどうするんですか?」
 

 イアンは急にぴくっとなった。俺もまだそこまで考えていない。
「私は…できれば私の国に来て貰いたいと思っているが…就職か…」
 不安なのは、俺も一緒だ。佐野さんのように良い教師になりたい。子供達をまっすぐ育ててみたい。
「これは一つの考えですが…今から日本で身につける事を、アラブで実践してみたら?もちろん、向こうには向こうの教員資格試験があるかも知れないけれど…こちらで資格を取っておけば、向こうで勉強し直す時も手間が少なくてすむ。もしかしたら、語学だけ身につければいいかも知れない」
 あ、そっかー。どこの国でも、教えることはいっしょだもんな、たぶん。
「…そうか…秋一が試験に受かったら、私が学校をつくってやる。そこで腕を磨けば良い」
 …って、おいおい。
「いやそれは違うし」
「私も何か協力させろ」
「じゃあ、文句言わないで大人しくしてろ」
 

 イアンは拗ねているのだ。自分も仲間に入りたくて。自分にはほとんど関係がない分野なので…もちろん教育機関には多額の寄付もしているから、俺を雇ってくれる学校なんて沢山あるかも知れない…拗ねているのだ。
「向こうに行ったら、語学の先生見つけてくれよ」
 にっこり笑ってお願いすると、途端に機嫌が良くなる。
「で、本当に浮気はしてないのか?」
「イアン!」
 俺は怒鳴り、佐野さんは飲んでいたお酒を吹き零す。
 なんで急にまたそっちに話しをもどすかなぁ…
「正直言って…」
 佐野さんは真顔で話し始めた。
「最初は純粋にこのバーや、秋一君の仕事ぶりが好きでここに来ていたのですが…途中から彼の性癖に気が付いてからは、迷っていましたよ」
 …え…

「ただ、秋一君は私のことを教師として尊敬してくれていた。儚い恋心と天秤にかけたとき、根っからの教師の私は教師として付き合うことを選んだんですよ」
 イアンの険を含んだ視線がふっと柔らかくなっている。普通、逆だろ?
「まあ、次に誰かを好きになったら、男だろうと女だろうと、教師であることは忘れようとも思いましたがね」「佐野さんは、付き合ってる人とかいないの?」
「いたら一人で毎日ここには来ないよ」
 そりゃそうだけど…
「秋一君は自分のことをちっぽけだとか、卑下するけれど、世間体とか外聞を気にする臆病なおじさんを自由にしてくれたんだよ。ベテラン教師の私だって簡単にはできないことだ。今まで付き合った女性には面白く無いだの真面目過ぎるだの言われ続けたが、次回からは君たちを参考にさせて貰うよ」
 

 参考にならねぇだろうも…迅と亮はまだしも、俺とイアンなんて虎の交尾だぜ?
「ほらみろ、浮気寸前だったじゃないか。秋一が懐いて、落とせない男はいないんだよ。だから、正直に話して貰いたかった」
 そうか…イアンは、本音が知りたかったんだ。て言うか、本音を隠して騙すような人かどうか知りたかったんだ…何かあったとき、俺のダメージが少ないように。安心して預けられるように。
「イアン、俺はあんた以外、考えられねぇから…」
 今回のことで骨身に染みた。出会う前からきっと、俺たちはもう繋がれていたんだ。迅と出会い亮と出会い、あんな恋がしたいと思ったことも、全てはイアンと出会うための、俺の人生の伏線だったんだ。もう全部が全部、俺とイアンのためにだけ存在していたんだ。うん。
 俺はイアンに近寄って、軽く口づける。イアンのお返しは濃厚なキス。椅子からずり落ちそうになって、身体まで強く抱きしめられてしまった。お客は多くなかったが、軽いどよめきが起き…
 

 その時、カウンターにクリュッグ・ロゼがことん、と置かれた。何時の間に来たのか、迅と亮もいる。
「お友達から、プレゼントだそうです」
 先輩バーテンが迅を差した。
「なんのプレゼント?」
「何って…結婚祝い?」
「誰の?」
「お前とイアン」
「…ありがと…」
 いつもだったら、かーっと頭に来て(てか、照れて)怒鳴ったりするんだろうけど、今日は、やけに嬉しかったりする。
 シャンパンをつぎ分けている間、イアンがプレゼントをくれた。例の赤いエメラルドのピアス。
 イアンは迅から貰ったサファイヤのピアスを外し、赤いピアスを付けてくれた。
「二度と外すなよ…外すのは温泉にはいるときだけにしてくれ」
「うん。外さない」
 そして俺たちは、乾杯の後、例のバカップル行為を見せつけてやった。
「今この場に口説きたいヤツがいるヤツは今すぐ口説け!ここにいる天使が望みを叶えてくれるぜ」   

END