プレゼントを貰うのが苦手な克彦だが、年に二度だけは遠慮無く請求する。誕生日とクリスマス。クリスマスはそれ相応のお返しをするし、世話焼きな性格が災いして普段から細々した物を贈る事が多いので、誕生日だけは遠慮無く頂く。
 7月25日、獅子座のO型。自信家でプライドが高く面倒見が良く行動力があり、傍若無人。まるで克彦のために存在するような星座と血液型。でも淋しがりなので付き合ってくれる友人は気苦労が絶えない。
 今年は恋人の部下、園部と沙希ちゃんがゴタゴタしていたので、誕生日のイベントは沙希ちゃんを園部のいるニューヨークに無事送り出してから、と決めていた。園部が恋しくて泣いている沙希ちゃんの横で楽しく大騒ぎなんてできない。もしかしたら、沙希ちゃんにとっては気が紛れる時間になるかもしれないけれど、パーティーが終わった後の寂しさも倍増するはずだから…
 
 
 それに…引いて引いて、どーんと飛び込むのも恋の駆け引き手段の一つ。
 親睦会の前に雪柾断ちをしていたとき、遠くに見るだけでドキドキした。もう雪柾が何をしても格好良く見えて心臓発作起こしそうだった。
 あの切れ長の鋭い目に見つめられるだけで腰が立たなくなるから、一緒にいる時間は常にえっちしてるようなもんなんだよね。


「ねえ義童、こないだも黒瀬組から電化製品買って貰ったのに、良いのかな?」
「あれはお前が実力で勝ち取った物だろう?今回は貰って当然の物だし」
(俺からは容赦なくふんだくってたくせに…)
 今日、黒瀬組幹部は本業の(ヤクザ)の集まりがあるとかで、みな帰りが遅い。それで克彦は久しぶりに元彼の義童の家に遊びに来ていた。雪柾と出会わなければ、義童と一緒に住んでいたハズの場所。もっとも、義童も雷という恋人に出会ってしまったので一緒に住むことはなかったかも知れない。家は住む人で変わると言うが、ここも初めにイメージしていた空間とはかけ離れてしまった。義童の恋人、雷は、優秀な自動車整備工で、そのせいだろうか、車のパーツがインテリアとして置かれていたりする。
「まあそうだけどさ…義童は、俺がちょうだいちょうだいってねだったとき、むかつかなかった?」
「それはないけど…困った時もあった」
「そういうことが気になって、雪柾に無理言えないんだ。今までこんなことなかったのになー」
「そりゃあお前がベタベタに惚れてるからだろ」
「うん。俺はね。でも雪柾はどうなんだろう…っていつも不安なんだ。振られたら死んじゃうから、顔色伺っちゃうんだよね…」
「それ本人に言えよ」
「いつも言ってるよ。そしたら、絶対にそんなことはないって言ってくれるんだけどさ」
「…相思相愛じゃないか」
「本当にそうなの?恋ってこんなに苦しいの?」


 気を利かせて車で待機していた都筑から連絡があったのは夜の11時を過ぎた頃で、本田一行はまもなくここに迎えに来るとのことだ。
「会うのは暫くぶりなんだろう?」
「うん。沙希ちゃんを送り出した日は拉致られたけど、さぼってた仕事やっつけるのに一週間くらい掛かったから…一週間ぶり?」
「お前は今日から休みだろうけど、本田さん達は明日も仕事なんだぜ?それなのに何が何でもお前に会いたいのは、お前のことが好きだからだろ?お前が不安になる必要なんてどこにもないじゃないか」
「それはそうなんだろうけど…」
 膝を抱えて『の』の字でも書きそうな克彦をもっと見ていたかったが、七年間も付き合っていた義童には良くわかっている。今、いじけきっている克彦も本物なくせに、いざ本人を目の前にすると強気な面ばかりを強調してしまうのだ。本田が迎えに来た時の克彦の変わりようが楽しみである。本田はそんな克彦のことを良くわかっているのか、克彦の強気を軽くなだめ、先手々々で責めて克彦の心を絡め取る。今まで、克彦をこんなに拘束したがった男がいただろうか?誰もが克彦の好き放題にさせて、克彦がどこで飲んだくれていようと気にする者はいなかった。別れる段階で、それは全て克彦が我が儘だからとか浮気性だからだとか難癖を付けられる。
 今日だって、街で飲み歩くと言う克彦を引き止めて一緒に遊んでやってくれと、実は本田に頼まれていたのだ。元彼ではあるが、今、義童は雷と恋人同士で、克彦に手は出さないと踏んだのだろう。雷は本田の知り合いでもあり、もし義童が克彦と浮気をすれば、雷と克彦を傷物にしたと殺されるのがオチだ。
 加えて本田は義童にとって上客でもある。金払いが良い上に、絶対に無理難題をふっかけない。窓口の吉野さんが良くできた人だからかも知れないが、変更や手直しの交渉も的確かつスムーズ。
 克彦を任せられる堅気として良いように使われているのかもしれないが、それにしてもあしらい方に非がないので、何もなければ良いじゃないか、と雷に言われてしまった。
「そろそろ来るんじゃないか?」
 電話があってきっかり五分で現れる。吉野とミーティングをするときには必ずそうなので、恐らく本田も…そう思った矢先に玄関のチャイムが鳴った。


「雪柾!」
 満面に笑みを浮かべて、本田に駆け寄る。
「おう、待たせたな」
「お帰りなさい!」
 抱きついた克彦を両腕でしっかり抱き締め返す。
 しばらく抱き合ったあと、本田は吉野から小さな紙袋を受け取り、それを義童に差し出した。
「倉石先生、克彦が世話になったな。土産の秋刀魚寿司だ。日持ちするから雷にも食わせてやってくれ」
 義童が受け取るよりも早く、克彦がパワーを発動し始めた。
「俺のは?なんで義童のだけ??」
「…心配するな。お前の分はちゃんと家に準備してある」
「ホントに?そんなこといって俺をまた拉致しようとか思ってるだろ…食べ物の恨みは恐いからね?手を洗ったら直ぐに食べられるようにしてないと、速攻で帰るからね?あとやっぱりお寿司と言えばあっついお茶だよね。ガリじゃなくてミョウガの甘酢漬けが良いな」
「…だそうだ」
 吉野に向かって本田が目配せする。
 無ければ無いと言えば直ぐに諦めるのだが、本田の辞書に不可能はないようだ。感心しつつ、義童は克彦の頭を軽くはたいた。
「いてっ」
「克彦…お前、我が儘もたいがいにしろよ。ガリまで指定して…相変わらずだな…」
「いいじゃん、好きなんだから。それに雪柾はなんでも言うこと聞いてくれるもん。ね?」
 本田は苦笑っているが、そんなことはとっくに分かっていたのだろう。慌てもせず、まだ何か言っている克彦をそっと車に押し込む。
「倉石先生、困ったことがあったら何でも言ってくれ。…じゃあな」
「ありがとうございます。お休みなさい…」


 テーブルには克彦が言ったとおりの物がアレンジされており湯気を立てたお茶も入っていたが、本田以外は誰もいなかった。
「あれ?みんな帰ったの?」
「当たり前だ。お前に会うのは一週間ぶりだってみんな分かってるからな…」
「むむっ…手を洗ってこれ食べてお風呂入ってから!」
(別に、えっちがしたくないわけじゃないんだ)
 克彦は内心で付け足した。
 
 好きで好きでたまらなくて、好きすぎて会えばいつだって抱いてもらいたいけれど、雪雅はノンケだし男同士にこなれてしまったら、捨てられてしまうかもしれない。雪柾だってそのうち結婚話がでて跡取りを、って言われるかもしれない。だってほら、雪柾って格好いいし頭も良いし雪柾ジュニアも凄いヤクザになれそうじゃん?
 いつか別れなきゃいけないのかな…


「…どうした?」
 ふくれっ面から赤面の後いじけ虫に変化していく克彦が何を考えていたのか、どうせ最後にはよからぬ妄想で勝手にいじけてしまったのだろう。
 本田は秋刀魚寿司の前でフリーズしている克彦を後ろから抱き寄せ、良い香りのする髪に口づけた。
「ん…沙希ちゃんとお寿司食べなかったな〜って…」
 そんなこと考えていなかったろうも、と思ったが、本音を言わせる時間はたっぷりある。
「そうだな…その代わり園部に食われてるだろう」
「園部さんはゲイだよね?」
「さぁ…敢えて聞いたことはないが…契約している愛人は男ばっかりだったな」
(いいな沙希ちゃんは。少なくとも園部を女に取られることはない。園部さんが沙希ちゃんに愛想尽かされる確率の方が大きいよね?)
 上着を脱ぎ、ネクタイを緩めると、克彦は必ずハンガーに掛けるために寝室のクローゼットに向かう。本田は服が皺になろうと頓着しないのだが、克彦はブラシまでかけ、ワイシャツはネットに入れて洗濯機に放り込む。
「それより…」
 案の定、寿司の事など忘れてしまった克彦を再度、抱き寄せる。
 高ぶり始めた下半身を克彦の敏感な部分に圧しつけ、刺激すると、少しばかり抵抗していた腕の力が抜け、逆にしがみついてくる。艶やかな額、繊細に震える目元にキスを滑らせながら、焦らすように囁く。
「お前が欲しい…」
 小さな吐息が一つ、克彦の紅い唇から漏れる。
 その熟れた果実のような唇を吐息ごと飲み込み、柔らかく甘い舌を味わうと、克彦はまるで全てを差し出すかのように、本田にもたれ掛かる。
「ん…ゆき…」
(今日は大人の色気でがんばるもん…)
 

 ベッドに運びそっと横たえ、雪柾が出来るだけ体重を掛けないように覆いかぶさってくる。この瞬間が克彦はとても好きだ。事にいたるまでの雪柾はとても優しく、気を遣ってくれるから。多少乱暴に扱っても構わないのに、克彦の欲情が高ぶりきるまで、慈しむように、穏やかだが深い愛撫を与えてくれる。
 胸元を這う熱い手が体中に熱を運び、白い肌がほんのりピンク色に染まっていく。胸の小さな紅い飾りを指先でくすぐられると、気持ちいいことが恥ずかしくなり顔を腕で覆ってしまう。その腕も直ぐにやんわりと片手で押さえつけられ、痺れるような刺激の連続に下半身がどくどくと脈打つ。
「あぁ…」
 腰が勝手に動き、またその事に羞恥を覚える。
 付き合った男が雪柾だけだったらどんなに良かったろう。勝手に反応する自分の身体が、疎ましい。
「ゆき……」
 
 気持ちよさそうに腰を揺すり始めた克彦のガウンの裾からすっと手を差し入れる。全身くまなく手入れをしている克彦の肌は吸い付くようにしっとり滑らかで、最高級と値札の付いた女ばかり相手にしていた本田でさえ、飽きずに何時間でも触れていたいと思わせた。
 日焼けなどもってのほか、と言う克彦の太ももはまた一段と白く、その間にある男の証も、自分のものとは比較にならないくらい美しい。
 ガウンの合わせをそっと割り、きっともう自己主張でいっぱいになっている克彦の雄に触れようとした、そのとき、克彦がいつになく抵抗し始めた。
「ゆき…やだっ、まって!!」
 夢見心地だった克彦の表情が素にもどり、乱れ開かれたガウンをなんとかしようと必死で俯せになる。
「克彦、どうした?」
 たった今のどたばたのせいか、それともそれ以前の快楽のせいか、呼吸を乱しながら、真っ赤になって本田を睨んでいる。
「だめっ。やっぱり今日はだめっ。絶対だめっ。やっぱり帰るっ!!」
 

 軽く拘束していた腕を開放すると、大急ぎでガウンの前を合わせながら飛び起きる。
「ごめんね雪柾っ」
「俺は構わないが…なにか気に入らなかったか?」
「あ…そうじゃないんだ…ちょっとだけ…タイム!」
「……」
 克彦は大あわてでベッドから飛び出そうとしたが…
「タイムってなんだ?」
 逃げ出そうとする克彦の腰にがっしりと腕を回し、動けなくする。
「ちょっ…まって!シャワー…、うん、シャワーまだ浴びてない!」
 本田は別に気にしないが、それで克彦の気がそがれるなら言うとおりにした方が良い。
「分かった。連れて行ってやる」
 まだジタバタしている克彦を抱き上げた瞬間、ガウンの裾がハラリと開き…
「……」
「わぁーっ!!」
 急いで隠すが時既に遅し。

 再びベッドに、今度は投げ出され、あたふたしているうちに両足首を掴まれ…克彦は涙目で訴えかけてきたが…本田はうっすらと意地の悪い笑みを浮かべながら思いっきり克彦の両足を広げた。
「変態!!!」
 酷い言われようである。
「まあ…どっちかというと、この場合その単語はお前のために存在する」
 普段の克彦は、意外かも知れないがお腹すっぽり白ブリーフ派なのである。それがどうしたことか、今日は黒ビキニ、しかもメッシュですっかり中身が見えている…
「……たまには…いいかな…って。でもっ!やっぱだめっ!」
「もう見ちまった。今更履き替える気か?」
「…最初からやり直して良い?」
「駄目だ。克彦、手を退けて…頭の上でしっかり組んでおけ。すぐに分からなくさせてやる…」
 じっと目を見つめると、羞恥と期待が入り交じった目で見返してくる。やがてゆっくりと頭上に腕を上げながら、克彦は目を閉じた。
 足の指に、熱い舌が絡みつき、丹念に舐めしゃぶる。
「んぁっ…や…ん」
 ゾクゾクと快感が這い上がり、勢いを落としていた雄が頭をもたげ始めた。両方の足を舐め、ふくらはぎから膝裏までもたっぷり舌を這わす。そのまま太ももをぐっと広げると、克彦が小さく息を飲み込んだ。
「んくっ…ぁ」
「俺のために、この下着を選んだのか?」
 低く優しく囁くと、こくこくと頷く。
「お前の、愛液が溢れてきているのが見えるぞ…」
「ゆき…っ!」
 言葉で刺激するとクロスさせた腕で顔を隠しながら、背筋をしならせる。
 克彦が最近話していた桃味の新製品とやらを手に取ると、ゆっくり克彦の桃の割れ目に塗りつける。
 毎度、主導権を握って本田を女王様のテクニックで翻弄しようとするのだが、成功した試しがない。この桃味ローションだってお尻に塗って『桃尻』とか言って誘ってみたかったのに全然駄目。
「あん…んっ…ゆき…」
「これも使いたかったんだろう?」
「…ん…」
 面積の小さな下着を少しだけずらし、ぬめりを借りて後ろのつぼみにつっぷりと指を差し込む。ゆっくり抜き差しを繰り返すたびに、か細い声を震わせながら愛しい人の名前を呼ぶ。
 後ろを優しく擦りながら、下着の中で張りつめている雄を開放する。
「あぁっ…ゆきっ…だめかも…」
 両足をこれでもかと言うくらい舐められよほど感じていたのか、少し触れただけで克彦のペニスはこもった熱をはき出しそうな勢いだ。本田は克彦のペニスをもっと味わうために根本をきゅっと指で締め付けた。
「ああぁっ!…やぁっ、ゆき、はっ…はなして!」
 勢いを止められじれったさに腰をくねらせるが、もちろんそんな動きで収まるものではない。開放を求めて懇願するが、本田が聞いてくれるはずもなく…根本を締められたまま口に含まれ、濃厚な愛撫でただ狂ったようにあえがされるのだった。
「あっ…あっ…ゆきっ!いかせ…て…んあっ!んんっ…」
 克彦が快感で気を失いそうなところで指を増やし、内壁を擦る激しさを増す。良いところを集中して責め立て、かき回し、克彦が経験したことがないであろう快感の渦中に引きずり込む。
「克彦…このままいってみろ」
 締め付けられては出そうにも出せない。そんなの無理、と泣きながら、最後には何を言っているのか自分でも分からないような台詞を吐き始め…一人で宙に飛ばされたのかと思った。波のてっぺんに押し上げられたり急降下したりを何度か繰り返したあと、頭が真っ白にはじけるような快感があった。
 後を引いて、足の先から頭のてっぺんまで駆けめぐり、息も出来ないくらいの絶頂。
「克彦、悪いが長く持たない…」
 本田のいきり立った刀身が、弛緩した克彦の後孔にずっぷりと侵入してくる。熱と快楽と愛しさで克彦の意識は朦朧としながらも、絡みついて喜び、そして迎え入れた。
「はぁっ…あっ…ゆき…いっ…ぃ」
「気持ちいいのか?」
「んっ…」
 もっとその柔らかく包み込む克彦の中を楽しみたかったが、一週間ぶりな上に、克彦もどうやらこの時間を待ちわびていたらしい様子に、本田の高ぶりはいつも以上で、制御するのが困難だった。
 ひっきりなしに声を上げる克彦を力強く抱き締め、自らも開放するために激しく腰を穿つ。
 克彦がたまらず熱い物を腹にぶちまけ、本田の猛った雄を食いちぎるかのように締め付ける。
「愛してる」
 ぐったりと意識を手放した克彦の耳元に囁きながら最奥に欲望を解き放ったが、それよりも、克彦の心の奥深くに言葉が刻み込まれる事を、本田は人知れず願った。


「おはよう雪柾っ!」
 すっきり爽やかな朝である。多少腰は重いが。
「…朝から元気だな…」
 とは言いつつも、克彦の笑顔で起こされる朝は何にも代え難い喜びで、実はとっくの昔に起きていたのだが、克彦が起こしてくれるまで寝たふりをしていたのだ。
「うん。エネルギー充填したからね」
 本田が起きあがるのを手伝おうと手を伸ばした克彦をそのままベッドに引きずり込み、唇を貪る。
「うむっ…んんーっ…んーっ」
 文句を言われないように、克彦を抱き締めたままベッドから起きあがり、バスルームへ直行する。
 克彦を大理石の洗面台の上に座らせ、自分はそのままシャワーを浴び
、朝の支度を手早く済ませる。できれば一緒にシャワーを浴びたかったのだが…
 朝から克彦を泣かせるためではなく、一時も側から離したくないのだ。一緒に住むことが今のところ叶わないのなら、せめて泊まりに来た日くらいは直ぐ近くにいて欲しい。
 克彦も暇を持て余すことなく、大人しく洗面台の上に座っている…わけがなく、来週に延ばした誕生パーティーの事をひっきりなしに話していた。
『今年は俺に任せておけ』
 本田は何度もそう言ったのだが、なかなか聞き入れてくれない。本田=黒瀬組で、組が係わると吉野と沼田が張り切りすぎて、それに本田の意向が加わるととんでもなく規模が大きくなってしまうかもしれない。
「でもさ、俺の友達には組のみんなをちゃんと紹介したいんだよなー…そうすると、組だけで50人くらいになっちゃうだろ?俺の友達は20人くらいなんだけどさ、黒服に囲まれちゃったらさすがにびびると思うんだよね」
「倉石先生の所の社員も来るのか?」
「うん。あそこは義童入れて五人。うちも五人。あとはいろいろ」
「そう言や克彦の会社の連中には会ったこと無いな。あとのいろいろも」
「うちはみんな別々に動いてるからね。全員集まるのは週一回だけだし。あとの人達は大学の頃からの友達とか、仕事関係で知り合った友達とか。みんな楽しい連中だよ」
「組の連中も楽しみにしているが、全員一度には無理だな。午前中、組に顔出して貰えれば良い。お前にプレゼントを渡したいそうだ」
「絶対行く!」


 義童と自分の事務所の人間は本田の事を知っていて、もちろん職業のこともしっている。問題は会社関係以外の友達で…本田と付き合うようになって、ヒマさえあれば一緒にいる事に時間を費やし、古くからの友人達とはとんとご無沙汰していた。自由奔放な克彦の性格に付いてこられる友人の中には本田の存在を疎んじる職業の者もいないはずだが、ヤクザと係わることに抵抗を感じないとも言えないだろう。
 全員に認めて貰うことは不可能かも知れない。そのことで本田に嫌な思いをさせたくない。あからさまに嫌がる人間はいないだろうが…
「また俯いてるな…不安があったら包み隠さず俺に話せ。俺はそんなに頼りないか?」
「ううん。雪柾さえいれば良い」
「俺はお前から何も奪わないと約束する。心配すんな。うちからは俺と吉野と沼田と都筑、他も優男系を数人連れて行くだけだ。誰もヤクザにみえないだろう?」
 雪柾が一番ヤクザに見えるんだけど…とは言わないほうが良いだろうか。
「優男系って誰?」
 そんなのが吉野さんと沼田さん以外にいたかな…
「さぁ?吉野と沼田が仕込んでるらしい」
 なんとなく、波乱に富んだ誕生日になりそうな予感がした克彦だった。


 午前中に事務所へ顔を出し、いつものようにさりげなく二階の通称『パシリ部屋』に声を掛ける。
「みんなおはよっ!」
 本田からいつも通りに振る舞っていろ、と言われたので期待しつつも顔には出さずに顔を出す。
「おはようございますっ!」
 分け隔て無く接してくれる克彦は黒瀬組の人気者だ。
「克彦さん、今日はお誕生日パーティをされるとかで、俺たちからも贈り物があるんです。どうぞ受け取ってください!」
 各階の大部屋小部屋を渡り歩き、両手で持ちきれないプレゼントを会議室まで運びこんでもらった克彦は、またそこで行軍を止めてプレゼントの包みを開ける喜びに浸っていた。
「沙希ちゃんいないとなんだか寂しいな〜」
 と、声に出して言ってみたものの、満面の笑みを浮かべていては説得力がない。プレゼントは皆が頭をフル回転させて買った物らしく、克彦の趣味を良く把握した真面目なものから笑えるものまで実に様々だ。
「やっぱみんないい人達だよな…」
 しんみり感動していると、沼田が今日のパーティに参加する組員を連れて入ってきた。
「こんにちは、の時間ですよ克彦さん。組長がやきもきして待っているので手短に紹介しておきます」
 そこにいた三人のうち二人は事務所でもよく見掛ける顔だったが、もう一人は見掛けたことが無く、どう見ても普通の会社員だった。
「こっちの二人は都筑の同期で克彦さんも良く見掛けると思います。細い方が桑野、ずんぐりしたほうが清水。でこっちのどう見ても普通の会社員が私の知り合いの山崎と言います。大手企業の敏腕秘書で、堅気です。一応この三人は営業部の者と言うことになっています。普通に営業もしているんですが彼らが取り扱っている商品は特殊な物なので、ぼろが出ないように山崎を付けることにしました」
「特殊な物って、シャブとかチャカとか?」
 実は克彦は黒瀬組の本業については何一つ知らない。ヤクザなのでやばい物も取り扱っているかも知れないが、本田はその事には一切触れたことがない。知れば、克彦も共犯になってしまうからだそうだ。
「そんな小物は扱ってませんよ。今時は私たちでもそんな物使いませんからね。抗争も、資金源を経って様子を見るのが最近の流行ですし。うちは己が武器ですしね」
 頭の回転がいいだけではなく、実際に素手で人を殺せそうな人達に言われると説得力が増す。
「うちは昔、取り扱ってましたよ、各種非合法ドラッグに臓器に人間に…」
 にっこり癒し系笑顔でとんでも無いことを山崎がのたまった。
「…ゆきちゃん」
「沼田さん、さっき堅気って言ってなかった?それにゆきちゃんって…」
「私の下の名前、ゆきまさって言うんですよ。組長さんと字は違いますけど」
 山崎ゆきちゃんは胸ポケットから名刺を取り出すと、克彦に一枚渡した。
「あ、どうも。俺、名刺持ち歩かないんで…紅宝…って、すっごい大手…」
 丸顔でにこにこ顔の癒し系の青年が秘書室次長…仕事が出来そうに見えない。
「ゆきちゃんはこう見えて優秀なんですよ。うちに欲しいくらいです」
 沼田さんがそう言うならそうなのだろう。
「かずさんだって、うちに引き抜きたいですよ。なにしろうちの上司達は遊んでばかりで肝心なときは私に仕事を押しつけて出て行ってしまうんですよ。たしか克彦さんとうちの上司は一度顔を合わせたことがありますね…ゴールデンウィークの伊豆で…」
「あああ!いりこの彼氏!」
 しかも、ゆきちゃんって…もしかして沼田さんの恋人!?
「そうそう」
 にぱーっと笑いながら頷く様子は、あの上司にしてこの部下有り、といった風情だ。みんな揃って緊張感が無いというか…それでいて仕事が出来るのは凄いけれど…そして、沼田さんの恋人ってところがまた信じられない。でも、でも、沼田さん…園部さんが帰ってきている間、もしかして浮気してなかった!?いつも溜まってたバーの常連が沼田さんの噂をしていたような…えーっ、まさか、ね?
 でもでもでも、人は見掛けによらないのだ。黒瀬組の強面達は、雪柾を筆頭にみな優しいじゃないか。見かけが優しいからって、本当に優しいかどうかだってわからない。もしかして沼田さんったら浮気性??
 癒し系のゆきちゃんを裏切るなんてゆきちゃん可愛そう…と心配するのではなく、後で根掘り葉掘り聞いてやろうと克彦は心の中でぺろっと舌を出した。

 朝9時には事務所に来ていたのに、克彦が本田の元にたどり着いたのは13時過ぎだった。事務所内で寄り道をしていたから、と言うのもあるが、三十路のゆきちゃんがどうみても克彦より年下に見える秘訣を探っていたら、すっかり遅くなってしまった。結論は、何を言われてもにこにこして眉間に皺を作らないこと、でもやりすぎると目尻が垂れ下がりそうで、それは自分には似合わないので適当なところでやめておく。
 雪柾の部屋にはいると、雪柾は窓辺に立って書類に目を通していた。
「遅かったな」
 こちらを見て目を細める雪柾の立ち姿が格好良すぎてクラクラする。これが雪柾だよ、とみんなに紹介できるなんて幸せすぎる。だって今までの男はどれもなんだかなー、だったから。まあ義童はちょっと違うけど。
「ごめんね。みんながプレゼントくれたんだよ!もうすっごい嬉しい!で、会議室でプレゼント開けてたら沼田さんが今日のパーティーに参加する人連れてきててさ、三十路のゆきちゃんって沼田さんの恋人??」
「…らしいな」
 にぱーっと笑うとても同じ年代には見えない山崎とは一度会ったことがある。紅宝院のゴタゴタがあったとき、本田・吉野・沼田の三人は師匠であるイアン(中略)グラントに召集されて紅宝院と花月院の警護にあたった。その時に宿舎で甲斐甲斐しく兵士達の世話を焼いていたのが紅宝院の敏腕秘書の山崎だった。宿舎で沼田から『ゆきまさ』と呼ばれ、同じ名前だった本田と山崎が同時に振り向いて返事をした、これが沼田と山崎の馴れ初め。
 その後どういう経緯を経たのか知らないが、克彦と本田が出会う頃には付き合うことになっていたらしい。
「そっか。なんか、なごみ系カップルだよね」
「…雲隠れカップルだ」
 沼田は黒瀬組の幹部なので付き合う相手のバックグラウンドはある程度調査する。山崎の履歴はすぐに調査報告が上がってきたが、尾行はことごとく失敗に終わり、プライベートは全く謎だった。沼田も尾行をまくのが上手いので付いたあだ名が『雲隠れカップル』 
「ふふふ…じゃあ今日も二人で隠れちゃうのかな?」

 

前編
お誕生日編1

獅子座な男