花・ひらく

園部と沙希

「沙希、足は大丈夫か?痛まないか?」
 乗り心地が良い車のシートでウトウトしかけていたら目的地へ着いたようで、先に降りた園部が沙希を抱きかかえようと手を伸ばしてきた。
「だいじょうぶです…」
 自力で降りようとする沙希を制して、強引に抱き上げる。降りた所は地下駐車場のようで、周囲には沙希でも知っている高級車がずらりと並んでいた。エレベーターで最上階まで上る。エレベーターを降りると、そこは沙希が見たこともないような豪華なフロアだった。
 

 

 車を運転していた人と助手席に座っていた人も一緒に室内まで入って来たので、沙希は園部の同居人かと思った。が、彼らは持っていた荷物を置くとまたすぐに出て行ってしまった。
 園部は沙希を大きなソファーの上にそっと座らせる。
「沙希、おまえ腹減ってないか?」
「いいえ、もう食べました」
「じゃあ、何か飲むか?って、ビールしかないか…」
 園部は携帯を取り出すと何処かに電話をかけ、沙希の飲み物や必要そうな物を買ってくるように伝えた。
「あの…俺、良いです!喉乾いてないし!」
「ああ。だけど着替えとか朝飯とかいるだろが?」
「え…?俺、兄ちゃん来たら一緒に帰りますから…」
「兄ちゃんここには来ないぜ?来るとしたら明日、事務所のほうにだ。それに…」
 園部は冷蔵庫からビールを取り出すと、沙希の隣に腰掛けた。
「兄ちゃんには少し手伝ってもらいたいことがある。その間おまえにはずっとここにいてもらう」

(やっぱちいせぇな…)
 この家で、この場所で、まさかこんな子どもと一時でも過ごす機会があるなど思ってもみなかった。ニューヨークの自宅には契約愛人を住まわせる事もあるが、彼らはその性質上、契約が切れれば二度と自宅へは来ない。仕事と自分のプライドに見合う金額の報酬さえもらえば、それ以上は何も望まない。この日本の住み家には組関係以外の者は入れたことがなく、気に入ってもたかだか数日の愛人にこの場所を教える気などさらさら無い。
 

 一体どうしたことか。
 

 身なりに構わないのか、少し歪んだフレームに片方だけしかレンズが入っていない壊れた眼鏡を、未だかけている。染めたこともないであろう髪は艶々だが素人が切ったかのように不揃いだ。作業着はサイズが合わないのかだぼだぼで足も手も裾を幾重にも折り曲げて着ている。光りを良く反射する真っ黒な瞳と繊細な目鼻立ち、白い肌はそこはかとない清潔感を漂わせていて、どんな美人よりも園部の心を揺さぶる。
「あの…でも俺、明日仕事あるし…みんなの事も心配だし…」
「足、怪我してんだ。治るまで仕事は休め。ほかのちび達なら沼田と吉野が面倒見てるから問題ない」
「でも、休んだら首になっちゃう…」
「他を紹介してやる。沙希はどんなしごとをしてるんだ?」
 

 

 ビル管理。これが沙希の仕事で、消防設備士や危険物取り扱いや電気工事士の資格を取れたところだ。経験年数が必要な資格もあるので、絶対に辞めたくない。兄が見つけてくれた仕事だったが、中卒の自分でも資格さえ取れれば長く続けられそうな仕事なのでこつこつ頑張ってみようと思い始めたところなのに…
「…とにかく、明日はダメだ。吉野に連絡を入れさせるから、お前はちゃんと足を治せ。酷くなったら好きな仕事も出来なくなる」
 明日だけでも沙希を自分の側に置く。明後日のことは明後日考えればいい。いざとなれば縛り付けてでもここに閉じこめる。その前に少しからかっておくか、と園部はソファーから勢いよく立ち上がった。
「沙希、お前風呂まだだろ?」
「あ、はい…」
「手伝ってやるから、風呂使え」
「え、そんな、良いです!」
「遠慮するな」
 沙希を抱き上げると、有無を言わさず風呂場に向かう。
「怪我してる方の足は床に着くんじゃないぞ。片足で立ってろ」
 そう言って沙希をそっと下ろすと、ごちゃごちゃ言って抵抗する沙希の作業着を豪快に脱がせ、自分もさっさと全裸になる。
「あのっ!…うわ…っ」
 沙希がどこをみて驚いたのか知らないが、園部の身体はそれは見事だった。

(うわ…すごっ…!)
 一年前から1㎝も伸びていない身長に油断するとすぐ落ちてしまう体重。小柄、と言うのは沙希にいつもついて回るコンプレックスで、園部のような大柄で筋肉質な男らしい身体にとても憧れている。自分の倍くらいありそうな身体の厚み。しかも無駄な肉など欠片もない、筋肉に縁取られた精悍な身体。羨ましくて、沙希は自分でも気が付かないくらいまじまじ長々、園部の裸体を見つめてしまった。上から下までたっぷり眺めて、またある一点に目が釘付けになる。園部の身体の中心。黒々とした繁みの中、平常時で沙希のMAX状態よりも大きいものが…急に恥ずかしくなった沙希はなんとなく自分の前を両手でかくして後ろを向く。

「どうした?はやく入らねぇと風邪引くぞ」
 沙希の反応に内心でほくそ笑みながら、何でもない振りをして素っ裸の沙希をまた、抱きかかえる。盛大に脱がせた時、沙希の可愛らしい性器は、隠すだろう事を見越して素早く観察済みだ。色の白さは手足を見れば分かったので、今はまさしくバージンピンクの小さな乳首を観察中で、手の平は沙希のきめ細かく滑らかな肌の感触を楽しんでいる。
 ただ一つ予想外だったのは、沙希の身体が思った以上に筋肉質だったことだ。もっと子ども子どもして柔らかいのかと思ったが…ほっそりと柔らかいのだが、運動をしたことがある綺麗な筋肉がついていた。

 

 

沙希の頭からシャワーをかけたっぷり濡らした後、シャンプーを振りかけてがしがし泡立てる。
「ほら、続きは自分でやれ。背中洗ってやるから」
 次はボディーシャンプーを手に取り、沙希の背中に手を這わしながら泡立てていく。首筋から肩、背中、腰、脇…乱暴でもなく、丁寧すぎる程でもなく、絶妙な加減で手をすべらす。時々くすぐったそうに身を捩るポイントを頭にたたき込み、その近くを丹念に洗ってみたり…
「よし、前は自分で洗え」
 今日はこの辺でやめておかなければ、自分のほうもやばくなる。楽しみは後に取っておくことにして、沙希がおたおた前を洗っている間に自分の頭のてっぺんから足の先まで超特急で洗い、またまた沙希を抱きかかえて湯船にどっぷり浸かり込んだ。

(うわっうわーっ)
 沙希は背中を這い回る園部の手がくすぐったくてしょうがない。生まれて初めて背中を洗ってもらったのだ。しかも貧弱な自分の身体を…男らしい男に憧れてそれなりにスポーツはやったが、体質なのか、放っておくとすぐに筋肉が落ちてしまう。背中は特に難しく、いつも見る事が出来ないので後回し。きっともうふにゃふにゃになっているに違いなかった。ほれぼれするような園部に見られていると思うと倍増しで恥ずかしい。丁寧に洗ってくれてるのに、くすぐったくて時々身体が逃げてしまう。いたたまれなくなってがむしゃらに前を洗っていると、頭のてっぺんからまたシャワーがどっとかけられたのだった。

 

 湯船の中では他愛もない会話をして、さっさと風呂から上がる。何時の間に用意されていたのか、沙希の新しい下着やパジャマまで揃えられていた。
 居間で冷たいものを飲みながらすっかり濡れたサポーターを取り替えた頃には沙希も園部に馴染み、気持ちに余裕が出てきたのか笑顔も見られるようになっていた。
 落ち着いて周りを見渡せば、そこは沙希が見たこともないような部屋で…
 一晩だけでも泊めてもらえることが素直に嬉しく、園部に抱きかかえられて家中を案内して貰う。
 沙希の同居人達が全員一度に寝られそうなくらい大きなベッドに横たえられた頃には夜中の一時を回っていただろうか。居間のソファーでもいい、と言ったのだが、眠いのと、こんなに大きなベッドなら園部さんと二人で眠っても良いよね、と甘えてしまったのと半分半分。それでも何度かソファーで…と言い張るうちに、沙希は寝心地の良いベッドで眠りこけてしまった…
 うだうだと文句を言っている沙希を宥めながら、園部は沙希の小さな頬を手の平で優しく撫でていた。半分閉じてさえ、寝室の微かな光を反射する黒目に魅了され身体の高ぶりを覚えていたが、そのうち完全に閉じたまぶたにそっと口づけを落としただけで、園部は寝室を後にした。
 部下が、沙希と兄の素性を調べて報告に来るはずだ。

「両親は沙希さんが5歳、兄の志貴(しき)が8歳の頃に死亡。その後保護施設で中学卒業まで生活した後、兄が一足先に上京。窃盗から初めて書類の偽造、詐欺で生活。保護施設でも問題ばかり起こしていたようですね。弟の沙希さんは正反対で、真面目で成績優秀、スポーツ万能…だったようです。驚いたな…段持ちですよ、空手と合気道の…園部幹部、気をつけてくださいね…今のところ沙希さんには怪しいバックはありません。兄の志貴は居場所を確認できましたので、事務所に現れるまで見張りを付けています」
 

 

 時間も時間だったのでそのくらいの事しか分からなかったが、分かったところでたかが知れているだろう。
「沙希が段持ち…」
「無茶すると逆にやられますぜ…」
「…余計なお世話だ!」
 道理であの筋肉である。衰えているとは言え、綺麗に引き締まった体つきをしていた…
 部下に出て行くように手で合図し、沙希の眠る寝室に入る。沙希は無邪気そうな寝顔で安心しきって眠っている。起こさないようにそっと隣に滑り込むが、沈み込んだマットの微かな揺れを感じたのか、沙希が小さく吐息をはいた。
「ん…」
 甘く柔らかな声に息が混じり、何とも言えない色香を感じる。
 園部は沙希の身体にそっと腕を回して抱き寄せ、小さな温もりで満たされていく不思議な感覚に意識を手放していった。

 

 沙希が居間へ行くと、ソファーで新聞を読んでいた園部が急いで歩み寄ってきた。今日も朝から沙希を抱きかかえ、一歩も歩かせないつもりのようだ。足は全く痛くなくていい加減自分で歩きたいのだが、どんなに頼んでも強引に抱きかかえられてしまう。
「もう大丈夫ですってば…」
「いいや、ダメだ。朝飯を食ったらすぐ医者に行くぞ」
 そういって連れていかれたキッチンのテーブルには湯気の立つ朝ご飯が既に用意されている。久しぶりのきちんとした朝ご飯に、沙希の顔が綻ぶ。
 沙希と園部がテーブルにつくと、スーツにエプロンという不釣り合いな恰好をした恐そうな男の人が、ごはんを持って現れた。
「いくらでもおかわり、ありますんで」
 そう言って沙希の前に置かれたお茶碗にはごはんがてんこもりだ。
「沢山食えよ。沙希はまだまだ育ち盛りだからな」
「園部さんみたいに、なれるかな?」
 沙希は大きな黒目を輝かせながらじっと園部を見つめた。
「俺、園部さんみたいながっちりした人って憧れなんです…。園部さん、格好いいもん…」
「沙希、おまえ俺が恐くないのか?」
 

 

 沙希は目玉焼きをごはんに載せながらきょとんと園部を見る。
 昨日も同じ事を聞かれた。でも…
「恐くないですよ?だって、何も恐い事されてない…それに、昨日から沢山お世話になって…」
 目玉焼きを載せたごはんに醤油をかけ、胡椒をふりかける。恐いどころか、理想の男と知り合えて、こうやって一緒に朝ご飯を食べている。沙希にとっては久しぶりの楽しいことだ。
「そうか。ところでな…沙希。なんでその壊れた眼鏡、かけたままなんだ?見にくいだろう?」
「これ…兄ちゃんに何があっても外すな、って言われた。それに、本当は目、悪くないんです」
「あ?」
 

 良くわかんないけど…と言いながら目玉焼きの白い部分をごはんとからめ、一口、口に含んでゆっくり噛む。噛みながらその壊れた眼鏡を外してテーブルに置く。
「俺専用なんだって。俺って、目が女みたいで変だから…これかけたら、ちょっと目が小さくなって目立たなくなるんです」
 兄の真意がどこにあるのか分からないが、眼鏡をかけていれば沙希の可愛さは完全に隠れて近寄りたくないオタク少年に見える。今、こうして眼鏡を外している姿はキラキラ光る黒目だけの大きな瞳のお陰で、はっきりいって美人を食い過ぎた園部ですら魅了する美少年だ。自分が沙希の兄だったら…悪い虫が付かないように顔を隠させるだろう。そして自分の前だけで外させる…
「小さい頃からずっとかけてるから、無いと違和感があって…」
 そう言ってまたレンズが片方だけない眼鏡をかけて園部をじっと見つめる。レンズに隠れた瞳は、そうでない方に比べると随分と小さく、目力も弱い。
「じゃあ掛けておけ。悪いヤツをごまかせるからな」
「?」
 

 沙希としては、単に女顔を隠しているだけのつもりで、悪いヤツという意味が分からない…
「いや。気にすんな」
 自分がその悪いヤツだと言う自覚がちらっと心の隅をかすめ、あわてて目玉焼きをごはんの上に乗せる。
「あ!園部さんも同じ食べ方!」
 片方の黒目をキラキラさせながら沙希が叫んだ。
「あ?」
「目玉焼きはやっぱりごはんにのっけて醤油と胡椒ですよね!」
 自分のごはん茶碗に目を落とすと、知らない間に沙希と同じ状態になっていた。園部は、目玉焼きは皿の上で崩して食べる派だったのだが…
「おう。皿も汚れないしな。焦げた所と絡めて食べるのが美味いんだよな」
 はい、とにっこり微笑む沙希に、朝から妄想全開しそうな園部だった。

「あー、作業着洗濯してくれたんですか!?」
 部下が持ってきたきちんと畳まれた作業着を手に取り、沙希が申し訳なさそうに頭を下げた。アイロンまでかけて、いつもよりぴしっとしている。
「ありがとうございます!」
 黒目にやられそうな部下をどついて脇へ追いやり、園部は椅子から沙希を抱え上げると着替えのために再び寝室へ運んだ。
「園部さん、俺自分でできます…」
 パジャマを脱がせようとボタンに手を掛けた園部を制しながら沙希は訴えたが、そんなことに構う園部ではない。手際よく、しかし脱がせる工程をを楽しみながらパンツ一丁に剥いて、今度は作業着を着せていく。
 

 いつ、この白い身体を自分のものにしようか…
 ニューヨークに帰るまで、あと2週間ほどしかない。今すぐ、無理矢理犯すことも出来る。が、沙希が自分に向ける好意を自ら打ち砕く事ができない…今までの愛人達と同じ扱いをしたくないのだ。
「園部さん…?」
 作業着のボタンに手を掛けたまま動きを止めてしまった園部を不思議に思い声を掛けると、固まっていた園部の手がぴくと動き、ゆっくり沙希の首筋に添えられた。
「沙希、おまえ、好きなヤツとかいるのか?」
「……今は、いません」
「いたのか?」
「いたけど…」
「付き合ってたのか?」
「そんなことしてませんっ!」
 

 叫ぶ程のことでもなかろうに、急に顔を真っ赤に染めて必死で首を振っている。付き合うの意味は分かっているようだが、あからさまな態度に園部の口元が緩む。まあ昨夜見たあの可愛らしい性器はまだ女に対しては使用不能というか…
「お前、そんなに躍起になって否定しなくても…キスくらいしたろうも?」
 沙希はなおもぶんぶん顔を横にふっている。
「兄ちゃんが、だめって。そんなことは成人してからって!」
(兄貴か…侮れないかも知れんな)
 しかし、キスもだめとは、兄貴はいったい何を考えているのやら…いや、兄貴は、沙希がどれだけ可愛いか知った上で隠そうとしている。自分だったらそうする。汚い世界を知っている兄は、沙希の純粋さを必死で守ろうとしているのではないか?自分がどんな思いを沙希に抱いているかなど直ぐにばれるだろう。ばれたところで、兄には諦めてもらうしかない。
 

 沙希は、俺があの路地裏で拾ったのだ。俺のものだ。

「まぁ良い。とにかく、医者に行くぞ」
 もう痛くないのに…沙希はそう思ったが、またしても強引に抱き上げる園部の力は自分より遙かに強く、兄より安心していられた。

 

 たたき起こした知り合いの医者の見立てでは、大したことはないらしい。2、3日は気をつけるようにと言われ、その気をつけ方を聞いてみたが白けた顔でにらみ返されただけだったので、園部は自分流を全うすることにした。
「お前、それはやめとけ。食べ慣れないものを食うと腹壊すぞ」
 園部の趣味をよく知るその医者は親切心から助言したのだが…何を言っているのか分からない風で可愛らしく首をかしげる沙希の反応と共に、園部の足蹴りをくらったのだった。

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