巽さんシリーズ

かいきんですよ

 部屋の呼び鈴が煩いほど鳴り響いている。
昨夜の今朝、目を覚まして朝日を浴びている裸の悠斗を見ていたらまたぞろ欲望がわき起こり、朝から悠斗を啼かせてしまった。
 一風呂浴びた後、少し遅めの朝食を取り終わり、二人でのんびりしているとき,呼び鈴が部屋に鳴り響いた。
 だいたい、二人きりで旅行に来ているのだから朝っぱらから部屋に訊ねてくる知り合いなど…と思った瞬間に、何人かの新しい知り合いの顔が浮かんだ。たぶん、この呼び鈴の押し方は…
「おはようございまーす!」
 ドアを開けると、予想通り、水口克彦があでやかな笑顔で立っていた。
「おはようございます、水口さん」
「克彦でいいよ。いりこは動いてる?」
 ワケ知りの克彦はにっこり笑いながら悠斗の様子を訊ねてくる。
『かーつーひーこーさ〜〜〜ん』
 

 克彦の声が聞こえたのか、悠斗が部屋の中から嬉しそうに答えた。と同時にずるずると妙な音が近づいてくる。
 昨夜の今朝で『足腰立たない』状態になった悠斗が畳の上を這いながら近づいてくる音だった。
「いりこ、ロストバージンおめでとう。さ、一緒に露天風呂に行こう!」
 肩を貸してあげるからね、と優しい言葉を掛けながら悠斗が立ち上がるのを手伝う。
「さっき部屋のにはいったばっかりだよ?」
「温泉は何度も入るものだよ。お肌つるぴかもちもちにしなきゃ」


「克彦さん、昨日の飴、ありがとう」
「ん?美味しかった?」
「うん。ていうか助かった」
 克彦に肩を貸してもらい、部屋から遠く離れた大浴場に向かいながら悠斗は真っ先に克彦に礼を言った。
 飴のお陰で、爆発しそうだった心臓が落ち着いて。そればかりかちょっと忘れられないような経験が出来たから…
「お礼はナッツ入りのチョコで良いからね。雪柾甘いのあんまり好きじゃないんだ。だからチョコを俺が溶かして、ナッツだけく・ち・う・つ・し」
(やっぱり寒いよ…こんな台詞、良く口に出来るよなぁ…)
「で、いりこは飴の口移しとか唾液交換とかしたの?」
 !!
 なんですとっ!?
「な、ななななななっ!!」
「なんでそこでどもってるの…」
「そ、そんなんじゃなくてっ!」
 

 飴をなめた後にキスしたら苺味とミルク味が混ざったイチゴミルクの味がして、それでなんだか緊張が解けて気持ちが楽になって、だからそれは克彦さんの心遣いで、その心遣いが嬉しかった、ってほんわかした話しだったのに、だ、だえきこうかんって…!
「な〜んだ。そんな可愛いことで感激してたんだ。そうだよね〜〜まだいりこだもんね〜〜」
 ふははははははっ!と高笑いする克彦にあきれ果て、悠斗はますます身体の力が抜けてしまった。
(お風呂場で、何をされるんだろう…これ以上どうやって虐められるのかな…?京史郎さん、助けて!)
「どうしたの?もう歩けない?お風呂につかってマッサージしてあげるからね。まかせといて!」
 言葉の裏にどんな意地悪が潜んでいるのか分からなくて、処刑場に引き立てられる無実の罪を着せられた罪人のような気がしてきた悠斗だった。

 

 湯船に浸かっては上がってマッサージ、を5、6回繰り返され、すっかりのぼせ上がった悠斗は、あまりにも帰りが遅く心配して様子を見に来た巽と本田に助け出され、巽に担がれて部屋へ引き返した。
「大丈夫か?」
 うちわで仰ぎながらポカリを飲ませながら、ぐったりしている悠斗に訊ねる。
「…うん…まあ…のぼせたのはさ、お湯のせいだけじゃなくてさ…」
 何から話そうか迷っていただけだが、巽は何を勘違いしたのか悠斗の沈黙に血相を変えて慌てはじめた。
「克彦さんに何かされたのか!?」
「…?」
 されたことはされたが…
「…マッサージ…?」
「どんなマッサージだ!?」
 どんなと言われても、未だかつてマッサージなどして貰ったことがないので説明のしようがない。
「んー…どんなって言われても…背中とか腰とか、さすったりもんだり…気持ち良かったよ?」
「…どんなことをされたか、思い出して私にやってもらえるか?」
 

 悠斗は椅子からすっと立ち上がり、巽を俯せに寝かせると、克彦がやったように太ももにどっかり座り、こんなのとか、こんなのとか…説明しながら同じ事をやってみる。
「…本当にそれだけ?」
 別に、巽が疑っていたような類のマッサージではなく、どちらかというと『てきとー』すぎるマッサージだ。
「うん」
 それよりも、克彦の口からぽんぽん飛び出す言葉があまりにもえっち系で、初心者の悠斗には鼻血噴出ものだったことは、とても巽に言えない。
「こんなかんじのマッサージをして湯船に浸かって、を何回も繰り返していただけ」
 そう言って巽の太ももから立ち上がった悠斗は、いつも通りに動く身体に気が付いてびっくりしてしまった。
「あっ!ふつーに動けるよ!」
 今日一日はゆっくり休むしかないな、と思っていたのに。やっぱり案外克彦さんって優しい?よく分からない克彦の性格に付き合ってる本田さんは心が広いヤクザだな…と思う悠斗も、すっかり克彦の罠に引っかかっていることに気が付いていないのであった。


「いりこ、可愛かったな…」
「…お前の可愛がり方はねじれてるからな…」
「良いじゃん!だってあんなに幸せそうなんだもん。ちょっと塩味利かせた方が甘味が増すだろ?俺もあんな初体験したかった!」
(そればっかりは何ともしようがないな…)
 自分とて、克彦の過去全てを自分一色に変えてしまえれば良いのに、と思うことが何度もある。最近やっと『雪柾に捨てられる』と言うあり得ない妄想から逃れることが出来、将来の不安はぬぐい去ることはできた。
「俺はお前との将来の方が大事だな。これから先、俺無しの人生は絶対に送らせない」
「…うん」
 短い休暇のあと、背後にメルセデスの集団と観光バスを従え、先頭を切って疾走するアストンマーティンDBSのシフト・ノブごと包み込んだ克彦の手を、更に強く握る。
「アクセル全開上等!」
「…」
 寒い台詞に本田は苦笑うしかなかった。


「ねえ京史郎さん、おみやげ幾つ買えばいいの?」
 四日間いちゃつきまくって誰に何を買っていこうか決めるヒマもなく、最後の日ぐらい観光してお土産話も用意しないと掘らなくて良い墓穴を掘ってしまいそうだ。
「…旅館に和菓子を頼むか?」
「うん。でも足りないよね。人数多すぎ!」
「駅に行こう。何か売ってるはずだ!」
「話題は?」
「今日中に3カ所くらい回ればなんとかなる!」
 大急ぎで出発して駅の案内所に向かい、観光名所上位3カ所を教えて貰うと、ダッシュで回って口裏を合わせる。こんな事も将来楽しい思い出になるんだよな…一緒に笑いあって思い出話をする巽を想像して、その日が今以上に楽しい日々だといいなぁ、と悠斗は思った。
 今も十分楽しいけどね。

END