巽さんシリーズ

ゆびわですよ

「いやしかし、だからといって、未成年との付き合いを許すとは…」
 少しは会長も大人しくなったが、どうにも相手を屈服させたいタイプの人間らしい。説明のあら探しに余念がない。
「麻薬密売に係わっていたと言う事実も否定できないのなら、子供を守る親としては、そんな危険人物が近くにいるだけでぞっとする!」
「だからっ、ワケは話せねーってんだろ!お前みたいな噂好きの腐ったおばさんみたいなおっさんに話したら情報もれるだろうがっ!」
「悠斗、黙りなさい。いや、私も初めて巽さんに告白されたときは驚きました。巽さん自身の事も良く知りたいと思いましたから、家族ぐるみでお付き合いしていますよ。二人きりで出掛けることも許していますが、それは巽さんがルールを作って、それをきちんと守っているから許しているんです。出掛ける前には必ず私に許可を取りますし、門限の五分前には帰ってくる。何処へ行った何をしたとか、包み隠さず話してくれます。信頼できる人ですよ」
 

 その時、ドアをノックする音が聞こえた。
 巽だった。
「京史郎さんっ!」
「遅くなってすまない…」
 巽は長身をかがめるようにして部屋にはいると、静かにドアを閉めた。
「まだこんなに早い時間なのに…お仕事は?」
「社長に許可は貰ってきたよ。後で来るかも知れない」
 目の前のとんでもない男前に、おっさんたちですら言葉を失う。
「始めまして。巽京史郎と言います」
 そう言って校長・教頭・担任・相田・会長と、一人づつに名刺を渡す。あわてふためいて名刺を取り出すおっさん達と比べて、巽の動作のなんと自然なことか。お茶を持って入ってきた女教師もちらちらと巽を見ている。
「どうぞお構いなく」
 完璧営業用スマイルで敵一名撃墜。
「この度は私事でご迷惑をおかけして申し訳ありません」
 巽の第一声は謝罪だった。しかも、見たことないくらい深々と頭を下げている…
 びくっと跳ねて戦闘態勢に入った悠斗の手をぎゅっと握って落ち着かせる。おっさんと女教師の視線がその握り合った手に音を立てて集中する。
「悠斗のお父様から連絡を受けて取り急ぎ駆けつけましたが、あまり状況を把握できておりません。枝光校長、恐縮ですがご説明頂けると助かるのですが…」
 逆指名を受けた校長があわてふためく。
「あ、いや、私もお父さんの説明を受けて少しづつ理解してきたところなのですが…立花悠斗君が、学校で落とし物をしまして…それに巽さんのお名前が刻印されていましてね、そちらの、生活指導の相田先生が、巽さんはどうも麻薬密輸に関係しているらしい、悠斗君とただならぬ仲のようだけれど、もし騙されていたら大変だと言うことで相談を受けたのです。昨日の事だったかね、相田君?」
 話しを振られて相田もたじろぐ。一度見掛けているが、今日は以前と違い、凄みがある。これが二十代の男だとは到底信じられない。
「あ、ええ。卒業式の日に一度二人の姿を見掛けて、その時はまあショックでしたが…このネックレスを拾って、その後に週刊誌で巽さんを見たので心配になって…」
「週刊誌…ですか。ウソの記事では無いでしょうが、先ほどお父様がご説明した通り、一般には話せない部分もあるのです。しかし、社長からは私が知っていることは話しても良いと許可を頂きました。それは全て話して良いと言う事です。が…先に要点から」

「皆さんがお知りになりたいのは、私が麻薬密輸に係わっていたかと言うことと、悠斗と付き合っているかと言うことですね?」
 一同、頷く。まるでゴシップ好きなおばさんと同レベルだな、と悠斗は思う。
「密輸組織を作ったのは社長と私です。大学を卒業して五年間携わっていました。悠斗との事は…まだお父様からお許しを頂いていませんが、恋人として付き合う気持ちがあることを伝えています。お許しを頂くまでは節度を保って付き合うつもりです。ご質問があれば誠意を持ってお答えしますが…」
 案の定、会長が真っ先に口を開いた。
「未成年と付き合うのは条例違反だぞ。口に出すのもはばかられるが、君もエリートなら淫行条例くらい知っておるだろう!親として、そんな状況にある子供を放ってはおけない。君を訴える事もできるんだぞ」
 頭から湯気を出しながら怒っているのは、本当に子供を思っての事だろうか?自分の好感度や経歴にハクを付けたいだけのような気もする。
「存じております。青少年保護育成条例、ですね?家族ぐるみでお付き合いをさせていただいていますが…悠斗とはまだ身体の関係はありません」
 乳首くらいは見たことあるけど下半身は見たこと無いし見せたこともない、ましてや触ったり触らせたりもしたこと無い、と付け足してみたい巽だったが。
 

 汗をぬぐう校長、最初から一言も喋らず成り行き任せの教頭、赤くなって俯く担任(ちらっと、可愛いと思った)、凝視する会長、咳払いの真似をする相田。みなありきたりな反応で面白くないとさえ思う。ご両親の様子は後ろにいるので見えないが、悠斗を膝に抱いていたりベタベタしていても見事なくらいポーカーフェイスなので、今もそうだろう。
 悠斗は…巽の手をぎゅっと握って俯いて赤くなっている。いたずらに、指と指を絡ませてみると、握った手に汗をかき始めた。
 可愛い様に笑みがこぼれる。
「では…麻薬についてはどうなんだ?」
「先ほどもお伝えした通り、組織を作ったのは私と社長です。今はもう壊滅状態ですが…」
「そんな男の誠意など、たかが知れておるわ!」
 会長は俺のターンだとばかりに大声を張り上げた。
「おっしゃるとおりかも知れませんが…私たちにはそうするしか選択肢が無かったのです。両親を殺されて、十年間も監禁・虐待されていた人達を助けるために、紅宝院本家に深く入り込む必要があった…」
 巽は紅宝院本家のこと、分家のこと、花月院のこと、そしてファルハン家の事、まるでドラマの脚本のような話しを最初から、説明していった。

「どこまで信じるかは、あなた方次第です…どう捉えるかも…ああ、ちょっと失礼します…」
 巽の携帯が鳴った。
『もうすぐ着くが、状況は?』
「一応全部話した」
『そうか。ではついでに釘を刺しにいくとするか…』
「いや、お前が来る必要は無さそうだ」
『ふーん。では校門まで迎えに行こう』
「分かった」
 心配していると言うより、面白がって顔を出したいような感じだったな…
 巽は電話を切ると、教師達に向き直った。
「さて、他にご質問は?」
 あれだけ長い話しを聞かされたら理解する前に疲れ切ってしまうだろう。それも目的だった。
「だが悠斗君との付き合いは、学校としては見逃すわけにはいかない」
 まだ言うか…ハゲデブ。巽はそう言いたいのを取りあえず我慢する。
「私は…悠斗を愛しています。誰にも邪魔させるつもりはありません。この先何があっても、一生私は悠斗を守って行きます。もしそれを許さないというなら…あなた方も覚悟をした方が良い。私を見くびってもらっては困る」
 最後に鋭い視線を向けると、おっさんたちは二十センチくらい後方に仰け反った。構わず立ち上がり悠斗とご両親にも起立を促す。巽は相田の方に歩み寄ると、相田の目の前に置いてあったネックレスを手にした。
 何処かが壊れたわけではないようだった。恐らく、バチカンをはめ損ねてずり落ちたのだろう。

「おいで、悠斗」
 巽は悠斗の制服の胸元をゆっくり開け、ネックレスをはめる。ご両親の前だと言う自覚はあったが、むかつくハゲデブに一矢報いるつもりで、わざと、官能的なしぐさを見せつけてやったのだ。
 第二ボタンまで開けて、襟元を指先でそっと開く。日に焼けていない白い胸元の眩しさに目を細めてみる。一番長い状態にしたネックレスを頭から被せ、襟足や首筋に触れながら服の中に隠し込む。そしてまたきちんとボタンを留める。
 窓の外で、ヴァン、と柔らかいホーンが鳴った。
「失礼、迎えが来たようなので、今日はこの辺で。まだ何かお話しがあるときは、私の方へ直接どうぞ」
 ご両親を先に送り出し、最後に悠斗の背中に手を回して導きながらドアを閉めた。
 正門の小さな車寄せには大きすぎるリムジンが停まっている。会議室の窓にはおっさん達が鈴なりで、職員室の窓には女性職員が鈴なりだった。先にご両親を乗せ、悠斗を乗せ、最後に自分が乗り込む際、巽は職員室に向かってにっこり微笑んだ。女性職員はこれで、悠斗の味方になってくれるだろう。

「さあさあ、悠斗も巽さんもお腹が空いたでしょう?おにぎりとおみそ汁を持っていって上げるから、お部屋で寛いでいなさい」
 お義母さんは気を遣って、悠斗が巽と二人っきりで部屋に行くようにし向けてくれた。
 ゆったりとして大きなパソコン用の椅子に、悠斗を抱きかかえて座る。左腕を腰に回すと、片手で余るくらいの細さだ。
「京史郎さん、ゲームする?」
 背中をぺったりと押しつけ、巽を見上げると微かに頬が触れ合った。
「チェスにしてくれ。この態勢でシューティングは不利だ」
 チェスは巽も勝てる数少ないゲームだったりする。パズル系やシューティング系をやろうものならあっという間に悠斗が勝つ。
「今日は俺に勝たせてよね」
 悠斗がサービスとばかりに巽の頬に口づけた。
「いや。これだけは私が勝たせてもらう」
 ゲームを始めて直ぐ、お義母さんが夜食を持ってきてくれた。おにぎりと、おみそ汁と、何故かたこ焼き。
「悠斗、巽さんは明日もお仕事なんだから、無理を言わないようにね」
「うん。言わない。今日中に寝るよ」
「そ。じゃあお休みなさい」
 お休みなさいの返事を二人でハモる。
 夜食をもそもそと食べながらチェスをしながら、巽は学校での事を話題にし始めた。
「なあ、あの会長って、ハゲデブだったよな…」
「うんうん、俺、京史郎さんが来る前にハゲデブって怒鳴っちゃった」
「はははははは!良く言った!私も同じ事言おうと思ってたんだよ」
「言えば良かったのに」
「ああいう輩にはエリートっぽい所を見せた方が良いんだ。上手に出ようとしてボロを出すから」
「ふーん。覚えとこっと…」
「担任はだんまりだったな」
「うん。あの先生、本当は優しいんだ。って言うか気が弱い?明日こっそりごめんねって言ってくるよ。たぶん京史郎さんのファンになったんじゃないかな?」
「そうか…」
「で、京史郎さん、さりげなく女の先生達にも色目つかったでしょ?」
「あれは…悠斗の味方を作っておこうと…」
「ライバルになっちゃうじゃん…」
「なりようがない。今までもこれからも、悠斗だけだ」
 またそんな赤面するようなことを…
 巽の言葉も行動もストレートで、嬉しいのだけど、照れくさくて穴を掘って入りたくなる。
 悠斗の反応を楽しんでいるのか、かぁーっとなって火照った頬にちょっと髭が伸びてざらつく頬を寄せてくる。
「…髭、痛い…」
「ふふ…すまない。悠斗のほっぺたはすべすべだな」
 囁くような声に、心臓がズクン、と鳴った。
 中学に入ってすぐ、なんとなく声が変わり始め、半年くらいで落ち着いた。それから半年後に精通があって、パンツはこっそり捨てた。小学生の頃から十八禁サイトをたまに見ていたので、また硬くなっただけかと思ったら出てきてしまって面食らったのを覚えている。
 それが巽と出会ってやばいことになってきた。好きだから、仕方のないことなんだろうけど…
 自分から告白して抱きついていった時は無我夢中だったが、その後は恥ずかしさが先行して、巽のように好きとか愛してるとかなかなか言えない。
 口に出して言ってしまえば全部が変わってしまいそうで…今の、こんなどきどきするような時間も、凄く楽しいから… 
「あ…」
 考え事をしながら駒を動かしていたら、間違えてしまった…
「ちょっ…今の無しっ!」
「ダメだ。これで…私の勝ち」
 さっさと自分の駒を動かして、巽は悠斗を膝の上から下ろした。
「さて、そろそろお風呂に入ってきなさい。私も入ってくるから」
 悠斗はこくんと頷くと素直に風呂場に向かった。
「ちゃんと肩まで浸かって五分だぞ」
「はーぃ」

 

 快適な温度の湯に浸かりながら、悠斗が考えていたのは巽の事だった。
 同じく、熱めの湯の中でため息をつきながら巽が考えていたのは悠斗の事。
 お互いにそうだろうな、と思いながら色々な意味で身も心もスッキリしたのは言うまでもない。

END

  

後編