秋一とイアン

春夏秋冬そして春

冬の陣
 クリスマスのイルミネーションがうざったい季節になった。いや、イルミネーションに罪はないけど。
 すれ違うのはカップルばかりで、それがうざったいんだな。
 俺様は来年早々、教員採用試験の模試を受けることになっているので遊んでいられないんだよ。人より一年遅れて、しかも教員になってみようかなと思った時にはすでに試験は終わってたし…。二月からは試験のための夜学に通うので、それまでにバイトしてお金ためとかないといけないし…忙しくて目が回る。
 

 亮の誕生日ももうすぐ。
 イアンと出会ったのも、今頃だったよな。
 名前を思い浮かべるとまだ心がずきんと波打つ。でも、何も考えないようにしなければやっていけない時期はもう過ぎた。
 実際は、忙しくて考えるヒマもないってところだけど。打ち込めるものができたから良しとしよう。
 でも今日は、嫌でも思い出してしまう。カップルだらけのせいだろうね。そんなに寒くもないのにみんなピッタリ寄り添って、仲良さげに歩いている。
 寄り添うのは寒いからじゃないか…
 全身を包み込んで、無上の喜びと安らかさを与えてくれたイアンの温もりは、たぶん忘れられないと思う。心地よくてとろけそうな感覚を求めて、自然に寄り添っていた。
「おっと…欲しがりません、勝つまでは!」
 いつまでもウダウダやってられないんだよ。試験、受からなきゃいけないんだから。
 亮から貰ったブレスレットを意識する。手で包むように触ると最初は冷たいけど、だんだん温かくなって、最後には熱く感じるようになる。これで当分がまん。
 バイトに行く前に、亮の誕生日のプレゼントを買いに行くんだ。

 

 亮は最近、古今東西の天使の本を集めている。語学が堪能なのでなるべく原書を読むようにしているようだ。なので、今回のプレゼントはリクエストがあった英語の本。本屋のラッピングはなんとなく地味なので、バイト先で知り合ったお客さんに綺麗にラッピングし直してもらう事になっている。
 迅と亮も良く来るので、仕事中に少しプライベートな時間を取ってもオーナーは許してくれるんだ。
 カウンターの隅に本を置いて、馴染みのお客さんを待つ。
 このお客さんは中学校の物理の先生をしていて、それで話しが弾むようになった。試験対策も色々教えて貰っている。先生してるだけあって教え方も上手いから、めちゃくちゃ助かってる。
 いつもの時間。今の時期はベージュのコートに白いマフラーがトレードマーク。
「いらっしゃいませ」
 今日は心持ち俺の声も弾んでいる。
「こんばんは。クリスマスには雪が降りそうな気配だね」
「外、寒かったですか?」
「ああ。恋人達には好都合みたいだったが…」
 

 佐野成一さん。年は聞いたこと無いけど、三十代半ばくらい。縁なしの細い眼鏡が似合う知性的な雰囲気の人。寒い所から店の中に入ると、眼鏡装着組は九十九%眼鏡を曇らせる。この人は残りの一%。手入れをきちんとしてるんだなあ…
「いつものでよろしいですか?」
 先ずはジントニック。その後はいろいろ。
「お願いします」
 以前バイトしていたのはゲイ・オンリーの店だったけど、ここは普通のバー。ゲイ・オンリーの店は出会いが主流なので、敢えて避けた。バーテンにちょっかい出してくるお客も多かったし、昔はそれが結構楽しかったけど、今は純粋に働きたいから。
 手早くジントニックを作り、格好良くカウンターに置く。先輩のベテランほど綺麗ではないけれど、動きの美しさはバーテンの必須テクニックなので、かなり研究した。
「お待たせしました」
「ありがとう」
 最初の一杯が半分ほど無くなるまで、無言だった。話しかけられない限り、最初はゆっくり寛いで貰う。それから様子を伺いながら話し相手になったりならなかったり。

「このあいだ言っていたプレゼント、今日持ってきた?」
 佐野さんから切り出してくれた。
「はい。図々しいですけど…包装紙とリボンも用意してきました」
 佐野さんはグラスを脇に避けると、そこに本を置くように指さした。
 俺はカウンターの隅に置いていた本を差し出し、包装紙とリボンも取り出す。
 厚手の白い和紙に、金色のリボン。
「へえ、英語の原書?」
「はい。語学が堪能な子なので…」
「たしか、何度か見かけた、金髪のとても綺麗な子だよね?」
「そうです」
 ちょっと鼻が高くなった俺。亮は誰がどうみても美しいけれど、敢えて言われるとやはり嬉しい。
「彼は何処の国の人なの?」
「先祖代々日本生まれなんですよ。だから一応日本人。日本語を入れると十一カ国語堪能なんです。色々な国の血が混じっているから、はっきり何処出身とは言えないようです」
「へえ、それはまた珍しいね」
 佐野さんは綺麗な装丁の本を手に取ると、表紙を丁寧に眺めた。
「少し読んでも良い?」
「どうぞ」
 目次から、熱心に、十分ほど読んでいた。
「天使に関する本なんだね。あの子にピッタリの題材だ」
 まさか本当に天使の生まれ変わりだとは言えないなぁ…
「見た目も性格も天使そのものですよ」
「そうか…話したことはないが、君の一番の親友みたいだね」
「親友…と言うか…なんでしょう…もっと大切な人で、言葉では言い表せません」
「恋人…でもないか」
 さらりと言うか。
「違いますよ。一緒にいるでかいの覚えてます?あれが亮の恋人」
「ああ、そんな感じだったね」
 って、いつも亮の身体に腕を回しているから、バレバレだよね。
「さあ、では技を披露しようかな」
 

 佐野さんはカウンターに和紙を広げ、ラッピングを始めた。
 ものの五分もしないうちに、思いも寄らなかった装飾的なラッピングが出来上がった。今日のために、ラッピングのための小道具も持ってきてくれていたようで、ホッチキスやら両面テープやらがカバンの中から登場。
「うわ…すごい…」
 カウンターにいた他のお客さんやバーテンダーもあっけにとられて見ている。
「こんなもんで良いかな?」
「こんなもんて…佐野様、凄すぎます。美しすぎます」
 出来るだけ素の俺を出さないように、格好いいバーテンを装っていたのに。俺は天を仰ぎ、床にくずおれるパフォーマンスをやってしまった…まあいいや。
 佐野さんはそんな俺を見て、楽しそうに、笑った。

「あの、佐野様、今日は俺に奢らせてください。あんなに素敵なラッピングしていただいて、お礼しなければ男が廃ります!」
 でも、佐野さんは頑なに辞退した。
 そしてその代わり、次の休みに一緒に飲みに行く約束をさせられてしまった。
 バイト先で奢るより、他の店で一緒に飲む方が楽しいかもね。
「次の休みは…あー…大晦日だ…」
「都合悪い?」
「いえ、俺は予定ないです。でも、佐野様、里帰りとかなさらないんですか?」
「いや、毎年実家には仕事始めの前日にちらっと寄るだけ。年末年始は一人でぼーっと過ごしてるよ」
 独身でフリーだということは何となく分かっていたけれど。
「あ、じゃあ大晦日くらい楽しく飲みましょう!」
 その後に、迅達のカウント・ダウン・カオスに一緒に行っても良い。
 去年の大晦日の事をちらっと思い出して、胸がちくりと痛む。
 いやいや、もう終わったことだし…
「そうだな。たまにはそんな年越しも良いかもしれんな。その前にもここに来るから、ぼちぼち予定を立てようか」
 そうしましょうとも。

 

 カオス当日。
 結局佐野さんは冬休みに入って毎日来店。俺は先輩バーテンダーから教えて貰った情報を元にあれこれプランを伝えて、最終的には昼から丸一日遊び回ることになってしまった。
 見たかった映画を観て、早めの軽めの夕食。後のパーティで久しぶりに板井さんが腕を振るうので、ちょうど良くおなかが空くように。
 一件目のバーは最近出来た店で、バー好きな佐野さんもまだ行ったことがない所。ジャズ好きなマスターの店なので、オーディオセットやレコードが充実しているらしい。お酒はシングル・モルトがメインで、マニア向けな店。まだお客が少ない時間帯で、シングル・モルトの色々な話しを聞かせてもらえた。飲みやすいものからメチルアルコールみたいな匂いの強いものまで、二人で五種類くらい飲み比べ。
 二件目は、昔俺が良く行っていたお店。ごく普通の店だったけど、佐野さんが行ってみたいと…
 迅にこの店に行くって言ったら、迎えを寄越すって。迅のマンションまでは結構な距離があるので、迎えが来てくれると移動の時間を飲む時間に充てられる。ラッキー。
 ただ、くれぐれもリムジンだけは寄越してくれるなと頼み込んでおいた。外車しかないならないで良いけど、できるだけ大人しいヤツで。
 この一年、この店には来ていなかったので、常連や仲間と会えて俺はめっちゃ楽しかった。ただ、俺の性癖が佐野さんにばれやしないか、ちょっと気になったけど。
 その辺はみんな場慣れていると言うか、佐野さんがノンケっぽいと判断してくれたようで、うまくかわしてくれた。
 

 実際、佐野さんがノンケなのかゲイなのか、判断が付かなかった。もしかしたら両方いけるのかもしれない。迅と亮の事も自然に受け止めてくれたから、あからさまな嫌悪感も無いのかも。どっちにしても、俺は佐野さんの事は好きだけど、好きの種類は、教員として尊敬する人ってところかな。
 会話のメインも学校のことや教員の仕事のことが多かったし。ほんとに、参考になってる。感謝。
 携帯が鳴って、迎えが来たことを知らせてきた。おそるおそる外に出てみると…
「ジープかよ!」
 しかも、裏切り者の精鋭二人がニタニタしながら乗ってるし。
「お前らかよ!」
 一応、幌はかぶっていたがすきま風で寒すぎるドライブを堪能させられた。
「迅さんって、どういうお仕事の人なの?」
 佐野さんはびっくり仰天だろうな…
「普通の…てか、社長だけど、紅宝って普通の会社の」
「ああ、総合商社の…若いのに、凄いね」
「うん。その辺は尊敬してる。けど、こんなことして面白がる子供っぽい所もあるんだよな…」
「上月君と接点なさそうだけど…」
「前にバイトしてたバーの常連さん。亮の事とかで相談にのってたんだ」
「そうか…悩みなんてなさそうに見える二人なのにね」
 今は、そう見える。でも、もし本当のことを知ったら、佐野さんは驚くだろうな…
「今はね。でも、昔は大変だったんだ。色々あったんだよ。あの二人が幸せになれて、心から良かったって思ってる」
 佐野さんは黙って頷いてくれた。

 

 セキュリティは健在だった。
 地下から十三階まで直行して、警備室を通過。
 俺は顔パス。
 エレベーターを乗り換えて二十四階まで上がると…カウントダウンまで二時間近くあるのに、もうすでにカオス。
 佐野さんを連れている俺に、イアンの部下達の視線が集中する。もちろん、冷やかしたりする者は誰もいない。ただみんな、それぞれに思うところがあるようで…裏切り者の精鋭二人は車の中でしきりと佐野さんの事を聞いてきた。やつらはきっと、報告するに違いない。敢えて報告しなくても、耳にはいるように噂するに違いない。噂の内容がたとえ間違っていても、もうどうでも良いじゃん?
 最初に、悠斗が走り寄ってきた。
「秋一さん!」
「おう。ちび」
 成長期のはずなのに、悠斗はまだちびのままだ。可愛いけどな。
「ちび言うな」
「みんなは?」
 一人一人紹介するより、まとめて紹介した方が早い。
「おば様の所にいるよ」
 亮の母親のことだ。悠斗は俺の手を引いて案内してくれた。いつものメンバーが勢揃い。最近あまり見かけない光景なので小気味良い。
「佐野さん、このマンションのメンバーだよ。亮のお母さん、妹の由梨菜ちゃん、で、巽さん、悠斗君、山崎さん、迅さん、亮。みんな、こちらは佐野成一さん。俺のバイト先のお客さんで、中学校の先生。色々アドバイスしてくれるんだ」
「はじめまして、佐野です。今日はお誘い頂いてありがとうございます」
 佐野さんは丁寧にお辞儀をした。大人な雰囲気だなぁ…。最近、迅も巽さんも若い子と付き合っているせいか、仕事が終わるとラフな格好の事が多い。さすがに二十代に見える。よく考えたら俺より少し年上なだけなんだよな…

「みんなまだ若いんだね」
 佐野さんも少し驚いている。
「うん。去年まではみんないつもスーツで、怪しい集団だったんだけど…」
「怪しい?スーツ姿が?」
「うん。スーツは良いんだけど、迅も巽も、若い子引きつれてるから」
「その…悠斗君は…どうみても中学生なんだが…」
「ははは。まあ大目に見てやって。巽さんはちゃんとご両親に了解とってるから。つうか、去年の元旦、めっちゃ面白いことがあったんだ…」
 俺は人をダシにして、佐野さんとの会話を楽しんだ。ぽっかりと空いた心の穴に触れないように。
 

 楽しければ楽しいほど、その穴は暗さと深さを増す。分かっているけど、気が付かない振りをして、無理矢理ふさごうとしていた頃に比べたらマシだろ?
 時間はあっという間に過ぎ、カウントダウンも無事終了。この大所帯で初詣に行く事になった。と言うか、紅宝院と花月院が動けば倍の数の護衛も動く。今日ばかりは全員私服だけど、それは壮観な光景だった。
 俺も佐野さんも疲れていたけど、それなりに楽しんだ。完全に二十四時間遊び回り、佐野さんを自宅まで送った後は、車の中でドロのように眠る。目が覚めたらマンションの俺の部屋だった。
 

 二日の朝、佐野さんからお礼の電話が入った。
 で、結局二人ともヒマだったので、俺の模試に向けて勉強をみてもらうことになる。
 自宅は狭いし、真面目に勉強するなら使って良いと、マンションの一室を貸して貰っていたので、そこに来て貰うことになった。
「自宅には帰ったの?」
 俺ごときでは到底借りることが出来ないような豪華部屋を見回しながら、佐野さんが聞いてきた。
「昨日の夜、目が覚めてから挨拶に行ったよ。うち大家族だからさ、一人いないくらいがちょうど良いんだよ」
「ここにいつも一人でいるの?」
「勉強するときだけね。迅がいない時は亮の部屋に泊まってる」
「そうか、本当に仲が良いんだな」
「うん。亮がいないと、俺マジやばい。死んじゃうかもよ」
 佐野さんはくすくす笑いながら今日のお題を書いたメモをテーブルに出した。
「今日は論作文中心にやろうか。幾つか文章を持ってきたから読んでみて」
 俺は出された文章を真剣に読んだ。文章に引き込まれて没頭するまでの時間がとても楽しい。

「へえ、食堂まであるんだ」
 勉強の後、俺は佐野さんを連れ回してマンションの中を案内していた。
「うん。ここで毎食食べれば食事代もタダだよ。栄養バランスも良いし」
 傭兵達は不定期に入れ替わる。ここでの任務は楽なので、どうも休暇を兼ねて来ているヤツも多いみたいだ。 入れ替わりのメンバーも大体決まっているので、ほぼ全員と顔見知りになった。イアンの精鋭は最低でも二名、必ずいる。こいつらは迅と亮専属。今日みたいに二人が早い時間に引きこもってしまえば、後は自由時間となる。
 で、食堂に、奴らもたむろっていた。一人は俺をイアンの部屋に押し込んだやつ。裏切り者2だから、二番と呼んでいる。
「にばんーーー」
 まあ、仲良しなんだけどな。
「ぼーい」
 俺はなぜかボーイと呼ばれている。
「ボーイ、そっちは新入り?」
「彼は俺の先生。佐野さん」
「さのさん?」
「うん。佐野さん、こっちは二番。あっちがルカ」
「はじめまして…」
「邪魔すんなよ」
 二番とルカは相変わらずニタニタ笑う。
 食堂には他の傭兵達もいたので、取りあえずみんなにいぇーい、と言っておく。
「全員知ってるの?」
「うん。ここには四十人いる。世界中に百人くらい」
「そんなに危険な事があるの?」
「一年前はね。今は大丈夫」

「でさ、面接ってどんな感じでやれば良いんだろう?俺、態度もでかいし言葉も汚いから…」
 実は面接が一番苦手。グループで討論する試験もあるから、一匹狼の俺様は場の雰囲気を壊したりしないか心配なんだ。
「そうだな…言葉遣いは、猫かぶった方が良いかもな。あと、髪型とか服装。いつも綺麗なピアスをしているけど、ピアスは外した方が良い。髪も少し短くした方が良い」
 うーむむむ。ピアスもブレスもお守りなんだけど…
「面接は暑い時期にあるだろ?ジャケットは着なくても良いんだが、半袖のシャツなんかだとブレスも減点対象かも」
「どっちもお守りなんだけどな…」
「その時だけ外して、ポケットにしまっておけば?」
「そっか…」
「できれば、もう片方にもピアスの穴を開けた方が良いかもしれない…その、めざとい試験官もいるからね」
 あれ…ばれてる?
「あ…佐野さんみたいに?」
 佐野さんはバツが悪そうに下を向いた。
「これ、迅にもらったんだ。前、付き合ってたから…」
「ええっ!」
 そうとう驚いてるし。そりゃそうだろうな…
「でも彼は今…」
「亮とデレデレ」
 いつもの穏やかな表情がめちゃくちゃになってるよ、佐野さん…。眼鏡の奥の理知的な目は大きく見開かれ、口は半開き。

「佐野さん…黙っててごめん。俺、ゲイなんだ。気持ち悪かったら、言って」
 あーあ…いい人だったのにな…
「いや、びっくりしたのはその事ではなくて…」
 …?…
「ここで暮らしてて、嫌じゃないの?」
 佐野さんの言いたい事って、亮のことかな。
「つまり、前の恋人が今の彼と暮らしている所で、嫉妬とかしないの?」
「うん。だから、亮は特別なんだ。迅に愛想尽かして振ったのは俺の方だよ?」
「複雑そうだね…」
 そう言ったまま、佐野さんは沈黙してしまった。気まずい雰囲気ではなくて、話したくなったら話して良いよ、って感じだった。いつもの、優しそうな表情に戻ってる。
「そうだね。この四年でいろんな事があった。でも、俺は自分の道を見つけることが出来たし、最高の四年間…であった人達も、良いことも悪いことも、全部、俺にとっては宝物」
 佐野さんの生徒って、幸せだよな。話しの分かる先生。どんなことでも真剣に相談にのってくれる先生。相手の気持ちをくんでくれる先生。
 俺も、もっと佐野さんと話しがしたい。
 佐野さんだったら、ぽっかり空いた心の穴を、どうやったら修復できるのか、一緒に考えてくれるかな?
 修復はできなくても、どうやったらすきま風に慣れることができるのか、教えて貰えるかな?ほら、どんなにボロい家でも、温かく過ごせるじゃん?ストーブとか家族の団らんとか、友達とか…
 佐野さんを車で送った帰り、俺はなんだか背筋がぞくぞくするのを感じた。
「にばん、なんか寒くね?」
「確かに。俺の故郷サウジよりは寒いな」
「…」
「風邪ひきかけ?ドクター久実に薬貰ったら?」
「うん、そうする」
 やばいな。もうすぐ模試なのに。
 久実先生に漢方薬をもらい、しょうがとゆずの入ったお茶をごちそうになって眠ったら、次の日にはすっかり元気になっていた。