亮の日記

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 昨夜は日記を隠す場所がなくておろおろしていたらだんな様に見つかって怒られました。でも、今までと違って全然恐くなかったです。
 だんな様のお部屋や寝室に僕の日記を置いておくのはどうかと思ったので、日記を抱えて自分の部屋へ走ったのですが…階段の所でだんな様に見つかってしまいました。

「まだ起きていたのか?」

 そうおっしゃったお声は優しくて、笑っていらっしゃいました。パジャマでウロウロしていた僕にご自分のコートを掛けてくださって…そのままだんな様のお部屋に連れて行かれそうになったので、思い切って、自分の部屋に日記を置きに行きたいと言いました。だんな様は僕が胸元に抱き締めていた日記帳を見つめ、大事な物ならだんな様のお部屋の引き出しや本棚を使いなさい、とおっしゃってくださいました。

「いつから日記を付けていたんだい?」
「確か…お屋敷に来て半年くらいたってからです。悠木さんに、書き方の練習になるからと言われて…」

 だんな様は、そうか、とおっしゃったきり黙ってしまわれました。悠木さんのことを思い出したのでしょうか、少し寂しそうなお顔でした。でも直ぐにまた優しい表情になり、僕の肩を抱いてだんな様のお部屋まで一緒に帰りました。
 僕は日記をベッドサイドのテーブルに置いてから、だんな様の着替えを手伝おうとしましたが、だんな様に無理矢理ベッドに押し込まれてしまいました。いつも脱いだお洋服はその辺に散らかしていらっしゃるのに、ベッドの中から見ていたら、一応ハンガーに掛けたり洗濯籠に投げ込んだりしています。そうしてシャワーを浴びに行かれたので、僕はこっそりベッドから抜け出して、お洋服にブラシを掛けたり細かな手入れをしておきました。ブラシで一日の埃を落とし布目を整え風邪を通す。最低でもこのくらいはやっておかないと、せっかく良い品物なのに型が崩れやすくなったり速く痛んだりします。だんな様にはいつも品良く格好良くいて欲しいので、このお仕事は僕に任せて欲しいのに…

 今夜はお食事をされませんが、お食事の時の給仕もさせてもらえなくなったのです。僕は今まで板井さんやお手伝いの女の子達と厨房で食事をしていました。みんなでわいわいがやがや楽しく食べていたのに…だんな様がお屋敷で食事をされるときは、僕も一緒に、だんな様の隣で食べるように言われました。だんな様の食べ方はとても上品で、それでいて男性らしいのです。いつも見とれているのですが、このごろは僕が見つめられながら食べなくてはいけなくて…緊張してマナー違反をしてしまわないか、とても気になって料理の味など全く分かりません。せっかく板井さんが腕によりを掛けてくださったのに…僕も勿論一緒に作っているのですが、僕が作った物は何の味もしなくって、だんな様のお皿を取り上げて厨房へ駆け込みたくなります。
 でも、だんな様は美味しいといって下さいます。一度で良いから褒めてもらいたいと思っていましたが、実際に褒められると嬉しいより恥ずかしいのですね…お料理の事を色々と聞かれても、ちゃんと答えているのかすら分かりません。もしかしたらまた他所の国の言葉で話しているかも…

 だんな様がお休みになるときはもっと大変です。僕も同じベッドで眠るように言われているのですが、緊張してなかなか眠れません。今日一日どうしていたのか等と聞かれても面白い話しは無く、抱き締められて、ほっぺたとおでこに沢山キスされながらだと答えている暇もありません。耳元でお話しをされるとだんな様の息が掛かってくすぐったくて、身体がびくびくして、心臓もドキドキして目が冴えてしまいます…だから、僕は一生懸命眠ったふりをします。そうしてじっとしていたら、だんな様はお休み、と言って僕の唇に軽くキスをされます。

 唇のキスはあまり好きじゃないのですが…だんな様のキスはとても優しくて、触れたところから温かくなり体中がぽかぽかとしてきます。抱き締められたときも、手を繋いだときも同じで、大好きな人に触れてもらうのがこんなに気持ちよい事だなんて初めて知りました。巽さんや秋一さんも温かくてほっとできるのですが、だんな様はまた別で…何というのか…心地よすぎて時々意識が飛んでしまいます。

 だんな様、今夜も遅いな…
 僕のお母様と妹を助けるために、色々と準備して下さっているのですって。明日はその事でお客様がいらっしゃるそうです。眠くなったら眠っていなさいと言われたけど、皆さんが遅くまで僕のために頑張ってくださっているのに、一人だけ早く眠るのは気が引けます。遅くまで起きていたら怒られるのですが…だんな様のお顔を見てお休みなさいを言って、そうしないとちゃんと眠れません。

 明日はお客様なので僕もおもてなしの準備をしましょう。どんな人かな?