花・ひらく

園部と沙希

「「沙希!!」」

 目に涙をためて沙希が走り出す。志貴と園部が叫び、志貴は走り出そうとした沙希の腕を咄嗟に掴んだが…見事に投げ飛ばされてしまった。
「てめぇ、なに投げられてんだ!」
「つべこべ言ってるヒマがあったら捕まえろ!!」
「るせえっ!てめぇが沙希を守るんだろうが!事故にでも遭ったらどうすんだ!!」
「全部てめぇのせいだろが!!」

「にいちゃ…園部さん…ごめんなさい…」

「「…沙希…」」

 兄を投げ飛ばした罪悪感と、喧嘩を始めた二人が気になったのと、どっちへ行けばいいのか分からなかったのと、逃げるためにアメリカくんだりまでやってきたのでは無いことを思いだし、沙希は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも二人の元に踵を返したのだった。
 あの綺麗な人がいる事なんて最初から分かっていた。それでも良いから会いたいと思って来たのに…
「ごめんなさ…」
 

 ちゃんと、話さないといけないのに。話そうとするのだが出てくるのはしゃくり上げる泣き声ばかりで情けないことこの上ない。深呼吸をしようとしても口が開くだけで息を吸い込んでいるのだか吐いているのだか、自分でもうまくコントロールできない。
「沙希、お前、手はどうしたんだ?」
 火傷はだいぶん良くなっていたが、吉野さんに最低でも3週間は薬を塗って包帯をしているように言われたのだ。その包帯は涙を拭くのにちょうど良い…
「…やけどっ」
「ちゃんと医者には診せたのか?」
 吉野さんがきちんと診て薬を塗ってくれたから大丈夫、と言おうにもしゃくりあげるばかりで言葉にならず、首を縦に振ったり横に振ったりするしかできない。
 そして園部の声はとても優しく、綺麗な人がいてもいなくても、やっぱり会いに来て良かったと、また涙が溢れてくる。
「どっちなんだ?」
 大きな園部が近づいてくる気配がして顔を上げると、少し困ったふうな表情の園部が、それでもがっしりと沙希を抱き締めてくれた。
「お前、ちゃんと分かって来たんだろうな?」
 その意味は沙希と園部で微妙に違っていたが、沙希は返事の代わりにぎゅっと園部にしがみついた。
 さっきまでの涙が驚くほど簡単に引いていく。
 やっぱり園部さんじゃないと駄目なんだ…他の誰よりも大きくて甘いやすらぎを与えてくれて、何もかも任せていいのだと言う気持ちになる。


 園部に連れられてホテルへ戻った。沙希達が泊まっている部屋とは違い、やたらと広く豪華な部屋で、でも園部さんにはこっちのほうが似合っているな、などと納得してしまう。
「…すごく会いたくて…園部さんがいなくなって、辛くて…」
 足を怪我していたときのようにずっと抱きかかえられていて心地よかったけれど、何かがまだ足りない。言葉を連ねてみたけれど、それでも足りない…
「ああ…俺も辛かった」
 そっとソファーに降ろされるとやはり足が床に着かない…それに、横に座れるのは嬉しいのだけれど、身体が離れていると途端に寂しくなる。沙希は園部にすがるように、厚い胸に身を寄せる。
「でも…園部さん、きれいな人…俺、初めて見たとき、嫉妬したんだ…どうして園部さんの隣にいるのがあの人なの?って…」
「グレンに嫉妬したのか…?」
 ぎゅっと背広を掴んで縋り付いてくる沙希を膝の上に抱き上げると、沙希は首に手を回して園部にきつく抱きつき、もどかしそうに全身を園部にすり寄せてくる。
「…だって…凄く綺麗で、俺なんか足元にも及ばなくて、園部さんとも似合ってて…」
「俺は沙希に惚れてるんだぜ?」
「…じゃあなんで?なんであの人と…」
京都に旅行に行ったり、さっきだってキスしてた。しかも、もう一人少年がいた…
「そりゃまあ…大人の事情ってやつだ…」
「わかんないよ…」
「すぐ分かるようになるさ…」


 直ぐっていつだろう…必死でしがみついているし、しっかり抱き締めてくれてるのに、身体の中や気持ちがむずむずするのが止まらない。
「沙希、まさか来るとは思ってなかったからまだ何も用意できてない…つうか、お前とはちゃんとしたいんだ。だから、もう少し我慢しろ」
 スーツがしわくちゃになろうがネクタイが涙でヨレヨレになろうが気に掛けるほど大人ではない沙希を少し引き離し、真っ黒できらきら光る瞳から溢れてくる透明な液体を親指で拭う。
「ちゃんと…って?」
「ちゃんとだな。だから今はこれだけだ…」
 きょとんとしていると、沙希が大好きな園部の顔がすーっと近づいてきて、園部の唇が、ぷっくりとした唇に軽く触れた。
「え?…え…?」
 

 今のって…キス??と言おうとしたら、また近づいてきて…
 さっきよりずっと強く押しつけられ、唇で唇を柔らかく挟まれて、それが何度も繰り返される。園部の唇が触れると心に温もりがぽつんと現れ、やがて全身にさわさわと広がっていく。それはとても心地よくて、いつまでもずっとその感覚を味わっていたい…
 もっと欲しいけれどどうしていいのか分からず、沙希はただじっと、されるがままだ。
「嫌じゃねぇのか?」
「…?」
 黒い瞳がとろん、と園部を見つめている。
「おまえのその目、かなりやばいぞ…沙希、もう少しだけ、大人になっとくか?」
 園部が沙希の首筋につっと舌を這わす。その途端の、電気が走ったような感覚に沙希はびくっと震えてしまった。
「あ…」
 項から耳、のど、余すところ無くキスの雨を降らせていく。逃げられないようにがっしり腰を抱え込み、吐息が大きく震える場所を確実にとらえ責め立てると、沙希は全身が総毛立つような感覚に耐えきれなくなり、小さく声を漏らしはじめた。
「あ…や…っ」
 声を殺せず少しだけ開いた沙希の唇に、園部が食らいつく。
「んっ…」
 肉厚な舌で歯列を割り、驚いて縮こまっている小さな舌を捕らえ、舌先や舌裏を入念に愛撫する。柔らかな頬の裏を舐め上げ、上あごを舌先でくすぐる。
 沙希は間断なく与えられる新しい刺激に抵抗もできず、嵐のような口づけにただ身を任せるしかなかった。体中の力が抜けてくずおれても、園部がちゃんと受け止めてくれる…そう思うとまた愛しさがこみ上げ、体中を駆け抜ける。
「ふっ…ぁ…ん」
「沙希…沙希」
 キスの合間に何度も名前を呼ばれ、園部の低い声に耳からも翻弄され、沙希はしがみつくこともできなくなってしまった。


 キスが終わってからも放心状態で…しばらく園部に寄りかかっていけないほどそれは強烈な体験だった。優しく頭を撫でてくれる園部に縋り付き大人しく抱かれていると、沙希は急にいろいろな事を思い出してしまった。
「あ!」
「あ?」
「俺、園部さんにちゃんと言わなきゃって思ってたのに…」
 園部の膝からよたよたしながら降り、乱れてしまった服装をきちんとなおす。
「あの、これ…この着物、ありがとうございます。それから、俺が子供っぽいことしてしまって、園部さんを傷つけてごめんなさい。それから…それから…俺も、園部さんの事…」
 あんなキスをしたあとで今更だったが…
「園部さんのこと…」
 たった一言が、こんなに重くて、そしていざその言葉を口に出すことはこんなに勇気がいることだったなんて…園部は何も言わずに、待っていてくれる。
「…好きです」
 

 星の数ほど男も女も抱いてきたが、恋などしたことが無く、真顔で告白されるのも初めてだった。しかも、力と暴力にまみれて生きてきた自分がこんなにも無垢で素直な少年から告白されるなど、何かタチの悪い冗談かとも思う。まだ子供の沙希に将来を選択させるのは無理な話かと半ば諦め、沙希が他の人間と仲むつまじくなる姿など見たくもなかったので、完全に身を引くつもりだったが…
「沙希、俺はヤクザで、荒っぽいし自分の思い通りにならないと気がすまねぇし、いいかげんな付き合いしかしたことがねぇどうしようもない男だ。それでもお前の事だけは一生愛して大切にすると誓う。着いてきてくれるか?」
 園部が伸ばした両腕に、沙希は何のためらいもなく吸い込まれていった。


「…園部さん、兄ちゃん忘れて来ちゃった…」
 また散々唇を貪られ、真っ白になった頭の片隅に兄のことをちらっと思い出してしまった。
「…いい加減兄ちゃん離れしろ…」
 最悪最強のライバルである志貴など、その辺で強盗にでも襲われて死んでしまえば良いと思っていたが、そんなことになれば沙希が悲しむのは目に見えている。自分以外の男の事で沙希が泣いたとしたら、自分はその男より愛されていないような気になる。たとえ兄でも沙希が自分より関心を持つなど言語道断。志貴には、沙希が心配する隙が無くなるような男になってもらわなければ…
「兄ちゃんは黒瀬のファミリーになってもらう。しばらくは修行で会えないかもな」
「え!兄ちゃん黒瀬組に入れるの!?」
 部下になれば今までとは違い、沙希のことで園部に意見する事もできなくなる。だが、ヤクザに、強制的にされると言うのに、沙希の喜々とした様子はどうしたものか…
「沙希、お前、兄ちゃんがヤクザになっても良いのか?」
「だって、渋くって格好いい!拳さんとか分汰さんとか将さんとかリキさんとか…えーと…」
 それは俳優だろうも、と突っ込みたくなったが、理由はどうあれ嫌いでないのなら良い。
「おいおい、俺の前で嬉しそうに他の男の話をするんじゃねぇ」
「だって俺、格好いい男になりたかったんだもん…」
「なあ、お前は無理する必要ないんだぜ?俺の全部をお前にやる。腕も、足も胴体も、顔も、心も、命も全てお前のもんだ…その代わり、お前の全ても俺にくれ」
 くちゅ…と音をたてて沙希の柔らかい唇をはむ。
 大柄で筋肉隆々の沙希…それはそれで構わないが、逆にのされてしまいそうで、園部はその姿を二度と想像しないと地球上の全ての神仏に誓った。
 されるがまま身を預けていた沙希の身体が重さを増し、首が赤ん坊のように揺れている…
「沙希…?」
「ねむ…きがえ…」
 時差呆けか?まだ八時前である。
「眠って良いぞ…着替えも全部しといてやるから…」


 沙希を抱き締めてベッドで暫く横になったあと、園部は沙希を迎える準備のために起きあがった。名残惜しいが、今までの垢を落としておかなければならない。グレンは良くできた男だ。こちらが言わなくてももう行動に移しているだろうが…
『今夜中には無理かも。明日の午前中には片づけて、昼からちょっと会社に寄っても良い?最後のお願いがあるんだ』
 グレンとはもう何年も前に知り合い、フリーの間何度か寝たことがあるのだが、愛人の契約を結んだのは初めてだった。それもあと一週間の期限で、3日前に更新手続きを済ませたばかりだったのだが…
「結婚祝いに違約金サービスしてくれ」
 電話の向こうから華やかな笑い声が聞こえてきた。
『あははは…あぁ、あなたからそんな台詞きけるなんてね…全ては明日の午後に。2時に予約を入れてあるから』
 その後は明後日の夕方までに全ての家具を入れ替えるよう家具屋を脅し、別室に待たせてあった部下の抱えた書類に目を通し、沙希の眠る寝室に戻ったのは深夜を過ぎていた。


「こんにちは」
 園部のオフィスに入ってきたのはグレンだった。沙希が園部のスーツの端をきゅっと握る。
「心配すんな。今日は客としてきてんだ」
 そう言われても、グレンは一昨日まで園部の愛人だったのだ。長い付き合いとかで園部のことを沙希よりもよく知っている。
「そう。今までと立場は逆だけど…HALの小さな恋人は甘い物とか好き?おいしいケーキを買ってきたんだけど…」
 決してケーキに懐柔されたわけではない。断じてない。が、美味しい物をくれる人は、沙希にとってはいい人なのだ。
 目の前の美しい人はケーキを食べる姿も優雅で、沙希も出来るだけ上品に食べようと思うのだが、緊張してぽろぽろ零している。それを横から園部が拾って口に運んでくれるのがめちゃくちゃに恥ずかしい。
「で、お前の頼みってなんだ?」
 グレンはにっこり微笑んで園部に手を差し出した。
「まずは先に違約金払ってね」
「…いつからそんなにがめついやつになったんだ…」
 答えずに、手をもっと突き出してくる。園部はポケットから小切手帳を取り出すと、ゼロが沢山着いた数字をさらさらと書き込み、グレンに渡した。
「ありがと。これで引退できるよ」
「あ?」
「引退するの。この仕事から」
「…まだ早いだろ」
「沙希ちゃんはいくつだっけ?」
「15だ」
「じゃあうちの姪っ子のほうが二歳年下だね。田舎に帰って姪っ子と暮らしたかったんだ。お金も貯まったし、HALに預けて運用して貰おうと思って…」
「一度も聞いたことがない話しだな…」
「あたりまえだよ。今までは俺も仕事だったから、プライベートな事は話してない。ついさっき、この小切手貰ったところで引退したんだよ」
 

「グレンさん、田舎に帰っちゃうんだ…」
 あまり話しはしなかったけど、最後にほっぺたにキスしてくれた。綺麗で良い香りがして、なんとなく優しそうで、嫉妬していた自分が馬鹿みたいに思える。
「キーウエストっていってな、海のリゾート地なんだ。そのうちお前も連れて行ってやる」
 沙希は生まれて一度も海水浴に行ったことがない。旅行も、バスで一泊するくらいの近場にしか行ったことが無く、リゾートという言葉もぴんと来なかったが、園部と一緒ならどこへ行っても楽しいだろう。
「いつ引っ越すの?」
「さあなぁ。うちの荷物は全部引き上げたみたいだな」
「…一緒に住んでたの?」
「ああ。そう言う契約だった。今までの家具は全部入れ替えて、新しくしてからお前と住む。家を買い換えても良かったんだが、気に入ってるし、時間も掛かるからな。絨毯や水回りも明日の午後には新品になってる。まっさらなお前を抱くためにな」
「な、なな、なに言って…!!」
 真っ赤になって慌てる沙希を膝に乗せる。
「俺が散々遊んできた過去は消せない。俺にはそのくらいのことしかできねぇし、他に考えつかねぇんだ…」
 そうじゃなくて…と言いたいが何をどう説明して良いのかわからないし、恥ずかしいことこのうえない…
「ちがっ…」
「…ああ、分かってるんだが…赤くなって焦りまくってるお前を見るのが楽しくてな。明日、俺はお前の最初で最後の男になる。安心しろ、後悔はさせないからな…」
 からかっていられるのも今日だけかも知れない。告白して、キスをして、そのたびに沙希の内に秘められた何かが変化し、幼さの中に色気が見え隠れしはじめた。
 俯いて唇を軽く噛みしめている沙希の頬を両手で包むと、口づけを予感したのか、すっと目を閉じる。弾力のある唇を舌でこじ開け舌先にそっと触れると、沙希のからだがぶるっと震える。甘い舌を吸い上げただけで、沙希の震えは止まらなくなり、身体をすり寄せてくる。
「んっ……はぁ…」
 刺激に息が上がったのか、抱き寄せて背中をさすると、園部にもたれ掛かったまま肩をせわしなく上下しているのが分かる。
「沙希…愛してる」
「俺も…」


 尋常ではない色気を発散している沙希を目の前にして、志貴は言葉を失ってしまった。
「く…そっ…この野郎っ!!」
 ノックの音で光の速さで我に返った沙希は、ドアが開く寸前に園部の膝の上から飛び降りた。入ってきた志貴を見て咄嗟に笑顔を作ってみたが、自分でもわかるくらいに頬が引きつっている。
「に、兄ちゃん!」
「沙希っ!!」
 拳を握って一歩踏み出そうとした志貴を、後ろにいた部下が引き止める。
「まだ盃もらってねぇんだよっ!!」
 どう見ても外人の部下に日本語で怒鳴り、捕まれた腕をふりほどいて突き飛ばすと、荒々しくドアを閉めた。
「あ…それもそうだな…しまったな。古いしきたりの事をすっかり忘れてたな」
 すっとぼけている園部にずかずかと歩み寄っていく。
「兄ちゃん、落ち着いてっ!」
 兄の剣幕に驚いた沙希が、園部を守るように抱きついた。
「沙希、お前の気持ちは分かってっけどな、一発殴らせろ」
「まあ待て。おまえにゃ話がある。奥の部屋に来いや」
 自分を庇うように抱きついている沙希をそのまま抱え上げ、奥の部屋へ志貴を誘う。何もない部屋だ。そのまた奥へ続く扉を開けると…
 黒瀬組の看板が掲げられた部屋だった。黒瀬組の代紋の前には一振りの刀が飾られており、いかにもヤクザな空間だ。
「な、なんだよ、ここ」
「まあ入れ。まだ盃交わしてないっつったな。確かにそうだ。お前はまだ堅気だったな…」
 園部は沙希を下におろし、志貴の前に敢然とした態度で立つと、志貴に向かって深く腰を折った。
「沙希を俺にくれ。一生、大切にする」


「…は?」
 目の前で何か妙なことが起こっていた。志貴は頭を下げたままの園部を凝視し、次に自分が何をすればいいのかさえ思い浮かばない。
「園部さん…」
 沙希も黒目を大きく見開いて、園部と志貴を交互に見ていた。
「なんだ、恋人の兄に挨拶するのは当たり前だろが…」
「…いや、まぁ…」
 案外良いやつなのかも知れない、と一瞬思ったが…
「なあ沙希、俺も志貴のことを兄ちゃんって呼んでも良いか?」
 そう思ったのはほんの一瞬で、次の瞬間には渾身の一撃を、園部の頬に打ち込んでいた。


「兄ちゃん、案外強いな。久しぶりに青丹ができるぞ」
 ホテルのバスルームで髭を剃りながら、園部は面白がっていた。キスをするようになって沙希から出された唯一の苦情が『髭が痛い』なのだ。柔らかく繊細な沙希の唇は、園部の剛毛で傷つけられ赤くなりやすい。
「うん。打撃は俺よりずっと強いの」
 肌に残ったシェービングクリームを洗い流し、そり残しがないか指先で確認する。
「よし。これで良いか?」
 指で触ろうとした沙希の腕を掴み、そのまま引き寄せてキスをする。
「んんっ…うん。痛くない」
「じゃあもっとキスしてくれ…」
 

「必要な物は全部揃ってるからな。ここの荷物は部下に運ばせればいい」
 園部のリムジンに乗り込みオフィスのあるミッドタウンからアッパーイーストへ向かう。車が広すぎて、外がよくみたい沙希は床に膝をついて窓に張り付くしかない。ちょうど下校時間なのか、制服を着た子供達がちらほらと見受けられた。
「あの子達、俺と同い年くらいかな…」
「あ?あれは…その辺の学校の小学生だ…」
「…」
「拗ねても無駄だな」
 園部の強面が少しだけ笑みで崩れた。
「もうそろそろ着くぞ。その辺の小学生では経験できないような世界に連れて行ってやる…」


「ここ…園部さんのおうち?」
 黒い瞳をめいっぱい輝かせながら、白い邸宅を呆然と見つめている。
「おっと待て。まだ入るなよ…」
 園部は新婚カップルのように沙希を抱き上げ、家具を入れ替えて様変わりした室内へと入っていった。
「一階は居間とダイニングとゲストルームにテラスやらプールやらある。2階が俺たちの寝室とリビングと書斎やらお前の部屋やら」
 園部はざっと説明しただけで、案内もせず2階へ向かう。重厚な両開きのドアを開けると、そこは寝室だった。
 日本の園部のマンションのベッドも大きかったが、ここのベッドも同じくらいの大きさだろうか、枕なのかクッションなのだかが山のように置いてあって狭く見えるが、その上にそっと横たえられた時のベッドの余り具合は同じだった。
 ここまで来てまだ勘違いでもしているのか、きょろきょろと珍しそうに周囲を見回している沙希をゆっくりベッドに押しつける。
「え…?園部さん…??…え?」
「なにが、え?だ…」
「だって…まだ昼間…」
「大人には昼も夜も関係ねぇんだ…それに…明るい方が、お前が良く見えるからな」

「やだっ…そんなの…!」
 恥ずかしい、と続けたかった口をキスで封じられ、おまけに沙希の弱いところばかりを責め立てる。足をじたばたしようにも袴の裾はしっかり園部の足に押さえられていて動かない…
「沙希…沙希…」
 繰り返し耳元で囁かれ、掛かる息に背中がゾクッとしてしまう。胸の合わせから強引に割ってはいる手を止めようにも、沙希の力では園部の腕など掴むので精一杯だ。右手は包帯をしていて手の平に違和感があるのでそれこそ押し返す力も入らない。
「そのべさん…っ、や…」
「すぐに、嫌じゃなくなる」
 

 はだけられた胸元に園部の温かい手のひらを感じる…
 耳たぶを軽く噛まれ、舌でまさぐられながら、それだけでも意識がどうかなってしまいそうなほどなのに、指で胸の飾りも弄ばれ、沙希の下半身に味わったことのない甘い痺れが渦をまく。
「んくっ…あぁ…ぁ…はぁ…んっ…」
 袴の前飾りを解く指先が沙希の敏感な部分に微かに触れると、沙希はたまらず腰を引こうとするが、意地悪な園部はそれを許してくれない。
「ここが…たまんねぇんだろ?」
 袴の上からやんわりと揉まれ、沙希は自分とは思えないような声を上げたのだが、それはまるで他人事のようだ。
「はあぁっ…ん!」
 少しばかり手荒く引き剥がされた袴がベッドから放り投げ、あばれて乱れた裾から覗く沙希の白い足の間に割り込むと、膝裏をすくい上げ大きく足を広げる。
 沙希は死ぬほど恥ずかしい恰好に抵抗する事も忘れて、両手で顔を覆ってしまった。
「やだ…いやぁ…っ…」
 先ほどからの刺激で、沙希のそこは固く反り、下着を濡らしていた…
「沙希…」
 

 園部は沙希の胸元に優しく口づけ、自らも服を脱いでいく。逞しい上半身を沙希の目に晒し、そうする間にすこしだけ落ち着きを取り戻した沙希の手をやんわりと掴む。
「沙希、これはお前のもんだ…」
 沙希の左手を首筋から、肩、鎖骨、胸へとすべらせていく。
「そのべさん…」
 いつも自分を抱き締めていてくれたけれど、こうやって、触ったことはなかった。
 憧れていた、園部の身体…
 沙希は固く閉じていた目をゆっくり開き、その精悍で優しい身体をじっと見る。
「俺の…?」
「ああ。お前んだ。見て、触れて、お前の五感の全てに刻み込んでくれ…」
 沙希は手を伸ばし、園部の分厚い胸に触れた。張りがあって、固くて、熱い…くっきりと割れた腹筋に沿って指を這わせると、園部がくっと息を飲み込む。
「…?」
 園部も、沙希が感じたように気持ちが良いのだろうか?
「園部さんも、気持ちいいの?」
「…も、ってことはお前も気持ちよかったってことだな?」
 忘れていた快感が蘇り、沙希はまた思わず顔を手で覆おうとした。
「沙希、もっと感じて良いんだぜ?溺れてみろ。俺がしっかり掴んどいてやる」
 沙希はふと手を止めると、恥ずかしさに折れてしまいそうな気持ちに唇を噛んで耐え、園部の首に、宙に浮いた手を回す。その手に引きつけられるように口づけを落としながら片方の膝をぐっと肩に担ぎ上げ、沙希の股間を覆うように手を当て淫らに揉みはじめる。
「ふ…あっ…」
 園部の手が下着の中に入り、まだ大人になりきれていない沙希の小振りな性器に指を絡ませこね回す。
「ああっ!…やっ…あっ…ぁ」
 初めて他人に触られた。その感覚は何にも形容できなくて、羞恥と快感が波のように押し寄せてくる。
 どこにも逃げ場が無く、園部に縋り付く以外どうしようもない。手加減無しの園部の愛撫は未経験の沙希を翻弄し、快感が、逃げたくても逃げられないようにがっちりと固定された身体の奥にマグマのように溜まる。
「あっ!…あっ!…あぁっ」
「沙希、どうした?気持ちいいだろ?」
 先端から愛液が溢れかえり、そこを弄られるたびに身体が、声が震える。
「ひ…ぁ…あっ…!」
 沙希の声が一段と高くなり、園部に限界が近いことを感じさせる。
「沙希…がまんするな…受け止めてやる」
「んくっ…でも…よごれ…る…んっ」
 涙を浮かべながら首を横に振り続ける。
「愛してる、沙希。お前の全てを俺にくれ。お前のもんで汚い物なんかねぇよ」
 愛してる。何度も繰り返される言葉に、沙希の心が同調する。
 恥ずかしさも、ためらいも、少しづつ甘い痺れに溶け込み、沙希は園部の腕の中で身体を震わせながら、精を放った。


 沙希の荒い呼吸が収まるまで園部は懐深く沙希を抱き締め、放心していた意識が戻ってきた頃、濡れた目元を唇で優しく拭った。
 沙希が勢いよく放ったもので汚れた腹に不快を感じさせないよう、園部は沙希が身にまとわりつけてくしゃくしゃになった着物を脱がせ、舌で舐め取っていく。
「な!だめっ!そんなことっ!」
 正気に戻り、真顔で慌てる沙希を無視して、園部は口の端に笑みさえ浮かべながら、舌先でくすぐるように舐め取っていく。
「だめなことあるか。もっと味わわせろ」
 腰骨の辺りに軽く両手を当て、指先を蠢かすと、ぴくん、と沙希の身体が跳ねた。
「く…くすぐったい…」
 軽く笑いさえした沙希の様子に、表面上は笑い返しつつ、園部は次の行動に沙希を誘い込む。
「くすぐったいのか?なら…」
 意地の悪い微笑みに沙希が気付いたのは、園部が軽く乳首を舐めた瞬間だった。
「んぁ…っ」
 逃れようと思ったときは既に遅く、腰はがっちり捕らえられ、ねっとりとした動きで乳首を舐め回されていた…
「あっ…や…ん…」


 じわじわと、園部の舌が下半身に降りていく。
 くすぐったいと思っていた腰からはうねるような快感が生まれ始め、園部の視線のすぐ下では沙希の可愛らしい性器がむっくりと立ち上がりかけている。
 まだ幼い性器が首をもたげ、どんどん硬さを増していく。
 腰に当てている指先で沙希の感じる部分を圧しながら、十分に高ぶっていない性器をくわえ込む。
「やっ!…やだっ…ひぁっ…!」
 咄嗟に園部の頭を掴み、引き剥がそうとする。
「やめっ…だめぇ……おねが…だめっ…!」
 必死に哀願しても止めてくれるはずがなく…園部の熱い口内で舌を絡められ、吸い上げられ、園部の手でも、ましてや自分の手でも味わったことがないような湿り気を帯びた熱い密着感に理性もろとも飲み込まれてしまいそうになる。
「はっ…あっ…あっ…んぁっ…」
 断続的にせり上がってくる快感の波。
 ぴちゃっ…ぐちゅっ…と、耳からも犯され、沙希の身体は麻痺したように動かなくなってしまった。

15