翌々日、売上高国内第十五位の大手商社、紅宝のファルハン・グループによる乗っ取りと、紅宝院家の麻薬密輸疑惑が各紙のトップを賑わせた。
 迅は持ち株の全てをファルハン・グループに売り払い、紅宝院家の麻薬密輸をリークし株価を暴落させ、本家に批判的な分家の持ち株も集め、その結果ファルハン・グループは三十五パーセントの株を手に入れることに成功。
 しかし、迅本人も、麻薬密輸に関与していたため、事情聴取で留置されることになってしまった。
「だん…迅さん、逮捕されるの?」
 麻薬密輸をやっていた事実にも十分傷ついたが、逮捕されるかも知れないと聞かされ、亮は意識を失うほどショックを受けてしまった。今日は誕生日なのに…
「いや、それは何とか回避する。私が元締めだからね、全ての情報と引き替えに、すぐに戻ってくる。心配しないで待っていなさい」
 午後から、遺産相続の件で代理人が来る。そしてその後は誕生日のパーティ。全てが終わって、新しい年を迎えるはずだった。
「でも…」
「十日で帰ってくる」
 明確な答えに、亮はほんの少し安心した。
「もうすぐ代理人が来るな…その前に…」
 亮の金色の髪がベッドの上で舞う。ゆっくり、さらさらと、光を発しながら。

「では、二十歳になればあなたは嫡子として花月院の全ての財産を相続する事になります。またこの二年の間に、ファルハン家及び火龍守護団のメンバーの承認を得られれば、メンバーが属する全ての機関を制する権限を持つ事が出来るようになります」
「?」
 亮はそれがどういう事か分からなかった。
「詳しくはサルマン老人にお会いして、お話しを聞くと良いでしょう」
 かなりの量の書類に署名捺印し、説明を受け、夕方までかかってしまった。これが成人する時にはもっと増えるんだろうな…と全てを放り投げたい気持ちにもなった。
「火龍守護団ってなんだろう?」
 代理人を送り出した後に、亮は尋ねた。
 迅がサルマン老人から聞いた話しの中に、光ある者と炎の蛇を纏う者の話しがあった。以前はその二者は同じ者と考えられていたが前者は力と智、後者は愛と智の性質を持ち、力は愛によって統べられなければ自ら滅ぶ。気質も全く異なるため、別の者と考えられるようになった。対極を成す物が自己の中に存在する者は、中立者といってまた別の存在になる。
 その、炎の蛇を纏った者達が光りある者を守るために作られた組織だ。 
「じゃあ、迅さんも炎の蛇?」
「そうらしいな。お前を手放していたら、私は叔父と一緒に滅びただろう。密輸のことで愛想を尽かされ、逮捕されて一生を棒に振るか組織に殺されるか…」
 
 

 二人が下の階のリビングに入ると上月家、立花家の他に非番の兵士達まで集まっており、既にカオスだった。次から次へと祝福を受け、誰が誰やら分からないままキスを返す。先にうんざりし始めたのは迅だった。
 迅はイアンと巽に目配せをすると別室へ移動する。
 この最上階まで聞こえてこないが、本家との小競り合いは続いていた。明日からはそれに密売グループも絡んでくる。本家よりやっかいかもしれない。イアンと巽にはこれからの事で確認するべき事が山のようにあった。
「本家はまだ捕まらないのか?」
 イアンは大柄な身体を書斎のソファに沈めながら尋ねた。
「足元が崩れれば本家はすぐに倒れる。先に裏の方を始末すれば問題ない」
「だがお前が係わっていたのは密輸だけだ」
「臓器・人身売買組織は私が作ったものではないからこそ、脆弱だ」
「ははは、自信家だな」
 それはお互い様だろう…巽はイアンと迅の会話を耳の端で捉えながら、心の中で思った。二人は似たもの同士だと分かっているのだろうか?好みのタイプも似ているようだし…

「ところで秋一だが…あれはシングルか?」
 また聞くか…
「本人に聞けば良い。意気地の無い男だな」
 ああ嫌だ。肉食獣同士が馴れ合っているようで…
「で、明日からの件は…」
 二人は巽をジロリと睨むと手元の書類に目を戻した。
「私の方は放置してもらって構わない。ここの警備を、とにかく強化しておいてくれ」
「こっちより留置場の警備の方が問題だ。制服警官などいくらでも買収できる。お前に何かあったら私たちは亮も失う」
 しかしこの男イアンは、主人に楯突いているわけではないが、喰えない物の言い方をするやつだ。
「ではこちらから先に制服警官を買収しておこう」
 早く悠斗のいる階下に戻りたかった巽は書類をまとめると迅のデスクに放り投げ、部屋を後にした。
「あいつはなんで機嫌が悪いんだ?」
「さあな?」

「あの、迅さん…」
 鋭い目つきで話し込んでいた迅の瞳が、途端に柔らかくなる。けれど、仕事中の真剣な眼差しも大好きで、亮の鼓動が、とくん、と跳ねた。
「どうした?」
「邪魔してごめんなさい…シェフの板井さんがこれを…」
 両手で、いちごのショートケーキを持っていた。
 迅が頼んでいたものだ。
「これって…」
 六歳の誕生日に、二人で食べたケーキ…
 迅は扉の前で立ちつくしていた亮に歩み寄り、肩を抱いて部屋に通す。
「イアン、椅子とテーブルを隅に避ける。手伝え」
 大柄な二人で応接セットを軽々と隅に押しやると、迅は部屋の真ん中の床に亮を座らせ、ケーキを置いた。自らも床に座り込む。
 イアンは事の行く末を察知してにやけている。
「イアン、邪魔だ」
「はいはい。このエロオヤジ」
 イアンはそう言いいながらショートケーキの生クリームをさっと指に掬い、亮の鼻の頭と唇にちょんちょんと載せた。
「舐めて綺麗にしてもらえ」
 迅は苦笑う。聞いた話しによると、イアンと兄弟の中の数人と父親は習わずとも日本語が話せたそうだ。出会うべくして出会った、そう思うとへらず口も心地よい。
 イアンは囁き声を背に、扉を閉めた。

 

 指に付けたクリームを舐め取る舌の動きに、子供の頃とは違う感覚を覚えるのは仕方がない。
 しかし…プレゼントの包みを開いた亮は…
「これ、なんですか…」
 顔を赤く染めて小声で訊ねた。肌が透けそうなほど薄い、白いシルクのガウンが三枚。今の季節の防寒にもなりそうにない。
「これを着たら、一緒に風呂に入って貰えるかと思って…」
「な…なにを…!」
 亮の頭に『エロオヤジ』と言う言葉が一瞬蘇ったが、頭を振って言葉を消す。
 迅はガウンの一枚を取り出すと、背後から亮にすっぽり被せ、ガウンのなかに手を滑り込ませた。
「服を脱いで…それとも私に脱がせて欲しいか?」
 恥ずかしいことこの上なかったが、唯一の救いがあるとすれば、迅が冗談ぽく笑っていることだろうか。
「やだ…」
 

 そう言いつつ、どこかで期待している…
 迅の指がシャツのボタンを一つづつ丁寧に外しても、亮の手はそれを遮ろうとしない。
 気持ちを察してくれる思いやりと、薄衣を纏っている安心感で、亮はいつのまにか、迅と二人で湯船に浸かっていた。
「昔、二人で良く風呂に入ったな…」
「はい…泡も沢山立てて…遊んで…た」
 湯船の中で、時々、迅の手がいろいろな所を撫で、亮は息を詰まらせる。
「お前の髪も泡だらけだったな」
 迅はシャンプーボトルを探したが、遥か彼方で届かない…
「ゆっくり入れるように広くしたんだが、結構使いづらいな…」
 ザザッと湯音を立てて立ち上がる。
 子供の時とは比べものにならない堂々とした体躯。その後ろ姿を見て、亮は目を伏せる。
「どうした?」
 そう聞かれても、困る。
 再び戻り、亮を後ろから抱きかかえるように湯船に浸かる。
「綺麗な髪だ…」
 亮の髪を湯で濡らし、ゆっくり時間を掛けて丁寧に泡立てる。
「さて。後は自分でシャワーで洗い流して、ちゃんとリンスもするんだぞ。私は身体を洗うから」
 亮がリンスを済ませるより早く、迅は全身を洗い終え、先にバス・ルームから出て行った。
「後は自分で出来るな?」
 たぶん、気を利かせてくれたのだ。亮が身体を洗うために薄衣を脱げるように。

 

 寝室に戻ると、迅は読んでいた書類をサイドテーブルに置き、手を差し伸べる。明日からまたしばらく会えないのかと思うと、亮はためらいもなくその手を取った。「今回はまともなプレゼントが用意できなかったな」
 実はあのプレゼント、比較的自由に外出できるイアンに状況を説明して買わせたものだった。見た瞬間にイアンをどつきたくなったが、実は下心が無かったわけでもない。エロオヤジというイアンの台詞はまんざら嘘でも無かったわけだ。
 気を取り直して、亮の額に優しく口づける。
「本当はもう一つあるんだが…」
 迅はサイドテーブルの引き出しを開けると、中から小箱を取りだし、蓋を開ける。
 そこにはキラキラと輝く薄青のピアスが一組。
「母の形見で、昔から我が家に伝わるダイヤだ。釈放されたらお前用にリメイクして貰おう」
 見たことあるような石。
 亮は胸元からごそごそとペンダントを取り出した。今夜はこれを着けていようと思っていたのだ。一番大切な誕生日の思い出。

「これ…」
 驚きの表情を隠せない、迅。
「悠木に捨てろと言ったはず…」
 怒りと恨みで盲目になっていたとき、処分しろと命じた。
「悠木さんが、残しておいてくれたの。お屋敷に来てすぐ、僕に…。捨てないで、とっておいてくれた」
「お前はずっとこのロケットと一緒だったんだな…」
 あの日も、迅はこのロケットに嫉妬した。目の前に本人が居るのに、亮がロケットを慈しんで離さなかったから…。
「本物はここにいるぞ…」
 繰り返される、思い出。
 でも、この次に繰り返されることは頬と頬を合わせることではなく、きっと…
 亮は迅の頬を両手で包み込むと、自らその愛しい人に口づける。
 初めて、もっと触れたいと思った。触れられたいと思った。
 不器用で未熟な口づけが、迅に導かれるように大胆になっていく。ぎこちなく舌を差し入れ、迅のそれにそっと触れる。熱が伝わる。亮の心も体も、魂さえも温められるのは迅の熱だけ。
 

 頬に添えていた両手を首筋にからみつけると、迅は優しく腰を抱き寄せた。腰に回された腕からも体温が伝わる。もっと欲しい。もっと。でもどうして良いのか分からず、身をよじる。
 はだけられたパジャマの胸元からそっと忍び込む手の平。素肌に直に触れられ、感じるのは温もりなのに、身体が震える。首筋に絡めた腕にぎゅっと力を入れる。
 もっと温めて欲しいから…
 亮はしがみつく腕に力を込めることで、見られまいと頑なに遮っていた自分の手を封印する。
 亮が望むままの口づけに応じていた迅が、ゆっくりと、だが強い意思を持って動き始めた。
 胸の刀傷に指先が触れる。
 亮の身体が僅かに反応したが、いたわるように抱きしめ一層深く口づけ、手のひらで傷を覆う。
 

「うわっ、やばい…」
 トレーニング・ルームで秋一相手に筋トレの指導をしていたイアンは、そう呟いて秋一の側から飛び退いた。 トレーニングと称して存分に秋一の身体を触りまくれる。内心で鼻の下を伸ばしていたイアンの身体が何かを感じ取った。炎を纏う蛇がどこかで目を覚ましたか…
「な、なんだよいきなり…」
 秋一は訝しげな視線をイアンに投げた。
 イアンは少し離れているところに呆然とした表情で立ちつくしている。さっきまでの下心丸見えのにやけ顔は何処へやらだ。
「秋一」
 暫くするとイアンは真面目な表情で言った。
「お前、もう今日は部屋に戻った方が良い。でないと…」
 でないと?
「お前を喰っちまいそうだ…」
 …え…。
 秋一は急いで立ち上がり、トレーニング・ルームから転がり出た。
 別にイアンが嫌いなわけではない。イアンの下心もお見通しの上で、自分も何となく楽しんでいた節がある。 ただ、本気でない恋はもうしたくなかった。今までどんなに虚しい関係に一喜一憂していたのか、迅に愛されて初めて気が付いた。
 

 いきなり喰うとか言われてもな…
 喰われてみたい気もするが、住む世界が違う人間だし、プロの傭兵って事は、人を傷つける事も、最悪の場合殺すこともあるわけだろうし…興味はあっても本心から好きになれる相手ではなさそうだ。
 秋一は急いで部屋に帰ると、シャワーで汗と少しばかり熱くなった脳みそをすっきり洗い、ベッドに潜り込んだ。
 イアンは、もう一匹の蛇が発する官能的なエネルギーをもろに感じ、独り、部屋で悶々としていた。
 イアンが炎を纏う蛇として覚醒したのは、戦場でだった。味方の誤爆により、一気に半数以上の仲間が殺され、怒りと、強い生存本能に我を失った。気が付くと、炎の中に取り残されていた。暑さも苦しさも感じない。自分の仲間も数人、その炎の中で呆然としていた。敵は壊滅。僅かに残った仲間も、直撃を受けたイアンが燃え上がり、自分たちをも巻き込んだのだと思ったらしい。
 自分が何者であるか、父親から話しには聞いていたものの、まさかこんな事で目覚めるとは思っていなかった。言い伝えによると、守るべき者と出会った者又は、光ある者に選ばれた者が炎を纏う蛇として目覚めると…
 

 まさかそこにいるごつい部下が守るべき者じゃないよな、と気分が悪くなったことも覚えている。目の前で死んでいく仲間や民間人を見て守らなければ、と思ったことは確かだし、ここで死にたくないと思ったことも確かだ。
「守るべき者、か…」
 自分にとってそれは、仲間であり、一族であり、罪なき普通の人々であると思ったのだが…
「秋一に出会うまで死ぬな、と言うことだったのか?」 などと、いささか都合の良い解釈に行き着いたのだった。
「しかし、他の蛇どもの出すオーラに反応するとは、たまらんな…あの、エロオヤジ…」
 少し距離を置けば大丈夫かもしれない、そう思ったイアンは部屋を抜け出し、近くの歓楽街にでも顔を出してみることにした。
「安里君とか洋祐君とか、いたらお持ち帰りだな〜」
 たぶん、彼らではどうすることも出来ないだろうが、少しは火照りを鎮めてくれるだろう。

 

 あれほど恥ずかしかった全身の傷跡を、迅の温かく大きな手で愛撫される。手のひらから伝わる熱で、誰からも温められたことがなかった亮の全身がとろける。
 薬を使わなければ、ただ青白く凍えていた自分の身体が、こんなにも熱く心地よくなるとは思ってもみなかった。がさがさで、でこぼこした皮膚がとろけて滑らかになって行く。背中から広がった熱はつま先まで伝わり、行き場を失った熱はまたつま先から頭のてっぺんまで駆け上る。
 背中をまさぐっていた手が静かに下方へと向かう。真っ白な双丘を軽く撫で、そのまま太ももまで手を下げると、腿を軽く持ち上げ、自分の腰に絡ませる。そのままの状態で腰をぐっと引きつけると、亮の最も敏感な部分が迅のその部分に密着した。
 熱く、硬いモノが亮の下腹を刺激する。
「んん…じん、さん…」
 亮は、それまでただ温かくて夢心地だった身体と心に鋭い痺れを感じ、身をすくませた。されるがままに力の抜けた身体が硬くなり、両手で迅の胸を突き放す。

「あ…」
 我に返りはっとする。
 これほど自分を気遣ってくれる人を拒否するなんて…
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
「誤るな…びっくりさせたのは私だ」
 迅は俯く亮の頬を優しく包み込むと、少し汗ばんで上気したおでこに軽く口づけた。
「釈放されたら毎日誕生日をしよう。六歳から、もう一度やり直そう」
 亮はくすりと笑う。
「じゃあ、毎日ケーキとプレゼントが欲しい」
 次の朝厳重な護衛と共に、迅は出頭した。

 

 年内は弁護士との接見が優先で、迅に会いに行くことができそうもなかった。寂しさや不安に襲われる事も多かったが、母や妹の手前、自分が崩れるわけにはいかない。
 母は、久実先生の助言で先ず左足に義足をはめるためのトレーニングを始めたし、妹は次の春から中学に通うべく勉強を始めた。母が出来るだけの事は教えていたので勉強に問題はなかったが、大勢の子供の中にいきなり放り込むわけにもいかない。一般家庭の子供達がどういう育ち方をしてどんな考えでいるのか、女の子らしい流行の事柄など、触れるべき事がとても多い。事情をある程度知っている秋一の妹たちが何くれと無く面倒を見てくれるので、未だに何も知らない亮よりはよほど、普通の少女らしくなってきた。
 自分はまだ、迅さんのことしか頭になくて、他の人の面倒をみるなど、とてもそこまで気が回らない…

「お母様…もっとみんなの力になりたいのに、出来なくて…光ある者って言われても、何も出来ないし、迅さんの事しか考えられなくて…情けないです。どうしたらいいのかな…」 
「あなたは、そのままで良いのよ。あなたが幸せで満ち足りた気持ちでいることが一番大事なの。あなた自身が光り輝いていれば、その光に触れた人達は皆、心を清められて安息な日々を送ることが出来るの」
「僕は、今が一番幸せです…」
「幸せだったら、私に相談したりしないはずですよ」
 母は、楽しそうに笑っている…
「迅さんと一日離れただけで、もう死にそうな顔をしてる…」
「そ、それは…」
 そんな顔をしたつもりは無いけれど…
「亮、迅さんはあなたが選んだ人なのよ。産まれてすぐ、迅さんとお父様があなたに会いに来たわ。迅さんがあなたをだっこしたとき、産まれたばかりのはずなのに、本当に可愛らしくにっこり笑ったの。最初に話した言葉はパパでもママでもなく、ニーだった。お兄ちゃんの、にー。迅さんはお誕生日にしか来なかったのによ?」
 

 母は亮が淹れた紅茶を一口飲むと、話を続けた。
「今、あなたがもし不安を感じているのなら、まだ迅さんを信用していないのかも…」
「お母様、そんなこと無いです。でも、寂しくて…」
「あなたを守ってくれる人は何があってもあなたの元に戻ってきます。あなたはただ信じて、待っていればいいの。寂しいのは…まだきっと、二人で歩き始めたばかりで、全てを与えあっていないからかしら?」
 迅さんを拒んだことを思い出して、ふと顔が紅くなる…
「あらあら…」
 母に笑われて、全身から湯気が立ったような気がした。
「炎を纏う蛇は、守るべき者がいないといずれ自分自身の業火に焼かれて死んでしまう。あなたと離れていた間の迅さんは、当にその状態だったの。特に、光ある者であるあなたが選んだ人は、炎の威力も凄まじく、あなたの慈愛に満ちた光に守られないと、係わった者達全てを巻き添えにして破滅します。お互いにお互いが必要なの。揺るぎのない愛で結ばれれば、それだけで私たちも幸せになれるの」
 

「…って、お母様に言われたんです」
 外に一歩も出して貰えない厳重な監禁状態でヒマを持て余していた亮・秋一・悠斗・はこれ以上ないくらい安全な場所、兵士達の食堂でイアンと五人の精鋭が見守る中、話し込んでいた。
「だからなんで他人が赤面するような話しをそんなに堂々とするんだよっ」
 やることは大胆なくせに照れ屋な秋一が頭を抱えている。
「いいじゃん、京史郎さんなんてちゅーしかしてくれないんだよっ!」
「だからっ、子供はそれだけで良いのっ!」
 精鋭五人も何故か笑っている。
「…イアンッ!通訳すんなっ!」
「してないしてない。俺の話をしていただけさ。迅と亮が結ばれない限り、俺と秋一も愛し合えないってな」
「一生ねぇよっ!」
 バスッ、と秋一のスニーカーがイアン目がけて飛んでいく。イアンは胸元で軽々と受け止めた。
「ナイスコントロール。返して欲しかったら後で俺の部屋に取りに来い。日付が変わったら休憩時間だ」
 勤務中にこっそり忍び込んで取り返してやる、とは宣言しない秋一だった。
 秋一は思う。こういう時間も良い。愛し愛される者達の中で、その温かさの中で、笑いあって過ごす時間が。
 そして炎のように熱い視線を背中に感じていられる時間も。

 

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光りある者