二週間の滞在中に世界各地の蛇と出会い祝福を受け、その後、迅は亮と共にスイスへ立ち寄ることになっていた。以前、迅がスイスで滞在したホテルの別館にコテージがあり、いつか機会が有れば亮を連れてきたいと思っていたのだ。
 日本へ帰ればファルハン・グループの傘下に入った紅宝の代表取締役として返り咲く準備や、紅宝院本家の正式な跡継ぎとして親族一同をまとめるための激務が待っている。 
 ほんの五日ほどだが、二人きりになれる場所で寛ぎたかった。
 朝早くジュネーブに到着し、そのまま郊外のコテージへ直行。温度差で亮の体調が心配だったが、熱砂の国より過ごし易く、肌寒い方が自然と触れ合う時間も長くなる。到着した日は近くのマーケットで食材を買い、早々に部屋へ帰り、初めての旅行で興奮気味の亮をなだめる。

「静かにしていなきゃ、ダメ?」
「そう言うわけでもないが…少し顔色が悪い。熱があるかも知れないな」
 いつもより体温が高めなのは、顔色を見れば分かる。部屋に帰ってきてからなので、移動の疲れが出たのか…
「食事は私が用意するから、少し休むと良い」
 亮をソファーに寝かせ、キッチンに向かおうとすると、迅のレザージャケットの袖を握って離さない。
「いやだ…もう少し、そばにいて…」
 最近亮は少しだけ我が儘を言えるようになってきた。
 本当に些細なことばかりで、椎茸とにんじんが嫌いだとか、バラのためにもう少し大きい鉢が欲しいとか(欲しい物は誕生日にしか買って貰えないと思っていたらしい)仕事が忙しくて会えなくても寂しいと言わず、ストレス性の胃炎で倒れて初めて、久実先生からすぐに帰ってくるよう連絡を受けたこともある。
 

 今日は少し、様子が違っていた。
「どうした?」
 ソファーの脇に跪き、亮を抱きしめる。
「分からない…変なんです…」
「いつから?」
 優しく髪を掻き上げながら訊ねた。
「マーケットで…カフェでお茶を飲んだとき…」
(そう言えば、亮はぼーっと私を見ていた)
「ぼーっとしていたな…」
 抱き寄せると、首筋に顔を埋めてくる。子供の頃から、亮は甘えたくなるとこうする。本人は気が付いていないようだが…
「…うん…迅さん、煙草吸ってた」
「煙が嫌だった?」
「ううん…好き。新しい皮の匂いも好き」
 灼熱の国から来て、防寒用の服を持っていなかったので、空港内で二人分の衣装を整えた。亮には白いカシミアのセーターとジャケット。自分用には黒いレザーの上下。
「迅さん、いつもスーツなのに…今日は雰囲気が違う」
「仕事ではないからな。似合わないか?」
 

 それなりに高価な物は身につけていたが、自分で選ぶことはほとんど無く、店員が勝手に選んで持ってくる物をサイズだけ合わせて買っていた。あまり執着もなく、若い頃から悠木が季節毎に揃えたものを着ていたが、悠木が亡くなってからも店が勝手にやってきて置いていく。今回も適当な店に入り、用途を伝えたらこうなったのだった。
「…似合ってる。素敵だったから…じっと見てたの…」
 頬を赤く染めながら打ち明けられ、迅は確信を持って亮を引き寄せた。わざと亮の腰に回した腕に力を込め、身体を密着させる。ほんの一瞬だけ抵抗を感じたが、頬に優しく口づけるとすぐに、身を預けるかのように緊張が緩んだ。
 亮の下腹部がそろりそろりと反応している。
 

 まさかこんな事で…と思う。
 しかし、思い返してみれば、亮とは一度も二人きりでプライベートな外出をしたことがない。危険だったこともあり、常に大人数で出掛けていた。厳ついスーツの集団の中で、亮や悠斗は威圧感を感じていたのかもしれない。
「お屋敷にいるときも、休日で寛いでいる迅さんの方がすきだったの…」
「休日の方が、印象が柔らかかった?」
 亮は吐息を漏らしながら、こくん、と頷いた。
 頬からこめかみ、額へと口づけを繰り返す。そこからまた頬へ戻り、首筋や項を彷徨い、柔らかくぷっくりとした耳たぶに舌を這わせる。
「あ…んん…」
 可愛らしい甘い声と共に、密着した下腹部が、ぐん、と体積を増す。
「亮、怖くなったら、言いなさい」
 セーターの裾から手を滑り込ませ、背中の傷をいたわり、温めるようにゆっくりと手のひらで愛撫した。もう、傷に触られても平気だった。傷のせいで体温が上手く伝わらない背中はいつも冷たく、迅から与えられる熱がとても心地よいと分かったから…
 

 白いのど元を彷徨っていた迅の唇が、亮の唇を捉える。舌で赤く熟れた下唇をなぞり軽く吸い上げると、亮は自ら招き入れるように、口を開いた。そっと忍び込んでくる熱い舌を感じたのと、密着していた下腹部に強引に割り込んで来た手のひらを感じたのは同時だった。服の上から緩く性器を揉まれ、亮の身体が大きく跳ねる。
「んんっ…!」
 抵抗したくても体中の力が抜けてしまって動けない。 怖いと思っても、唇をふさがれて言葉にならない。でも、それももしかしたら都合の良い言い訳なのかも知れない。

「はんっ…ん…」
 硬く反った性器の形をなぞるように這う指。時々全体を包み込んでは強く、弱く揉む手のひら。
 怖いけれど、そこから全身に広がる快感の渦は止めようがなく、亮を引きずり込んでいく。
「亮…愛しているよ…」
 熱く囁かれ、鼓膜からも官能の波が広がる。
「じん…さ…!や…んっ」
「亮、もっと、私の名前を呼んでごらん」
 唇で優しく亮の耳を愛撫し、項を濡れた舌で舐め上げる。
「はんっ…じん、さん…」
 熱に浮かされたように何度も名前を繰り返す、それだけで亮は、意識が何処かへ飛んでしまいそうだった。
 

 ズボンのボタンとジッパーが外され、熱くたぎった性器をやんわりと包み込まれると、亮の喘ぎは一層高くなる。どうしようもないくらい気持ちいいのに、僅かな恐怖心も芽生えた。
「やっ…じんさんっ」
 激しく抵抗したつもりだったが、実際は、迅の胸元をぎゅっと握っただけだった。
 亮の心に芽生えた恐怖心は、迅にも伝わる。だがしかし、迅は熟した性器を強めに扱きながら、一層深い口づけで、亮の唇を塞ぐ。
 怖い、でも…
 亮の心の奥深くにはいつでも、愛されたくて潤んでいる光りがあった。脆くて、小さくて、煤けていたけれど、月の光のように汚れなく清澄。
 その光を、迅は導いてくれようとしている。
 迅の、温かい炎を感じていればいい。信じていればいい。
 

 くちゅくちゅと、淫らな音が亮の鼓膜に響く。
「ああ…ん…んんっ…」
 口づけの合間に漏れるのは、自分でも聞いたことのない甘い声。自分の声にさえ反応して、亮の性器は甘い蜜を溢れさせる。
「んっ…んっ…はんっ…」
 亀頭の周りをぐるりと指で撫でられ、裏筋を親指でこすられると、誘われるように蜜が、次から次へと溢れてくる。
「も…じんさんっ…ああっ…だ…めっ…んん」
「亮、気持ちいいのか?」
「んっ…」
 こくん、こくんと頷くのが精一杯だ。
「がまんしないで…好きなように達ってごらん…」
 迅は片腕で強く亮を抱き寄せ、一番安心する場所、首筋に顔を埋めさせると、きらきらと濡れそぼった性器を激しく扱き上げる。
 亮は、迅の胸元に必死でしがみつき、首筋に顔を埋める。
 そこから響いてくる声が好き。全身を甘く、温かく包み込む迅の声が、響いてくる声が好き。
「ああっ…もうっ…!いっ…あああっ!」
 愛していると、何度も頭のてっぺんから降り注ぐ声と突き抜ける快感に、亮は辺り一面を光りの渦に巻き込みながら、達った。

「ん…」
(りょう…りょう…)
 何度もキスをされ、きつく抱きしめられ、名前を呼ばれ、少しづつ、現実に戻る。
「じんさん…」
 心地良いと思ったことなどなかったのに。もっと、溶け合いたいと思った。どう伝えたらいいのか分からなくて、心も体ももどかしくて、自分自身がじれったくて涙が溢れてきた。こんなに愛しているのに、伝える言葉が見あたらない。何か言わないと覚めてしまう夢のような気がしてしょうがない。
 優しい手のひらが頬を包み、止まらない涙を親指でぬぐってくれる。
 あんなに辛かった行為なのに。ちゃんとできないから、側にいられるだけで良いと思ってた。
 背中の傷にしっとりとした温かさが伝わり、吐息が漏れる。柔らかい触り心地の暖かいセーターをすっぽり脱がされても身体は熱くなるばかりで…
「また…目が覚めてしまったようだな…」
 何のことか分からずきょとんとしていると、迅は笑いながら軽く口づけ、身体をずらす。
 背中を彷徨っていた手が、少し硬さを増した性器に軽く触れた途端、言葉の意味を理解して、亮は赤面してしまった。

「…!!や…だ…」
「嫌ではなさそうだよ?」
 しっとりとした重さの双珠ごと、そっと性器を揉む。
「あぁ…んっ…はん……」
 先ほど精を放ったばかりなのに、もう既にそこは、僅かな愛撫に硬く反り返り、そればかりか溢れる雫で隠微な音を立て始めていた。
「もうっ…じんさんっ…!あ、ああ…んっ」
 亮の蜜で濡れそぼった指先が性器から離れ、後孔に触れる。固く閉ざされた襞を伸ばすように丹念に入り口を揉みほぐす。
「や…っ、じんさん、そこは…あぁ…んっ」
「亮、愛してるよ。私に、身を任せていればいい…」
 そう言うと迅は、一際白く柔らかい両の内腿を押し開き、腰を少し浮かせ、指で解されひくつく後孔に舌を這わせた。
「あ…ああぁ…は、んっ」
 見られたことも、身体を繋いだこともある。犯されて醜態を晒したこともある。なのに、恥ずかしくてこのまま消えてしまいたい…そこが痛いくらいに張りつめ、がまんしようとしてもひっきりなしに雫が溢れてくる…
「じんさん…じんさん…」
「どうした?こうされるのは、嫌か?」
 蔑むのでも、からかうのでもなく、愛おしむような声で囁かれる。
「ちが…うの…ちがう…あぁんっ」
 

 抗うことも出来ないくらい心も体もどろどろに溶けてしまい、声を出せば聞いたこともないような甘い声になってしまう。与えられる快感と自分の反応に、ますます正体を無くす。
 後孔から性器の付け根を舌でなぞられ、そのまま舌はゆっくりと蜜を溢れさせる根源へたどり着く。くちゅっと音を立ててそこに口づけされ、今まで以上に身体が震えた。
「ああんっ…」
 後孔の周囲を彷徨っていた指が、ぐっと身体の中に沈められるのと、性器をねっとりと口の中にくわえ込まれたのは同時だった。
「あっ!ああっん!は…あぁっ!」
 一度に襲ってきた快感に、背筋を仰け反らせながら悲鳴のような嬌声が上がる。
「じんさんっ…だめっ…!い…っ」
 上り詰めそうになった瞬間、迅はくわえ込んだ口を離し、空いた手で亮の猛った性器の根本をぎゅっと握りしめる。
「やっ…はなして…もうっ…!」
 いかせて…言葉にならない、その言葉。
「すこし、がまんして」
 射精を妨げられ、透明だった蜜が少しだけ快楽の白濁を見せている。舌先でそれを舐め取り、先端だけを唇で扱く。後孔を優しく出入りする指が探し求めていた部分に触れる。
「だめ…そこは…ああっ…はっああっ!」
 ゆるく、きつく、焦らして、責め立てて、亮は凄絶な快感に身を焼かれ、翻弄される。
 根本を締めた指を解かれ、きつく吸い上げながら舌をうごめかせ、身体の中の秘められた点を指の腹でこすり上げられ…

 迅の顔がまともに見られない。
 亮は夕べの事が頭から離れず、迅をまともに見ることが出来ないでいた。自分だけ正体を無くして眠りこけてしまったなんて…迅はもちろん何も言わない。言わないけれど、燻っている炎はずっと感じている。それがどういう炎なのか分かるだけに、恥ずかしいし、申し訳ないと思う。自分が何を考えているかきっと迅にも伝わっていて、それでまた羞恥心が倍増。昨日、ぼーっと迅を見ていたカフェで、今日は赤面したまま俯いている。迅の態度は至って普通で、朝起きてから紅茶葉の缶をひっくり返したりテーブルの脚にけつまずいたりとそそっかしい自分とは大違い。それでまた恥ずかしくなってどこぞの言葉でブツブツつぶやいたり…
 

 落ち着かなくてそわそわしていると、ギャルソンがチョコレートのケーキと街の案内図みたいなのを持ってきてくれた。
「あの、これ…」
 ケーキは頼んでない。
「内緒のサービスですよ。予定がなければ街の中を散策してみは?」
 ギャルソンは亮より少し年上くらいだろうか?長めの銀色の髪を、ブルーグレイの細いリボンで一つに括っている。お揃いの色の縁なしサングラスもかけている。内緒で…と色香の漂う笑顔を向けられ、ますます顔が火照る。
「あ、ありがとう…」
 話しをするわけでもなく、新聞を読む迅の傍らでぼーっと過ごしている亮をみて、気にかけてくれたのだろうか。そうしていることが苦痛なのではない。ただ昨日の今日なので、どうしていいのか分からないだけ。
 見ていただけの頃が懐かしい。
「ケーキは嫌い?」
 またぼーっとしていたらしい。慌てて首を横に振る。
「あっ大好きです。ごめんなさい、ぼーっとして…」
 艶やかな笑顔のギャルソン。線が細く中性的な雰囲気が漂っている。
「そう、良かった。ごゆっくりね」
 歩き去る後ろ姿も完璧。

「…綺麗な人だなぁ…」
 迅は読んでいた新聞をテーブルに置くと、スプーンを握った亮の手首を掴み、ぐいと引き寄せ軽く口づけた。
「お前は自分の事が全然分かってないみたいだな…誰彼無しにぴかぴか光るんじゃないぞ」
 え?ぴかぴか?
「ギャルソンと話しているときに、お気に入りオーラが出ていた」
「だって…本当に綺麗な人だったから…それに…」
「それに?」
 良く分からない。けれど、美しい笑顔の底に、何か正反対の感情が隠れているような気がして…
 答えに窮して、チョコレート・ケーキを見つめる。
「それを食べたら、散歩にでも行くか?」

 

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光りある者