巽が思いがけず早く帰ってしまったので、亮は悠木の私物をある程度片づけた後、テラスでぼんやり庭を眺めていた。 
 広い庭なのだが、亮はまだ一度も全てを見て回ったことがない。旦那様やお客様用(巽とその部下の山崎しか来たことないが)の広いダイニングルームから外に出るとテラスになっており、天気の良い午後や休日はそこで食事をしたりお茶を頂いたりする。亮はもっぱら旦那様のいない平日だけ利用していたが。旦那様が休日にここでゆったり過ごす様子を見るのはとても好きだった。普段と違いラフな格好で、髪も整髪料を付けずにさらさらと流している。年齢に見合った若々しさを感じる。巽さんがいるときはなにくれと呼びつけられ、挙げ句、渡された宿題の解答と説明をされたりするのでずっとそこに座っていなければいけなかったりする。旦那様は巽さんの手前何もおっしゃらないけど、あまり良い気分ではなさそうだ。新聞や雑誌を読み始め、それにも飽きると自室に帰ってしまう。巽さんも旦那様の気持ちは分かっているはずだろうに。側にいることが出来るのは嬉しかったが…どんなに完璧に無視されても、濃い存在感を浴びせられると亮はすっかり萎縮してしまう。
 

 その時の状況を思い出しただけで鼓動が速くなり、息苦しさから逃れようと、以前から気になっていた温室を覗いてみることにした。敷地全体の植物の手入れは定期的に業者に入ってもらっているが、それも以前は住み込みの庭師がやっていたそうだ。老齢を理由に辞職してからは、温室は荒れ放題と言う。 
 特に庭仕事に興味は無いけれど、時間は十分ある。
 温室は、荒れてはいたが、花が沢山咲いていた。温室の天井は開けてあるので、雨が降り込み水分は何とか取れていたのだろう。一角に、庭仕事の道具などが置かれている。簡単な棚もあり、中を開けてみると植物の栽培方法などが書かれた本も沢山あった。温室をくまなく回ってみると、みすぼらしい一角があった。バラのようだ。どれも葉がすっかり落ち、小さな花が所々に咲いている。亮はもう一度棚まで戻ると、バラと書かれた本を何冊か手に取り、温室を後にした。
 昼間はすっかりそこが居場所となった悠木の書斎でバラの本を読みふける。難しい漢字は取りあえず飛ばして読んでも、大体の所は理解できた。後は、今の時期に必要な物を揃える事が先決だった。今は…九月。迅の元に来て、半年が過ぎていることに気が付いた。

 

 冬は何事もなく過ぎ、亮のバラにも大きな新芽が動き始めた。
 その晩、特に上機嫌な様子で迅が帰宅した。一人の青年を伴って。二人とも少し酔っているのかお互いにフラフラと支え合いながら玄関ホールに入ってくる。
「すげーっ、ひろーい!何処?ここ〜?」 
 学生風の青年は玄関ホールをぐるっと見回しながら叫びまくる。
「これ、あんたの家〜ぇ?」
「ああ」
「ちょっと、凄すぎ〜〜…ああ?コスプレのおねーちゃん達〜〜」
 苦笑いしている所を見ると、迅はさほど酔っていないのかもしれない。視線でメイド達に下がるように合図すると、いくらかしっかりした足取りで青年を支えながら自室に向かった。途中で倒れることを心配して、一応亮もその後に続く。迅は部屋にはいると酔っぱらい青年をソファに投げ出し、馬乗りになってキスを貪り始めた。お互いに荒々しい口づけを交わしながら、もどかしように身体をくねらす。
「ん…んんっ…ん…」
 鼻に掛かった青年のうめきと、舌の絡まり合うくちゅくちゅという響きが部屋に広がった。
 

 青年の手がまさぐるように背広に掛かり、その手助けを受けながら迅は上着を放り投げた。床に落ちた上着を拾い上げようと亮が二人に近づく。最高級の生地でオーダーメイドされた背広を拾い上げ軽く叩いていると、足元にネクタイが飛んできた。上着を丁寧に腕に掛け、ネクタイを拾う。寝室のワードローブへ向かい、ハンガーに掛け手早くブラッシングをして、脱いだばかりの物を掛けておく場所に収めた。
 ソファーのある書斎に戻ると、二人は既に上半身裸になりもつれ合っていた。広い迅の背中に絡みつく青年の腕。美しく引き締まった青年の胸元に這う迅の大きな手。目の前で他人が絡み合う姿を見るのは慣れているのでどうと言うことはないが…なんで好きこのんでこんな行為をするのだろう?自分の身体をはい回った幾千もの手の感触を思い出し、鳥肌が立つ。命令されて、それに従う。従わなければ罰を受ける。迅から受けた行為もそうだった。でも、今この目の前の二人は…同じ行為なのに何かが違う。その違いは分からなかったけれど…
 迅の口元がうなじに降り、青年は震えるような吐息を吐いた。背中をうごめいていた腕が迅の頭をかき抱く。舌でなぞり音を立てて吸うと、青年はゆっくりと腰を迅の身体に密着させこすりつけるような動作を繰り返した。
 亮は、更に脱ぎ捨てられたシャツを拾い上げ二人に背を向けると、静かに部屋を出た。


 次の朝迅を見送ったあと、亮は新鮮なアップルジュースと紅茶を持って昨夜の青年を起こしに行った。寝室に入ると、あの青年はまだ眠っていた。ほどよく焼けた健康的な肌。美しい裸体を臆することなく晒し、枕を抱えて眠っている。病気にならない程度しか陽を浴びたことも無く、青白く傷だらけの醜い自分の身体とは大違いでしばらくの間見ほれてしまった。
「お起きになられませんか?」
 カーテンを開けながら声を掛ける。
「んーっ…」
 寝ぼけた顔で、朝の光に細められた瞳が亮を見つめる。
「良いお天気ですよ」
「…あ」
 青年は素っ裸を晒していることに気が付いて、今更ながらごそごそシーツをたぐり寄せる。金色の髪の毛が朝日に反射してキラキラと輝いている。まぶしいのは、朝日のせいだけでは無かったらしい。
「ん…。てか、誰?」
 それは亮が聞きたかった。
 ベッドの反対側に回り、ティーセットが乗ったベッドトレイを運びながら質問に答えた。
「執事代理の花月院亮です。お飲み物をお持ちしました」
 

 金髪に蒼い瞳。染めているわけではなさそうだ。日本人とも外人とも言えない、沢山の血が混じり、それぞれの良いところばかりを受け継いだ美しい顔立ち。宝石のような瞳は、心からの笑顔でなお一層輝いている。
「執事って、じいさんばっかだと思ってた…俺より若い執事って、はじめて見た」
「僕も執事のお仕事をするなんて、考えたこともありませんでした…」
「年、幾つ?」
「十六です」
「凄いな、お前もう働いてるんだ…俺も大学なんて行かずに働けば良かったー」
「大学生さんなんですね」
「ほとんど行ってないけどね。バイトばっかりしてる」
「あの、お茶が冷めますよ」
「ん?ああ、ありがと」
「下のダイニングに朝食の用意がしてありますので、お支度ができたら降りてきて下さいね」
「うん。シャワーあびたら行く」
「バスルームに新しいタオルと下着も準備してありますから」
「さんきゅー。なんか、至れり尽くせりで…ところで、迅は?」
「旦那様はもうお出かけになられましたよ。お好きなように過ごして下さい、とのことです」
「ん、了解」
「それから…まだお名前を聞いていないのですが…」
「俺?アキヒト。上月秋一。よろしくな」
 

 
「ふーん、あれがバーの新しいボーイか…」
 週末の午後、秋一とかち合わせた巽は、死角になって見えない場所からテラスでいちゃつく迅と秋一を覗いていた。その場所は亮の定位置なのだが…亮の背後から身を乗り出すような格好はとてもエリートには見えない。
「秋一さん、ておっしゃるんです」
「秋一か…て、亮はもう彼と会ったの?」
「はい?もう何度もお泊まりになりましたよ?」
 この状況でこの台詞。しかも、亮の口ぶりには妬みも嫉みも無い。あの二人がどんな関係か一目瞭然なのに、心に揺らぎがない。
「今度一緒に彼の店に遊びに行ってみる?」
 狭い世界しか知らない亮を何度も外に連れ出そうとしてくれたのだが、迅は全く聞く耳を持たなかった。それでも機会を見つけては、迅を説得してくれるその気持ちはとても嬉しい。そんな巽の優しさを無下にする返事はできない。
「いつか行けたら良いですね…でも僕、未成年ですよ?バーに入っても良いの?」
 巽は亮を背後からぎゅっと抱きすくめると耳元でいたずらっぽく呟いた。
「私と一緒なら何処にでも行けるよ。私以外に誘われても、ホイホイ付いていくなよ。他の連中はみんな狼だからな」
 

 グルルル…と唸るマネをしながら頸に歯を立てると、くすぐったそうに笑いながら逃げようとする。逃げるふりはしていても本気で抵抗するような力など入っていないし、他の誰が至近距離に近づいても緊張もしない。使用人達と楽しげに過ごしてもいる。なのに、迅の側にいるときだけ表情が硬くなり、ぴりぴりとした緊迫感に包まれる。他の誰に対するものとも明らかに異なる感情。迅も然り。亮のことなど目に入らない、そこに存在することも知らないかのような態度は、意識しているからこそできる振る舞いだ。
 亮は、それが恋い焦がれる者の自然な反応だと自覚できなくても仕方のない環境に育ってきた。しかし迅はどうだ?いい年をして、巨大な組織の裏表を自在に操る実質的な長としてカリスマ性を発揮しているにも係わらず、好きな子は虐めてしまうと言う昨今の小学生でもやらないような失態を素で演じている。
 これ以上放っておけば、交尾をしかねない勢いの二人を阻止するべく、巽はわざと亮に体重を掛け、地面に崩れ込むようにし向けた。
「た、たつみさんっ、重いって!うわぁ!」
 

 もちろんその辺は、巽も確信犯なので亮に怪我を負わせないように自分の身が下になるように倒れる。亮を押し倒したように見えないこともないけれど、それも多少は迅への刺激になるかもしれない。自分だって堂々と亮を抱きしめられる。
(私もどうやら小学生並みだな…)心の中で巽は口元をゆるめた。
 膝に付いた砂埃を払ってやりながら、巽がちらりと迅に視線を向けると、迅の視線が秋一にゆっくり戻っていく様子が見て取れた。そして膝の上に半ば乗り上げていた秋一も、こちらを見ながら迅の膝から降りる。
「ひでぇな、覗きかよ」
 そう言いながらも秋一はニンマリ笑っている。
「私たちもそちらにお邪魔しても良いかな?」
 返事を待たずに巽は、亮の手をしっかり握ってテラスへ向かう。

「え、なに?四人でやるの?」
「ご冗談を。私は迅と違って繊細だからね。せっかく亮が淹れてくれたお茶が冷めないうちに頂きたいのだが…」
「あ、これ亮が淹れてくれたんだ。亮が淹れると美味しいんだよね」
 お茶の味なんて分かりそうにない面構えのくせして…巽はふっと鼻で笑った。
 ずずっ、と下品に啜る音がする。
「ねえ、今朝淹れてくれたのは亮じゃないよね?」
「あ、はい。秋一さん、起きるの遅かったので…」
「ふーん…」
 意味ありげな視線を、秋一はなぜか巽に向ける。
「…節操は無いけど感は鋭いらしいな、秋一は」
 こいつも気が付いているのか?亮の気持ちを。
「好きだったら、いちゃいちゃするのは当たり前だろ?」
 胸の内を物語る真摯なまなざし。明け透けな性格が心地よい。
「で、迅、このイケメン、誰?」
「本人に聞いて見ろ」
「…あんた誰?俺は上月秋一。嫌みったらしいけど、亮が懐いてるならきっと良い人なんだろうね」
「ふっ…そこの男前の部下だ。いや、子守役かな?」
 
 

 店の中は若干ざわついていた。秋一狙いで来てみたらもう一人イケメンが…女性客の視線とため息の行く末がカウンターの一点に集中している。巽だった。正確に言うと、巽と秋一が揃って座っている辺り。秋一がバイト前に寄って「夜モード」に気持ちを切り替える店だった。
 裏表のない率直な性格の秋一を巽は気に入り、何度か迅とのデートを邪魔して二人きりになった隙に、飲みに誘ってみた。亮に対するような艶っぽい感情は無いが、話しをしてみたかった。聞いてみたいことがあった。
「そのピアス、迅からのプレゼントか?」
 濃いブルーの美しい石。たぶん、迅の母親の形見でカシミール・サファイヤ。とても希少価値があるもので、今では産出されていない。指輪か何かをリメイクしたものだろう。
「うん。俺の誕生石なんだって。今まで宝石なんて興味なかったし、アクセサリーも着けたこと無かったけど…」
「けど?」
「突っ込みきついなぁ…母親の形見なんだって。そんな大事なものくれるのって、俺のこと大事に思ってくれてる証拠だろ?うれしくて、もう着けっぱなし」
「騙されてるとは思わなかった?」
「騙せないだろ、あの人は。巽さんは、なんで俺を誘ったの?デートの邪魔してたけど、しつこくなかったよな、あんた。帰るタイミングが絶妙だったよ」
「そう言う感受性が強いところを気に入ったから」
「亮と付き合ってるの?」
 直球が好きなヤツだ。
「いいや。永遠の片思い。それでつい寂しくなって親友の恋人にちょっかい出してみようかと思った」
「またまた、俺なんかタイプじゃないくせに」
 巽はカラカラと笑われてしまった。

「秋一を傷つけたり悲しませたりする気は全くないんだ。でも、どうしても話してみたいことがある。亮のことで」
 秋一はきざっぽくグラスの氷をカラン、と鳴らし、一呼吸置いて、いつもより柔らかい声で自分から話し始めた。
「あいつ、いつも迅を見てるよね」
「いつから気が付いていた?」
「かなり最初から。正面切って視線は合わせないくせに、迅の行動をじっと見てるんだ。あいつ、すごく綺麗な目をしてるだろう?でも目だけじゃなくて、表情自体が澄み切ってる。あれって、恋してる表情だよね?なのに亮は全然気が付いていない。本能的に俺の事を嫌っても良いはずなのに、それもない。不思議なのは、俺もそんな亮がだんだん好きになっていった事かな?恋人になりたいわけじゃないけど…巽さんはどうなの?なんで亮の事を話したかったの?一応俺は亮のライバルなのに」
「ライバルとしては成り立たないだろう。迅は亮の事を全く無視してるし…」
「それも不思議。嫌いなら雇わなきゃいいじゃん?」
「雇っているわけじゃないからね」
「はじめて亮に会ったとき、なんでこんな綺麗な子と一緒に住んでるんだろうって思った。だから迅に聞いたんだ、色々。何を聞いても答えてくれないし、話し変えるから迅が何考えてるんだか全く分からなかった。迅は、今まで付き合ったヤツの中でも飛び抜けて優しいし、大人だし、分からない道理なんて無さそうなのに、どうしてあんな酷い仕打ちができるんだろう…」
 

 微かに動くたびに、左耳のサファイヤがキラキラと輝く。まるで亮の瞳の輝きのようで、巽は吸い込まれるように見入る。嘘や疚しさを暴き出し、良心に問いかけるような高潔な輝き。
「迅とは高校の時に知り合った。亮が本家に連れ去られたすぐ後で、迅の両親も失踪したばかりの時だった。その頃の迅は亮を助ける事しか考えていなかったよ。それが、成人したとたんに、人が変わってしまった」
 成人式の後、本家に呼ばれた迅はそこでとんでも無いものを見せられた。両親が殺された映像…都合が良いように編集されていたのかも知れないが、亮の父親に、両親共々串刺しに刺し殺される映像だったそうだ。母親をかばって抱きしめたその背に、長々と差し込まれる長剣。何かを言い争っていた様子だったが、音声は消されていた。しかし、どんな内容であろうと殺害された事実は事実。
 迅の後見人となって教育したのもまた本家だったが、亮を奪った相手に育てられるという屈辱と、そうしないと本家を越えるだけの力を付けられないと言うジレンマ。生き様を覆される憤怒に震える迅を、それから幾度見かけただろう。
「大学に入ったころから既に系列の会社に身を置いて、卒業と同時に本社の専務クラスに配属。二年そこそこで代表取締役。でもそれは、本家の飼い犬になっただけの事だった」
 

 本家には跡継ぎが何人もいるが、いずれも親の放蕩ぶりを真似て育った馬鹿ばかりで、使い物にならない。
「今の地位になるまで、迅は生活に必要な物すら本家の承諾が無いと買えなかったんだよ」
 その頃のことを思い出すと、自然に笑いがこみ上がるような逸話も数多い。
「それが数年で、仕事をしながら資産を増やした。十億は行ったと思う」
「すげっ…」
 秋一は口に含んでいた酒を吹きこぼした。
「その金で、亮を借りたんだ」
 慌てて袖口で零れた酒をゴシゴシ拭いていた秋一の動きがはたととまり、巽に振り返った。
「借りた?」
「ああ。まるでDVDでも借りるように、レンタルしたんだ。年間一億円。今は二年目かな」
「な、なな、何のために?」
「さあな。詳しい事は聞いていない。ある日突然屋敷に連れ帰ったらしいから。でも、復讐のためだろう。最初はレイプしまくってたし」
「……」
 秋一はごくり、と酒を飲み込んだ。

「それでも亮は、助けてもらったからって、またここに戻って来れたから幸せだって。本家で十年間もどんな暮らしをしていたんだか…使い物にならなくなったから払い下げられた、と迅に言われたらしい。学校にも行ってない。家から出たこともない。十年間、ただじっと迅が助けに来てくれるのを待っていたんだ」
「払い下げられたって…」
「私は知りようもないけれど、ホームドクターが言うには…性的虐待を受けていた、と。セックスしても吐くだけ。それで使い物にならなくなったと… しかも、あまりにも小さい頃からだから、セックスに対する価値観も普通ではない。愛し合う者同士の行為とは無縁だったから、迅がお前となんであんなことをしているのかも分からないらしい」
 それなのに…
「それなのに、心は壊れていない。傷ついているけれど、笑顔は本物だ」
 うんうん、と秋一はうなずいた。
「どうしてあんなに純粋でいられるのかな?見た目の美しさもただ者じゃないよね。なんか、内側から光ってるつうか…人間じゃないみたいっつうか…神様なんて信じたこと無いけど…」
「天使」
「うん。天使がいるとしたら、あいつだよな。迅は亮のことまともに見た事あるのかな?心を奪われるのが怖くて無視してるようにも感じる」
「ああ。それもある。私は、亮に注ぐべき愛情を、お前に注いでるような気もする」
「…それって、俺が身代わりって事?」
「そうとも取れるかな」
「…考えたことないって言えばうそになるけど…」
 

 さすがに言い過ぎたかもしれない。秋一もがっくりうなだれてしまった。秋一と迅の関係を壊そうと言うわけではないのだ。また、迅に他人を利用するような腹黒さも無い。
「お前に対する迅の感情や態度は、あいつが生まれつき持っている本性だよ。偽りのない気持ちだ。愛してるとか好きとか恥ずかし気もなく宣っているなら、それは真実だ」
「ほぼ毎日囁かれてるぜ、朝昼晩。ああ、ティータイムにも」
「ティータイム…お前には似合わないな」
「でも俺、好きだぜ。迅と亮と巽さんと、四人で過ごすティータイムって」
 バーの暗がりの中、目を細める仕草は真昼の陽光を浴びて笑う時と同じだ。こいつもまた、天性の清々しさを持っている。言動も行動も亮とは正反対だが、根本は同じなのかもしれない。
「迅次第、じゃねーの?もしまた気が変わって亮のことを好きになったのなら、それはそれで良い。別れるよ。今はまだ、愛してる。どうしようもないくらい愛してる…こんなに誰かを好きになったことないよ。こんな事を他人に激白したこともない」
 照れる様子もなく、秋一は愛しているとぶちまけた。
「そう言えば、巽さん、永遠の片思いって、亮に告らないの?」
「お前のように、そこまで愛してると言えるかどうか疑問に思い始めたところだよ」
 不器用という事ではなく、何も知らない亮が不憫だったのだ。恋がどう言うものなのか、自分の気持ちこそが恋なのだと知らない亮が。可愛そうな見目麗しい少年に懐かれて仮想しているだけなのかもしれない。

 

光りある者