昨夜の今日だったが、亮のブレザーには少しだけシワが寄っていた。ジャケットなど入学式と卒業式にしか着たことがない秋一がぐるぐる丸めて放り投げたせいだ。
 亮は、辛さなど微塵も見せない表情で、ブレザーにブラシをかけている。
「ごめんな…」
「大丈夫ですよ、すぐシワは取れるから」
 そうじゃなくて…と言いたかったが。
「着慣れない物着たから、なんだか僕も疲れちゃって…」
 心なしか、顔色が悪い。あんなに冷たく言い放たれたので、それが堪えているのだろうか?
「お茶持ってくるから、亮は座って休んでな。俺様が淹れるお茶なんて、そう簡単には飲めないからな」
 

 まんざら作り笑いでもない笑顔を浮かべて、秋一は部屋を後にした。
 実は、ほとんどここで暮らしているにも係わらず、厨房の場所さえ知らない。確かこっちだよな〜と思いながら1階をうろうろしていると、メイドのコスプレをした女性に出くわした。
「あの〜〜、亮にお茶淹れて持ってってあげたいんだけど…」
 コスプレでは無い、本職のメイドは自分の手の中のティーセットを見て困った顔をした。
「巽様から、亮様に持っていくよう言われたのですけど…」
「あ、ちょうど良かった。じゃあ俺が持っていく」
「あ、あのっ、解熱剤を先に飲むようにと…」
「解熱剤?」
「お顔の色が優れない時は熱があるので…」
 へ〜、みんな亮の事良く観察してるんだな、などと考えながらティーセットを受け取る。
「うん分かった。ありがとな」
 

 二人分のティーセットは結構重かった。亮はいつもこんな物持って歩き回ってるんだな…必要以上にがちゃがちゃ鳴らしながら大股でドカドカ歩く秋一を、本職のメイドは心配しながら見送る。言わない方が良いだろう…あのカップが一客二十万以上もする事は…
 秋一が部屋に戻ると、亮は心なしかぐったりとソファーに腰掛けていた。コスプレが言った通り、具合が悪そうである。
「お前、熱があるのか?」
 がちゃん、とひときわ大きな音を立てティーセットをテーブルに置くと、亮の身体がぴくん、と跳ねた。
「それ、フローラ・ダニカ…!」
「ダニ?」
 これ以上何も言わない方が良さそうだ。
「巽さんが解熱剤飲めって…」
「…そうかも知れない…ありがとう…」
「礼なら巽さんに直接言えよ。さすが、良く気が付くよなー。アレとは大違い」
 顔色が青いときに熱を出している事を知っているのは旦那様だけである。セックスの後は大概そうだったから。覚えていてくれた事が、うれしかった。
「昨日、楽しくて…どきどきして夜寝られなかったんです。だからかな?」

「巽、昨日の事でもう少しお前に知らせておくべき事がある」
 重い沈黙を破って、迅が話し始めた。
 手元のノートパソコンに、なにやら映像を再生している。
「お前達が会社を出た後、ずっと後を付けていた車がある」
「なんだって?」
 慌ててパソコンをのぞき込むと、後部座席から映したような映像が流れていた。
「どうやって撮ったんだ…」
「すまんな。黙って隠しカメラをお前の車に取り付けさせた」
「…」
「誓っておくが、今回だけだ」
 当たり前だ。
 だが、確かにその映像には、ある一台の車がつかず離れず後をつける様が映し出されている。

「社員専用フロアで派手な事をやったらしいな。本家の手下も気が付いて、興味が沸いたようだ」
 追っての車のナンバーも鮮明に写っている。とっくの昔に誰の所有物か調べ上げているのだろう。
「アレを追いかけているのかと思った」
 指示代名詞の使い方も堂に入っている。
「だが…興味があるのは、秋一の方らしい」
 え?なぜ?
「私と秋一がホテルに入った後は、秋一の実家に向かっている」
 弱味を握られたのか。
「もちろん、今どうこうする気は無いだろう。だが知っていて損は無いと踏んだのだろうな」
「今までだって、秋一のことを知ろうと思えば調べが付いたはずだ。何故今頃?」
「さぁな」
「またそれか」
 

 この男は、いつからこんな腑抜けになったのだろう。 昔はもっと覇気があり、本家を転覆させる勢いを内に秘めていたのに…
「迅、お前は私に助けて貰いたいのか?それとも同情されたいのか?」
 迅は一瞬、白刃の視線を巽に浴びせかけ、躊躇した。
「お前には手を出させない」
 それは本家から守るとも、巽には用がないとも、どちらにも取れる。
「そんなに私は頼りないか?」
 巽はいつでも腹をくくるつもりになっていた。
「亮を犠牲にして、精神崩壊したお前の面倒を見るのは、こっちも願い下げだ」
 本家から亮の事で話しがあると切り出してきたのは、ほんの数日後のことだった。

「親切なことに、保険会社から連絡があってな」
 本家の大叔父は、自ら迅の屋敷に訪ねてくるほど機嫌が良かった。放蕩三昧の生活を送っているにしては、血色の良い顔にがっしりした体つき。大柄な紅宝院の血筋を濃く受け継いでいる。
 顔つきの陰険さは一族の誰も及ばない。
 紅宝院は昔から表裏一体の顔をもつ一族で、多種多様な企業を経営する傍ら、悪業にも専念していた。もっとも、悪業の方は政治・経済界を牛耳るために必要最低限な力しか持たないようにしていたが、叔父の代になり、様相が変わってきた。麻薬密売・人身売買・臓器売買に関しては世界中に名を馳せるほどになってしまった。迅は一般企業の一部とアジア全域の麻薬ルートを統括していた。祖父の代では考えられなかっただろう。何処で狂ったのか。父は狂っていく兄弟達から極力離れようと藻掻いた。
 

 父は、紅宝院とは対極にあり文化・芸術に秀でた花月院と親交が深く、嫡子であった亮の母親とは幼い頃から仲が良かったため、結婚するのではないかとさえ言われていた。しかし、父にその気はなかったようで、紅宝院と遠戚で顔見知りだった男性に母親を紹介した。
 花月院は紅宝院より古い家系で、長男を嫡子とせず、その時期に最も美しい者が跡を継いだ。容姿は元より性格も重要で、そのため決して陽の目ばかりを見てきたわけではなかったのだろう。花月院を守るために、紅宝院は産まれた。英知に富み、肉体的にも強い一族。何故、花月院を守る必要があったのか。栄枯衰勢など、宇宙が誕生した瞬間から全ての物事に共通した事象であったはず。絶滅すればそれまで。しかし、花月院はどこからともなく再生する。ほんの僅かな血のつながりから、突然花開くのだ。ある日突然、嫡子の出現が紅宝院に告げられる。一番最近の例では、祖父の代にそれが起こった。
 

 亮の母が嫡子として認められた。何処の誰がそう決めたのか、祖父は紅宝院の跡継ぎと認めた父にしか伝えていなかった。秘密を迅に伝えることなく死んでしまったのは、まさか自分の兄弟がここまで悪であると思わなかった父の誤算なのでは?
 亮の母は美しい人だった。彼女から産まれた亮は、どんな遺伝子のいたずらか、金髪碧眼の類い希な美しい少年で、何者にも汚されない清澄な心を持っていた。保険の外交員ごときが「嫡子として認めます」とでも伝えに来るのだろうか?
 
 

 五人のボディーガードを引きつれて物々しくやってきた叔父は、尊大な態度で書斎のソファーに座っている。
 先日の尾行事件があったため、秋一は自宅へ帰らせたが、巽は頑として屋敷に残ると言い張った。二階の、少し離れた部屋に待機している。
「しばらく見ないうちにまた一段と美しくなったな…」
 迅の後ろに隠れるように立つ亮を、上から下まで何度も好色な目で舐め回す。
「隠れていないで、こっちへ来い」
 捕食者に睨まれてパニックを起こしたのか、意に反して操り人形のように叔父の方へ進もうとする。迅が軽く手で制しても無駄だった。
 本家の手が届く範囲に歩み寄る前に捕まえようと動いた瞬間、五人のボディーガード達が一斉に迅を押さえにかかった。もちろん抗ったが、スタンガンのようなもので軽く意識を飛ばされ、あっと言う間に両手両足を十本の腕で拘束される。
 必死で唇を噛み、意識を戻す。

「私の屋敷で、勝手なことはするなっ…」
 本家は、明らかに欲情した目で亮を見つめていたその視線を、ゆっくりと迅に移す。
「たわけたことを!お前の物など何も無い!屋敷も土地も私の名義だ。会社もな」
 獣のような本家の唸りにたじろぎ歩みを止めた亮を、本家はものすごい勢いでたぐり寄せた。
 怯えて震えていてもなお抗おうとする亮の襟首を、片手で掴みあげる。
「この手はなんだ?私に抗うのか?随分甘やかされたようだな。躾け直す楽しみが出来たか…」
 言い終わるやいなや、空いた方の手で、亮のシャツを一気に引き裂く。暴力に支配されて育った人間は、無抵抗で対抗する。従順になることが、痛みを少なくする最善の策だと身体が知っているから。
 びりびりと服を破かれる音。肌に残った生地を乱暴にはぎ取られ、体中の傷が光の中で晒される。
「い…やぁ…」
 

 部屋中の人間の視線が、その傷ついた身体に集中する。中でも、一番見られたくない人の視線だけ、強く感じられた。
「嫌だと?拒絶の言葉は許さないと、あれほど教えただろう?」
 本家は、亮の残された乳首を強く捻った。
「うあああっ!」
「こっちも捻り潰されたいか?」
 必死で首を横に振る。
「うぅ…ごめん、なさい…許して…」
「まぁ良い。今日は特別に許してやる。久しぶりだからな。プレゼントを持ってきたぞ。受け取るだろう?」
 もう逃げないと確信したのだろう、亮から手を離すと、内ポケットから銀色のケースを取り出し開いて見せた。注射器とアンプル。
 

 亮の全身が、こわばる。
「裸になって、足を広げてソファーに座りなさい」
 ゆるゆると手を動かし、ズボンの前を開ける。滑らかな腰の線に沿って、すとん、とズボンが床に落ちた。
「亮!正気に戻れ!」
 その時初めて旦那様に名前を呼ばれた。
 感じたことのない痛みが、胸を突き抜ける。
「さっさと言われた通りにしなさい」
 本家の声がずしっと頭に響く。
 迅の声は遠すぎて、幻聴としか思われなかった。
 胸の痛みの正体が何なのか理解できるほど、亮は誰かと心を通わせたことがない。
「言われた通りにしなければ…上月君と巽がどうなるか…分かってるな?」
 亮の双眸が大きく開かれ、迅の視線をとらえる。
 抗っていた迅の動きも、止まる。
 
 

「亮の一八才の誕生日に花月院を継ぐ意志があるかどうか確認できれば、両親の保険金を亮が貰う権利を得る。二十歳で正式に母親から家督を譲る式をあげて、全ての金が亮に渡る。簡単に言えばそう言うことだ」
 性器の付け根に針が刺さる痛みをやり過ごしていた亮は、耳を疑った。
(母親から家督を譲る式…って)
 言葉の意味するところにいち早く気が付いた迅と、目が合う。
「お母様…生きて…!」
「言ってなかったか?母親も生きているし、妹もいる」
 注射器を引き抜き投げ捨てると、次はぬるぬるする物で性器を揉み始める。催淫ジェル。注射より即効性があるが、効き目は短い。
「お前とは腹違いだがな。私とお前の母親の間にできた娘だ」
 直ぐに、ジェルは効果を発揮し始めた。母親と妹がどんな生活を強いられているのか、考える余裕も失せ始める。ジェルを塗りつけるだけではない他人の手の動きに、亮の性器は少しづつ反応する。
 

 半ば勃起したところで、本家はソファーから亮を引き上げると、自分の前に跪かせた。
 美しい金髪を鷲掴み、命令する。
「これからお前が楽しめるように、銜えて勃たせろ」
 亮は自分の手が震えているのを感じながら、ファスナーを探り、そっと引き下ろす。下着の布越しに、蒸せるような雄の臭気が立ち上る。
 引き出したそれは、見事なほどにグロテスクだった。 所々に真珠をちりばめたモノが与える痛みの記憶。そしてその痛みすら快感に変わってしまった、忌まわしい自分の身体。
 口に含み、緩やかに舌を動かし始めた頃には、ジェルの効果が最大限に発動されていた。
「よく見せてやれ」
 迅に良く見えるように無理矢理身体をずらされた。その瞬間に、じゅる、と淫猥な音を立てる。それまで感じることがなかった羞恥心が、亮の心に芽生える。ぞわぞわと心に広がる熱は、注射のせいだけではない。まださざ波程度に打ち寄せる快感の波を凌駕するスピードで膨らむ、羞恥心。

「どうした、動きが悪いぞ。しゃぶるのは得意だったろう?」
 横顔が良く見えるように髪をかき上げ、がっしりと頭を掴む。唐突に喉の奥まで押し込まれ、呼吸を取り損ねた苦しみから、本家の太ももに手を突いて押し返そうと反発する。
「んぐっ…ぐぅっ…!」
「その手はなんだ?手の使い方も良く知っているだろう?ほら、どうした」
 これ以上見られたくない。言葉に堕ちていく自分を…でも…言うことを聞かなかったらどうなるのだろう。
 本家は自分の欲のためならどんなことでも平気でする。身体だけではなく、人間性まで奪い尽くさないと満足しない。秋一さんや巽さんはどうなるの?
 薬によってもたらされる快感が理性を少しづつ籠絡し始め、白く柔らかい手を本家の股間に差し込ませる。指先がペニスの付け根からアヌスまでを丁寧に愛撫すると、口の中のモノが体積を増した。空いた手で玉を揉み、舌先でいくつもの真珠の膨らみをなぞる。
「思い出してきたか?」
 本家の声に霞が掛かったてきた。もうすぐ、なんでもなくなる。旦那様だって、秋一さんだって、同じ事をしてる。なんでもない事なんだよ。
「そろそろお前の淫乱な尻も可愛がってやらんとな…」
 髪を掴んだ手で身体ごと引き上げ、立ち上がらせると、本家は亮に正面を向かせた。薬の効果で反り上がった性器に全員の視線が集まる。
「デスクに手を突いて、足を開け」
 髪は掴まれていても歩みを押し出す様子はない。自分で歩いて行け、と。
 一歩踏み出した振動に下半身が熱く疼く。
「ん…はぁ…」
 

 デスクの側には旦那様がいる。薬でどうしようもなくなってしまう姿を間近で見られるのは嫌だ。早く終わらせて、部屋に帰りたい。誰もいないところでじっとしていれば、そのうち収まる。本家に帰れというなら帰る。薬の熱が引くまで嬲られ続けても構わない。せめて、この人の居ないところで…
 僅かな振動にも反応して、先端から雫を溢れさせる忌まわしい身体。嫌だと思う事さえ、気が付いたら快感とすり替わっている。何もされていないアヌスの奥にも小さな火が点り、快感に腰を捩りながら、デスクに倒れ込む。
 デスクの上に押しつけられた顔の直ぐ先に、迅の手が見えた。目の奥にツンとした痛みが広がる。が、直ぐに、尻の間に這う太い指を感じて意識が切り替わった。
 

 固く閉じた蕾の周囲を無骨な指先が性急にまさぐると、それだけでいやらしい雫が性器の先からしたたり落ちる。指の行く先を期待してうねる腰。その事に気が付いてぞっとしても、次の瞬間には快感に堕ちる。
「あぁ…んっ…」
 早く、して欲しい…終わりを求めて自ら尻を振り上げると、望んだものが与えられた。
「ああっ!…い…っ!んんっ!」
 二本の指でぐりぐりとかき回され、亮は耐えきれずあっという間に精を放つ。デスクに激しく飛び散る白く濁った液体。しかし勃起は治まらず、ひくつく度にどくどくと透明な液体が流れ出す。
「は…あっ…あぁ…」
 自分の意思とは裏腹に、出て行こうとする指をきつく締め付ける。力を抜こうと息を吐いても、口から出てくるのは吐息とも喘ぎともつかない。自分の発する声にさえ身体を震わせる始末だった。
 

 これ見よがしにゆっくりと引き抜かれた指が尻の谷間を這いあがり、腰の右側にゆっくりと移っていく。触れるか触れないかの微妙なタッチに、背中が仰け反る。
 腰の、ある場所で、ふと指が止まった。
 そこにあるのは刺青の文字。掘られた文字を指先がなぞる。
『いぬ』
 一度、二度、執拗にゆっくりと、なぞる。三度目が繰り返されようとしたとき、疼くアヌスに熱く硬いものがあてがわれた。ぬるぬるとしたその先端を、焦らすように入り口にこすりつける。刺青の二文字目をなぞり始めると同時にそれはじわじわと侵入してきた。
 もう、いやだ…本家を半分ほど受け入れたところで、我慢できず、吐精してしまった。無言のうちに『いぬ』と言われて歓喜し、言いなりになる自分を晒す苦衷。
 

 逃げ出したい…
 理性の欠片を拾い集めて、激しさを増す抽挿に抗いながら目の前の人にすがろうと手を伸ばす。けれども腰を突き入れられる衝撃で、伸ばした手も虚しく宙を彷徨うだけだった。
 白い喉を仰け反らせ、悲壮な思いで旦那様を見上げる。もう嫌だと、青い宝石よりも美しい瞳をめいっぱいに広げ、訴えようと、食い入るように見つめた。
「もう…」
 訴えようとして、歯を食いしばった。
 旦那様の目はいつも以上に覚めた目で、そこに何の感情も映していなかったから…いつものように、まるで自分などそこに存在していないかのような…旦那様はきっと、秋一さんと巽さんの事で一杯なんだ…そしてこんな行為に慣れてしまった自分の事もよく知っているはず。旦那様にとって敵の子でしかない自分と大切な人達とを、秤に掛ける事もあり得ない。旦那様は自分を見ていない。見られていないのなら、ここで今どんな目に遭ってもいいではないか?薬の影響も明日には解ける。それまで少しだけ我慢すれば、誰も傷つかない。
 目の奥のつんとした痛みが蘇り、瞬く間に涙が零れそうになる。
 泣いても何も変わらない。変わった試しなど無い。泣けば泣くほど周囲の人間は狂喜するだけ。
 

 亮は涙が零れる前にきつく瞳を閉じ顔を伏せた。
 腕に顔を埋め、ことさら激しく髪を振り乱し、湧き出る涙を見られまいともがく。
 必死でかき集めたはずの理性をかなぐり捨て、襲いかかる快感の波に身を投じる。
 幸いだったのは、口から漏れる声が喜悦の声なのか嗚咽なのか、自分にも分からなくなってしまったことだろうか。
 

「今年は楽しいクリスマスになりそうだな」
 本家は服装を整えながら宣った。
「イブに迎えを寄越す。二十六日の誕生日に代理人とやらが来るそうだ。そのまま成人するまでうちに来い。親子で暮らす方が楽しいだろう」
 早くこの場から立ち去れるなら何処でも良かった。明日離れても良い。このまま一緒に連れ帰られても良い。
「あ、あきい…さんと、巽さんには…なにも…しない?」
「お前が私を後見人にするならな。処分するのに骨折りそうな連中に無駄な労力を使うより、お前の方がよっぽど価値がある」
 これで旦那様は秋一さんも巽さんも失わなくて済む。
 胸が押しつぶされて息が苦しいのは、薬のせいに違いない。
 亮はデスクの脇にずるずると倒れ込み、震えが止まらない身体を自分で抱きしめた。

「たつみ…たつみーっ!」
 聞いたこともない、腹の底から振り絞るような、怒号とも絶叫ともつかない声が巽の耳に届いた。巽が控えていた部屋から飛び出すと、ちょうど本家の連中と出くわし、小突きどかしながら書斎へ向かわなければならなかった。
 巽がドアを開けると、正面のデスク前に立ちつくし呆然と巽を見つめる迅と、少し離れた床の上に全裸で丸くなっている亮の姿が、スチル写真のように目に飛び込んできた。
 広い部屋に微かに漂う精液の匂いと引き裂かれ、うち捨てられた服の残骸、亮の姿を見れば何があったか一目瞭然だった。
「な…!」
「直ぐに久実先生に連絡を。催淫剤のようなものを注射されている」
 巽の姿を見たとたん我に返った迅は、即座に動き始めた。今更ながら遅い感もないが。
 秋一と巽に手を掛けると脅されたとき、迅は亮の決意を認識した。
 決意の深さを知ったから、今は共に絶望の淵に沈もうと思った。
 それだけの事だ。
 最後にお前が縋り付いて来たとき、もしその手を掴んでいたら、お前は永久に光を失っていたかも知れない。その美しい瞳から。その心の内から。

 

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光りある者