「これが見取り図で、赤いところがお母さんの居る部屋。でこっちがルートの例」
 悠斗は人数分の資料をさっと配ると、直ぐに説明を始めた。
「先ずは見取り図。▲が監視カメラ。結構沢山あるけど、監視要員がかなりサボり気味だから、楽勝かも。ドロボーさんがそう言ってた。それから、お母さんの部屋は地下二階の南側最奥にある。二階上の部屋から入って、一旦廊下に出て、直ぐ近くの階段を使うと早い。二階上はただの空き部屋で、カメラも一個だけ。この部屋を出て左に階段室がある。そこから地下二階に下りて、階段をでたら右の最初の部屋。ガードも何もいない。鍵は掛かってるけど。ドロボーさんも一人同行すると良いよ」
 

 悠斗は一呼吸置いて、二枚目の、部屋の見取り図を出した。
「部屋の中が問題で、四台のカメラが全域をカバーしてる。トイレ内とお風呂場には別カメラ。趣味悪いね。ここの部屋は監視員も良く覗いてる。トイレとお風呂以外は半日分の映像を盗んだから、侵入の少し前にこの映像に切り替える。後は半日以内に会って話しを聞いてくるだけ。食事の時間は十二時半から十三時半、十九時から二十時。昼間だったら十四時から十八時の間が良いかも。夜は…本家の叔父さんがいない日だけだったら大丈夫。居るときは突然来たり呼び出されたりしてるみたいだから…暗い方が目立たないし、僕は夜推奨。この部屋側の庭は比較的塀に近いので特に難しいことはない。壁にセンサーとか付いてなかったし。何か言い忘れたことあるかな…帰りは完全に逆ルートを同じ手順で」
「私と巽、ドロボーの三名で大丈夫か?」
「うん。あと、全員にインカムと暗視スコープ装着。見つかったら屋敷の電源を完全に落とすから、がんばって逃げてね」
「分かった…では、巽と悠斗君は残りの映像を集めて、秋一はインカムと暗視スコープを買いに行って、私は本家の予定を調べる」
「秋一さん、ここに欲しいモノの型番とか書いておいたから、秋葉の指定のお店で買ってきて下さい。そのあとは屋台に戻ってね。秋一さんのたこ焼きが一番美味しいから…」
「分かった。卒業できたらたこ焼き屋に就職するよ…」
 その3日後に、決行することに決まった。

 

 亮の母親は多少驚いたものの、すぐに事態を把握して話し始めた。
「いつか必ずあなたが来てくださると信じていました…亮は、元気にしていますか?」
 昔の輝きは無かったが、それでも滲むような優しさや泉のように溢れる内面の美しさは変わっていなかった。
「はい。二年前から私の屋敷に…とても元気にしています」
「この子は、亮の妹で、由梨名と言います。紅宝院の性を名乗っていますが、この子は花月院の子供です」
 目の粗い写真ではあまりわからなかったが、本家にはつゆほども似ておらず、髪と目の色が黒く、鋭い眼差し以外は亮にとてもよく似ていた。
「この子は、こんな身体になった私を本当に良く助けてくれます。他にも何人か子供が出来たのですが…みな途中で…死んでしまいました…」
 悲しみがよぎる、瞳。

「あなたのご両親にも、本当に申し訳ないことをしたと…」
「その事はもう…事実を知りたいのは山々ですが、今はあなた方を助けたい。私は父を信じて愛しています。その父が命を捧げた、そうまでして守りたかった者を、私が見捨てることはありません」
「あなたの父親は母親を、主人は私を、それぞれ人質に取られていました。あなたのお母様は、紅宝院も花月院も関係のない外から嫁いで来られました。ごく普通の女性でした。人質に取られ、むごい仕打ちを受け、狂ってしまわれたのです。叔父の目的は、あなたのご両親に私たちを殺させ、保険金を亮に継がせ、あなたのご両親には罪を被せて警察に引き渡す事だったんです。もしかしたら、お母様はお美しいかたでしたから、死ぬまで酷いことをされたかも知れません、そうなるくらいなら、自分たちを殺せと、あなたのお父様におっしゃったのです。主人は二人を殺し、自分は自殺して、私に全てをたくして死んでいきました。いずれ皆殺されるなら、自分たちの意思で死にたかった…亮には、花月院の全ての財産と権利を受け継ぐ資格がありました。主人と私と亮の保険金や財産の他に、嫡子と認められた者の中でもごく一部の者しか受け継ぐことを許されない特権。亮が成人して二十歳になれば、嫡子である私に託されたものでスイス銀行の口座と貸金庫を開き、そこにあるものを持って指定の場所へ行かなければならないのです。そしてそこで初めて、亮は全てのものを受け継ぎます。
 本家にはそこまで詳しく話していません。ただ莫大な遺産が隠されているとしか。私は嫡子といっても特権までは持つことを許されていません。ですからそれがどんなものなのか知ることは出来ませんでした」

「今度の十八才の誕生日には、まず保険金を受け取る亮が健在で受け取る気があるか確認されます。そして私もその場にいて亮に継がせる意志があるかを確認されます。その後二年の間に自分たちに何かがおこった場合、財産をどうするか、だれに継がせるかを決定する。本家はこのときに自分を指定させるようです。もし、悪そのものである叔父が保険金だけで満足するなら私たちは直ぐに殺されるか、死ぬまで蹂躙されるでしょう。それ以上のものを望めば… 叔父は最終的には紅宝院を追われる事になりますから。光ある者として認められた亮が選んだ者しか紅宝院を継ぐことが出来ないのです」
「光ある者?」

「私はそうではなかったので、詳しくは知りません。ですが…花月院の嫡子として私に伝えられた事の中に、光ある者の話しがありました。その者は何万年も前に地上に降りた天使達の末裔。彼らは人間と共に地上に降り、優れた知識と技術と心で世界を発展させていったと伝えられています。金髪碧眼で翼を持っていたと…彼らはヨーロッパ全土に散らばり、遠くアジアにまで知識と技術を伝えていきます。そして日本に渡った子孫が私たち花月院です。ただ、今の時代は私たちの祖先が蒔いた種が豊かに実りすぎてもう存在の意味が無くなりつつあります。光ある者の存在意義を時代に則したものにするために、手を尽くしている人達がいると…彼らなら、亮を助けてくれるはずです」
「私は亮を必ず助けると、誓った。しかし、私ごときの力では…どうすれば彼らに会うことが出来ますか?亮もあなたも、由梨名ちゃんも、これ以上本家に触れさせたくない…」
「亮はあなたと一緒にいるとき、一番楽しそうだった…美しい子だったけれど、一段と光り輝いていた。私の頭部に口座番号と貸金庫の暗証番号が書かれてあります。それを持ってスイスにお行きなさい」
 

 母親は、耳の付け根から頭頂に向かう線の真ん中あたりの髪を分けて見せた。そこに小さな数字の刺青が…
「下の段が貸金庫の暗証番号。まず上の口座番号を伝えて、貸金庫を開けたいと言えば良いの」
「ありがとうございます…十二月二十六日の前に、必ず助けに来ます。その時まで、どうぞお元気で…」
 迅は後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。出来ることなら今、一緒に連れ帰りたかった。

「巽、直ぐにスイス行きの飛行機の手配を」
「了解」
「向こうに行っている間、亮や秋一に護衛を付けたいのだが…」
「それも了解」
 
 

 天使の生まれ変わりと言うのは嘘ではなかったのだな…子供の頃、背中の天使の羽根のような痣を鏡に映して見ていた。痣はなくなり、傷だらけの身体になっても、その身体の内から発せられる光はさらに強くなった。
「亮、明日の夜の便でスイスへ行く。その後、指定された場所にいって、お前を助けてくれる人に会う予定だ…」
「すごく遠いところにいるんだね…」
「ああ、恐らく、予想だが、中東まで足を伸ばす事になる」
「危険じゃない?」
「分からない。だが、行かなくては。向こうもお前を待っているかもしれない」
 うっすらと身に光を放ち、迅を包み込む。自ら迅の胸元に寄り添い、ヘブライ語で囁き始めた。天使の言葉。 亮は誰からも教わることなく、ヘブライ語を身につけて産まれてきた。この子は何故産まれてきたのだろう。何のために?そして自分と出会ったことに何か意味があるのなら、まるで愛し合うために出会ったのは何故なのか、知ることが出来たら…
 

 迅は何度目かのキスをするために、亮の口元にそっと顔を寄せた。受ける喜びを知った亮は、目を閉じ、待ちわびる。
 しかし、今度はいつもと少し違っていた。羽根より軽いキスは何度も繰り返されるうちにだんだんと深さを増し、亮の唇を押し開くように舌が割り込んでくる。甘く疼いていた体の芯からじわじわと熱が広がり、体中を駆けめぐる。迅の、熱く揺るぎない意思を持った舌が亮の舌を探りあて、絡みつく。
「ん…ん」
 小さかった疼きの芽は体中に広がり、意識さえ支配しようとする。初めて味わう恍惚感にとまどいながらも、どこかで更に求めようとする意識が目覚め、おずおずと舌が動き始める。ほんの少しの変化を感じ取った迅は、なおも強く絡め、吸い上げ、翻弄する。
 体中の力が抜け、立っていることも出来なくなり、亮は必死でしがみつき、全身で深く激しいキスを受け入れた。

 

9
光りある者