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兆す、銀

ユリアスとシリル

光りある者・番外

11

 街はすっかりクリスマス一色で、凍り付くような寒さの中でも煌びやかなイルミネーションや飾り付けで心が躍る。
 シリルは馴染みのショップに入るときっちりドアを閉め、帽子やコートに纏い付いた雪を軽く払い落とした。みんなに贈るクリスマスカードを買いに来たのだが、いつもはそんなに混んでいないカードコーナーもさすがに人が多く、人波をくぐって選ぶのは結構な忍耐力を要した。
 去年までは50組入りのボックスを適当に選んで配っていたのだが、今年はそう言うわけにも行かない。何より自分がそれでは気が済まない。店の常連には50組ボックスで我慢してもらうとしても、ユリアスには、気に入った物を贈りたい。
 アンリとヴァンサンとラザールに贈る物は直ぐ決まったのだが…ユリアスに贈る物はどうしても決められない。三十分ほど迷い手にしたのは、白い、雪に見立てたザラザラしたテクスチャーに銀の装飾が施された一見シンプルだが凝った作りのカード。
「これで良いよね」
 大切にバッグの中にしまい、店を出る。広場の時計で時間を確かめると、ユリアスが到着するまであと二時間ほどだった。


「シリル、父さんから電話あったよ。あと1時間かかりそうだって。雪で運転手が安全運転してるって」
「うん。事故って欲しくないから仕方ない。それより早くクリスマスカードを書かなきゃ、今日あげられなくなっちゃう」
 ここにくればシリルにべったくりなので、カードに書く言葉も全部その場で見られてしまう。
 美しく輝かせてあげようと言われた日以来、ユリアスはシリルに無理強いはしなくなった。そのかわり普段のスキンシップはもっと激しくなった。
 人前では恥ずかしいが、まんざらでもない自分も居る。子どもの頃に戻ったようで、今はまだ昔のほのかな恋心を懐かしんでいる段階だが、いずれ時期が来れば…少年時代で止まってしまった想いが熟す日もそう遠くないのではないか?
「さ、なんて書こうかな…」
 

「旅行?」
「ああ。セイシェル諸島にファルハン家の別荘があるらしい。そこを使えと脅された」
 間もなくしてやってきたユリアスに手を取られて大人しく隣に横になると、クリスマスが終わって直ぐ、旅行に行こうと言われた。
「なんでセイシェル…」
「まさかスイスの別荘へ行けとは言わないだろう」
「まあね。じゃあ明日早速アンリに言わないと」
「いや、今回は私とお前の二人だけだ。アンリはラザールとヴァンサンと一緒にファルハン本家に行く」
「え、なんで?みんな一緒が良いのに…」
「それはいずれ…今回は二人だけだ。新婚旅行ついでで丁度良い」
「は?」
 ユリアスはくすっと笑うとシリルにのし掛かってきた。
「幼児返りしたお前にファルハン老人も呆れたのだろう」
「むむ…なんだよそれ…」
 額にかかった、ずいぶん柔らかくなり輝きが増した銀色の髪を手で払うと、まるで仔猫のように気持ちよさそうに目を瞑って喉を反らせる。ただし、その柔らかそうな喉にキスしようものなら毛を逆立てて怒り出す。
 以前、首筋の柔らかいところにキスマークを付けたのが気に入らなかったようで、顔面以外にキスをしない、とため息が出そうな約束事をさせられた。
 露わになった頬やおでこにキスをした後、細心の注意を払い、優しくついばむようなキスを繰り返す。それからやっとフランス人らしいキスを許してもらえるのだが…そのまどろっこしさがシリルにはたまらないらしい。
 今も拗ねたように尖らせていた口にやっとたどり着いた。小さなキスを繰り返すと自然に口元が緩んでくる。まるで誘っているような行動になってしまうのは、ユリアスが悪いのだそうだ。
 噛みつかれないようにそっと舌を差し込む。
 柔らかく、優しく、甘く、舌を絡ませる。きつく吸ったり尖らせた舌先で舌の裏や上あごを擦ったりはダメ…背中や腰や脇腹を手の平で温めるように撫でるのは良いが、乳首を摘んだり尻を揉んだりは絶対ダメ。
 まさしく『蛇の生殺し』なのだが、赤ん坊をあやすような愛撫を受けたシリルから発せられる甘い吐息は、ヴァンサンや愛人達とどんなに激しく交わっても癒されなかった乾きを十分に潤ませてくれる。極上のワインよりもっと夢見心地に酔わせてくれる。
 奪った物の大きさを考えると、シリルの望みなど愛らしいものだ。ユリアスにしてもそれで満足できるのだから、なんの不都合もない。
「あ…」
 吐息ではない、意思の感じられる声を、シリルが発した。
「どうした?」
「ユリアス様に、クリスマスカードを渡すの忘れてた」
「…」
 青みがかったグレーの瞳をのぞき込むと、僅かに揺れる情欲の炎を精一杯隠そうとする健気さが伝わってくる。
「…明日にしよう。楽しみは長く取っておきたい」
「…うん」
 こうやって手の中であやす方が楽しいのだからその台詞は全くの嘘だったが、頷き、さらなる温もりを求めてすり寄ってくる事を考えれば、シリルもこの状況を変え、わざわざベッドから出たくないのだろう。
「眠れるか?」
「…うん」
「お休み、シリル」
「…うん。おやすみなさい、ユリアス様」
 満足そうに深呼吸をして、シリルはすっと目を閉じ、やがて眠りの世界に入っていった。

 エヴィアンの屋敷の冬景色を見るのは久しぶりだ。
 シリルがいなくなってから必要最小限の手入れしかしなくなった庭は少し荒れていたけれど、秋口に少し形を整えられたシンメトリーのフランス風庭園も来年の春には完全に蘇るだろう。その両脇と奥にはモネ風だったり英国田園風だったり、手入れをしなければただの藪にしか見えないような庭があるが、シリルはそう言った自然な庭も好きだ。ユリアスと小径を歩いたり小さな橋の上から魚にエサをやったり…藪や木々の木立の中には楽しそうな秘密が潜んでいそうで、雪で滑りやすくなっていなければ隠れんぼでもしたかもしれない。
 シリルの遊具が置いてある一角は、シリルが南京錠を壊して以来開け放たれている。誰も遊ばなくなったが、将来アンリの子供が遊ぶかもしれないので古い遊具は撤去して、新しいものを置く予定にしている。
「アンリの子供か…まだまだ先の話しだね」
 真っ白な毛皮のコートに身を包んだシリルがユリアスの腕を引っ張る。
「あっという間だ。お前が生まれて今日までも、思い返せば一瞬だ」
「ふふ…どんなお嫁さんかな?」
「嫁なら良いが…」
「あははは…ユリアス様の子供だもんね。綺麗な男の子かもしれないね。そうしたらデビアン家はどうなるの?」
「さあ。自分が死んでからのことまで心配したくない。今はお前との生活しか考えたくない」
「じゃあさしあたって、クリスマスの飾り付けを終わらせないと…」
 てっぺんの星はアンリに譲るよ…
 そう言いながら二人は仲よく腕を組んで屋敷の中へと戻っていった。


 暖かな部屋に戻るとアンリとヴァンサンが激しく火花を散らしていた。この二人の確執はちょっとやそっとでは収まらず、顔を合わせるごとに喧嘩が始まる。二人とも口は立つが、アンリの辛辣さにはヴァンサンも叶わないのか、それとも我慢強いのか、その場は黙りこくって、後からユリアスかシリルに泣きつく。
 いくら言って聞かせてもアンリのヴァンサン虐めは収まらず、ヴァンサンは最後の最後で自己主張を止めてしまう変な性格だった。
「なんで喧嘩したの?」
 コートをラザールに渡しながらシリルが尋ねた。
「ふんっ」
 アンリはぷいっと横を向いている。
「てっぺんの星をどっちがつけるかで…」
 自分でも子供っぽいことで喧嘩したと想っているのか、ヴァンサンもどこかそっけない。
「そんなこと…こう、二人で両手でもってつければ良いじゃない?」
「「やだ!」」
「だって今までずっとこの家のクリスマスツリーは僕が飾り付けてきたんだ!ユリアスはクリスマスなんかどうでも良かったみたいだし。跡取りだかなんだか知らないけど、屋敷のルールも知らないクセに出しゃばるんじゃないよ!」
「ルールは父さんだろ?お前みたいな淫売が公爵家の采配をふるうなんておこがましい。俺が跡を継いだらお前なんか敷地の10km以内に入れないようにしてやる!」
「アンリ!」
 どんなにシリルが怒っても全く聞きいれない。
 ヴァンサンがアンリを襲った原因は、この『跡とり』と言う言葉が占めている。そんな先のことを今から気にしても仕方がないのに…
 一生何不自由なく暮らしたいヴァンサンはデビアン家に見放されたら路頭に迷うしかないと思っているのだ。だから最後の一声も発せられない。悔しくてユリアスとシリルに泣きつくのだ。
「父さんとシリルに見捨てられないようにせいぜいご機嫌でも取っておけば?」
「そんなにてっぺんの星が付けたいなら譲ってやるよ。僕はもう大人だし」


「ヴァンサン、アンリが酷いこと言ってごめんね」
 背筋をしゃっきり伸ばして堂々と自分の部屋に戻る後ろ姿にシリルは声を掛けた。が、立ち止まって小さく頷いただけで、ヴァンサンはまた歩き出す。ゆっくり跡を追うと、部屋のドアに手を掛けたままシリルに振り返った。
「いつものことだから…僕は大丈夫。シリルは飾り付けしてお出でよ」
「後で一緒にやろう」
 にっこり微笑むと、ヴァンサンもはにかんだように微笑み返した。
「庭を歩き回って寒かったでしょ?僕の部屋でお茶でも飲む?」
 誘われるままヴァンサンの部屋に入る。ユリアスの書斎の横に部屋を構えていたときは何やら豪華で、いかにも愛人の部屋、と言った風情だったが、今度の部屋はとてもシンプルにまとめている。
「好きなところに掛けてね。すぐお茶入れるから」
 ポットの電源を入れ、カップや茶葉の準備をする。直ぐに沸いたお湯をティーポットに注ぐと、何とも言えない良い香りがした。
「これ、フレーバーティー?」
「うん。先週パリに行ったんだけど、その時に見つけたの。色々入ってて良い香りでしょ」
 コーンフラワーやらマリーゴールドやらココナツやら入った、見た目も楽しいお茶だ。
「これを食事の後に出したらまたあのアンリが、こんなのは等級の低い茶葉を誤魔化すために香りを付けてるんだとか言い始めて…自分用にしちゃった」
 ふんっ、と気が強い様を見せつけるように笑っていたが、シリルにはヴァンサンが泣いているのが分かる。
「ヴァンサン、俺はずっとヴァンサンの友達だからね?ユリアス様も約束を覆す人じゃないから、安心してね」
「うん…それは分かってる。でも、ずっとここにいるわけにはいかないだろ?パリへ、マンションを見に行ったの。ユリアスが僕にずっと住んでも良いって部屋。年が明けたら引っ越すよ」
「え?なんで?ここは広いし、いても全然構わないのに…」
 コポコポと温かな湯気と良い香りを振りまきながら、紅茶が注がれた。
「そう言うわけにはいかないよ。エヴィアンでは僕も有名だからさ、恋人出来ないし。パリで第二の人生を始めるんだ」
「ぷはーっ…これ美味しいね」
「でしょ?アンリは味覚オンチなんだよ。パリに行ったらアンリと喧嘩しないで済むし。飾り付けだって、僕がここに来てからは僕が全部やってたんだ。ユリアスはどうでも良さそうだったけど。お客とか来るのに、殺風景じゃね…ラザールも嫌みは言うけど、僕がしたことをやりかえたり、邪魔したりはしなかった。この家に合うように、ちゃんと考えてやってたから。相談だって話し合いだってラザールとはできたよ。なのにアンリは…完全に否定しないと気が済まないらしい。跡取りだし、僕より立場が上だから最終的には言うこと聞いちゃうけどね。なんかしんどくなってきた。好きなように暮らしたい」
 

「ここで初めてクリスマスの飾り付けをしたんだ。店ではメイド役の子供達がいたし、その前は、うち貧乏でクリスマスのお祝いとかしたこと無かったし。ユリアスとラザールが色々教えてくれて、僕もお店の飾り付けとか見て勉強した。てっぺんの星を飾るときには心の中でお願い事とかしてさ…プレゼントは何が良いとか、そんな事だけど。もしかしたらアンリはしたことないのかも…って思った。だから大人しく譲った。口では負けてたけど、態度では勝ったから良いんだ」
 ヴァンサンはキッチンのスタッフが焼いてくれたフルーツケーキに生クリームを載せ、ピンク色の唇を大きく開けてぱくっと美味しそうに食べている。
「それよりさ、ユリアスとはうまく行ってるの?」
「うん。まあ…なんて言うかその…俺の都合に合わせてもらっちゃあいるけど…」
 あけっぴろげなヴァンサンに隠し事など通用しないけれど、今の状況は自分で説明するのも難しかった。
「ユリアスがそれで良いなら良いんじゃない?」
「うん…それはそうと、旅行、大丈夫?アンリと一緒で」
「それなんだよねー…ユリアスは、別行動すればいいって言うけどさ…」
「サルマンの爺さんはけっこう世話焼きだから、いい人紹介して貰いなよ」
「石油王の息子とか、王族とか!だったらアンリに虐められるけど耐える僕とか演じてみたいな。優しくて超お金持ちで男らしくて、健気な僕にぞっこん惚れ込むんだ。熱砂の恋だよね」
 都合良くそんな相手が現れるとは思わないけれど、空想するのは自由で楽しい。
「本当に…ヴァンサンが幸せになるように、俺はいつも祈ってるから」
 鈴蘭の香りがする身体を抱き締める。甘くて柔らかくて、綿菓子のようなヴァンサン。
「シリル、白薔薇の香りがする」
「ヴァンサンは鈴蘭だね。大好きだよ」
「うん。僕も」

 ヨーロッパ人は太陽が好きだ。少しでも陽が輝くと公園や水辺で裸になる癖もある。セイシェルでも白人の甲羅干しが名物になっているかも、と、いささかげんなりしながら小型のチャーター機を降りたが、アンティークな車で別荘まで行く途中のビーチには人っ子一人見あたらなかった。
 真っ白のビーチにどこまでも青く透明な海。
「うわ…」
 セーシェル諸島のどこにいるのかさえ知らず、ただユリアスにくっついて来た。もしかしたら途中で飛行機が落ちて二人とも天国に来たのかもしれない。そのくらい、素晴らしい景色が流れゆく車窓から見渡せる。
「うわぁ…」
「もうすぐ着くぞ」
「ユリアス様の瞳みたいな海…」
「お前の心のように澄み渡ってるな」
 瞳の色で言うなら、シリルが子どもの頃の瞳の方が数億倍美しく、ユリアスの記憶にははっきりと残っている。が、それは自分が奪ってしまった。少しだけ胸が痛んだが、奪った物以上の物をシリルに与えるためにここへ来たのだ。落ち込んでなどいられない。
「すごい雲…ソフトクリームみたいだ…」
「積乱雲だな。一雨くるのかもしれない」
「え?こんなに陽が照ってるのに?」
「セーシェルは今、雨期だ。スコールが突然やってくる」
「ふーん、そうなんだ…雨は嫌だなぁ…」
「そうでもないぞ。突然降って、すぐにまた陽が照る。ヨーロッパのくらい雨とは比べものにならないくらい気持ちが良い」
 ふーん、ふーん、と、ユリアスの講義に適当な相づちを打つのは、目の前の景色に心を奪われているからのようだ。
「もうすぐ着く。あの、白い柱が何本もある建物がそうだ」
 砂浜の向こうに少しだけ緑の木立があり、その奥にひっそりと…とは言えないとても目立つ大きな白い屋敷が一棟見えてくる。
「すごい、直ぐ外が砂浜だ…」
「この辺りはファルハン家の敷地だ。ビーチもプライベート・ビーチなので邪魔者は入ってこないはず…」
 敷地との境が分からないのでたまに観光客が迷い込んでくるらしいが…
「じゃあ、ここから砂浜に降りて、歩いていっても良いの?」
 ユリアスは車を止めさせ、シリルと一緒に車を降りる。
「凄く綺麗…靴、脱いじゃえ…」
 裸足になったシリルは真っ白な砂浜を波打ち際まで走り、打ち寄せる波に素足を晒した。
「ユリアス様!」
 銀色の髪が風になびき、日の光を浴びて一際美しく輝いた。シリルは、青い海を背景にまるで天使のように白く輝き、ユリアスはその神々しいばかりの姿に目を細めた。


 (火傷するかも…)
 近づいてくるユリアスからは見たこともないくらいの炎の柱が立っている。苛烈な炎ではなく優しげなのだが、何を考えているのか一目瞭然で、少しは謹んでもらわないと、シリル自身もどうなるか分からない。
(それが目的なんだろうけどさ…)
 いつまでも嫌だ嫌だでは済まされない。そんなことを言い続けて愛人を囲われるのも、やはり嫌だ。どうにでもなれ、とやけくそな気持ちでここまで来たが…
「ぼーっとして、どうした?もうすぐ夕方だ。美しい夕焼けが見られる」
 ユリアスが差し伸べた手を取り繋ぐと体中がぽぉっと熱くなる。足元に掛かる海水が気持ちよく、せめてそこだけでも冷やさないと炎に焼き尽くされてしまいそうだった。
「部屋で少し休んだら、海に入っても良い?」


「うわ…」
 本日、何回目のうわぁだろう。
 別荘の部屋は、ユリアスの屋敷を見慣れているシリルにはなんて事はなかったが、裏手に見える景色に愕然としてしまった。
 熱帯の木々が生い茂る中に、インド洋に繋がる入り江があったのだ。小さな砂浜も勿論あるが、先程歩いてきた場所とは異なり、観光客が入って来れそうにない完全にプライベートな空間のように思える。
「泳ぐならこっちの入り江だな」
「うん」
 入り江に面した方の壁はガラス張りで、入り江の全てが見渡せる。
 2階にはいくつかのゲストルームと寝室があり、寝室の窓からは先程の美しいセーシェルの海が見渡せる。床から天井の半分程までがガラス張りで、寝転がったまま夜空を眺めることもできる。
「あ、俺、水着持ってきてないよ…」
「入り江はどこからも見えない。裸で泳げる」
「絶対いや。タオル巻いて泳ごうっと」
 シリルはバスルームらしき扉を開け、そこに見える景色にも感心しながらタオルを物色する。少し大きめのフェイスタオルを服の上から巻き付けてみると、丁度良く隠れそうだ。
「うん、これでいいや」
 のぞき込むユリアスを押しのけバスルームの扉をきっちり閉め、さっさと脱いで準備をする。最後にバスローブを羽織ってバスルームから飛び出た後は、一目散に裏の入り江を目指した。


「ぷはーっ、気持ちいいっ」
 入り江の中を行ったり来たり泳ぎ回り、ふと小さな砂浜を見るとユリアスが椅子とテーブルを並べて冷えたシャンパンを用意していた。
「ユリアス様はもう酔っぱらうの?」
 シリルは銀色の髪からキラキラ光る雫を振りまき、笑顔で近づいてきた。 砂浜に放り投げていたバスローブをきっちり着込んでいるあたり、抜け目がない。
「シリル、乾杯しよう」
 小気味のいい音をさせながらシャンパンのグラスを鳴らす。
「俺たちの未来に?」
「それでも良いが、もっと近い未来…今夜のシリルに」
「もう!沸騰するようなこと言わないでよ!」
 ニタニタ笑っているユリアスの手を取ると、シリルは波打ち際までひっぱていく。手の平から伝わる熱があっという間にシリルの身体を支配する。
(なんか俺…さかってる?)
「ここで頭冷やして!」
 後ろからドンッと背中を押し、ユリアスを海の中へ突き飛ばす。
 大きな水しぶきがあがり、びしょぬれになったユリアスは直ぐに豪快に水をまき散らしながら立ち上がった。
「私は…冷静だ…頭はな…」
 濡れた髪を掻き上げながら、顔に流れる海水を払いながら、ユリアスは笑っている。濡れてますます光を反射する豪華な金髪をブルブルと振り、立ちつくす姿にシリルは眩暈すら覚える。
 嫌だと良いながら我慢していた。
 意地っ張りな気持ちとは裏腹に、抱き寄せられてキスをされれば全身が熱くなり、甘い痺れが走る。身体の変化について行けなくなり、ますます意固地になってユリアスを拒否する。その繰り返しだった。
 週末に会うだけなら、平日の会えない時間でクールダウンできたが、クリスマス以降、10日ほど一緒に暮らしてみれば熱は籠もる一方で…
「頭を冷やすのは俺の方みたい…でも…どうやればいいのか…さっき泳いだけど、ダメなんだ。ユリアス様、俺の事全部分かってる癖に…ずるい」
 


「おいで、シリル」
 あくまでもシリルが望んだと言わんばかりの態度には頭に来たが、差し出された手を払いのけられるほど、シリルも冷静ではいられなかった。
 恐いけれど、まだ少し嫌だけれど、この手を取ったら最後、ユリアスは絶対に自分を離さない。
 手を伸ばし、指先が触れ合う。吸い込まれるように、シリルはユリアスの胸の中に身体を預けた。
 それだけで全てが満たされる幸福。
「シリル、窓の外を見てご覧」
 身動きもままならないほど強く抱き締められるのかと半ば以上期待していたのだが、ユリアスは広い胸の中にそっと優しく包み込むだけだった。大きな温もりに安堵しながら身体の位置をずらし、窓を見つめる。
「…綺麗…」
 ため息が出るほど美しい夕日が目の前一杯に広がっていた。
「直ぐに降るような星空も見られる」
 本当に見られるのか疑問だった。
 なぜならユリアスの大きな体がゆっくりと被さってきて…
「私の星空はここにある」
 そう言いながら、シリルの額に落ちた白薔薇の香りがする銀色の髪を手ですくい、甘く柔らかな唇に深い口付けを落としたのだった。


END


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超俺様なユリアスでしたが、書いてて楽しかったです。この人の辞書には『反省』の文字が無いのでしょう。シリルと末永くお幸せに。いずれヴァンサンの恋も書かなきゃいけませんね。さて、どうしてもこの後の二人が気になる…と言う方はnextをどうぞ。