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兆す、銀

ユリアスとシリル

光りある者・番外

8

 今、目を見つめられたら理性が家出寸前の自分がどうなるのか分からなかった。ベッドが燃えないのが不思議なくらい熱を発しているユリアスに本能は喜んでいる。ユリアスとどうにかなる前に自分が無くなってしまいそうだ。
「シリル?」
 ほらまたそんな声で呼ばないで欲しい。擦れた低い声は昔には無かった艶を含んでいて、向けている背中から溶けて無くなってしまいそうだ。
 今日、初めてキスをしたときのように。
「俺…身体が…」
 次の言葉が言い出せなくて口ごもっていると、ユリアスが長くて大きな腕を伸ばして巻き付いてきた。くるっと振り向いたのはその腕が強い力で引き寄せたから。
「言うな」
 言えないよ。そう言いそうになった口を、ユリアスの唇に食べられてしまった。


「ふぁ…っ」
 蛇は獲物に巻き付いて全身の骨を折った後、丸飲みするそうだ。
 骨は折れていないけれど、ドロドロに溶けてしまったような気がする。
「や…めっ」
 バスローブから侵入してきた手の平が胸を這い回り、誰にも触れられたことがない突起を指先でいじられた。変な感覚にびっくりして身を離そうにも金縛りにあったように動けない。良いように弄られ続けていると平らな胸のその一点が指に引っかかるようになり、引っかかるたびにジンとした痺れが全身に走る。
「ユリアス様…お願い…だから…んっ」
 顔を仰け反らし必死で離れようとするが、首筋にキスをされて耳元を舌でくすぐられ散々な目に合う。首をすくめるとまた唇を塞がれ…
「シリル…ぴかぴか光って…喜んでいる」
 そんなことあるもんか…これはびっくりして逃げまどっているんだ。
 珍しくきっちり着ていたバスローブは肩も露わなまでに引き下げられ、ただでさえ動かない腕はもたついたバスローブが絡みつき、もっとがんじがらめになっている。
 温かい手のひらが背中から腰にかけて何度もなでさすり、痺れを全身になすりつけられるようでたまらない。
「んんっ…やっ…ぁ」
 バスローブの足元を割られ、妙な動きで太ももに触れられ、シリルは硬く足を閉じる。
 男にしては丸い尻をやんわり撫でられ、これは痴漢だ、と思う程度にはまだ理性もあったが…
 強引な手に滑らかな、あるはずの物が無い部分に触れられたとき、シリルは雷に打たれたような感覚に身体をびくっと大きくふるわせ、叫びをあげてしまった。
「やぁっ!!」
 

 言うことを聞いてくれない身体を捩り、その異常な感覚から逃れようとする。が、ユリアスに抱き締められたままの身体は僅かに腰を引くことしか出来ず、強引で我が物顔の手に、さらにその部分をじっとりと触られ続けた。
 自分でもまともに見たことがない。
 子どもの頃は時々襲う痛みに耐えかねて死んでしまいたいと思った。傷が癒えてから機能が正常に働くようになるまで、相談することも憚られるような事で悩んだ。初めはトイレさえまともに行けなかったのだ。
 癒えたとは言え、傷口や火傷の後はまだ残っていて…身体を洗うために触れるたび、指先はザラザラとした感触を脳に伝えてくるのだ。
「いやっ…やめてっ、お願いっ…」
 拒否の言葉は唇に塞がれ、鉛のように重くなった腰を容赦なく触れられて、もう僅かに逃れることも出来なくなっていた。
「シリル…濡れてきた…」
 耳元に囁かれても、何のことだか全く分からない。
「身体は…感じている。そのまま私に身を任せていればいいから」
 そんなこと…言われなくても動けないのだ。
 下着をずらされ、そこに触れられた。26年生きてきて初めて知る感覚。
「や…っ…あぁ…」
 くちゅ…あり得ない音が身体に響く。
「ユリアス…さま…」
 身体の奥から何かが溢れてきて…ペニスがあった場所に固定された尿道口をコントロールするために、それこそ痛みに耐え泣きながらトレーニングした。お陰でその部分の感覚は他の部分と同じくらいには回復した。それが出来なかったら一生おしっこを垂れ流す事になると脅かされたから…
 今はそのコントロールも、別の感覚に支配されて全く利かなくなっている。ジンジンと絶え間ない刺激が体中を駆けめぐり、頭の中はそれだけを追いかけたがるのだ。これが快感なのか?
 そう思った途端、ユリアスの指の動きに合わせるように、尿道口からは透明な粘液のような物が溢れ、それがまたユリアスの淫靡な指の動きを助ける。
「シリル、良い子だ。ついてこい」
「だって…おかしい…俺っ…んぁんっ!」
 おかしくなったのは感覚だけではなく、いつのまにか腕も身体も自由に動くようになっていたのに、逃げるどころかユリアスにしがみついていた。
「ユリアスさま…なんで、俺」
 身体はすっかりユリアスの行為に従順になっている。
「愛しているよ、シリル」
 口付けと共に落とされた言葉がシリルの全身を快感と共に駆け抜ける。
「あぁ…はっ…んんっ…」
「もっと…声を出して…」
 そこを激しく擦られ、シリルの背が弓なりに仰け反った。
「はぁっ!あっ…あんっ…ユリアスっ…ああっ!」
 親指で尿道口を攻めながら、その少し後ろの辺りを押すように揉まれ…痺れるような快感に目覚めたシリルは終わりを求めてユリアスにすがりつく。
 

 恥ずかしさを通り越して、ユリアスへの気持ちが高まった時、シリルはせん孔と共にはじけたような感覚を覚えた。体中の力が一気にはじけた後も暫く快感は去らず、じっと抱き締めてくれたユリアスにますます愛情が高まる。
「ユリアスさま…」
 まだ敏感さが抜けきらない身体は、抱き寄せられただけで優しい快感の余韻に震える。
「どうした?疲れたか?そのままゆっくり休みなさい」
「…うん…」
 幸せだった。心も体も一杯に満たされて、心地よい疲れにシリルはあっという間に深い眠りにさらわれた。          

「綺麗だ、シリル」
(今日も綺麗だね、シリル…だったんだけどな)
 おはよう、のかわりに毎朝そう言って頬にキスをしてくれた。変わったのは台詞だけではなく、キスも…夕べのことを思い出させるように身体を包み込み、気が遠くなりそうな深く濃厚なフレンチキス。
 昨夜まで経験値が0だったシリルにはそんなキスだけでも刺激が強すぎ、寝起きでぼーっとしているのかキスの余韻で呆けているのか自分でも分からない。まだ夢の中にいるようで、とろけるような感覚にうっとり身を預けていると、身体の中がずくん、ずくんと心地よく脈打つ。昨夜翻弄された激しい快感とは少し違うけれども似たようなもので…
(朝から何考えてるんだよ…)
 気恥ずかしさがこみ上げ、ユリアスを押し離しふて腐れたように背中を向けるのだった。
「シリル?昨夜のことを思い出したか?」
 からかうような口調を感じて一人、赤面する。答えないでいたら背後からがっちり抱き締められてしまった。
「ユリアス様…苦しい」
「苦しい?本当に?光りが…お前の心が喜んでいる。もっと、と私に絡みついてくる」
 シーツの中でユリアスの手がごそごそうごめき、パジャマをめくって素肌の上を這う。パジャマ…
「パジャマ…」
 知らないパジャマを着ている。
 昨夜はバスローブをはだけられてしまいゴロゴロしたけれど、全身を包む倦怠感に逆らえず眠ってしまった。
「俺…何時の間に…」
「アンリを起こすのは忍びなかったので私のを着せた」
 素っ裸を見られたのか!?
 猛烈な羞恥心が吹き出し、今更だがシーツをたぐり寄せて身体を硬く丸めてしまった。しかし、素肌を這い回っていたユリアスの手は容赦なくなで回してくる。
「ユリアスさまっ…だめ…」
 言ってみたものの、知ってしまった性愛の喜びを敢然とはねつける手管などシリルは持たない。生まれる何万年も前から愛し合っていた魂は、こうするのが当然とばかりに絡み合う。
「…ぁ…」
 昨夜の今朝で甘やかな気怠さに満ちていたシリルの身体は、愛する炎の中にトロリと溶けてしまった。
 

 気まずい雰囲気でいたのはシリルだけで、ユリアスとアンリはごく普通のいつも通り。
 昨夜も今朝も散々叫びまくった気がする。それをアンリに聞かれたかと思うと普通でいられるわけが無いではないか。
 昨夜の夕食と同じく、ろくな物が作れなかったシリルはアンリに小銭を渡して通学途中で食事をするように頼み、いつもより早めに家から追い出した。
「あれは…私の血が濃いようだな」
「アンリ?俺はバルバラを知らないから…彼女は元気なの?」
「…シリル…お前はバカなのか?それともお人好しか…」
「バカじゃないよ!勉強は出来ないけど…お人好しなんだろうね…それに…俺は誰も恨んでないから。バルバラがしたことを聞いたのもずっと後だったし…俺は毎日ユリアス様に会いたくてたまらなかった。だから、こうやって会えただけで嬉しいよ…」
 心の中で思い続けることしかできないのだと覚悟を決めていたのに。13年ぶりに会うことが出来て、その上自分では叶わないと思いこんでいた恋人同士の関係も、ユリアスのごり押しでいとも簡単に成就してしまった。
 しかし、バルバラは未だに正真正銘、ユリアスの妻だ。自我にも目覚めたシリルは自分が愛人の立場だという事も気になるが、少しずつ上向いてきているデビアン家に、バルバラは害を及ぼすのではないかと心配している。
「バルバラがしでかしたことをサルマン老人から聞いて、私がどれほど後悔したことか…っ!」
 怒りに震える身体でシリルを抱き締める。
「バルバラにもアンリにも全く興味が無く、お前の幻想ばかり追いかけていた。真相を知らされた頃には最早全てがどうでも良く、デビアン家など一刻も早く滅びれば良いと思っていた。だが…お前が戻ってきてくれたのなら…バルバラと彼女の一族にはきっちりお返しをさせて貰う」
「ユリアス様、俺は、過去は恨んでない…」
「だが、アンリの母親であるバルバラが引き起こすであろう惨事は止めなければ…お前が心苦しい思いをすることになりかねない。私はお前とお前の存在する世界を守るために生かされているのだ」
「亮が…亮の叔父達のようなことをバルバラもやっているって…」
「ああ。結びつきがあるのかもしれない。日本国籍の蛇がサルマン老人の命を受けて世界中を飛び回っているだろう?あれを手伝わされるかもしれない…冗談じゃないが」
「…大変なことだけど、良いことじゃん…」
「お前と過ごす時間が減る」
 さらに腰をきつく引き寄せられ、密着した下半身からユリアスの熱が伝わってくる。
「何言って…んっ…」
「まだまだお前には教えてないことがある…」
 エロ魔神…とヴァンサンの言葉がちらと頭を掠めた。恋人でも愛人でも節度は大事。昨日は会社をサボり、今日もまだ着替えすらせずにいるユリアスをはやく日常に戻さないと…
「ユリアス様、早く着替えないと二人ともラザールに怒られる…」


 幸いなことにラザールが迎えに来たのはその10分後で、まだダラダラしていたユリアスとシリルをバスルームに追い立て支度を急がせ、一時間もしないうちにユリアスはエヴィアンへと引き立てられていった。
「週末にまた。金曜の夜に来られるかもしれないが…連絡する」
 と、言われた後散々キスされ、シリルは店の前で車を降りた。
 先週までは月曜の朝別れた後ほっとしたものだったが…今朝は名残惜しく、もう週末が待ち遠しい。恋をするとこんなに変わるのだろうか?昨日から乙女チックな言葉や感情が湧いて、さっぱりとした男っぽい性格なはずの自分の頬が赤くなる。
 いや、恋はずっとしていた。生まれる前からずっとユリアスに恋していた。
「……」
 ユリアスによって与えられた性の快感のせいだろうか…と思い、ますます赤面する。
 バスルームで今朝の残滓を洗い流す時も頭に血が上って卒倒しそうだった、と思い出し、ますます頭に血が上る。
「えーい!早くお店開けちゃおう!」
 少し艶が増した銀の髪をさっと括り、シリルはいつも以上に溌剌と開店準備を進めた。


 珍しくもギスランが昼過ぎに店へやってきた。
「今朝ここの常連が病院に来て、昨日は休んでいたと聞いて…まあ少し心配になって来てみたが…ふっ…」
 鼻で一つ笑うギスランは心配して損した、と言いたげだ。
「なんだよそれ…その笑い方、失礼だろ…」
「髪もお肌も艶々で、表情も一段と色っぽい。何があったか垂れ流してくれるなよ」
「なんで…!」
 分かるのか、と聞きそうになって言葉を飲み込んだ。
「さっき公爵から連絡を貰った。ずっと顔が赤いので熱があるかもしれないとかなんとかで様子を見てこい、と命令されたよ」
 それは赤面するようなことユリアスがしたからだろう。
「熱なんかないよ…」
 ぷっと膨れながら顔を背けたが、背けた端から頬が紅潮する。
「あの男は普通じゃない。今からでも遅くないから俺と一緒にならないか?」
「はぁ!?冗談!」
 ギスランは知り合った最初から医者で、シリルの身体は知り尽くしている。ギスランの前でなら裸になることも気にならない。毎月お尻だって揉まれてる。この間のようにキスをされても大した感動はない。ユリアスとは根本的に違うのだ。
 気配を感じただけで身も世もなくなるほど恋しい。さっきまで一緒にいたのにもう会いたい。再会してから昨日までの感覚とも違う、胸を焦がすような思いを抱えて金曜日まで待つ自信も無さそうだ。
 ギスランは…
「毎月俺のお尻に注射してるだろ!?」
 と冗談でも言えるくらい色も欲も感じない。
「もっと別の注射を…」
 赤面どころか怒りで爆発したシリルは手近にあった新聞でギスランの頭をはり倒したのだった。


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