響さんってこんなに強引だったんだ…凰雅は目の前で繰り広げられる兄弟の言い争いを驚きながら見ていた。朝起きて直ぐ、今日だけでもバイトを休むように言われ返事に困っていると、バイト先に電話されて無理矢理休まされてしまった。その後は響の兄の仕事場に連れて行かれ…響の兄は刑事だった…正晴が凰雅に近づかないようにしろ、と詰め寄ったのだ。警察官がうじゃうじゃいる中で、兄に容赦ない足蹴りを喰らわせながら。
「おまえっ、響っ、やめっ!!」
「身体が丈夫なだけが取り柄だろう?検挙率も最低の出来損ないなんだからたまには人様の役に立ったらどうだ?」
 兄に対してすごい言いようである。
「そんな…まだ何が起こると決まったわけでもない事にいちいち時間を…いてっ!」
「起こってから動き出すから犯人に逃げられるんだ。起こる前に予防しろ。あいつは絶対凰雅に手を出してくる。捕まえたら金一封私が出してやっても良い」
「余計なお世話だ!そいつも男だったら殴り合いの一度や二度っうわっ!!」
「凰雅はピアニストだ。怪我をさせるわけにはいかない」
「だったらお前の足蹴りでも教えてやれっ!」
「…いずれな」
 響の兄は椅子に頽れながらも、どこかに電話をかけてくれて、三十分待っていろと言った。
「俺よりもっと暇なのがいるから、紹介してやる。俺たちは動くわけにはいかんから、私立探偵だ。金はお前が払え!」
「早くそうすれば良かったのに…蹴られ損だったな」
「うるさいよ。おまえ今日はコンサートじゃないのか?オヤジ達から招待券もらったぞ」
 そうだった、今日は2千人クラスのコンサートホールでリサイタルがあるのだった、と凰雅は思い出した。
「響さん、俺大丈夫だから…リハーサルとかあるんじゃないの?」
「大丈夫だよ凰雅。楽屋入りは3時の予定だから。それまでゆっくりしよう」
「だめだよ…俺一時から別のバイトが…」
「じゃあ一時まで」
「そこ…いちゃつくな」
 凰雅はいちゃついているつもりは無かったが、少し恥ずかしくなって響から離れてしまった。
「ご、ごめんなさい…」
 兄は凰雅をまじまじと見つめた。弟が初めて連れてきた男がまさか恋人だとは思えず…だいたい弟が恋人にうつつを抜かすなど考えられなかった。
 何人かの女性と付き合ったことは知っている。その中の一人がストーカー化して問題を起こしたときは自分も協力したが…前の男に乱暴されそうだから助けろとは…。
「それ以上見るな」
「見たくて見てるんじゃねぇよ。見られたくなかったら廊下で待ってろ」
「ああ、その手があった。凰雅、ここは物騒だから廊下で待っていよう」
 物騒なのはてめぇだろうとか言う兄のつぶやきには耳を塞いで、響は凰雅を連れてその部屋を出た。


「響さん、お兄さん怒ってた…」
「ああ、いつものスキンシップだから。あれでいざというときは役にたってくれるんだよ。凰雅を合わせておけば何かあったときすぐに対応してくれる」
 それは響さんが恐いからじゃ…と思ったけれど。
「兄もああ見えてピアノを弾くんだ。途中で辞めて公務員になったけどね。凰雅のピアノもきっと気に入ってくれるよ」
「どうして辞めたの?全然弾かないの?」
「そうだね。全く弾かなくなったかな。理由はそのうち兄から聞くと良い」 兄に好かれたとは思えないけど、家族を紹介してもらえたのはとても嬉しかった。もう何年も帰れない家が、恋しい…
「あ。あいつみたいだ」
 泣きそうになっていたら、響の兄が誰かを連れてこちらに歩いてくるのが見えた。


「こいつだ。ついでに元彼の居場所を探して、必要なら釘を刺してくれるそうだ。半径何メートル以内に近づいたらどうとか言う、あれの手配な」
 どうみても大学生になったばかりの男で、それなりに体格は良かったが頼りなさそうな雰囲気だ。
「ちぃーっす。よろしくね」
 響は上から下までたっぷり眺めた後、兄を睨んだ。
「これは?」
「私立探偵の栞原伊織(かんばらいおり)だ。そっちの由井君が若いので並んで歩いていても違和感ないだろ。見た目以上に強いから安心しろ」
「真柴さん、このちっこい方?可愛いね、この子」
 ちっこいと言うほど小さいつもりはない。真柴兄弟が大きいので挟まれると小さく見えるだけだ。
 凰雅は初めての私立探偵の人で興味津々だったが、響の不機嫌さも気になって、なかなか話しかけられないでいた。
「凰雅、コンサートが終わったら直ぐに店へ行くから、それまでちゃんと栞原君の言うとおりにするんだよ?」
「うん。僕は大丈夫だから…響さんもがんばって」


 響にバイト先まで送ってもらった後、凰雅はバイト先についてきた栞原を近くのカフェに誘った。
「あれ?1時からバイトじゃないの?」
「うん。2時から。響さんぎりぎりまで一緒にいてくれるから…それは嬉しいんだけど、コンサートの前だから気になっちゃって…衣装とかさ、家に一度帰らなきゃいけないのに、2時まで一緒にいたら間に合わなくなるだろ?響さんはVIPだからみんな待ってくれるけど…重なると良くないから…」
「そりゃそうだよな。ミュージシャンなんていい加減なのかと思ったら。案外まじめ?」
「ははは…響さんなら我が儘言っても大丈夫だけどね。俺たちはすぐ干されちゃう」
「俺あんたたちの事、名前以外何にも知らないんだけど、教えてくれる?あと、嫌だろうけど前彼のことも。軽そうに見えるけど絶対誰にも話さないから安心して」
 正晴との馴れ初めからかいつまんで話した。特に、おかしくなりはじめた時期については詳しく聞かれ、知っている限りの正晴の交友関係や根城を言わされた。
「新興宗教とか、そこまで行かないにしても怪しい団体とか絡んでたらやっかいだからね。その辺のことは事務所の先輩に調査を頼んでおくから。今からは知らない人にファンですとか言われてもついていかないようにね。真柴さんのファンにもね。真柴さんに言われたとか言って誘い出す人もいるだろうから。俺は由井君が家を出てから帰るまで一緒にいる。けど、家にいるとき誘いの電話とかかかってきたら、俺にも必ず連絡すること。分かった?」
 凰雅はこくんと頷いた。
「面倒だけど、ちょっと性格悪そうな相手だから…」
「どうして変わっちゃったのかな?俺のせいかな?」
「そいつが弱かっただけ。由井君は気にしないの」
 でも、もし自分に理由があるのなら、今から先響さんだって変わってしまうかもしれない。


 コンサート後の楽屋裏には響の両親と兄達が勢揃いしていた。長男は勤務医、次男は教員、三男は刑事、一番下が響だ。父は元外資系企業のエリートで既に引退。母は専業主婦だが音大出のピアニストだった。父は趣味でバイオリンを弾いていたのでクラシックを通して知り合ったらしい。二人とも息子達を優秀な音楽家に育てたかったらしいがことごとく失敗し、響に才能があると踏んでからは壮絶な勢いで英才教育を施した。今の地位はそのお陰でもあるが、過保護に育てられた分、性格は兄弟の中で最も悪かった。育ちが良いので猫をかぶる事も上手かったが…
「皆さんお暇なようですね」
 久しぶりに会った挨拶からしてこれだ。
「あなた今日は素晴らしかったわ。何か良いことでもあったのかしら?お父様の知り合いや妹たちも来ていたけど、お母様自慢できて嬉しかったわぁ。あなた今日は時間あるんでしょ?みなさんと一緒にお茶でも行きましょう。久しぶりに積もる話しもあるし、あなたに良い話しも持ってきたのよ」
 また見合いか、とうんざりしたが波風点てずに丸く収めるのが家族円満のコツだ。
「お母さん、そう言うことはもっと早く連絡してもらわないと…今夜はスタッフと大事な打ち合わせがあるんですよ。ああ、私の優秀なマネージャーを紹介しますので、彼にもいい話があったらぜひ」
 にっこり笑って見回すと、兄たちが一斉に白けた空気を醸し出した。
 長男次男は三男から、響に本命ができたらしい、しかも男、と報告を受けていて、あとでコッソリ見に行くつもりだった。
「田代君!打ち合わせは何時から?」
 絵に描いたような教育ママを興味津々で眺めていた田代は、話しの流れで自分が脱出の要になっていることは分かっていた。
「10時からです。会場まで三十分掛かりますから、もう支度して頂かないと…」


 店にはいると、今夜はいつもと違ってがら空きだった。
「田代君、お客はどこ?」
「あははは。こういう日もありますって」
「じゃあギャラは?この分だと…」
「深く考えない方が良いかも…あははは」
 長男次男三男が真ん中のテーブルに座っている他に3人ほどいるが、後は響と田代、私立探偵の栞原だけだ。
 それでも気にせず、ライブは進んでいく。
 あれでも一応ピアノが弾ける兄弟なので、凰雅の良さは伝わっているはずだ。三男とは今朝会っているが、後の二人のことは知らない。くそ真面目な表情で微動だにせず聴いているお客の前では凰雅も弾きにくいのではないかと思っていたが、あらん限りの気持ちを飛ばしてくる。楽しそうに、ピアノで話しかけてくる。
「凰雅、お疲れ様。兄がいて弾きにくくなかった?」
「全然。お兄さんも楽しそうだった…隣の二人は、お兄さんの仲間?」
「いや…左が長男、真ん中が次男、刑事は三男。その下が私」
「うわぁ…良かった、終わった後で…最初に知ってたら緊張してたかも」
 挨拶してきます、と離れようとした凰雅を、響はやんわりと引き止めた。
「行かないで。せっかく久しぶりに会えたのに…」
 隣にいた田代がコーヒーを吹いた。
「汚いね、田代君」
「だって…今朝一緒だったんでしょ?」
 身内だけの店内で甘い言葉を言われた凰雅は素直にぴったりと寄り添っている。響が引き寄せているのだが、凰雅も嫌では無さそうだ。
 先輩からの酷い仕打ちにもめげずに頑張ってた凰雅だから、幸せになってもらいたい…一生このままは無理でも、いつかは別れるのかも知れないけど、傷つけあってお互いがボロボロになるような関係にはなって欲しくない。
「あーあ…俺も恋愛したいな…なんでおーちゃんばっかり…」
 田代が天井を仰ぎながら呟いていると真柴家の男達が凰雅に近寄ってきた。
「来なくて良いのに…凰雅、これが長男、次男、三男」
 上から順番に音夜(おとや)月音(つきなり)静音(しずなり)と言うそうだ。立派な名刺をもらって、凰雅は大事そうに財布にしまい込む。みんななんとなく響に似ているが、顔立ちは響が一番優しげだった。真柴家は全員大柄なのか、囲まれると凰雅や田代はまるで子羊にみえる。
「由井凰雅です。響さんにはとてもお世話になっています。今日はわざわざ来て頂いてありがとうございました。すごく嬉しかった」
 ただでさえ笑顔が可愛いのに、幸せなことが重なって可愛さの上に輝きまでプラスされた笑顔は、腹黒い弟を好きになった奇特な男を見物に来た兄達の心を鷲づかみにしてしまった。響は自分と兄の性格は違うと思っているようだが、端から見れば精神構造は似たもの兄弟だ。凰雅のピアノやピアノを弾く姿に惹かれるのも肯ける。
「由井君、うちにはコンサートができるサロンがあってね、今度そこでベースとのデュオでもお願いできるかな?」
 とは長男の申し出。
「うちも学校行事でコンサートをやってもらえるように校長に話してみるよ」
 とは次男。三男は、
「…署員総動員してライブに来てやる」
 と、それぞれが牽制?しあった。
 凰雅にも兄がいるが、もうずっと会っていない。勘当されてからは凰雅からも連絡先を知らせていないが、会いたかったらこの店に来ているはずだ。きっともう実家には自分の場所など無いんだ…正晴だって、自分を家族に紹介してくれなかった。頼るものが欲しくて、ずるずると正晴との関係を続けていたのかも知れない。
「すごく嬉しい…」
 

「じゃ、俺が言ったこと、しっかり守って。また明日の朝迎えに来るから」
 栞原がそう言って帰った後は響と二人きり。もう何日も自分の家に帰っていないので少し心配だったが、大したものも残っていないので、泥棒に入られても惜しいものはない。一番大事なものはとっくに売られてしまった。
「凰雅はこの部屋を使うと良い。ゲスト用だけどまだ家具を入れてないから…ここに引っ越しておいで」
 何を言われたのか、凰雅は分からなかった。きょとんとする事数秒、出会ってやっと一週間くらいで、まだ告白し合ったばかりなのに、もう一緒に暮らそうなんて…
「え…でも、まだ一週間…」
「早く私のものにしてしまわないと、ライバルが増えたようだから…」
「ライバル?」
 ますます分からない。
「凰雅は分からなくて良いんだ。私がちゃんと凰雅を守って上げるからね」
 響の優しい顔がだんだん近くなって…
 背が高い響の口づけは、凰雅も少し踵をあげなければならないのだが…
 口腔深く舌で愛され、夢見心地になってくると足に力が入らなくなる。膝が笑い出して響の腕をぎゅっと掴むと、長く力強く温かい腕でがっしりと抱きとめてくれた。


 もつれ合うように寝室のベッドの上に倒れ込んだ。響は凰雅を潰してしまわないように気をつけたが、凰雅が『うぐっ』と唸ったので慌てて身体をずらす。
「ごめん。重かった?」
 響は真剣だったが、その表情が可笑しくて凰雅は首を横に振りながらくすくす笑ってしまった。
「真面目な話し、身体は大丈夫なのか?昨日の…」
 ちょうど24時間前の出来事。身体より心が辛かったけれど、たった24時間で、あれが悪い夢だったような遠い記憶になっている。
「うん…響さんのお陰で…辛くなくなった。身体より、心が辛くて…響さんと一緒にいられたらいいな、って思ってたから…でも俺…男だよ?」
 響は男と付き合ったことなど無いと言っていたから…それに自然消滅する程度の女性でも、響が付き合いそうなのはどれも素敵な女性に違いなかった。ガリガリで棒みたいな自分が恥ずかしい…
「そうだね…確かめてみないとね。見せてご覧…」
 まるで楽譜を見せてと言うように、サラリと艶めかしい事を言われ、凰雅はぱっと頬を染めた。
 もたつきもせず、驚くほど器用にシャツのボタンを外され、外気に晒された胸元は少し寒いのに、顔からは湯気が立ちそうだった。
「ふふ…ぺったんこだね。何かついてるよ?」
 ごはん粒でもついているのかと現実に戻って胸元を見ようとすると、響の指がすっと乳首を撫でた。
「なっ…!」
 ぴりっと電気が走ったような感覚に、身体がぴくんと跳ねた。
「どうしたの?ここが気持ちいいの?」
 柔らかな指先でゆっくり乳首を弄られ、凰雅は自分でもびっくりするくらい感じてしまった。
「んっ…ぁっ…あぁ…」
「敏感だね…凰雅が好きなことだけをしようね?」
 甘やかすような言葉は優しさに飢えて疲れ果てていた凰雅の心をじんわりと温め、大胆な手の動きは忘れていた疼きを思い出させる。服を脱ぐ間も響はずっとキスをしていて、一時も凰雅から身体を離さない。
「ここ…気持ちいいの?」
 とても優しく労るように抱き締めながら、胸の小さな突起を弄られる。
「あ…っ…」
 響の首筋に顔を埋めて小さく頷く。
 でも、本当はどこが気持ちいいのかはっきり分からないのだ。触れ合っている所は全部気持ちいいから…
 優しい手が両足の間に滑り込んできて、恥ずかしいくらい高ぶったその部分を大きな手の平でそっと包み込み、柔らかく揉みしだく。
「はっあぁ…ん…きょうさんっ…あっ…あっ…」
 全身がぞくりと波打ち、腰が小さく震え出す。
「凰雅…可愛い…こんなに硬くなって…」
「でも…はずかし…」
「見せてごらん?」
 好きな人に触れてもらうのは気持ちいいけど、こんなに恥ずかしいなんて…するっと下着を脱がされ、自分でもびっくりするほどドクドク脈打つ性器を見られる…凰雅は羞恥心でどんな表情をして良いのやら、両腕で顔を隠してしまった。
「こっちは隠さなくて良いの?」
 意地悪そうな声でからかいながら、指先でちょんっ、と先端を突く。
「あんっ!きょうさんっ…!」
 気持ちが高ぶりすぎて、響の首筋に縋り付く。早くどうにかして欲しいけど…淫乱だと思われないだろうかとか、我慢がきかなくてみっともないのではとか、頭の中がぐるぐるしてしまう。
 それに、響の指先はとても滑らかで柔らかくて、魔法のように繊細に動く。竿の部分を緩く握って扱いているときも、凰雅の良いところは強めに擦ったり動きをゆっくりにしたり…
「はっ…はっ…んんっ…あぁっ…」
「凰雅…沢山出てきたよ…気持ちいい?」
 先走りが後から後からあふれ出て、ぬちっ…といやらしい音を響かせる。
「響さん…おれ…はずかし…」
「どうして?凰雅が感じてくれて、嬉しいよ。凰雅の可愛い声がもっと聴きたい…」
 響は少しだけ身体を離し、凰雅の両腿をぐいっと広げしっかり抱え込むと、少し小振りだけれど形の良い性器をぱっくりと口にくわえ込んでしまった。
「やっ…だめっ!あっ!あぁっ…はぁっ!」
 ぐちゅ…と卑猥な音を立てながら奥深くまで飲み込み、舌を蠢かす。下半身に得も言われぬ甘い痺れが走り、逃げないと気が狂ってしまいそうだった。口蓋で先端を擦りながら裏筋を舌でねっとり嬲ると凰雅の甘い蜜がとろとろ溢れ、それを音を立てて吸い上げる。
「はぁうっ…んっんっ…!や…響さんっ!だめっ…だめっ…はなしっ…」
 もう限界寸前だった。響の頭をどけようと手で髪を握ったが無駄で、腰を引こうにもがっちり支えられて動けない。
 実のところ、凰雅はあまり口で愛された事がなかった。最初のうちはそれなりにあったが凰雅が後ろの快感を覚えるまでの話しで、正晴は自分の快楽を求める方が多く、凰雅はそれを手伝うのが当然だと教えられた。それはそれで良かったけど…
 凰雅は自分ばかりよがり声を上げてみっともないのと気持ち良いのとでぐちゃぐちゃになりながら、津波のように押し寄せる快感に身を任せるしかなかった。
「きょうさんっ!でちゃう…あぁっ…ひあっあっあぁぁぁっ!!」
 射精と同時に涙が溢れる。
 ごくん…と、自分が吐き出したものを飲み込む音が殊更大きく聞こえ、もう出てしまったのに搾り取るように吸い上げられ、快感は一向に収まらない。
「おねがい響さん…はなして…もう、だめぇ…」
「どうして?凰雅の身体はとても喜んでるよ。私もね」
「も…いいから…響さんだって…」
 響にだって気持ちよくなってもらいたかった。まだ自分からは何もしてないのに喘がされるばかりで…
「私?そうだね…大変なことになってるけど…」
 恥ずかしげもなく硬さを取り戻そうとしている凰雅の下半身に、響のその部分が押し当てられる。
 何もしていないのに…響の雄は恐ろしいくらい硬く立ち上がっていた。
「俺…」
 そっと手を伸ばし、響のものに恐る恐る触れ、すぐにひっこめてしまった。
「凰雅?」
「俺…ちゃんとできるかな…」
 瞳を不安で揺らしながら、凰雅はまた響の雄に手を伸ばす。
 指先で輪郭をなぞると響のからだがぴくりと震えた。
 感じてくれてる…そう思うと嬉しくなり、凰雅は響の質量がある性器を手の平で包み、緩く扱きながら自分の身体をずらしていった。
「凰雅?」
 何をし始めたのか訝しんだ響は腹部に凰雅の柔らかい唇を感じた。凰雅の意図を察した響は驚いて凰雅を押しとどめる。
「響さん?」
「凰雅…嬉しいけど…」
 響は凰雅の両脇に腕を差し入れると、自分と同じ目線までぐいと引き上げ、柔らかな唇に触れるだけのキスを落とした。
「だめだよ…我慢できなくて、みっともない事になりそうだから」
 だったら尚更…
 不安を湛えた表情が泣きそうな顔に変わる。
「だって…響さんの、ちゃんと塗らないと…入らない…」
 正晴はいつも凰雅の口に放ったもので準備をさせた。それが、愛する者への気遣いだと教えられていたが…そうすることは嫌ではなかったけれど、付き合い始めの愛情が薄れると同時に苦痛に変わり、最近では嫌悪さえするようになっていた。
「…心配しなくても大丈夫だよ。凰雅がどんなことをされていたか知らないけれど、全部忘れて…」
 

 体中にキスをされた。
 自分でも知らなかった気持ち良いところが沢山あり、身体がぴくんと震えたり、小さな声が出るのを止められなかったりすると、響は同じ所に何度もキスをしたり指でくすぐったり…
 気がつくと凰雅の性器は触ってもいないのに硬く反り返っていた。
「響さん…」
 響の下腹もはち切れんばかりになっているのに…
「響さん…もう…」
「まだだよ凰雅。凰雅の全てが知りたいんだ。どこを愛したら可愛い声を聴かせてくれるのか…っと…凰雅もがまんできない?」
 にっこり笑ってそんなこと聞かれても恥ずかしいばかりで、凰雅は真っ赤になって目をつぶってしまった。
 響が再び覆いかぶさってきて、濃厚な口づけを与えてくれた。舌の裏をくすぐり、絡ませ、上あごをそっとなぞる。そこを愛撫されるのも初めてで、くすぐったさが入り交じった快感が全身に波のように広がった。
「はぁっ…んん」
 堪らない感覚に凰雅の腰が揺れ、響の下腹に擦りつけるような動きをし始めた。
「…くっ…凰雅…」
 響は凰雅の両足をぐいと持ち上げ、甘い蜜で濡れた性器の付け根から可憐な蕾までをしっとり舐めあげた。
「あぁっ…!ふぁっ…んっ」
 何度もそこに舌を這わすと凰雅の声がますますせわしなくなる。
「あっ…あぁん…やぁっ…んんっ」
 感じるたびにひくひく動く蕾に軽くキスをした後、丹念に舐め解す。凰雅はあまりの恥ずかしさに顔を両手で覆い、いやいやと言うように首を横に振り続けていた。
「凰雅?どうしたの?」
 舐めながら話すので、声までその部分に響いてしまう。
「あぁぁ…っ…響さんっ、そんなとこ…だめぇ…きたない…」

 どんな愛され方をしてきたのだろう…響は、汚い、と言う凰雅が一層愛しくてたまらなくなった。
「どうして?凰雅のここはとても可愛くて、いつまでもこうしていたいよ」
 実際、恥ずかしがっていやいやをする凰雅もたまらなく可愛いし、舌先で突くたびにきゅっとしまるそこも可愛い。
 どくどくと溢れかえる蜜を指に絡め、蕾を刺激する。いつまでもそうやっていじめていたいが、自分も限界に近づいていた。
 性器の付け根から蕾までを丁寧に舐めながら、指をぷつっと蕾に差し込む。
「響さん…っ!」
 身体を捩って逃れようとする凰雅をがっちり抱え込み、じきに自分を迎え入れてくれるであろう後孔に優しいけれど大胆な愛撫を捧げる。
「あっ!あっ!あっ…あんっ…」
 緊張していた内壁が、やがて柔らかくざわめき始め、凰雅の声も少しづつ艶を帯びるようになった。
 響はもう一度身体をずらし、両手で顔を覆っている凰雅を優しく抱き締めながら、いきり立った刀身を快感に震える蕾にあてがった。
「凰雅、少しがまんして…」
 言い終わらないうちにずぷっと蕾を押し開きながら、愛しい者の熱に包まれていった。
「きょう、さんっ…!」
 凰雅の全身にゾクッと快感の波が押し寄せる。
「ん…?どうしたの?」
 深く繋がった部分からわき起こる快感から逃げたいのか、もっと欲しいのか、どうしようもなくなって背筋をしならせ喉を仰け反らせ、身体が勝手に動いてしまう。
 どうしたの、と聞かれても…
「すき…だいすき…」
 気持ちいいと言うより好きだと思う気持ちが暴れ回り、どうすれば収まるのか、どうすれば楽になれるのか、ジタバタするけど一向に落ち着かない
「すき…すき…すき……」
 言わなければ苦しくて死んでしまいそうだった。
「私もだよ…」
 泣きながらしがみついてくる凰雅をきつく引き寄せる。抱き締めても抱き締めても、足りない。密着した身体が溶け合って一つになってもまだ足りそうにない…
 響はゆっくり腰を使いながら、凰雅のからだが喜ぶ部分を、時間をかけて慈しむ。うわごとのように『すき』と繰り返す唇に羽のように触れ、その言葉ごと飲み込む。
「凰雅…きつくないか?」
 時々無意識に締め上げる蕾に苦悶の表情を浮かべているにもかかわらず自分のことを気遣ってくれる…優しくて、思いやりの深いこの人には何をされても良いと思った。
「だいじょうぶ…だから…」
 挿入時の痛みも内臓を押し上げられるような圧迫感も、その瞬間を過ぎると愛しさに変わる。
 首筋にしがみついて身体のリズムを合わせると、響の動きが少しずつ速くなる。
「…おう、が…」
「はぁっ…ん…きょう…さっ…!」
 一度大きく引き抜かれ、また深く打ち込まれ…何度目かに、最奥に突き入れられると同時に、自分の腹部と最奥に熱い飛沫を感じた。


 一度やってみたかったんだ。
 響がそう言ったのは、翌朝目が覚めて二人でだらだら過ごしている時だった。
「だめだよ…ぜったい無理。俺なんか響さんの足元にも及ばないのに…」
 無理矢理ピアノの前に座らされ、響はその隣にピアノ椅子をまたぐように座ってピッタリと身体を寄せてきた。
「大丈夫だよ。凰雅は澄んだ音をしてるから、右手担当。私は左手」
 凰雅の手を取って、最初のポジションまで導く。
「…左手も動かさないと弾けないかも…」
「良いよ。凰雅から、好きに始めて」
 軽く頷いて、深く息を吸い、曲に入り込んでいく凰雅の気持ちに自分の感情を重ねる。
 それは昨夜のセックスより甘美で官能的だった。凰雅の感情の高ぶりを捕らえ、煽るように、追いすがるように、音を絡める。凰雅の呼吸にぴったり合わせ、二人で紡ぎ出す音楽はどんな愛撫より濃密で、魂と肉体の双方を喜びにふるわせた。


きっかけ4

Love Piano

響と凰雅

3