空・翔る思い

安土と空

11

 トラが落ち着いたのを見計らって、空は二人分のお茶を淹れに床から立ち上がった。
 後を追う安土が、お茶の支度をする空を背後から優しく抱き締める。
「あ、安土さんっ…は、コーヒーが良い!?」
 空の声が一瞬ひっくり返る。
「…ああ…そうだな」
「じゃあ、僕もカフェオレにする」
 そう言って、安土の腕の中からするりと抜け出し、冷蔵庫へ向かう。戻ってきたところをまたそっと抱き締める。
「コーヒーは…コーヒーはコーヒーメーカーが淹れてくれるもんね」
 豆を入れて、フィルターをセットして、水を入れて、スイッチを押す。空は自分のカップにだけミルクを入れて、作動し始めたコーヒーメーカーをじっと睨んでいた。
「あ…牛乳、しまわなきゃ…」
 またするりと抜け出して、戻ってきたところを、抱き締める。
「…安土さんは…ブラックだよね…苦そう…でも、大人になったら苦いのも美味しいのかな…僕もブラックで飲めるようになりたいけど…まだ無理かな…あ、良い香り」
 空は一人でブツブツ言いまくっている。
「ミルクは温めなくて良いのか?」
「…うん。温度が丁度良くて飲みやすくなるから…でもっ、本当は温めるんだって…陸は砂糖もたっぷり入れるんだけど、僕はミルクだけで大丈夫かな…」
 抱き締める力を少しだけ強くして、いつものように空の首筋に顔を埋める。
「あ、そうか…ミルクの量を少しずつ減らせば良いんだ…今度からそうしよう……安土さんも、覚えておいてねっ…」
 深呼吸すると、また空の声が少しだけひっくり返った。
 意識しているな…
「分かった」
 囁くように答えると、空の身体がぷるっと震えた。
「空…」
「…安土さ…冷蔵庫に、プッチンプリンがあったよ?あれ、僕が食べて良いの?」
 安土が醸し出す濃密な色気を交わそうとしているのが良く分かるが…プリンもカフェオレのミルクも、大人にとっては遊び道具の一つになることを知らない空が、愛しい。
「食べて良いぞ。取っておいで」
 そそくさと冷蔵庫に行き、プリンを取り出す。今度は直ぐに安土の元へは帰ってこず、小皿を出し、スプーンを取り…キッチンの中を逃げるように歩き回っている。
「皿に入れるのか?貸してみろ」
 安土が手を差し出すと、意外にすんなりと近寄ってきた。カウンターの上でプリンを皿に乗せてやる。
 空は出来上がったコーヒーをカップに注ぎ、一つを安土に渡し、プリンをスプーンですくう。
「一口食べても良いか?」
 空はにっこり笑いながら、プリンの載ったスプーンを安土の口に近づけた。安土がぱくっと食べると、今度は安土が空に食べさせる。
「カフェオレもプリンに合うだろうな」
 と、安土が言うので、空はカフェオレのカップを安土に差し出した。
 安土はそれを一口含み…空の唇にゆっくり顔を近づけ、そのまま口移しでカフェオレを飲ませる。びっくりした空が逃げられないようにしっかり腰を抱え込み、丁度良い温度のカフェオレを空の口に注ぎ込む。
「んんっ…!」
 零したら、悲惨だ。初めての口移しにびっくりしたけれど、必死で飲み込む。
 空がこくん、と飲み込むと、そのまま空の舌を絡め取り、貪るようなキス。
 甘くまろやかな口中を楽しむように、余すところ無く舌で舐め取る。いつもより情熱的に、空の欲望を煽るように…舌の裏をくすぐり、上あごをつつき、くちゅくちゅと音を立てながら…
 空も素直に応じていたが、少しずつ、少しずつ激しくなる口づけに足が震えだし、安土にしがみつかないと立っていられなくなってしまったようだった。
 安土は空を抱き上げ、カウンターの上に座らせる。
「少し零してしまったな…」
 唇の端から襟元に向かって、雫が伝った跡ができていた。その先の襟元がうっすらと茶色に染まっている。
 安土は目を伏せて顔を赤らめている空にもう一度軽く口づけし、雫の跡をたどるように舌を這わしながらシャツのボタンを一つ、また一つ外していった。
 

 こうなる予感はしていたけど…
 安土に半分脱がされて、沢山キスされた。頭がぼぉっとなり、ちゅっと音を立てながら吸い上げられると、そこからジンジンとした波が広がり体中を駆けめぐる。
 子供のようで子供ではなく、かといって大人でもなく。どんなことをするのか分かっているようで、実は宙ぶらりんの知識しかなく…
「一緒に風呂にはいるか?」
 と言われたけど、結局、今、空は一人で湯船に浸かっている。
 途中で安土さんが入ってきたらどうしようとか考えて焦りまくったけど、隅から隅まで二回も洗って、のぼせそうなくらい長い時間湯船に浸かっているが、安土が入ってくる気配は全くなかった。
 仕方がないのでのぼせる前に観念してバスルームから寝室へ戻った。
「また風呂場でのぼせてるんじゃないかと思って、見に行こうかと思ったところだったぞ」
 安土が手に持っていた冷えたスポーツ飲料を受け取り、ごくごくと飲んだ。のぼせる寸前だったので殊の外美味しく、体中に心地よく染みこんでいく。
「安土さんもお風呂はいる?」
 身体が生き返った途端に、別の意味でのぼせていた頭もすっきりして、少しだけ自分のペースを取り戻したのに…
「いいや。このままお前を抱く」
 とはっきりした口調で宣言され、空はまた倒れそうなほど頭に血が上ってしまった。


「んっ……はんっ…あっ…」
 ベッドまで運ばれて横たえられて、安土がゆっくり覆いかぶさってきてお休みのキスをして…泊まるときはいつもこんな風だったのに…今日はバスローブの前から忍び込んでくる手がオマケについていて…
 滑らかな肌の感触を楽しむように、安土の手の平が空の胸をまさぐり、指が脇腹を撫で上げると、それだけで空の可憐な乳首がぶっくりと立ち上がってきた。指先で軽くそこに触れると、空が小さく声を上げた。
「あぁっ!」
「空…凄く敏感だな…」
 揶揄するように安土が囁くと、空の頬がかっと赤くなる。
「…だって…」
「気持ち良いのか?」
 転がすように弄られ、空はたまらずにこくこく頷いた。
 安土がその快楽の源に優しくちゅっと口づけた。軽く背を仰け反らせるほど、空が敏感に反応する。舌先で丁寧に舐め、吸う。身を捩って慣れない快感から逃げようとする細い腰を左腕でがっしりと捕らえ、安土は空の太ももに手を伸ばした。
 軽く閉じた両足の間に手を差し込むと少しだけ力を入れて拒もうとするが、だからといって完全に拒否するでもなく、安土が積極的に手を動かすと、ゆっくりとではあるが膝を開き始めた。
 空の緊張を解すように動いていた手が空の身体の中心を目指す。下着の上から柔らかく手の平で包み込み、揉みしだく。
「っ…!やぁ…っ」
 下着をずらし、すっかり形を変えたそこを直に触ると、空は安土にしがみついて必死で声を殺そうとする。
「空、がまんするな…声を聞かせてくれ」
「でも…や…ぁ…んっ…ん…んんっ…あ」
 指先で扱くリズムに同調するように、空の声があがる。くびれを扱き、先端の割れ目を押し開くように弄ると空の身体がぶるぶると震え、蜜が零れる。
「だめっ…!あづちさっ…んぁ…ああ…んっ」
「空、がまんしないでいって良いんだぞ。もう、こんなにして…」
 空が零した蜜ですっかり濡れてしまったペニスを弄るたびに、ぬちぬちと音がして、空の情欲を煽る。
「はぁんっ…あ…やだ…も…んんっ…あっ…い、いっちゃう…でちゃうょ…あづちさ…っ」
 一際きつく安土にしがみつき、身体を震わせながら、空は射精した。
 その余韻が終わらないうちに、安土は身体を離し、空の両足を大きく広げて、まだひくついている空の未成熟なペニスを、躊躇無く口に含む。
「だめぇぇ…っ!や…んっ!」
 空の口から一際高い嬌声が漏れ、空自身もびっくりしたのか両手で口を押さえてしまった。
 腰から、溶けてしまいそうだった。
 人から触られたのも初めてで、その自分でやるのとは違う容赦ない攻めにあっけなく射精してしまったが、口での愛撫は想像したこともないくらい強烈だった。
 熱くぬめった舌が思ってもいなかった動きで、空の弱いところを攻め上げる。銜えられたまま裏筋を舌でなぞり、先端をこじ開け、吸い上げる。
「んんっ!…んっんっ…はんっ…んっ…はあぁっん」
 いったばかりなのが信じられないくらい硬く立ち上がり、せり上がる射精感を止められない。
「やぁっ…もうっ…はぁんっ…んくっ…はんっ…や…んっ!」
 安土は空の腰を持ち上げ大きく足を開かせる。
 死ぬほど恥ずかしい格好をさせられた空は、羞恥心で何倍にも膨れあがった快感に耐えきれず、あっという間に安土の口中に精を吐きだしてしまった。

「う…ごめんなさ…ぃ…ごめ…」
 口の中に射精するなんて…とんでも無いことをしたと思った空は目に涙を浮かべながら安土に謝った。
「違うんだ空、お前は悪くない…お前が欲しくてたまらなかった…たまらなかったんだ」
 泣き出した空をしっかりと分厚い胸に抱きとめる。
「お前が欲しかった…お前の全てが…愛しくてたまらない」
 安土は自分でも狂ったのかと思うほど、空を愛していた。だからこそ、空が快感をおぼえてくれたことが嬉しくて、少し飛ばしすぎたかも知れない。
「空、泣かせるつもりはなかった。すまない。あと少し、俺に付き合ってくれるか?」
 引き寄せた空の下腹に、安土の猛った雄が押し当てられる。
「…大きいょ…」
 見たこともないが、下腹にあたる感触が自分のものとは全く違う…
 不安そうに見上げる空の表情が、なんとも可愛らしい。
「大丈夫だ…空はただ感じていればいい…」
 涙に濡れた頬に優しい口づけを落とし始めると、空は直ぐに安土にすり寄ってきた。空が大好きな、サワサワとさざめくような心地よさが全身を覆う。そして今日始めて知った、素肌を這う安土の手の心地よさ…特に、大きな手の平で背中を触られるのが好きだ。柔らかく、力強く、手の動きは繊細で、空は思わずため息を吐いてしまう。
 安土の手が空の瑞々しい双丘を包み込み、円を描くように揉む。
 時々、悪戯な指が秘められた蕾をすっとなでる。
「んっ…」
 そのたびに羞恥と不安で小さく声を上げてしまう。
 いつの間に取り出したのか、ぬるっとした物が、双丘の谷間に塗り込まれる。
「あっ…や…」
「空、愛している…」
 安土は空の下腹に手を回し、少しだけ小さな鎌首をもたげ始めていた空の性器に指を絡めた。
「んんっ…」
 しっとりとした肌触りの双珠を弄びながら、性器の付け根から後ろに向かって押すように、マッサージするように指を這わす。
「あ…あっん…」
 気持ちが良いのか、安土の心をくすぐるような声で、空が啼く。
 やがて指先が空の後ろのつぼみを探り当て、ゆっくりとその周りを解し始めた。空は安土の胸に顔を埋めて身体を震わせながら、身構える。
「空…もっと楽にして…」
「でもっ…んぁ…はんっ…」
「沢山息を吸って、ゆっくり吐いてみろ…」
 言われたとおりにする空のタイミングに合わせて、安土はつぷっと指を差し入れた。
「…っ!やぁ…っ」
「空…空…」
 何度も名前を呼びながら、縋り付く空を力強く抱き締めながら、幾百ものキスを降り注ぎながら、安土は空のせまい蕾を指でかき回す。
「あっ…あっ…はっ…」
 2本目、3本目まで時間をかけて緊張を解きながら狭い蕾を愛撫するうちに、空の身体の奥に、今まで感じたことがない火が点る。
「ああ…んっは…あづちさ…やめ…」
 急に身体を捩って逃げ始めた空をやんわりと引き寄せ、安土は確実にその火を大きく煽る。
「あっ!あっ!いやっ…やぁ…っ」
空の感じるところを集中して攻めると、下腹を打つほどに性器が立ち上がる。
「空、いけるか?」
 さっきからずっと自分ばかりが快感に翻弄されっぱなしで、安土に申し訳ないと思う反面、リードしてくれる安土に全てを任せて甘えていたい気持ちもある。
「あづちさん…好き…っ…んっ…好き…」
「空…俺もだ、愛してるぞ」
 安土は、朦朧とし始めた空の蕾から指を引き抜き、後ろから空をしっかりと抱き締めると、愛しい者を求めて猛った自分の性器を蕾に押し当てた。
「良い子だ空、力を抜いて…」
 ぐっ、と…十分に解れていたが、それでも張り裂けそうな痛みと圧迫感が空の身体を襲う。
「ああっ!はっ…!あっ…あぁぁ!」
 逃げようとする空の身体を、可愛そうだと思いながらも羽交い締めするようにがっしり抱き締める。
「空…」
 まだほんの先端が入っただけだが、食いちぎられるように締め付けられ、安土でさえ痛みに顔が歪む。初めての空はどんなに苦しいことか…
「空、もう少しだ。決して傷つけないから…息をして…」
 引きつった、不規則で細かい呼吸しかできない空の耳元で、ゆっくり大きな呼吸を繰り返していると、空も必死でそれに合わせようしはじめた。
「あづちさ…」
「ああ…もうすぐ空の中に…そうだ、ゆっくり息をして…」
 空が安心して少しだけ力を抜いた瞬間、安土は一気に根本まで、その長大な性器を突き入れた。
「ひっ…!あぁぁっ!!」


 背を仰け反らせて叫んだ後、空は意識が飛んだのか、身体の力がぐったりと抜けてしまった。だが一瞬で正気に戻った後は、身体の中に異様なほどの熱と圧迫感を感じた。
「空…大丈夫か?」
 大丈夫じゃないけど、大丈夫なような…空は荒い呼吸を繰り返しながらもこくんと頷いた。
 安土が、肩や背中に優しく口づける。
「あづちさん…はいってる?」
「ああ…やっと、一つになれたな」
 ぐ、っと腰を動かすと、空の息が詰まる。
「はうっ…」
 空の中は、初めての異物の侵入に戸惑っているのか、時々ぴくぴくと、安土を確認するかのように動く。それはそれで堪らない刺激で、ぎゅうぎゅうに締め付けられた安土も、一瞬で爆発しそうなのを堪えるのに必死だった。
「空、すまん。もう少しだけ、我慢していてくれ…」
 まさか自分もこれだけで我慢が効かなくなるとは思ってもみなかった。
 根元まで深々と穿った性器をずるっと引き抜く。空が感じていた部分を亀頭で押すように擦りながら、またゆっくりと身体を沈め…
「あっ…んんっ…んっ…」
 何度かゆっくりと繰り返すうちに、空の身体の中に、異物感以外のものが生まれはじめた。そこを擦られると、背筋に痺れが走り、全身を駆けめぐって腰に重く溜まる。
「んっ…んっ…あんっ…」
 安土が前に回した手で空の性器に触れると、そこは挿入の衝撃で柔らかくなっていたものの、直ぐに硬さを取り戻していった。
 ゆっくりと大胆に竿の部分を擦り、ぷるんとした感触の双珠を揉むと、全身を振るわせながら絶え絶えの声を漏らし、より強く安土の性器を締め付ける。
「はぁ…ぁぁぁんっ…あぁぁっ……っ」
 安土が腰を動かすたびに空の内壁が柔らかく絡みつき、きつく吸い付き、安土でさえ翻弄され、限界はすぐそこだった。
「空、動くぞ」
 空の返事を待つ余裕などないし、ひっきりなしに嬌声を上げる空に言葉を発する余裕などあるはずもなかった。
 安土の動きが速くなり、空の中を荒々しくかき回し、突き上げる。安土の身体が空の尻にぶつかり、パンパンッ…と激しい音を立て、空の聴覚を羞恥に染め上げた。
「ああっ!あっ…!!んあっ…ああっ…もっ、だめぇぇっ!…いっちゃぅよぉ…!」
 身体をぶるぶる震わせながら、安土の手の中に温かいものがほとばしり出たと同時に、空の中がぎゅうぎゅうと締め付ける。
 安土は空の腰をしっかり抱えると、何度か抉るように突き上げ、空の奥深くに精を放った。


「空…空…」
「あづちさ……」
 空を抱き締め、深く口づける。狂ってしまいそうなほど愛しい。そう思うと一度放ったはずの性器がまた熱を持ち始め…
 噛みつくようなキスをしながら、まだ空の中にあった性器でぐいっと突く。
「…やぁ…」
 と言いながらも、空は安土の首にしっかりと腕を回した。
「…好き…あづちさん…好き…好き…」
 うわごとのように繰り返しながら安土に縋り付き、まだ冷めやらない熱をどうにかして欲しくて身体を捩る。
「ああ…俺もだ…愛してる、空…愛してる…」
 安土は空を固く抱き締めたまま、空の身体の動きに合わせて腰を揺すり始めた。


 どのくらい愛し合ったのか…何度射精しても気持ちが収まらず、もう何も出す物が無くなっても、まだ欲しかった。安土がそんな状態だったので空には随分無理をさせてしまい、気を失うように眠ってしまった後は、風呂に入れて身体の中まで綺麗に洗っても目を覚まさなかった。
 安土は自分でも笑ってしまいそうな状態の寝室を片づけるため、空に新しいパジャマを着せガウンにくるんで居間のソファに一時的に寝かせた。直ぐ側のケージの中にいたトラが目を覚まし、にゃっ…と短く鳴いた。
「トラ、空を見ててくれるか?」
 そう声をかけてケージの扉を開けてやると、空の元に駆けていった。空の鼻の頭をぺろっと舐めて、うんともすんとも言わない空の顔の真横に座り込み、安土を大きな瞳でうらめしそうにじっと見つめた。
「すまない。無理をさせすぎた。怒るなよ」
 

 翌朝、目を覚ました空は何故か言うことを聞かない身体をもぞもぞさせながら、ベッドから逃げ出そうとしていた。
 そうなりたいと思っていたはずだったのに、あまりにも想像を超えた行為の数々に、正気を取り戻した今、耐えられないほどの羞恥心を感じていた。
 触ったり、あそこに入れられたりするのは知っていたけれど、自分があんなに気持ちよさに溺れてしまうのは想定外だった。
 安土があんなに激しく自分を求めてくるなんて、予想の範疇を越えていた。いつもはもっと冷静で、空を包み込むような優しさで…
 安土の目が覚めたとき、どんな顔をして良いのか分からない。だから一刻も早くここを離れ何もなかったような振りができるように日常の作業に没頭したかった。でも、安土の寝顔を見つめていたら…何度も愛してると言ってくれた安土への気持ちが溢れかえる。好きで好きでたまらなくて、どうしようもなく身体が疼いて、その全てを安土が受け止めてくれたから…だからあんなに…
「空…目を覚ましたのか?」
 安土が突然目を覚まし、空を見つめ返した。
「あ…はい」
 恥ずかしさに頬を染めながら目を反らした空の腕を取り、自分の方へ引き寄せる。身体に力が入らない空は、ぽてっ…と安土の上に倒れ込んでしまった。
「ご、ごめんなさいっ」
 慌ててどこうとすると、そのまま安土の腕に絡め取られてしまった。
「空、せっかく一つになれたのに、なぜ離れたがる?」
 いつもの、おはようのキスよりもっと濃厚なキスをされ、すっかり収まって平静でいたはずの身体の芯がズクン、と疼く。
「ん…ぁっ」
 安土に腰を引き寄せられ…空の下腹に、昨夜狂ったように突き入れられた雄々しい固まりが、また熱を持って硬さを増しているのが感じられた。
「う…そ…」
 あんなにしたくせに…信じられない気持ちで安土を見上げると、ゆっくりと唇を塞がれてしまった。


 さすがに空の身体を気遣って、中には入って来なかったけれど、それ以上に恥ずかしい行為をされ(昨夜より幾分冷静だった安土は、空に余計な事を沢山教えてくれた)、お風呂場でも喘がされ、もし毎日こんな事をされたら死んでしまう…と本気で悩んでしまった。
「空、腹減ってないか?」
 それなのに、安土はそんな気楽な事を聞いてくる。でも…よく考えたら24時間ほど何も食べていなかった。


「お前ら、猿か…」
 ピザ、ハンバーガー、ラーメン、3カ所に電話してとにかく一番早く来た物を食べようと思った。その結果、食べきれないほどの食事が到着し、勿体ないので矢崎と陸を呼んだのだった。
 ぽつんと呟いた矢崎の台詞に、空がむせる。
「…な…な、な…ぐふっ…!」
 安土は澄ました顔でラーメンを啜っている。
「まあ、半年禁欲だったからな、お前ら。空、秋思がしつこすぎて嫌になったら、いつでも逃げてこいよ」
 陸も隣でうんうんと頷いている。
 呼ばなければ良かった…と後悔したが後の祭り。それに、安土と二人きりだったらまたどんなことをされていたかもしれない。それよりは矢崎のからかいを受けていた方が楽だ。どうせいつかは揶揄されるんだし…
「食ったらどこか行くか?あ、空は無理か…」
 と、暫くは我慢するしか無さそうな事ばかり、矢崎に聞かれた。


 父親が帰ってくるまでの一週間、これ以上はないくらい甘い時間を過ごした。学校の帰りに安土の事務所へ寄り、食事をして町を少しぶらついて、家に帰ってトラと遊び、そしてまた安土と…
 安土の事務所のメンバーともすっかり顔見知りになり、空が来ると随分柔らかな表情で挨拶をしてくれるようにもなった。
 父親が帰ってくるまであと2日にせまった日、空が安土の事務所に寄ると…なんと、安土の部屋にペットショップで見掛けた仔猫がいた。
「安土さん、この子どうしたの!?」
 空がケージに近づいてその仔猫に触ろうとすると、安土がやんわり引き止めた。
「今日医者に連れて行ったら皮膚病にかかってるそうだ。人にも移るかもしれないから、少しの間だけ気をつけてくれ。注射を一本打ってもらって、一週間後にもう一度様子を見て注射をすれば治るそうだ」
「お医者さんに行ったって…」
「俺が買ったんだ」
 更に驚いたことは…買ったのは仔猫ではなく…店ごと買ったのだった。
 矢崎の知り合いで、地方でチェーン展開しているペットショップのオーナーがいるのだそうだ。小さな店から始めて、健康で人なつこいペットを育て、少しずつ会社を大きくしていった。
「この店と、この店の繁殖場ごと手に入れたんだが、凄い有り様でな…とにかく今いる動物たちを全部病院で診てもらって、繁殖不可能な動物は手術して里親を捜す。その後のことは矢崎の知り合いに任せる事にした」
 安土が出資して地方のチェーン店を全国展開する足がかりとして、先ずは東京に店を出す。
「もちろん経営にはうちの連中も係わってもらう。空も少し係わってみるか?」
 急にそんなことをいわれても…動物と係われるのは嬉しいが、経営は…
「お前ができることからやればいい」
 そう言って安土は空にそこはかとなく優しい眼差しをおくる。
「ん。じゃあ先ずはバイトで採用してね」
 空は、下唇を噛みながら、嬉しさを隠しきれない表情で答えた。
「この子の名前は何にする?」
 まだ抱き締めて上げられないけど、玩具で遊んであげることはできる。空はペット用品の山の中から猫じゃらしを手にすると、その仔猫と遊び始めた。
「んー…男の子みたいだね…」
 まだよちよち歩きの仔猫は、必死になって猫じゃらしに挑みかかってくる。
「しかもイケメン。それにベンガルだから…トラだねぇ…でもトラはいるから…タイガー?トラよりずっと大きくなるよ、この子。うーん…ダイちゃん?」
 鼻水垂らしてそうだからやめとけ、と後ろの方から矢崎が声をかけてきた。なんで鼻水なのか空には分からない。けど、ダイと名付けたら一生矢崎にからかわれそうだ。
「じゃあ…縞々だからシマ?」
「お前、本当は名付けのセンスなかったんだな…」
 矢崎が呆れたように呟いた。
「ポチ・タマ・トラ・クロ…そうだね…でも、飼うって思ってなかったから…あ…くみちょう!くみちょうが良い!」
 苦笑いする安土を尻目に、くみちょう、と呼びかけてみると、その仔猫はなんとも可愛らしい声で

「…あ…」

と鳴いた。