「千草は?」
 誠仁会本部の桧風呂に浸かりながら、脱衣所に控える部下に尋ねた。あの後、吉野は満足そうに笑っていただけで何もしなかった。殺してしまっても良かったのだが、あのまま、両腕を失った姿で生きていくのも一興だ、とでも思ったのだろうか。
「はい、それが…湯船で眠ってしまわれたので、沼田幹部がお世話をして母屋の客室でお休みになっていらっしゃいます」
 眠ってしまったのなら、あれで満足したのだろう。
「沼田に帰りたかったら帰って良いと伝えておけ。明日の朝、千草には迎えを寄越してやれ」
「はい」
 支度を済ませ、本部を後にしたのは午前0時過ぎだった。
 車に乗り自宅に電話すると、克彦はまだ起きて帰りを待っているらしい。「克彦、あと四十分程で着く。待っていられるか?」
『うん。帰りの車の中で眠ったから、目が冴えちゃって…沙希ちゃんが、凄い寝相と寝言で面白いってのもあるんだけど』
「ムービーでも撮って園部に送ってやれ、喜ぶぞ」
 他愛のない会話からは元気な様子しか伝わらない。夕刻、克彦を抱いたときに見せた反応と、それに克彦自身気がついていない様子が気になり、本田は車を急がせた。


「もう少し掛かるかと思った…速かったね、無理してない?」
 40分の道のりを20分で突っ走ったが、克彦はその事に驚くよりもほっとした様子だった。
「待たせたな」
 抱き締める横を園部が通り過ぎ、寝室の沙希を引き上げに行く。すぐに沙希を抱えて園部が出てきたときは、抱擁が口付けに変わっていた。園部と入れ替わるように、克彦ともつれ合いながら寝室に入り優しくベッドに横たえる。
「ゆき…ゆき…」
 何度も名前を呼びながらジャケットの襟を握りしめて顔を埋めてくる。
 すっぽりと包み込まれてしまいたいと、克彦は言った。快感を煽られるより、抱き締められながら熱に溶けてしまいたいのだと。抱き締めながら温かい手のひらで体中を優しく撫でて欲しいと。
 それだけで克彦の雄は硬く張りつめ、腰を擦りつけてくる。
 心も体も元気な様子ではあるけれど…夕方、克彦はいかなかった。感じているのは分かったが、身体をたぎらせたまま眠ってしまった。半時ほど眠りすぐに目を覚ましたが、本田が与えた愛撫も何も覚えていなかった。
 襲われた直ぐ後でショックが大きかっただけなら良いが…何かトラウマでも負ったなら…今からあの男にとどめを刺しに行っても良い。
 本田は狂おしそうに身体をくねらせている克彦を強く抱き締める。
「克彦…」
 名前を呼ぶだけで本田の下腹部も熱を持って勃ちあがり、所有権を主張しはじめた。前を寛げる金属音に気持ちを高ぶらせたのか、克彦が吐息をふるわせながらしがみつき、愛撫を与える隙もないほど密着してくる。
 やはり、いつもと少し違う。
 結局最後はタガが外れたように貪り尽くすが、長い時間をかけて愛撫されるのが、克彦は好きなのだ。本田の鍛え上げられた身体と背中の弥勒菩薩にじゃれつくのも好きで、飽きることなく触りまくる。
 今の克彦は、ただ押し寄せる快感を早くどうにかしたいばかりで余裕がなく、傷つくことも厭わないのかただ本田に貫かれるのを切望している、そんな様子だった。
 落ち着かせるように克彦の背中をまさぐり、滑らかな張りのある双丘を殊更ゆっくり揉み上げる。時折ひくつくすぼみを刺激すると、指をくわえ込もうとぐっと腰がしなる。
「克彦、もっとここを愛してからだ…急ぐな…」
「んんっ……」
 いやいやと首を横に振りながら見上げる瞳は、もどかしそうな情欲で潤んでいる。
 後ろのつぼみから性器の付け根までの滑らかな部分を何度も指でなぞるたびに妖しくくねる身体をきつく、緩く、宥めるようにかき抱く。
「ここも気持ちいいだろ?」
「ん…はやく…はやく…」
 その欲求を軽く無視して、本田は克彦の身体を離すとくるりと裏返した。 背後から覆いかぶさり己の高ぶりを擦りつけると、克彦は迎え入れようと少しずつ足を開きはじめる。
「閉じてろ」
 中へ誘い込もうとする動きを優しい声で制し、後孔から張りつめた性器まで猛った雄でゆっくりと擦り上げる。
「あぁ…ぁんんっ…ゆきぃ…」
 鼻に掛かった声には淫らな響きが込められていて本田の身体をたぎらせたが、時間をかけて愛することで克彦の心の闇が消えるよう、殊更ゆっくりと快感を与え続けた。


 どちらの体液か分からないくらい濡れそぼった克彦の性器を更に舐め上げ、扱き、舌先を先端に潜り込ませる。
「ああっ…はんっ……んぁっ」
 口の中に広がる苦みは、確かに克彦が感じている証なのに…
「克彦、どうして欲しい?」
 声も擦れ、身体にも力が入らなくなるほど丁寧な愛撫を与えても、射精の気配がない。
「も…いれて、いい…から」
「明日も…来年も、10年後も、30年後も俺はこうしてお前の側にいる。焦る必要はない…」
「ゆき…でも…ゆきに…迷惑…」
 そこか…と本田は克彦の思いを一瞬で理解する。
 愛撫の手を止め克彦を見つめると、今にも捨てられそうな、哀しそうな瞳が見返してきた。
 何度も続けざまに襲われ、しかもほっとしていた矢先に襲われ、命を狙われて恐ろしかったというより、本田や黒瀬組にとってやっかいな存在になることが恐ろしいのだ。
「ふっ…そんなに俺は頼りないか?このくらいのことを迷惑だなどと思うような器の小さい人間ではないぞ?黒瀬組も…お前が1000人でのし掛かっても倒れるような軟弱な組にした覚えはない。もっと俺に迷惑をかけろ。お前をかまいたいんだ。我が儘を言え、お前が望む事は全て叶えたい。もっと俺を求めろ、縛り付けろ。俺はお前を離さない。だから、お前はそうするしかないんだ」
 永遠に…そう、耳元で囁き首筋に強く口づけ、仰け反ったのど元から鎖骨、そうして胸の飾りまでゆっくりまさぐる。
 背中に密着した本田の身体から伝わる熱が言葉と共に魂まで焦がしてしまいそうだった。
「ゆき…からだ…あつい……あついよ…」
 解放してしまえば全てが消滅しそうで恐い、でもなんとかしないと焼け死んでしまう。本田の言葉と快感とどうしようもないくらいの愛しさがマグマのように吹きだまり、出口を求めて荒れ狂う。
「身体だけか、熱いのは?」
 こんなに誰かを好きになったことなんて無かった。だから不安な気持ちの方が大きく、懸念が渦を巻き、臆病風に吹かれてびびってしまうのだ。
 熱いのは身体だけじゃない。心の中に暴れ狂う炎のような想いを飼っているのだ。
「ゆきが好き…たまらなく好き…」
 吐きだしてしまわないと焼け死ぬかもしれない。
「俺もだ。愛してるぞ、克彦。永遠に、俺だけのものだ。俺を支配するのはお前だけだ」
 お前だけだ、と繰り返しながら本田の横溢した雄が克彦の中に侵入を始めた。
 ざわざわと蠢くのは下腹だけではなく…
 最奥まで届いたというのに、そこから更に溢れかえった愛情が全身に広がり、どこまでも果てしなく侵して行く。スローモーションのような快感に呼吸もままならない。
「はっ…あぁ…んん……っ」
 突き上げられ、揺すられるたびに快感が突き抜け張りつめた先端からドクドクと甘い蜜が零れる。
「ゆきっ…いぃ…いきた…けど……」
 恐い。
 今までの恋のように簡単に手放せない。壊したくない。強がって女王様を気取ってなどいられない。
「いって良いぞ…全てを吐きだしてしまえ。恐くないから…何があっても、絶対に、お前を守ると誓う。お前の弱さは、俺が支える」
 息も出来ないほど強く抱き締められたまま激しい抽送を受け入れ、克彦はただもう本田を信じて身を任せる以外ないのだと、どうしようもないエクスタシーの中に飛び込む以外にこの不安から逃れるすべは無いのだと、悦楽の海に溺れて行った。
 
 
 心地の良い声がどこかから響いてくる。
(ああ…ああ…予約しておけ…13時だ…その前に事務所へ寄る)
 ゆきの声だ…と心が疼いて幸せな気分になったのに、ピッという電子音で克彦はすっかり現実に戻されてしまった。
「んん…」
 伸びをすると背中がぽきぽきと鳴る。その背中を優しく撫でてくれる手の平の温かさにうっとりとしてしまう。
「目が覚めたか?」
「ん…」
 寒いわけではないのに、本田の温もりは心地良い。
 克彦は気持ちよく伸ばした腕を本田のがっしりとした身体に巻き付け、ぎゅっと抱き締め鼻をすり寄せる。
「おはよ…」
 気怠さは残るけれど、気持ちは晴れ晴れとしている。
「何時?」
 恋人は忙しくても克彦が目を覚ますまで隣にいてくれる。時間を聞くのも泊まった翌朝の克彦の日課になっていた。
「気にするな。午前中、幹部は休みだ」
 全ての決着は昨日でついた。残務処理は全て部下に任せ、今日だけはゆっくり過ごせるようスケジュールを開けさせた。
「美容室の予約も取ったぞ。ついでに沙希も予約したそうだ。あの金太郎頭で美容室行ってどうなるもんでもないだろう…」
「金太郎スタイルもキープするのは大変なんだよ。それに、美容室は髪を切るだけの場所じゃないから…」
「…カモメ眉でも剃るのか?」
 克彦は本田の胸に顔を埋めながら肩を震わせた。
「ふははは…男の子らしくて可愛いじゃん…あはははは」
 そう、誰もたいして気にしていないのだが、沙希はカモメ眉なのだ。濃いめの産毛で左右の眉がつながっている。
「俺はお前の柔らかい髪が好きだ…長い髪なんか邪魔なだけと思っていたが、お前の髪は柔らかくまとわりついて…興奮する」
 そう言いながら克彦の首筋に唇を寄せ、きつめに吸い上げる。
「ん…だめ…跡がついちゃう…」
「もう遅い…」
 その場所は短くなってしまった髪のせいで隠そうにも隠せず、あり得ない妄想で一人、もんどり打つことが多い克彦に自分が誰のものか知らせるために丁度良い。軽い鬱血など直ぐに消えるだろうが、今日明日、キスマークを見られたことは思い出に残るだろう。自分の首筋を見たとき、たまに今日のことを思い出せばそれで良い。

 沙希は朝からベッドに沈没していた。
 昨夜は園部の帰りを待っているうちに本田の家で眠ってしまい、気がついたら朝で自分のベッドに寝ていた。もちろん、いつものように園部が隣…いや、3時の方向を頭にして眠っていた。園部はまっすぐ寝ているので、途中で向きを変えたのは自分なのだが…
 子どもの頃はどうだったか知らないが、施設にいた頃も東京で寮生活をしていたころも、それほど寝相は悪くなかったはず…
(そりゃあれだ、あんな狭いところで寝てたから動こうにも動けなかったんじゃないか?)
 と、園部は言った。園部のベッドはとても大きいし、布団をはね除けても室温が保たれているので寒くなく、動きたい放題なのだ。
 ごそごそ向きを変えて園部に寄り添うと、寝ていたはずの園部が腕を回して抱き締めてくれた。
「はるさん…」
 昨日は色々あってめまぐるしい一日だった。仁義を切る練習をして、克彦さんが襲われて、夜は沢山のヤクザの人に会った。あの後、克彦さんを襲った人をどうとかすると言っていたけれど、そんな暗い部分を見ていないからかもしれないけれど、出会った人達はみな良い人達ばかりで、そんな人達の中で生きていける自分はとても幸せだと思った。
 なにより、園部がいてくれる。
「はるさん…」
「起きたか?一人で先に寝やがって…」
 とは言いつつ、優しく笑ってくれる。
「起こしてくれたら良かったのに…」
「寝顔も見たかった。も、だ。も」
 他に何が見たかったんだろう、と疑問に思っていると、園部の胸元からずいっと引き上げられた。
「新婚なのに、昨日はやれなかっただろ?んん?」
 朝っぱらからもの凄くイヤラシイ顔でニタニタ笑い、唇にかぶりつきながらパジャマの中に手を偲ばせてくる。
「だ…め…はるさん、仕事っ!」
「今日は幹部は昼から出勤だ。今8時だから2時間はがんばれる」
 一日がはじまる明るい光りの中でなんて不道徳すぎる。けど、目覚めたばかりで少しだけ気だるい中、園部に抱き締められてキスしたり身体を触られたりするのが本当に嫌かというと、そうでもない。
「はぅん……」
 園部が着替えさせてくれたのかパジャマのズボンは履かされていなくて、意地悪だけれど優しい手の平が小振りで可愛らしい性器を緩く擦る。毎日のように悪戯されているというのにまだ熟れていない果実のような性器がゆっくりと目覚め、元気いっぱいの少年が艶と色気を零しはじめ、園部の性欲をかき立てる。
 固く閉じられた両足を今朝は無理に開こうとせず、沙希が秘められた欲望に理性を無くすまで丁寧に愛撫するか…
 冷静なのだか腐りきっているのか、余裕があるのだか沸点を超えているのか、確実に捕らえた獲物に食らいつく前の妄想で園部の刀身はすでにはち切れんばかりになっていた。

 
「は〜〜…気持ちいい…」
 美容室で頭皮のスパとやらを受けながら、の一言である。決して今朝の園部との行為の感想では無い、のだが。
「あたりめぇだ。俺はテクニシャンだからな」
 顔の上にタオルが置いてあって良かった、と沙希は思う。きっと真っ赤になっているに違いない。美容師さんの手も、一瞬だったけど、止まった。
「…はるさんもやってもらったら?」
「後でお前がやってくれ」
「え?良いの??俺、美容師さんの真似、一度やりたかったんだ!」
 上手くかわされて頭に来たのか、ふっ、と短く鼻で笑われた。
「そのうちな…沙希、何か食べたいもんあるか?克彦さんからメール来たぞ」
 克彦は隣の部屋で無惨に切られた髪を何とかしてもらっている。沙希は園部と知り合うまで安い散髪屋にしか行ったことがなく、ただ座って切ってもらうだけだったので専門用語が飛び交う克彦さんと美容師さんの会話を初めて聞いたときはびっくりしてしまった。散髪屋には兄の志貴といっしょに行っていたが、このまま短く、と兄が言うままに任せていたが克彦さんの場合は何だかミリ単位で細かく、その上組長さんは美容師さんとけんか腰で言い合っている。髪型など気にしたことは無かったが、おしゃれな人はやっぱり違う。あんなに変な髪になっていた克彦さん、大丈夫だろうか?
「うーん…お蕎麦食べたい。てんぷら蕎麦。っていうか、天麩羅が食べたいかな?」
「よし。じゃあ天麩羅な」
「でも、俺が食べたい物で良いの?克彦さんと組長さんは?」
「たまにしか日本に帰ってこられないんだから甘えておけ。やっぱ和食は日本で食べるのが一番旨いからな」
「うん。お肉も食べたいなぁ…」
 NYで沙希は週末に夕食を作っていて、その買い出しで行くマーケットに置いてあった日本産の霜降り和牛は目が飛び出るほど高く、園部のためには少しお金を使っても良いと思っている沙希でも、お肉の前で10分ほど唸る。日本でも高くて買えなかったけれど、日本の安い肉はアメリカのそれに比べれば数段美味しい。
「じゃあ夕食はすき焼きに行くか…」
「うん。うちで作っても良いよ。克彦さんたちを招待しても良いし」
「招待は…明後日の夜する事にしてる。披露宴やなんやのお礼の意味でな。その次の日、NYへ帰るぞ」
 忘れていた…楽しいことや心配なことが沢山あってあっという間に過ぎたが、年が明けて二週間以上経とうとしていた。学校はとっくの昔に始まっているし、園部の仕事もこれ以上休めないだろう。園部は『帰る』と表現したが、まだ半年くらいしか経っていない沙希にとっては日本を離れると言った方がしっくりくる。NYの学校は楽しいし友達も沢山できたから寂しくはないけれど…去年、なりふり構わず園部を追いかけてNYへ飛んでいったときとは違い、また暫く日本の友達と会えなくなるのかと思うと、何とも言えない寂寥感が顔を覗かせる。
 沙希が黙り込んでしまった事に気がついた園部は…
「ちゃっちゃと仕事して、また花見の季節に帰ってくるか…ゴールデンウィークに友達全員NYへ呼んでも良いぞ」
 と、言ってくれた。
 沙希の表情がぱっと明るくなり、毛先にはさみを入れている真っ最中だと言うことも忘れて園部に抱きついた。
 ずっとこの人と生きていくんだ…これから先どんな事があっても絶対に離れない、離さない。そう思うと全ての不安が消し飛び、どこに住もうがそんな小さな事はどうでも良いように思えるのだった。

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