以前より軽く短くなったけれど、元が良いので美しさには全く影響していない。
「すっぱり切って嫌なこと忘れちゃおうと思ってさ…」
 すっぱりと言う程でもないが、どうせまた伸びるのだし、1ミリずつ本田の愛情を糧として伸びていくようで、そう考えたら良い機会だったのかもしれない。
 しゃくっ…と音を立てながら天麩羅を頬張ると、口に入りきらなかった衣がぽろぽろと零れ、それを本田が丁寧に取り払ってやる。そんな微笑ましい二人を見ていると沙希の頬も緩んで心がむずむずする。
「克彦さん、組長さんと一緒に暮らしたらいいのに」
 何の気なしに言ったのだが、大人達のぎょっとした視線が宙に舞い、沙希は首をすくめてしまった。
 タイミングを見計らっていたのに…本田は沙希を一にらみしたが…克彦は何事か真剣に考え込んでいる
「そうだね…もし俺が捨てられたら、沙希ちゃん拾ってくれる?」
「うん!そしたら俺もはるさんと別れて日本に帰ってくるから、俺のマンションで一緒に暮らそう!部屋まだあるし」
 元は園部の持ち物だったが沙希の名義に書き換え、今は仲間が住んでいるマンションだ。
「そっか…沙希ちゃん家持ってるんだ…そっか、じゃあ俺、捨てられても行くところあるんだ…そっか」
 何故俺までとばっちりを受けなくてはならないんだとばかりに本田を睨む園部。緊迫感などお構いなしに、克彦と沙希はどんどん話を進めていく。
「俺、今のマンション気に入ってるんだよな…ゆきのマンションも良いけどさ、バルコニーとか気持ち良いんだよね、俺の所」
「じゃあさ、もしもの時はおれんち売って、克彦さんちみたいなマンション探そうよ!」
「え!良いの?沙希ちゃん太っ腹!」
 この隙に克彦から同棲の言質を取っても良いのだが…他人の力に負うなど本田の趣味ではない。本田は次々と子供らしい秘密兵器を乱射する沙希を黙らせるように、園部を睨んだ。
「沙希…お前、俺から離れられるのか…?」
 園部が内心では本田の威嚇に震えながら、沙希に向かって鋭利な視線を飛ばした。沙希はハタと園部を見つめ、何かを考え込んでいる。
「えと…」
「考えるようなことか?だったら思い知らせてやる」
 物騒な気配を振りまきながら園部が立ち上がり、沙希の腕を掴む。
「はるさん…いたい…」
 黒目が不安げに見開かれ、鈍く輝いている。初めて園部の恐ろしさの片鱗が自分に向けられた気がする…
「もっと痛くしてやろうか?慣れたら痛みも快楽に変わるぜ?」
 獰猛な野獣のような笑みを口の端に浮かべながら、沙希を椅子から引きずり降ろす。
「ちょ…園部さ…!」
 止めに入ろうとした克彦はギロリ、と睨まれて直ぐに口を閉じてしまった。
「いたいの…やだぁ…」
 沙希は今にも泣きそうで、黒目がうるうる震えはじめる。怖がらせすぎたか、とも思うがこのくらいしないと、この二人の悪戯は止まらない。
「セックスも最初だけだったろ、痛いのは。俺から逃げようとしたらどんな目に会うか教えといてやる」
「はるさん…!」
 沙希は捕まれていない方の腕で園部に縋り付き、園部を必死で見上げた。
「はるさん…格好いい…」


 園部と沙希を蹴り出した後、笑いが止まらない克彦を連れて本田は車を自分のマンションへ向かわせた。
「食後に笑うのは消化に良いんだよ…」
 と、何時までも思い出し笑いをしている克彦を引き寄せ、唇を貪り黙らせる。キスで克彦を黙らせるのは容易く、腕に絡め取って責め立てるとどんなに悪戯心を膨らませていてもすっかり落ち着いてしまうのだ。自分がそうしたいという事もあるが、内外からの刺激でだんだんと表情を変えていく克彦を見るのは全身を心地よく疼かせる。
 すっかり落ち着いて本田に寄りかかる重さが増したところで、本田は目の前のコーヒーテーブルにきちんと置かれた封筒を手に取り、中身をとりだした。
「俺も見て良いの?」
 仕事の書類であれば克彦は席を外すつもりだ。
「ああ。お前に見てもらいたい資料だ」
「なあに?…これ?」
「一戸建て」
「すごっ…」
 それは所謂、設計図、と言うやつ。義童と付き合っているときは毎日見ていた。克彦の仕事とも切り離せないので図面は見ることができる。敷地が広く、メインの建物は二階建てで離れのような建物もある。
「この離れ、素敵だね…天窓もあって…母屋からは適当に目隠しされてる。これ、見学とかできるの?」
「いや、まだ設計の段階だ」
「あ、これ義童の事務所のマークだ。義童の作品?」
「そうなるな」
「…施主は?」
「俺だ」
「あ…」
 設計図と本田とを見比べる克彦の口元が、ぽかん、と開いている。
「俺の家だ。その離れはお前の仕事場だ。沙希に先を越されたが、克彦、お前はここで一緒に暮らすんだ」
 もう『住んでくれ』と言う気は無い。嫌でも強引に連れて行く。本田は克彦が何と言おうとそうするつもりで、嫌というなら監禁してでもこの家に連れて行くつもりだった。
「ゆき…」
「もっとも…まだ土地も探してないからいつ出来上がるか分からんがな。それまでお前の好きなように図面を弄ると良い」
 不安を覗かせていた克彦の瞳が、その言葉でぱっと明るくなる。
「今すぐじゃなくて良いの?」
「めぼしい土地を見つけて、手に入れてからだ」
「ねぇねぇ、俺、通勤片道1時間とかやだからね?仕事場に近くて、周りの環境も静かで緑が多くて、オシャレなスーパーとかカフェがあって…」
 克彦の要求を全て満たすにはいっそのこと、どこかに街を一つ作る方が手っ取り早そうである。
 がしかし、瞳を輝かせながら話す様子からは実際に作るより空想する事を楽しんでいるようで、その姿を見るこのは本田の愉楽でもある。元恋人で建築家の倉石義童から、大学生の頃二人で図面を引いて語り合っていたと聞く。実際に二人で住むはずの部屋を改装しており、それが克彦にとって恋人との同棲スタイルならば自分はそれ以上のことをしなければ気が済まない。土地の目星もついているし一声かけるだけで自分の望み通りの家を建てられるが、共に作り上げる手間暇を楽しむのも悪くないではないか。
「ゆき、どうしよう…」
 言葉を飲み込み俯いてしまったが、口元は微笑んでいる。
「どうした?」
「すごく、嬉しい…ありがとう…」
 克彦は手に持っていた資料をきちんと封筒に入れ直し胸に抱くと、密着するように本田に寄り添った。


 次の日、克彦は仕事に復帰するべく、昼過ぎに出社した。襲われた場所が取引先の駐車場だったことからそれなりの報告をする必要があり、行きの車の中で吉野から説明を受けていた。
「じゃあ…狙われてたのはゆきで、あの車にはゆきが乗っているはずだったけど、たまたまその日は俺の車がメンテ中でゆきのを使ってて、間違われた…って事だよね?」
 「そうです。本田が買収した会社の元幹部がヤクザを雇って嫌がらせを続けたため、解決するまで警察に保護されていた。と言ってあります」
「でもさ、犯人警察に渡したの?あの、蛇女…」
「いいえ。警察に渡しても道元竜姫の量刑は軽いものにしかなりませんから…道元組からそれなりの地位の人物を出頭させました。ですから警察では事件は解決したことになりますね」
「そこは秘密にしておく部分…っと。ややこしい…」
「暫くは都筑の変わりに私が同行しますので、フォローします」
「うわ…吉野さんが付いてきてくれるんだ!」
 既に退院したが克彦の安全を優先し、怪我が完治するまでは都筑を休ませる事にした。克彦を取り巻く業界に違和感なくとけ込める面構えの人間が黒瀬組にはいないため、見た目が良く克彦の友人達にも顔が知られている吉野を側に付けることにしたのだ。
「はい。克彦さんの仕事のことはあまり詳しくありませんが…」
「大丈夫。吉野さん何でも完璧にできるし綺麗だし、一緒に仕事できるなんてすっごく嬉しい!今日はたぶん事務所でも営業先でもお茶飲んでダベルだけだから、休暇のつもりで丁度良いかも」
 

 克彦の同僚には吉野を知らない者もいる。普通の会社なら興味津々であっても社会人のマナーとしてあからさまな態度に示さないのだが…
「克彦さん、後ろの超かっこいい人は誰?」
 と明け透けに聞いてくるのがこの事務所の常。もちろん、克彦の連れだと言うこともある。が、よく考えてみても新規のお客以外では皆が己の欲求を隠さない。
「ゆきの秘書の吉野さんだよ〜!都筑がほら、怪我しちゃったからゆきが貸してくれたの」
 遣り手で格好良い克彦の恋人のことは既に知れ渡っている。
「さすが…出来る男が連れてる秘書は違うなぁ…」
 出社してかれこれ1時間ほど経つが、机に向かっている者などいない。これで良く成り立っているな、と吉野は目の前に山と積まれた茶菓子を見つめながら思った。
「俺になんか仕事来てる?」
「ん〜〜…あ、けいちゃんから電話あった。急がないから仕事はじめたら連絡してって」
 表情を変えずに吉野が意識だけを尖らせた。
「矢ノ口景也君、ですか?」
 本田も吉野もあずかり知らない子どもの頃の黒瀬組が関わった事件で、矢ノ口景也の父親は自殺し、母親は精神に異常を来したまま入院生活を送っている。景也は克彦の誕生パーティで本田に会ったが、多数の会社を経営しているとしか紹介していない。倉石義童が勤める設計事務所の新入社員として働いているが、本田が黒瀬組の組長と言うことは極秘だと箝口令が敷かれているためまだばれてはいないが…それもいつまで守られるか。
「吉野さんってやっぱりすごいな…そう、矢ノ口君。良く覚えてたね」
 克彦の同僚の顔と名前は一致しているが、特に矢ノ口は、いつ再燃するか分からない火種なので覚えている。
「とても可愛らしい方でしたから。克彦さんも可愛がっていらっしゃる」
「うんそうなの。なんてったって、けいちゃんと幼なじみの一月君をくっつけたキューピッドは俺だから」
「どうせまたつまらないお節介焼いたんでしょ?」
 ちょっと趣味が変わっている岩城剛(いわき ごう)がお菓子の山からバームクーヘンを取りながらぞんざいに言った。
「ごーくんがもしもの時も焼いてあげるから心配しないの!」
「…俺は……はぁっ…」
 小柄で可愛らしいごーくんが片思い中の子は、隣の家のどう見ても小学生のような中学生の少年だ。その母親にも惚れたことがある。少年、圭太郎は鹿児島の某有名進学校で勉強中なので休みの間しか会えない。その母親は世界一周旅行からまだ帰ってこない。父親は塀の中だ。
「あ、そうだ。ごーくん、俺また引っ越すかもしれないから、今のマンションでパーティやろうよ!」
「え!?まだ行ったこと無いけど。すっごく素敵な部屋なんだろ?またどうして」
「えへへ、まだ秘密」
「…なんかむかつく。あ、早くけいちゃんに電話してあげろよ」
 克彦は携帯を取りだし、景也の番号を押した。


「景也君はお元気でしたか?」
 どうやら危惧していたような話しではなく、田舎から野沢菜漬けを持って帰ったからおすそ分けをしたい、と言うまたのんきな電話だった。この人達はいったいいつ、仕事をしているのだろうか?
「うん。景也んちの野沢菜漬けは発酵させててとっても美味しいんだ。吉野さんも食べにお出で」
「はい、喜んで」
 黒瀬組に関わること以外に執着しない吉野は食事にも頓着しない。空腹が満たされれば何でも良かったはずなのに、最近は美味しい物を食べたいと思うようになった。これも克彦さんのお陰かもしれない。本田も美食家だが自分や沼田を食事に呼ぶときは野獣にエサをやるような感覚で、喰って、寝て、本田と沼田は性欲を満たし、吉野は自己鍛錬に精を出すのが定番だった。
 ところが克彦さんが現れてからは…本田と沼田は変わった。何よりも大切な人ができると変わるものなのか?自分にもそんな人はいたはずだが…他人の過去を心の中に思い描いているようで何の感慨もない。いずれまた誰か現れるにしろ、それまではこの大事な人達がゆったりと素顔に戻れる場所を、自分が率先して守っていかなければならない。たとえ理解に苦しむ人々が働いている事務所の一室だろうと。
「さて、吉野さん、そのケーキを食べたらこの前行きそびれた取引先に行こう。その後けいちゃんの事務所に寄って今日はお終い」
 普段はあまり食べないのに…吉野は、どうしたことかケーキ皿を膝に置いて半分以上食べてしまっていた。残しては失礼になる、と残りをさっと口に入れ、吉野は立ち上がった。
 

 なる程ああ見えて仕事に繋げているのだな、と吉野は思った。先日の事件の話しをした後はやはり茶を飲みお菓子を食べ、雑誌をめくりながらこんなのが良いあんなのが良いとはしゃぎ周り、それでも帰り際には注文をもらっていた。なんとも微笑ましい職場だ。
「あれ…?」
 矢ノ口景也は克彦の後ろに吉野が立っているのをみて小首を傾げた。
「ん?吉野さんだよ、けいちゃん覚えてる?」
「はい…でも、あの、本田さん…」
「そうそう、本田さんの秘書で、今日から暫く都筑の変わりに…あ、けいちゃん、疑ったでしょ…今、ゆきと別れて吉野さんと、って思ったでしょ…」
 それも当たり前で、景也と知り合ってから今まで、同じ男と一緒にいるところを見られたことが無いのだ。都筑も最初は疑われた。
「ないない。俺はゆきにぞっこんだから」
「本田さん、素敵ですもんね。会社の他の方達も…憧れるなぁ…」
「けいちゃん、そんな台詞聞いたら一月が泣くよ」
「え!?そんなつもりじゃ…そんなんじゃなくて…え…」
 遠距離恋愛5年目も終わろうとしているが、この5年間、景也はおっとりとした天然な性格のせいで数々の誤解を受けてきた。先ほどのように小首を傾げてじっと見つめられると、ノンケでもころっと転んでしまうのだ。
 景也は毎日の出来事を逐一、一月に話していたので、一月から様子を見て欲しいと克彦も何度か頼まれたことがある。
「ふふふ、楽しい。けいちゃんが一月を好きな以上に俺はゆきが好きなの。あのさ、俺引っ越すかもしれないんだ。けいちゃんまだ今のマンションに遊びに来たこと無いだろ?一月がこっちに来たら一緒に遊びにお出で」


「それから…克彦さんが何度か引っ越しの話しをしていました…」
 克彦を本田のマンションに送った後、吉野は事務所に戻り、まだ仕事をしていた本田に今日一日の詳しい報告をして、最後にそう付け加えた。克彦の本心を知るのは本田が最初でなくてはならないので、吉野は克彦には何も聞かなかった。
「そうか…来週あたり、候補に挙がっている土地を克彦と見て回る。予定を立てられるか?」
「はい」
「矢ノ口景也は?」
「ずいぶん無邪気な性格ですね。あの様子ではまだ何も気付いていないかと…それよりも恋人の工藤一月の方が先に気が付くかもしれません…これは私の意見ですが…」
「ふん…当時の関係者でまだ生存中の者は?」
「悪いヤツほど長生きしますから…同じく濡れ衣を着せられた政治家秘書の家族も気になります。景也君より少し年上の子供がいます。この子は父親と同じ道を歩いている上に、事件の首謀者である大物政治家とは対立関係にある代議士の系列にいます。偶然なのか故意なのか…」
 このまま上へ上れば黒瀬組に仕掛けてくるかもしれない。
「定期的に動向を探っておけ。張り付く必要はない。もしもの時は…面倒だな」
 最後の台詞に吉野は少しだけ微笑んだ。ちょっかいを出されるのを楽しみにしてきたと言うのに、儲けにもならないことに手を出す暇があれば克彦と過ごした方が良い、と思っているのだろう。
「今の黒瀬組には政治家ごときでは太刀打ちできません。政治家だからこそ黙らせる方法は幾らでもありますし…」
「頼もしいな、千草」
「いいえ、私など…克彦さんのお陰ですね?」
「ああ。暫くの間、世話を頼む」
「はい。それから…先ほど沙希ちゃんから連絡があって、明日の夜、仕事が終わったら手合わせをすることにしました。克彦さんもお連れしたいのですが…」
「一人にさせるよりは良いか…」
「その後、園部からの招待で食事会です。お迎えを寄越しますので現地でお会いしましょう」
「任せる。お前も今日はもう帰って良いぞ」

「引っ越すそうだな」
 帰宅して着替えた後、いつものように克彦の横で寛ぎながら本田は尋ねた。
「…うん」
 本田が抱き寄せる前に、そう答えながら克彦は抱きついてくる。
「来週、お前の都合が良ければ候補の土地を見て回るが…」
「…うん。行ってみたい。でも、ゆきに全部任せるよ。土地も建物も。内装は自分でやりたいかな…。二人で住むなら俺も自分の離れくらいはお金出したいけどさ、無理っぽいから内装の仕事でチャラ…っん…」
 初めは殊勝な事を言っていても最後には必ずオチをつけたがるかのような口を塞ぐ。
 ゆっくりと舌を絡め合わせ、シャツの上から敏感な胸の突起を探るとすっかり大人しくなり身体を預けてくる。口よりも身体の方が正直だった。
「…て言う…のは…冗談で…」
 まだ何か言い足りないのか、じっとり弄る本田の手を掴み身体から離そうとする。
「ゆき…は…俺のことを…全て受け止めてくれる…から…」
 それだけで目眩がする口付けを退け、本田の胸元におでこをくっつけ、粗くなった呼吸を整えながら続けた。
「ゆきを信じる…もう絶対に迷わない…一緒に…ずっと…一生…側に置いてください」
 でも、毎日は勘弁…と言うつぶやきは本田の身体の中に唇ごと飲み込まれてしまった。先ほど掴んだ腕はいとも簡単に振りほどかれ、強引な手が脇腹から腰にかけてを熱くまさぐりはじめた。


「んん…っ」
 しなる身体に花びらの跡を付けるたび、柔らかく甘い吐息が漏れる。それをすくい取るように口付けると、気持ちよさげに投げ出されていた両腕が本田の首にしがみつくように回された。
「克彦…」
 良いか?と声をかけるつもりが擦れてしまって、声にならない吐息だけが克彦の胸元を撫でる。
「あ…あぁ…」
 些細な息遣いも敏感に感じ取るほど体中が本田を求めていた。
「きて…ゆき…もぅ……」
 淫らに絡みつく両足を抱えこみ、本田は一息に己の高まりを克彦の中に埋め込む。
「ああっ…!」
 悲鳴のような嬌声と共に温かく柔らかい内部が本田の雄を包み込み、収縮しながら奥へ、奥へと引きずり込み食らい尽くそうとする。
「くっ…」
 本田は自分の快楽をコントロールする術は身につけているが克彦相手ではそれもままならないことが多く、だからといって意識を他に飛ばすことも不可能で、暴走を止められない。
「あっあっ!…ゆきっ…!はっ!あぁ…っ!」
 揺さぶりをきつくすると声も切れ切れになり、美しい顔が艶やかな朱に染まり始めた。内臓がかき回される恐怖と快感でせめぎ合っていた心と体が次第に快感だけに支配されはじめる。
「ゆき…そこ、だめぇ……」
 ポイントを突くように激しく腰を穿つと、克彦のペニスの先端から脈打つように歓喜の蜜が溢れ、と同時に銜え込んだ内壁が予測できない痙攣を繰り返し始める。
「克彦…来い」
「はあっん……んんっ…あっ、あっ…」
 本田の動きに会わせるように克彦の腰もせわしなく律動し、本田の快感を煽り絶頂へと導く。
「ゆき…いっしょ…いっしょにっ…」
「ああ…いいぞ…お前だけだ…」
 本田は誰かの言いなりになどなったことはない。セックスにおいてもそれは同じで、相手が求めようが求めまいが自分の気持ちが赴くままに貫き吐きだしてきた。
 お前だけだ…お前だけが俺を…
 本田に抱きつく力が一層強くなり、全身をふるわせながら克彦が熱いものを、密着した腹部に吐きだす。克彦の後孔はまるで凶器のように硬く怒張したものをきつく締め上げ、愛する男の熱い迸りを受け止めた。


 真面目な話し、本田と共に住むようになって毎日これではたまらない。心は勿論、身体も満たされそれはそれで幸せだ。けれども、重い見本帳やサンプルを持ち歩くとき、かなり頻繁に『よいしょっ』と声を出してしまうなんて冗談ではない。
「吉野さん、重くない?」
「…重いですけど、これくらいならなんとか」
 本気なのか気を遣ってくれてるのか、吉野も腹に力を込めるように息を吐きながら持ち上げている。普段ならどうって事ないのは克彦自身が十分に分かっているので、吉野はきっと自分に合わせてくれているのだろう。
 でもまあ、そうすると上得意のお客さんも手伝ってくれたりするのでラッキーなのだ。お客とは言え、克彦の有り難うという言葉と同時に見せてくれる笑顔を楽しみにしているらしいので、お互い様だ。
「俺も普段だったらこのくらいへっちゃらなんだけど…」
「お体の具合でも悪いのですか?」
 吉野が心配そうに顔をのぞき込む。
「悪いっちゃあ悪いけど…病気じゃなくて…」
「克彦さん、何か心配事でも?」
 今度は訝しそうに、神経をぴりっと尖らせて聞いてきた。
「うーん…あのさ…」
 惚気としか取れない『心配事』を話すと、それでも吉野は真剣に耳を傾けてくれる。
「…分かりました。本田組長には私から伝えておきます」
「え!?そ、そこまでしてくれなくても…てか、そんな話し、吉野さんには似合わないからっ!」
 ならば何故話した?腰は痛いが嬉しくてしょうがなかったのである。
「いいえ。言うべき事は言わないと。せめて平日は手加減するように助言しておきます」
 目が点になりそうな発言。
 この超が付くほど真面目な人が…ふと、もしこの人が恋をしたらどうなるのだろう、と疑問が湧いた。
「…吉野さんには、好きな人いないの?」
「私、ですか…お付き合いしていた人はいました。今は…黒瀬組が私の全てですよ。そして黒瀬を統べるあなたが、とても大事です」
 

「黒瀬を統べる…?」

 克彦の問いかけに対しての答えは無かった。その時丁度、克彦の白いメルセデスが目の前に静かに停まり、吉野が計算され尽くした優雅な動きでドアを開け克彦を後部座席へといざなったから。
 静かに、だが確実にドアを閉めた後、見本帳を手早くトランクにしまい、助手席に滑り込むと、車は静かに走り始めた。

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