道場は緊迫した空気に包まれていた。時々現れて見惚れるほどの技を見せてくれる吉野と、小柄ながら日本男児然とした凛々しい沙希が真剣に稽古をしているのだ。かなりの長時間続いていて、見ている方も気力と体力を消耗しそうである。
 沙希もだんだん疲れてきたのか、顔に苦渋の表情が現れ、攻めの手がだんだん少なくなり吉野の攻撃をかわす事に必死になってきたようだった。攻撃を制するだけの合気道と違って、この流派は打撃や蹴りで相手の戦意を喪失させる事も頻繁に行う。
「おっと、その辺でやめとけ!」
 見ていられなくなった園部が声をかけるタイミングが悪く、園部には良く反応する沙希が気を抜いた一瞬、吉野に投げ飛ばされてしまった。
「……いでっ…」
 もちろん受け身は取れたが勢いがあり、背の高い吉野の肩口から落とされてはそれなりに痛い。
「沙希!!」
 心配した園部が駆け寄り、畳の上に伸びている沙希を介抱する。
「沙希ちゃん、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃねぇっ!!」
「大丈夫」
 園部と沙希はほぼ同時に答えたが、園部の方が語気も荒く否定した。
「…あなたが邪魔をするから、沙希ちゃんの集中力がとぎれたのですよ」
 少しばかり息は荒いが落ち着き払った吉野が園部にくってかかる。
「うるせぇ。お前が鈍いからだろっ」
「はるさんっ、俺がいけないんだ。吉野さん、やっぱり格好いいなぁ…有り難うございました!」
 起きあがった沙希は吉野にきちんと礼をしたというのに、園部はガンを飛ばしている。沙希を投げ飛ばしたことも気に入らないが、『格好いい』という賛辞を受けたことも気に入らない。気に入らないが自分から技をかければますますみっともないことになるのが分かっていてもっと気に入らない。
 どうにも気持ちの持って行きようがなかったので、仕返しはゆっくり考えることにして、沙希を抱きかかえ…
「酷い怪我してたらいけないからな、医者が先だ医者が」
 と、道場の近くにある整形外科のドアを、変わりに蹴破ったのだった。


「ぷっ…沙希ちゃん、大丈夫なの?…ぷぷっ」
 湿布の匂いをプンプンさせる沙希の隣で、思い出し笑いが止められない克彦が尋ねた。
「うん。全然大丈夫。このくらいいつものことなのに…はるさんが大げさなんだよ」
 本当は湿布もいらないのに…と口を尖らせてはみたが、園部に甘やかされるのは好きだったりする。
「でも、吉野さんどうしたの?なんだか雰囲気が…むぐっ」
 ずっと微笑んではいたがいつもの優しい微笑みではなく、背筋がぞっとするような笑みだ。
 どうやら吉野は沙希に触発されて獣の本能がちらちら表に出てきたようなのだ。克彦は吉野のスイッチが入ったことに気が付いたが、沙希は吉野のそんな面を知らない。強く正しく優しい吉野に憧れているので、克彦もそんな沙希には吉野の話をする気は無い。
(からかう対象なら園部さんの方が楽しいし)
 と言うのが本音だが。
「吉野さん、きっと呆れたんだよ。園部さんが過保護だから」
「あいつにも特別な存在が現れたら分かるさ。まぁ、大変だろうがな。近づくヤツは全員皆殺しされそうだな」
「えええーっ?吉野さんは絶対そんなことしないよ。投げたり蹴ったり殴ったりするけど、殺傷をする事はない命を尊重する術だよ、合気道は」
 合気道も空手も、武術は全て最強のヤクザであるために身につけたもの。 小さい頃から武道に親しんでいた吉野は、本田と出会ったことで自分の中に秘めていた鬼に気が付き、黒瀬組に入ることで更にその鬼の部分に磨きをかけた。恋人が目の前で殺されたことは単なるきっかけだったのかもしれない。本来、吉野はそう言う男で、自分の欲求に素直に生きているだけなのだ。食欲も性欲も物質欲も人一倍(金はがっつり貯め込んでいるらしい)欲が満たされているので、気に入った相手には優しくできるのか。
「お前の大好きなブンタやリキもバンバン人を殺してるじゃないか」
「はるさんったら、それは映画の中の話しだもん」
「…」
 以前、兄の志貴がヤクザになるのはいやじゃないのかと聞いたとき、映画やVシネマの俳優達を列挙して、格好いいと言ったのは沙希のくせに…
「まあいい。俺たちも殺しはしてねぇ。理由はどうあれ、そんなことして沙希に会えなくなると困るからな。嫌な話しして悪かったな」
 まっとうではない環境で育てているが、まっとうに育って欲しい。そんな矛盾した自分の気持ちの底には、吉野と同じモノが流れていて、苦笑いするしかない園部だった。

「えと…」
 ガサガサ、ゴソッ
(入ってる?)
(入ってます…)
「えと…」
 まだ頭に白い包帯をしたままの都筑からマイクを渡され、沙希は緊張しながら皆の前に立っていた。美味しそうな料理が冷めないうちに挨拶してこいと園部に言われたからだ。
「先日は…はるさんと俺の…入籍記念パーティを開いて頂いて有り難うございました」
(結婚披露パーティーね!!)と克彦が叫んだ。
「えと…そんな感じ?俺たち、明日ニューヨークに帰ることになりました。年末年始の忙しい時期に良くして頂いて、大変なことも色々あったのに気を遣って頂いて、嬉しかったです。今日はお礼の意味で、みんなに楽しんで貰おうと食事会を開きました。沢山食べて下さい。今度はみんなでニューヨークに遊びに来てください。それから、みんな怪我しないように、健康で楽しく生活できますように、はるさんも俺もお祈りしてます。えと…本当に有り難うございました」
(いよっ、園部沙希!!)
 と景気の良いかけ声を掛けると(誰が掛けたかは言わずもがな…である)一際騒々しい拍手(これも誰が…以下同文)を覆い尽くすように沢山の拍手がおこり、沙希は嬉しそうに黒目をキラキラさせながら深くお辞儀をした。
 呉服屋のおじいちゃん、今津のおじいちゃん、寮の仲間、鉄田会長、ついでに滝川も呼んでいる。
 滝川を呼ぶことはだいぶん迷ったが、好きな人と一緒になれない辛さが沙希には良く分かったので、せめて美味しいものでも食べて貰おうと思ったのだ。
 鉄田会長に乾杯の音頭をとってもらい、見事に厳つい男ばかりの宴会がスタートした。


「鉄田会長、今日は沢山食べてくださいね。でもお酒は控えめにね」
 お人形のような沙希にそう言われると自然と酒も控えてしまう。
「俺だけ会長って呼ぶのはやめてくれ。おじちゃん、でいいぞ」
 鉄田会長は沙希と知り合うのが少しだけ遅かったので披露宴には出席していない。にもかかわらず、後から祝儀やプレゼントを沢山贈ってくれた。それも沙希のお腹を痛くするような大げさな物ではなく、ニューヨークに持って帰ってみんなで遊べるような和凧やけん玉、独楽で、作り方が載った本ももらった。その中には必ず龍の絵柄の物が含まれていて、沙希は一生大事にしようと思った。
「そうか、気に入ってくれたか」
「はい。学校のみんなと遊ぼうと思います。龍のも…」
 園部の龍を思い出し、胸がどきん、と脈打った。もしかしたら頬も赤くなったかもしれない…鉄田会長はそれを見透かしたのか、沙希の艶々光る黒髪をくしゃっと撫で、ニッと歯を見せて笑った。

「みんな、沢山食べてね」
 言われなくても、みんな幸せそうに頬張っている。沙希のマンションに引っ越した仲間達は、園部が雇ってくれた家政婦さんのお陰で身の回りのことに煩わされることなく仕事を頑張ったり、夜間高校に通ったりしている。 リーダーの橋本君は高卒認定試験に合格し、来年、大学を受験するのだそうだ。沼田さんとは良く会っているようで、受験のことも相談しているらしい。
「沙希、少し背が伸びた?」
 そう言ったのは、沙希とどっこいな身長だった古屋君だ。
「ちょっとだけ伸びたかも…ふるちゃんの方が心なしか目線が上のような…」
「うん。5センチ伸びた。まだまだ伸びるからね」
 顔つきも沙希より男っぽいので、すっかり青年らしくなっている。
「えー…どうやったの?俺、3センチも伸びてないよ…」
「沙希はそのままでも良いよ。沙希っぽくて」
「そうかなー…俺、園部っぽくなりたいんだけど」
 無理。と断言されて悔しいが、まあ園部さんほどにはならなくても、もっと大人になれるよ、と他の仲間に言われ、拳を握って頷いた。


「おっす」
「おう、ちび」
「…」
 哀しい恋をしている割にそう見えない滝川をじっと見る。
「…なんだよ」
「あの…はるさん、捕まったりしないよね?」
 嫌いになれないとは言え、滝川は警察官だ。もしかしたら今も、捕まえるネタを探しているのかもしれないと思うと、気を引き締めなければならない。
「さあな、俺にははっきりとは言えねぇ。けどな、間違ったことしそうだったらちびがぶっ飛ばせ」
「間違ったこと?」
「あれだ、弱い者イジメとか人殺しとか。悪いヤツを凹にするくらいはいいぜ」
 沙希も男同士の喧嘩は必要なときがあると分かっている。理解し合うために殴り合うことだってあるし、メンツを潰されたら怒って当然だと思う。
「うん。俺がちゃんと見てる。滝川さんも、はやく彼女が戻ってくると良いね。今日もボタンが取れてる…」
 警察官のくせに変な人だけど、味方でいてくれる間は仲よくしても良い。「しっかり勉強して、沢山遊んで、園部なんか早く追い越しちまえ」
 笑ってそう言ってくれたけど…
「がんばるけど、一緒に歩く方が楽しいよ」
 

 歌うぞ!と沙希を無理矢理ステージに引っ張っていったのは(以下略)…
「やだっっ…俺、歌は下手…っ!」
 有無を言わさずマイクを握らせ、自分も凛々しくマイクを構える。
「ほら、沙希ちゃんの好きな兄弟仁義!一緒に歌うから心配しないで!男だろ!?」
 そう言われてしまったら後には引けない。仕方なく胸一杯に息を吸って歌い出せば…
 それは綺麗な裏声だった。
 克彦もちょっとだけびっくりし、しばし沙希を見つめてしまった。が、気を取り直し、克彦も声をひっくり返し…それはそれで何とも味のある兄弟仁義で良かったが、歌い終わった途端、沙希ちゃんはがっくりうなだれてしまった。
「だーかーらー…下手って言ったのに…」
「ぷ…いや、大丈夫!すごく良い声してるよ沙希ちゃん。今度日本に帰ってきたらうちの兄さんの教会の合唱団を紹介してあげる!」
 初めて沙希の歌を聴いた園部も目を見開いていたが、今は何となくにやついている。
「もう…はるさんまでっ!!」
「綺麗な良い声してるじゃないか。だが合唱団はダメだ」
「当たり前!!」
 沙希は下手くそだと思っているが、それは立派なファルセットで、訓練すれば克彦とデュエットなどすぐにできるようになるだろう。しかし。
(あんな可愛らしい声を俺以外に聞かせられるか!)
 と言うのが園部の本音だった。鳴くなら、自分の前でだけにして欲しい。


 沙希の可愛らしい歌声を聞いたからか、園部は明日の朝早いので、と言う理由を付けてさっさと退場してしまった。もちろん、他の客達は好きなだけ飲んで騒いでくれと言い置いて。
「はるさん、明日何時の飛行機なの?」
 早朝出発なら本当に早く帰らないと散らかしっぱなしで出てきてしまった。
「12時くらいだったかな?」
「…そんなに早くないじゃん…」
 だったらもう少しみんなと騒いでいたかった。
「沙希が起きられないだろ?」
「…片づけてから寝ても大丈夫」
「そんなもんは部下がやってくれる。沙希はもっと他にやることがあるだろ…」
 なんだっけ?と真面目に考えていたら、園部にすくい上げられ、寝室に連れて行かれてしまった。
 沙希に馬乗りになり着物の袖を膝で踏みつけ身動きを取れなくする。
「はるさんっ…!」
 袴の紐を解き帯を解き、和服を脱がせる要領もずいぶん良くなった。
 胸元をはだけ、裾を広げ、鬱血の後が点々と散る身体をじっと見つめる。
「や…」
 恥ずかしくても手が動かないので顔を隠せない。沙希は園部を睨んでみたが、余裕綽々な意地の悪い笑みを浮かべ舐めるように自分を見る園部に勝つ自信なんて微塵もない。
 園部は唇を噛みしめ恥ずかしそうにキッと睨む沙希にますます鼻息が荒くなる。上着を脱ぎ捨て、ネクタイを放り投げ、むしり取るようにシャツのボタンを開け…沙希が憧れて止まない逞しい身体を晒す。ベルトを寛げ、ビキニのブリーフで申し訳程度に包まれた雄の部分を見せびらかすように、腰を軽く突き出した。
 羞恥でそうなったのか、興奮してそうなったのか…沙希は白い頬を上気させ、目のやり場に大層困ったふうである。
「沙希、勃ってるぜ…」
 にやりと口を歪めながら、沙希の身体の中心に視線を絡める。
「はう…」
 見るだけで下半身直撃なんて…恥ずかしくてたまらない。
「沙希、ちゃんと見てな…」
 園部はブリーフの中からごそっ…と性器を取り出し、沙希の硬くなりかけた性器にゆっくり擦りつける。時々ため息のような息を吐きながら卑猥に動き、経験値が低い沙希の欲情に火を付ける。
「うぅん…んぁ…」
 先ほどまで腕の突っ張りを感じていたが、それもくったりしてしまい、恥ずかしながらもこれから園部が与えてくれる快楽を受け入れる気になったらしい。袴を抜き取り、沙希の両腿を広げながら持ち上げ胸にぐっと押さえつけた。
 目の前に園部の性器と、自分のかなり可愛らしいが張りつめた物が見せつけられる。
 恥ずかしければ見なければ良いのに、園部の言うことを素直に聞いてしまうので目を背けることも忘れてしまう。ほんの少し触れられただけなのに、もう雫を溢れさせ…
「気持ち良いのか?」
 くいっ…と腰が動き、その動きも沙希は見てしまったらダメなのだ。
「ふあっんん…」
 こっくりと頷くと、園部の性器がぐんっと硬く大きくなるのが分かる。
「はるさんも…きもち、い…?」
「ああ、分かるだろ?でかくなってるのが…」
 自分みたいな子供にも感じてくれるのが嬉しい。色気もなにも無いのに、園部はこんなに感じていくれてる。
 沙希は園部の肩に添えていた腕を滑らせ、大好きな、逞しい身体に手を這わした。硬くて滑らかで…少し粗くなった呼吸にあわせてお腹が動いている。その下の繁みにそっと指を伸ばす。
「沙希…」
 何事かと動きを止めた園部の性器に、沙希の指がつつっと這った。
「…おっきい…」
「ああ…」
 園部がいつもしてくれるように、片手で握って擦ろうとするけれど手の平に収まりきらない。
「そのままでいいから、擦ってみな?」
 怖々と動く、なんともつたない動作に園部の理性は吹っ飛びそうだった。
 沙希が初めて自分から手を伸ばしてきてくれた事がうれしい…
「こう?」
「沙希、自分ではどうやってたんだ?」
 沙希は途惑いながらも、親指と人差し指で輪っかを作って園部の竿を何度か擦って見せた。
「いいぜ、沙希。裏のとことか、お前も気持ち良い所があるだろ?先っちょも…」
 言われたとおりに弄ると、園部の性器がびくびくと震えた。先端からは沙希と同じように蜜が溢れ出す。蜜をすくい、その滑りを借りながら一心に手を動かす。集中しすぎたのか沙希の果実のような性器はすっかり萎んでいる。
「上手いな沙希、ご褒美をやらなきゃな…」
 そう言いながら自分の液で汚れた沙希の手を口に含み、丁寧に清める。
「あ…」
 指の間や手の平に舌が這うと、ずくんと身体が疼く。
 園部は沙希の反応が面白く、これでもかと言うほど手の平を舐め続ける。 自分が汚したものが無くなると、今度は沙希の甘い香りが口腔に漂う気がする。もっと濃厚な甘さを感じたくなり、園部は沙希の勢いを戻し始めた性器をぱくっと口に含んだ。
 途端に沙希は羞恥から身を捩り逃れようとするが、がっしりと腰を抱えられ強烈な快楽に、いずれ心も体もゆだねるようになるのだ。
 もっと、もっと…
「あっあっ…はあっ…んっ…ああぁっ…!!」
 ぐちゅぐちゅと激しい音をさせながら耳も性器も犯され、耐えられなくなった沙希は腰を突き出すようにして園部の喉に熱をぶちまけた。


 射精した後はいつも、園部にしがみついてしまう。好きで好きでたまらなくて、しがみついてもまだもどかしい。多少苦しくても園部のもので身体を一杯にして欲しくて、時々意地悪な園部にどうして欲しいか聞かれて、答える前にみっともなく足を広げてしまうこともある。
 園部が克彦に貰った丸に千の文字が入った和風の容器からローションをしたたらせ、手の平で温める。焦らされているのだか大切に扱われているのだか、園部の次の愛撫がどんな物か知っている沙希ははやくそれが欲しくてたまらない。
「んっ…はるさっ…」
 しがみついた耳元を甘噛みし、園部の気持ちを煽る。
「まだだ…ゆっくり解してからな…」
 そう言ったものの、沙希の手淫でかなり血が上っていた園部は一本目の指をぐっと深く奥まで一気に沈めた。一瞬、沙希の身体が強張ったが、震えながら長くゆったりした呼吸を繰り返すうちに、内壁が指にしっとり絡みつき奥へ奥へと誘い込む。
「ああん…っ…はるさ…んっ…いぃ…っん」
 良いところをくすぐられ、全身に広がる快感に身を任せる。園部には何をされても良いのだと本能が囁き、羞恥心や途惑いを快楽で覆い尽くす。
「沙希、入れるぞ…」
 散々指で弄り倒されたそこに園部の猛った雄が突き刺さる。
「はっ…あぁぁっ…!!」
 指でギリギリまで焦らされていた沙希は、園部が入ってきた衝撃と圧迫感であっという間に精を放ってしまった。


 妊娠しそう…
 重い腰を庇いつつ迎えの車に乗り込み、沙希は窓に額をくっつけて町並みに別れを惜しみつつ、そんな事を考えていた。
 克彦がくれた雑誌の切り抜きには『けっして無理をせず、いたわりの心遣いが第一』と書いてあったのに…
「沙希、寂しいか?」
「へっ?」
 寂しいけれど、それより怒ってるんだ…野蛮人、と思ったけど、その野蛮人に身も心も持って行かれて喜んでいるのも自分。
「寂しいけど…それより悔しい…かな?」
「悔しい??」
 沙希は窓から離れ、園部の胸にボスッと身体ごと飛び込んだ。
 日本を離れることより、園部と離れることの方が辛い。
「沙希?」
「ずっと、一緒だよ?」
「あったり前だ。沙希は俺の全てだ。俺を生かすのも殺すのも、お前。もうお前以外じゃ勃たな…」
 今度のボスッという音は沙希が園部の腹に一発見舞った拳の音だ。
「このエロオヤジ!」


「寂しくなるなぁ…」
 園部と沙希が乗った飛行機が離陸して空の向こうへ消えてしまった後、展望デッキの手すりに頬杖を付きながら克彦がぽつんと漏らした。
「静かになるの間違いだろ」
「…意地悪」
「お前以外にはな」
 克彦は隣に立つ本田を見上げて頬を綻ばせた。想像通りの答え。きっと一生こんな会話が繰り返されるのだろう。
「来週さ、水曜日なら仕事さぼって土地を見に行けるよ」
「分かった。それで調整しよう」
「無理しないでね?」
「お前の用事と言えばまかり通るようになった」
「俺って、俺様?」
 なに様とかどちら様とか色々あるよ、とまたおしゃべりが止まらなくなった克彦の肩を抱き、本田は空港を後にした。

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