「もうね、真面目に話してたらみんな笑うんだよ、酷いよね、沙希ちゃん」
「うん。俺も同じ事考えました。でも俺は克彦さんみたいにこれと言ってできる仕事もないし…はるさんの籍に入る決心をしたから、堅気じゃなくなるんだろうな…もっと強くなって、はるさんの仕事が手伝えるように勉強しなきゃ…」
「沙希ちゃんは小さいのに感心だな…てか、籍いれるんだ!」
「うん。役所が開いたらすぐ手続きするの」
「そっか…いいなぁ、ラブラブで…」
「何言ってんの…克彦さんだってラブラブなくせに」
「そうなのかなぁ…俺はラブラブなんだけど、いまだかつてこんなに誰かを好きになったことがないから恐くて…」
「俺もはじめてで恐いけど…でも好きなんだもん」
「うん。恐いよね。でも好き」
「うんうん。先のことはその時考えて、今はこれ、お土産開けてみて?」
 沙希はスーツケース二つとリュック二つを持って帰国していた。園部と二人なので当たり前なようで、実は中身全部がお土産だったりする。
 克彦へのお土産は現代美術館で買ってきたミニチュアやおもしろグッズ、園部から教えてもらったちょっぴりエッチなグッズなど、細々した物の詰め合わせだ。
「…なにこれ…ちょっと沙希ちゃんこんなもの…なにこれ…紐と輪っか??」
 舐めていると園部が喜ぶキャンディーに履くと喜ぶパンツだ。
「それはね、この部分に…こうやって通して…足はこことここ」
「…全然隠れてないんだけど」
「…うん…でも一応俺とお揃い。俺のは赤。克彦さんのはゴージャスなゴールドね」
「…沙希ちゃん…こんなの履いてるの?」
「…たまには。サービスで…」
「…うそ!今も履いてるだろー!?」
 沙希の袴の紐に手を伸ばすと沙希も必死で身を捩って抵抗する。二人できゃーきゃー騒ぎながらドタバタしていると、もう少しで袴を脱がされそうになっていた沙希の身体がふわりと浮いた。
「あれっ??」
 克彦も、背後から羽交い締めされてしまった。
「えーっ…」
「お前達、なにやってんだ…」
 新年の宴会を早々に切り上げて帰ってきた本田と園部だった。

「「おかえりなさい」」

「克彦、新年早々浮気か?他の男を襲うなんて…」
「沙希、何もされなかったか?袴が脱げかけてるぞ…」
 違うよ、大丈夫だよ、と口々に言ってはみるけれど、だれも本気でそんなことを聞いている訳じゃない。
 こんな楽しい時間が克彦も沙希も大好きだ。


 沙希は久しぶりに来た園部のマンションで半年前のことを思い出していた。園部とはじめてあった日に、はじめてこの部屋で一緒に眠った。ふかふかの温かいベッドであっという間に眠ってしまったので、何も考えられなかった。
「はるさん、はるさんはいつから俺のことが好きになったの?」
 羽布団の海をごそごそしながら園部にぴったりくっつく。
「そうだな…最初からお前のキラキラ光る黒目にやられてたな。本当はやりたい一心で連れ帰ったんだ…でも、できなかった。裸に剥いて一緒に風呂に入っても全く警戒してなかったもんな、沙希。そんなやつは初めてだったから、どうすれば良いのか分からなかったし、ヤクザの俺に何の偏見も持たずに普通に接してくれただろ?あれも新鮮だった」
「…俺も、はるさんと初めてあったときからずっと格好いいな、って思ってたんだ。やること全部豪快で、見た目もなにもかも俺の理想で…あ、でも、こんなことしたいとか思ったこと無いからっ!はるさんっ!真面目にはなして…る…んっ…」
 抱き締められたままもっと話していたかったけれど、園部の悪戯な唇が耳たぶを噛んだりぺろっと舐めたり…脇腹を大きな温かい手のひらでしっとり撫でられ、たどり着いた先の乳首を指先で羽のようにくすぐる。
「ふあ…っん」
 沙希が気持ちよくなりかけた身体をもどかしそうにくねらすと、園部は沙希の腰を引き寄せて自分の下半身に押しつけた。沙希の動きで園部の雄もゆっくり熱を持ち始める。
「はるさんっ…」
 ほんのちょっとした動きなのに園部は反応してくれる。それが嬉しくて、沙希もしなやかな身体を園部に巻き付かせていった。


 

 甘くないフレンチトーストをフランスパンで作ると、耳を噛みちぎるのが大変だ。明日からはちゃんと食パンで作ろうと思いながら、沙希はナイフもフォークもテーブルに置いて、手づかみで食べ始めていた。
「はるさん、お願いがあるの…」
 滅多にお願い事などしない沙希が、フランスパンの耳をようやく飲み込んで話し始める。沙希がごっくんと飲み込む様をみるのは目の毒だ。まだどうしてもさせられない行為を想像させて、朝から園部の妄想は全開になってしまう。
「何でも言ってみろ」
「うん。あのね、帰るまでに一日だけ時間をもらっても良い?」
「いいぞ。今日はお前の仲間に会いに行くだろ?四日に入籍する以外は計画もないから」
「…お墓参り行きたいんだ」
「墓?」
「お父さんとお母さんのお墓」
 園部は自分の親の墓参りなどしたこともないので、理解するまで数秒かかってしまった。
「…だめかな…」
「いや、そうじゃないんだ」
 園部の沈黙を否定と感じたのか、沙希はあからさまに肩を落としてしまい、園部は大あわてで言葉を付け加える。
「行こう。俺もついていく。お前の両親にもきちんと報告しないとな」
 沙希の顔がぱっと明るくなり、笑顔が戻った。
「はるさん、ありがとう!」
「沙希の両親の墓はどこにあるんだ?そう言えばお前は九州のど田舎出身だったよな」
「うん…がんばったら日帰りで行けると思う。直方って所。すっごい田舎だけど、ぼんやりできる良いところだよ。はるさんも一緒に来てくれるの?」
「当たり前だろ。俺からもちゃんと報告しなきゃな。日帰りってお前、せめて一泊くらいしよう。施設にも会いたいヤツとかいねぇのか?」
 沙希は本当に嬉しそうに、園部を見て微笑んだ。
「うん…先生にも報告しなきゃ…泊まるところとかあるのかな…ビジネスホテルみたいなのしかないかも…でも…」
「どうした?」
「兄ちゃんが、直方までの往復交通費とお寺にあげる御布施をもたせてくれたんだけど…泊まるの考えてなかった…」
(志貴の野郎、何時の間に)
「交通費と御布施は自分で払え。泊まりは俺が言い出したんだから、俺が出す。しかし…兄ちゃん意外としっかりしてるな」
「兄ちゃんは東京に行ってからも年に一度はお墓参りに帰ってきてた。ご住職にもちゃんと挨拶してたよ。今年は無理そうだから、俺が変わりに行って来いって。行けないときは電話して、お金も振り込んでおけって。はるさんのご両親のお墓は?お参りしなくて良いの?」
 園部家の墓は無い。園部の父親と何らかの関係があった男が位牌を送ってきてくれたが遺骨がどうなったのかは知らない。その位牌もさて、どこにしまい込んだか…
「今日は今から仲間んところへ行くんだろ?ついていって、何か奢ってやるか…」
 


 身体が大きく態度もでかい園部は、沙希に合わせて取ったエコノミークラスの座席の座り心地が悪かったのか、始終ゴソゴソしていた。
「沙希…帰りは上のクラスにしよう。でないと癇癪おこしそうだ…」
 福岡空港からは高速バスでの移動になる。いつも大型の車でえらそうに移動している(偉いのだが)ので中型のタクシー乗り場に直行しようとした園部を引き止め、無理矢理引っ張ってバス乗り場の順番の列に並ばせた。
「沙希、帰りはタクシー…」
「だめ。俺、お金無いから。兄ちゃんから墓参りは自分で行けって言われたの」
 万が一の場合、一般人に被害を出さないために自家用車での移動をしているのだが、沙希には単に贅沢としか映っていない。園部は忘れていた『普通』の感覚を少しずつ思い出し、沙希と一緒にいればどんな事でも楽しいな、と柄にもないことを考えて苦笑った。
 高速バスを降りたら次は路線バスに乗り換える。寺の幾つか手前のバス停にスーパーマーケットがあるので一旦そこで降り、お墓に供える花やお線香を買い、またバスに乗る。
 内野家の墓は比較的最近建てられたのか、新しい墓が綺麗に建ち並ぶ一角にあった。
「このお墓ね、兄ちゃんが建てたんだ。一足先に東京に行って貯めたお金で最初に建てたの。うちの両親は駆け落ちみたいな感じでさ、親戚とも付き合いが無くって…お墓に入れてもらえなかったの。でもね、住職さんが優しい人でね、兄ちゃんがお金貯めるまで遺骨を預かってくれてたんだよ」
 初めて聞いたその話しは、園部の心を打つには十分すぎるほどで…本当に兄弟二人で必死に生きてきた志貴と沙希の両方を抱き締めてやりたい気分になった。
 内野家に限らずどのお墓も綺麗に手入れされていて、少しだけだが花も活けてある。それでも沙希はお墓に水を掛け、買い込んだたわしで墓石を綺麗に磨く。高いところは園部も手伝い、全体にもう一度水を掛け、持ってきた花を活け、改めて二人揃って墓の前に立つ。
「なんか…照れるね、はるさん…」
「ああ。俺もハンパねぇくらい心臓がなってる」
「えと…お父さん、お母さん…園部春さんです…俺が大好きな人で…付き合ってて…俺、もうすぐ園部沙希になります…はるさん、お父さんとお母さん、喜んでくれるかな…許してくれるかなぁ…」
 園部沙希になる。それは内野の名前を捨てることになるんじゃないだろうかと、ずっと気にしていた。
「沙希、お前幸せか?」
 園部が訪ねた。
「うん。凄く幸せ」
「母親が作ってくれたお守りには、沙希が幸せになれますようにって願いが込められていただろう?幸せになったんだ、喜ばない親がいるわけないだろ?」
 ふぇ…と聞こえたかと思うと沙希の表情が歪み、園部にしがみついてきた。
「泣かせてしまったな…嬉しいことと気持ちいいことでは沢山泣かせるが、それは良いだろ?あんた達は安心して眠ってろ。沙希は俺が、誰よりも幸せにするから…」
 両親の前で恥ずかしいこと言わないでよ、と言いたいけれど嗚咽しか出てこなくて、口もぱくぱく動くだけでみっともない事このうえない。嬉しくて仕方が無くて、でも内野家から出て行くのもたまらなく寂しい。
「名前は変わってもお前の両親は変わらねぇだろ。口ぱくぱくさせて、腹でもへったのか?」
 園部が微かに笑うと沙希は両手で口を塞いで首を横に振った。
「せっかく晴れ着を着てきたんだから、にっこり笑ってる顔を両親に見せてやれ。ちょっとちびだが、文武両道の上に綺麗になったお前をしっかり見せてやらないとな」
 沙希をそっと抱き締め赤ん坊をあやすように背中をさすると五分ほどで泣きやみ、園部の手を固く握って両親の前にしっかり立った。
「うん。これね、はるさんに買ってもらったの。優しいお祖父ちゃんもできたんだよ。おじいちゃんは呉服屋さんで、俺に似合う反物を選んでくれるんだ。はるさんがアメリカの高校に通わせてくれて、そこで合気道部を作ったの。今年は二段に挑戦するよ。兄ちゃんもアメリカでがんばってる。はるさんの会社で、英語喋ってるんだよ!兄ちゃん学校の勉強なんかちっともしなかったのに、もう英語ぺらぺらなの。経済学とかも勉強してるんだって。兄ちゃんも俺も、凄く充実して楽しい毎日を過ごしてるから、心配しないでね。兄ちゃん忙しくて来られなかったけど、今度は兄ちゃんも一緒に来るからね」


 寺の住職は見違えるように可愛くなった沙希を見て腰を抜かすほど驚いた。もともと可愛い子だったが何故か途中からけったいな眼鏡を掛けるようになり、里子の話も断り続けていたと言うのに…
「沙希ちゃんが選んだのなら何も言うことはないが…聞きたいことは山ほどあるぞ…」
 両親が亡くなって直ぐ、志貴が小さな沙希と両親の遺骨を持って寺に訪ねてきた。親戚から内野の墓に入れる事を拒否されて、どこに持っていけば良いのか分からないと…それで住職は『いつか必ずここにお墓を建てられるようがんばるから』と言う志貴を信じて遺骨を預かった。
「親戚とはわしも話しをしたのじゃが…それは強欲な人達だったよ。沙希ちゃんのご両親は交通事故で亡くなったので賠償金やらあったはずなのに、沙希ちゃんの父方の叔父が全部横取りしてしまったようなんじゃ。沙希ちゃんのお父さんには許嫁がおっての、結婚も決まっていたのに他の女と駆け落ちして…沙希ちゃんのお母さんじゃの…許嫁の実家と揉めて商売上でも損害を被ったとかなんとか…それで沙希ちゃんのためのお金は全て取られてしまったそうじゃ」
「その事、兄ちゃんは知ってるんですか?」
「いいや。今初めて話した。志貴は何をするか分からん子だったからの。沙希ちゃんがひとりぽっちになるような事をしでかさないように、話すまいと思っておったが…落ち着いたようだし…志貴もがんばっているようだしの。無茶なことはするなと園部さんの方からも伝えてやってください。人を恨めば必ずしっぺ返しが来る。それに、志貴ならすぐに賠償金と同じくらいの額を稼ぐようになるじゃろう。10代であんな立派な墓を建てた男はわしも初めてじゃ。盆暮れには挨拶も欠かさんかった。悪いこともしておったのだろうが、根っこは志貴も素直な良い子なんじゃ」
 

 父の位牌をどこに仕舞ったかさえ覚えていない園部には痛い話だ。自分の恥さらしはさておき、園部は沙希のごうつくばりな親戚の話が気になって仕方がない。どんな理由があっても、取り返せるなら取り返してやりたい。だが…
「沙希、兄ちゃんにはもう少しその事は黙っておけ。もう少ししたらあいつもまともな仕事ができるようになる。まっとうな手段で取り返えせるようになるだろう」
「そっか…お金のことはもう良いけど…俺、施設で育って良かった。叔父さん達はどこに住んでるか知らないけど、施設を出て東京に働きに行ったからはるさんに会えたんだもん…」
 沙希が黒目を煌めかせながら園部を見上げた。両親がいなくて寂しいと思ったときもあったけど、今はもうすっかり色あせて懐かしさを感じるくらいだ。
 

 いつも兄に遅れまいと必死で歩いていた沙希と、後ろを気にしながらも甘やかすまいと正面を向いて風を切りながら歩いていた志貴。この兄弟を長い間見てきた住職は、沙希が自分の歩調に合わせてゆっくり共に歩んでくれる伴侶を見つけた事にほっと胸をなで下ろした。見たところ堅気では無さそうだが、タチの悪い親戚などよりは余程安心できる。何より、暇さえあれば見上げて頬を染めている沙希と、そんな沙希を見つめる園部の表情が強面なりに優しく温もりに満ちていることで、余計な口は出すまいと言う気になる。
「兄ちゃんも、悪いことばっかりしてたけど、園部さんのお陰でまっとうな仕事ができるようになったんです。いつか園部さんより偉くなって、育ててくれた施設やお寺にばーんと寄付するんだって」
「努力はいつか報われる。沙希も志貴も、誰よりもがんばったからの。そうかそうか、うちにも寄付してくれるのか、そりゃ長生きせんとな」
 実際、志貴もまだ子供のうちから、御布施だ花代だと、金額は少なかったが大人顔負けの付き合いをしてきた。東京へ行ってからは金額も大きくなり、その分心配にもなったが…
「志貴にも会いたいのぉ…あのプリン頭は、少しはマシになったかの?」
 と園部を見ると、園部も立派なプリンだ。これも沙希の好みなのかと思うと微笑ましい。
「兄ちゃんも園部さんみたいにばっちりスーツ着て、見違えるようになりました。ね、はるさん?」
「俺はお前ほど会ってねぇからな…仕事も特にへました形跡はない。入って直ぐにしては良い成績だ」
 今回の墓参りで志貴の意外な一面を知り、もう少し二人を合わせてやってもいいかと思う。自分が19才の頃は何をやっていた?父親が亡くなってからも定期的に金が振り込まれ、それは大学を卒業してからも続いていた。黒瀬組に入ってからは忙しくて確認する暇もなかったが…元から困っていない金を増やし続けて今の状態になった。ゼロからはじめた志貴の方が底力では勝るかも知れない。
「兄ちゃんにもっていかれそうだな…」
 うかうかしていると自分の地位が脅かされそうだ。
「だいじょうぶ。俺ははるさんのものだから…」
 園部の手を握って見上げる沙希の表情は清浄な堂内でも際だった清らかさを醸し出していた。
 

「…沙希ちゃん??」
「松岡先生!!」
 施設の玄関先でプランターの手入れをしていた女性が目を見開いて凝視している。可愛いことをひた隠しに隠し、変な格好ばかりしていた沙希が、お姫様のように綺麗に着飾って現れたのだから、驚くのも当然かも知れない。                            「沙希ちゃん…あらー、どうしたの、綺麗になって…うわぁ!すごく可愛くなって!」
「先生、ただいま!」
 ここは沙希の家だ。だから、ただいまと言う。松岡先生と言われた女性はその事に気がついたのか、驚きを隠しきれないけれど温かい笑顔で『おかえりなさい』と答えた。
 沙希にとっては『格好いい』強面も、一般人にはただの強面だ。金髪にピアスという園部の派手な身なりに警戒心を隠しきれないのだろう、女性職員は隣の職員室に引っ込み、男性職員が応対することになったようだ。
「沙希ちゃん…あの、そちらの方は…」
「えと…先生、俺今度、この人と養子縁組する事になりました。園部春さんです」


「沙希ちゃん…順を追って、細かく説明してくれるか?」
 施設長でみんなのお父さんの岡部先生が神妙な表情で訪ねた。
 先ほど会った寺の住職はお世話になったとは言え他人だ。血は繋がっていないけれど、岡部先生は身内で、しかも父親。園部のことをどう紹介すればいいのか、実はとても迷っていた。
「えと…はるさんとは七夕に知り合って…」
 職業は社長さんで、アメリカで会社をやっていて、兄の志貴もそこで働いていて、自分は園部と一緒に住んでいてニューヨークの高校に通わせてもらっている…
 だからどうして?とまた聞かれ…
「あの…男同士だけど、俺園部さんのことが大好きで…その…付き合ってて…」
 岡部先生も、その場にいた先生達も、隣で耳をそばだてていた女の先生達も、全員が凍った。
 しどろもどの沙希が可愛くて黙っていた園部がようやく出番かとばかりに話し始める。
「先生、俺は表向きは普通の企業の社長だが、本当の顔はヤクザだ。黒瀬組と言って関東でも大きな力を持っている誠仁会系の組で、黒瀬は海外取引もしているから、その拠点としてニューヨークに支部を置いている。俺はそこの責任者だ。沙希に会うまでは愛人囲って遊びほうけていたが…本気で沙希に惚れた。最初で最後の、生涯の伴侶だ。あんた達は沙希を立派に育ててくれたが、これからは俺が沙希を守る。あんた達が反対しても、俺は沙希を絶対に手離さない」
 認められようが反対されようが、園部の意思は決まっている。
「今回の帰国で沙希を俺の籍に入れる。証人はうちの組長の本田雪柾。兄の志貴も了承済みだ」
 施設長の岡部はあっけにとられながらも自分の職務を果たそうと、机の下でぐっと拳を握りしめ、腹に力を入れた。
「沙希ちゃんがどこの誰と一緒になろうと、私たちが育ての親だという事実は変わりません。これから先ずっと、私たちも沙希ちゃんを見守り、必要なときはできるだけの手助けをしますよ。万が一あなたと別れても私たちの愛情は変わりません。沙希ちゃんも、何かあったら自分だけで解決しようとしないで、いつでも私たちを頼って来なさい。良いね?」
 なかなか良いヤツじゃないか、と園部は沙希に微笑みかけた。もっとも、沙希以外の誰も園部が笑っているなんて気がついていない。それは沙希にだけ分かる園部の温かな表情で、沙希もほんのり微笑み返した。


 女の子達は沙希の綺麗な衣装を羨ましがり、その結果、沙希は体操服で過ごす事になってしまった。女の子に着物を着せて写真を撮ってあげたのだ。沙希は着物がとても好きになったし、園部や呉服屋のおじいちゃんの愛情が沢山詰まった着物を着るのが素直に嬉しい。どんなに言っても聞いてくれないので、着物だけは喜んで受け取るようにもなった。
 昔のような体操服姿でもやはり何処か雰囲気が変わった。施設を出て一年も経っていないのに、ますます輝いて活き活きとした表情になっている。かなり頻繁に園部を見上げるときの顔も愛情に溢れていて、先生達はしっかり者の沙希がこんなに懐いている人なのだから認めて上げても良いかな、と絆されてしまいそうだった。
 男の子達は遠巻きに園部をみていたが、沙希が合気道の技を教えているとだんだん近づいてきて、園部相手に技の練習をするようになった。そうなると子供は慣れるのも早く、大きな園部が床に倒れると大歓声をあげて喜び駆け回った。
夕方には何時の間にか、誰が頼んだのか施設の全員分としても大量の、高級そうな鮨が届けられ…注文者は本田雪柾。
「ああ、うちの組長だ。頼んだのは吉野だろうな」
「吉野さん、気が利くからね」
「そうか?請求書はしっかり俺宛だぞ…」
「吉野さん、しっかりしてるからね」
 思わず訂正する沙希だった。


 宿は予約していたが施設の応接室に泊まって良いと言われ、沙希の希望もありそこに泊まることにした。園部も寮生活をしたことがあり、今でこそ金のかかった暮らしをしているが、昔はろくでもない所に住んだ経験もある。最初から極道になるつもりだったので就職先?は黒瀬組を第一候補にあげていて、ある意味難関を突破して希望職に就くことができた。どうも自分の親はヤクザ関係者だったようだが、詳しく知らないし、時々現れた父親の恋人らしき極道の名前すら知らない。自分から調べ回るほど関心もないし、今更事情を知ったところで何が変わるわけでもない。悪ければとばっちりを食らう事もあり得る。それより沙希が育ってきた環境を知る方が園部には楽しい。それは沙希が楽しそうにしているから、でもあるが…
「はるさん…きょうはダメ…絶対ダメ…ここでは絶対ダメだからね」
「分かってる。これ以上はしないから…もうちょっとだけ、な?」
 おねだりするエロオヤジにちょっとだけうんざりしながら、でも懐かしい我が家で園部と抱き合うのはなんとなく嬉しい。
「うん…はるさん、一緒に来てくれてありがとう。凄く楽しい…」
「そうか…また来たくなったらいつでも言え」
「うん。初めてはるさんのベッドで眠ったとき、掛け布団が軽くてふわふわして、身体にまとわりついて、凄く気持ちよかったんだ。あっという間に眠っちゃった。お金持ちの人ってこんな気持ちいいもので眠ってるんだなって思ったんだけど…はるさんがアメリカに帰って俺一人であの部屋で眠ったとき、布団じゃないんだって分かったよ。今もやっぱりそうだって思う。はるさんがいたから気持ちよかったんだね…ここの布団は固くて重いけど、やっぱりあったかくて安心できて…」
「沙希…」
 ぎゅっと抱き締めると、小さなため息を一つついて、沙希はくったりと身体の力を抜いた。抱き締めても抱き締めても、もどかしいくらいに、沙希が愛しい…

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