それにしても部下達は何をしているのか?
首尾良く克彦を捕まえたら携帯に連絡が来るはずである。去年は名を伏せて嫌がらせをしたが、今回はヤクザの恐ろしさを教える予定だ。2、3日監禁して綺麗な顔に傷でも作ってやれば逃げ出すだろうし、本田も愛想を尽かすだろう。男が好きならそう言う店に売り飛ばしても良い。あれだけの上玉なら高く売れるはずだ。綺麗なだけでヤクザのイロが務まるなどという甘い考えが無くなって二度と手出しする気にはならないだろう。本田に呼ばれ、多少計画は狂ったが、克彦は倉庫にでも運ばせておこうと指示するべく携帯を手にした。
「……」
留守電に切り替わった部下の携帯に悪態をつき、乱暴に指示を出すと携帯をソファーに放り投げた。
どのくらい待てばいいのだろう?部下なら待つ気などさらさらないが相手が本田なら、自分のものになるのなら待つと言う行為も許せる。
小一時間ほど部屋で過ごしていたら、携帯が鳴った。部下からである。
「あんた達、今まで何やってたのよ!あんなか弱そうな男捕まえるのに何時間かかってるの!」
『竜姫姐さん…それがっ…俺たちはこのまま事務所に帰りますんで!』
「はぁっ!?何馬鹿なこと…っ!」
大声を出していたら勢いよく部屋のドアが開き、本田が現れた。
全身から恐ろしい気を発しながら大股で本田が近づいてくる。本田が20代で黒瀬組の若頭になった頃に知り合い、ずっと欲しいと思っていた。極道としての資質は元より抜群の容姿、誠仁会の最高幹部入りも囁かれはじめ、道元組との釣り合いも取れる規模の組に育て上げた男。
自分の前に立ちはだかる男の鋭い視線が自分に注がれるのを想像して身体が熱くなる。竜姫は自分のものになるはずの男をゆっくりと、そしてうっとりと見上げた。
「竜姫、克彦が世話になったな」
「!?」
思いがけない本田の言葉に、竜姫の顔が緊張する。
「どなたの事かしら?」
「しらばっくれるな。お前が傷物にした家具は全て黒瀬組が買い上げた。痛くもない金額だが、克彦がえらく元気を無くしてな。落とし前を付けてもらおうか」
「家具…ああ、去年の…お知り合いだったなんて…お友達からイケメンコーディネーターがいるから使ってあげて、って頼まれたの。何度言ってもこちらの言うとおりにしてくれなくて困ったわ。傷物なんてそんな…気に入らなくて運び出してもらった後に傷がついてるとかなんとか、自分のセンスの悪さを棚に上げて文句を付けて来たのはあちらの方よ?」
本田が、黒瀬組がどれだけ克彦を大事にしているのか知らない竜姫は徹底的に蔑む言葉を吐き連ねる。所詮、イロの事だ。しかも男で、快楽のはけ口以外の何者でもないではないか。
「吉野」
本田が吉野に目配せすると、吉野は竜姫に書類を手渡した。
「黒瀬組が肩代わりした商品代金と…克彦さんに対する慰謝料、合計で一億。あなたに支払って頂きます」
一円単位まで細かく書き出された明細書は五枚。最後の一段に慰謝料の金額が書き込まれていたが、それまでの合計にきっちり足したら一億円になるような細かな金額だ。
「ちょっと吉野さん、何の冗談なの…」
「冗談ではありませんよ。克彦さんは黒瀬にとって何より大切な方。知らなかったとは言わせませんよ」
「知らないも何も、本田さんがあの男の知り合いだったなんて、初めて聞いて驚いたの何の…そんなこと…もう少し早くおっしゃってくださったらこちらも考えたのに…」
本田は普段の半分ほどだったが怒気も露わな冷たい視線で竜姫を暫くの間見下ろし、言った。
「知らなかった…か?道元組の組員がこのホテル内をうろついていたな、吉野」
「はい。今夜は極秘の会議がありましたので警戒をしていたのです。道元組の方がいらっしゃったので、念のためにここにいる目的を尋ねました。竜姫さんに克彦さんを拉致するように頼まれたとおっしゃっていました」
「うそよ!」
それまでの本当に困ったような表情を一変させ、悪巧みがばれた事を隠そうとするかのような醜い形相で叫んだ竜姫を冷たく見据えながら、本田は地を這うような声を絞り出した。
「未遂とはいえ身内にちょっかい出してタダで済むと思うな。道元組の組員が係わったのなら組同士のいざこざとして対応させてもらう。3日だ。3日以内に全額揃えろ。そして二度と俺の目の前に、克彦の前にその醜い姿を晒すな。もし克彦に手を出しやがったら、道元の娘と言えど容赦しねぇ」
「あれ?沼田さん、なんか甘い香りがする」
上着の襟元を掴んでクンクン匂いを嗅がれ、沼田は顔を引きつらせながら後ろに下がった。
「ああ、私が滞在している階に香水を振りまいたおばさんが滞在していてね…部屋にはいるまでに窒息しそうなくらい凄い匂いなんですよ」
竜姫がいる部屋から出た三人は、急いで組員に消臭剤を買いに走らせ、本田、吉野、沼田の順に消臭剤を浴び、沼田が使う頃にはほぼ一本が無くなっていたのだ。
「ふーん。沼田さん優しいから、女の人に絡まれたんじゃないの?」
そうとも言えるがあの場合一番縋り付きやすかったのだろう、部屋を後にするとき竜姫に身をすり寄せられ色々お願いされたのだが、ローズピンクの口元や甘い香りが気色悪くて思いっきり突き飛ばしてしまった。
「山崎さんは元気?」
「ええ、相変わらず元気に世界中駆け回ってますよ。ああ、今インドに行ってるんですが、克彦さんにお土産を買ったそうですよ」
「うわぁ!なんだろう!やっぱカレーかな??インドのお土産はもらったこと無いから凄く楽しみ」
何を買ったか沼田は聞いていた。だが、今それを、ここで口にすると本田には睨まれ、克彦からは軽蔑されそうなのでやめておいた。まあ、そんな感じの土産だ。
園部と沙希は高砂?に座る暇も無くテーブルの間を歩き回っていた。そんなことをするのは沙希で、園部は沙希に手を引かれて仕方なくついて回っている様子だ。
「沙希ちゃん、ちゃんとごはん食べた?」
「あ、克彦さん…俺、嬉しくって…だからみんなにご挨拶しようと思って…」
「下っ端からボーイから、誰彼構わず挨拶しまくってるんだ。克彦さん、ちょっと俺と交代してもらえませんかね?」
「ダメだよはるさん、あとここだけだから。組長さんには後からゆっくりご挨拶するけど…」
克彦が見渡したところ、その席は園部が日本で抱えている部下達の席だった。沙希も良く知っている顔ばかりなので、何かと話しが弾んでいたのだろう。
園部にとっては部下でも、沙希にとっては先輩格。目上の者にはどんな場合でも礼節を欠かさない沙希は、自分が一番下っ端なので当たり前の事をしているだけなのだ。
「沙希さん、俺たちのことは良いですから、組長と幹部の所へ…」
黒服達がうんうん頷く。黒服達も園部に酒を注がれて緊張がピークに達していたのだ。沙希がアメリカで自分たちと同じ下っ端にまで食事の世話を焼いたり細々した気を配って一生懸命に尽くしてくれている事は知っているし、だらしのない園部に時間通り仕事をさせ、アホをやるとしかりとばしてくれる。『沙希さんのダメだし』のお陰で円滑に仕事がはかどるようになり、部下達はいくら感謝しても足りないくらいだと思っている。お人形のように可愛いくせに武術の達人でもあり、そんな沙希は園部班のアイドルになっていた。
これからもよろしくお願いします、と沙希が深く頭を下げると、屈強な黒服達も大急ぎで立ち上がりお辞儀を返した。
沙希はやっぱり本田が苦手だ。今日もとても恐い顔をしているけれど、克彦がそばにいるときだけは少し表情が軟らかくなっているような気もする。今日のパーティーは黒瀬組の経費でまかなわれていると聞いたし、本田からは個人的に祝儀ももらったらしい。養子縁組の証人にもなってくれたし、怖がってばかりもいられない。沙希は気を引き締めて本田に挨拶に向かった。
「あの…今回は、何から何までお世話して頂いて、ありがとうございました。俺、黒瀬組の足を引っ張らないようにしっかり頑張りますから、これからもよろしくお願いします!」
「園部を頼むぞ」
「は、はいっ!」
本田は、組員になったわけではないのだが…と思ったが、克彦よりはよっぽど姐さん向きの沙希が、今までよりは少しだけ好きになっていた。ほんの少しだけだが。どちらかというと先を越されて悔しいし、子供に嫉妬してもみっともないので沙希が喜びそうなことを言ってみただけだ。案の定、沙希は満面に笑みを浮かべて笑っている。
「克彦と組員に土産を沢山買ってきてくれたそうだな」
「はい。えと…」
沙希はそっと本田の上着の袖を引っ張り、本田の耳元に内緒話を囁いた。
(えと…克彦さんのパンツのコレクションを増やしておきました)
本田は一瞬だけ表情を崩したが、すぐに真面目な顔で時計を見て沙希に訪ねた。
「そろそろお開きにするか?」
もう少し園部と沙希と一緒に騒いでいたかったが、途中から本田の機嫌が悪くなり、克彦は我が儘を引っ込めてみることにした。何かやらかしたか?と心配になり顔色をうかがうようにじっと本田を見つめると、克彦が見つめていることにも気が付かない。
「ゆき…俺、なんかやらかした?」
たぶん、何もしていない。でも、本田が自分に気が付かないこともあり得ない。
本田は表情を和らげながら克彦に視線を移し、心配そうにのぞき込む瞳に視線を合わせた。
「すまん。煩わしい仕事が舞い込んで…お前が心配することではない…と言うか、不愉快にさせてしまったな」
「ううん。朝から我が儘ばかり言ってたから、ちょっと反省」
「するな。お前らしくない。雪が降って首都の機能が麻痺するからやめておけ」
くく、と意地悪そうに笑う本田にほっとした克彦は本田の腕を取って立ち上がった。
「じゃあ、部屋で大人しくしてる。ゆき、連れてって」
取った腕をくるんと首に巻き付け身体を寄せる。ふわっと鼻孔をくすぐった克彦のシャンプーの香りに情欲を感じ、本田は軽い目眩さえ覚えながら園部と沙希のパーティ会場を後にした。
都筑、沼田、吉野の三人がそれに続き、部屋までガードする。竜姫には本田が泊まる部屋を知らせないように手配しているが念のため、である。気の強い竜姫が沼田に跳ね飛ばされ観念したとは思えない。竜姫には一億円の支払い能力も無く、ごねるのは必定だ。大人しく道元組長に話し自分の非を認め、二度と手も顔も出さないと誓えば金はいらないが、全てを蹴散らし浅はかな女の馬鹿知恵で報復して来ようものなら…
消えてもらう。そう思った時、吉野が部屋のドアを開けた。
「ゆきっ…!」
目の前の自分を虜にして離さない男を抱き上げ、本田は部屋の中へ入った。
「ちょ…降ろして…」
「少し重くなったか?」
からかうように言うと、思いっきり抱きついてきた。
「…子泣きじじいになってやる!」
見目麗しい大型犬がじゃれているようで微笑ましく、沼田と吉野は思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
克彦がバスルームへ消えた後すぐ、沙希が部屋を訪ねてきた。訪ねてきたと言うより乱入してきたといった方が良い。そこら中のドアを開けては閉め、園部が沙希に追いついたときは既にベッドルームに駆け込んでいた。
本田は部屋のドアが開いた瞬間に身構えたが、克彦さん!と小さく叫ぶ声が沙希の声だったので、頭を抱えながらベッドに座り込んで何が起こるのか待っていた。
「沙希、お前!」
園部も駆け込んできて沙希を捕まえようとしたがすばしっこくて逃げられてしまう。沙希は小さな紙袋を突き出しながら本田に近づき、
「こ、これ、忘れ物。俺のお土産」
と息を切らしながら言った。
本田は受け取ると中身を見て軽くため息を吐き、沙希の頭をくしゃくしゃ撫でてやる。
「おう。手間取らせたな」
「沙希、お前、真っ最中だったらどうする気だ!」
「だって大事なものだもん、はるさんだって…」
沙希を小脇に抱えながら、園部が本田に向かって小さく謝ったが本田は別に気にもしていないようで、口を歪めて笑っている。
「沙希、お前足速いな。全員ぶっちぎってきたのか?」
「はい!100メートル12秒前半です!組長さんは?」
「俺か?計ったことねぇな…園部よりは速いぞ」
「俺、がんばってはるさんの分も速く走れるようになります!」
「沙希、帰るぞ。なんだって新郎新婦が夜中にかけっこしなくちゃならねぇんだ…驚かして悪かったな、組長」
いいや、と僅かに首を横に振り答えながら二人を見ると、小脇に抱えられて楽しそうにしている沙希を見つめる、恐ろしく優しい表情の園部が目に入ってきた。
克彦が風呂から上がった頃には何もかもが元通りで、静寂で優しい夜の時間が流れていた。入れ違いにバスルームに入る途中、克彦をそっと抱き締めて口付けを交わす。鶴の恩返しのように、克彦はたまに本田をバスルームから追い出して一人で入ることがあるのだが、そんな時はいつも以上に克彦は本田を求めてくる。その事を一度からかうと、真剣な表情で『ひとりぽっちになった後にゆきを見ると、すごくドキドキするんだ』と言っていた。ほんの数十分の事なのに…
本田は一人でシャワーを浴びながら、たった今離れた克彦のことを考える。磁器のように滑らかで白い肌、桜色の柔らかい唇、絹糸のように艶のある髪、長いまつげに縁取られた涼しげで美しい瞳。
どうすれば完全に自分のものになるのか。克彦の心の中にとぐろを巻いている不安をどうすれば払拭してやれるのか…いや、どうすれば、自分が克彦を捨てるなど馬鹿げた考えを捨て去ってくれるのか。
求めているのは自分なのに。
たとえ克彦が自分に見向きもしなくなっても、力ずくで閉じこめて、一生自分の側から離さない。冷たい目で蔑まされどんなに辛らつな言葉で殴られても、それにすら魅了されるだろう。
寝室へ戻ると、克彦は本田が贈った緋襦袢を身に纏っていた。昼間、呉服屋で見つけたものだ。
「ゆき…これどうしたの?」
困った顔で紙袋を手で持ち上げている。
「ああ、さっき沙希がそれを持って走り込んできた。土産だそうじゃないか」
「これって…今夜のカッコには似合わないよね??」
ね?と何度か首をかしげ、絶対はかないぞオーラを飛ばしまくっている。
「そうか?あのチビも履いてるそうだぞ?」
色気を振りまくくせに純情で、大胆にせまってきたかと思っても、形勢が逆転すれば途端に逃げ腰になる。一体今までどんな付き合い方をしてきたのか…
(美しく妖しい花…かと思えばまだ固い蕾だったと言うところか)
紙袋を小さく折りたたんで襦袢の袖にしまい込んだ克彦を抱き寄せ、緋色が映えてほんのりピンク色の胸元に口づけを落とすと、小さく息を飲む音がした。
「ん…ゆき…」
「よく似合ってるな…」
少し明るすぎるかと思った緋色は、寝室の抑えた照明で濃淡ができて程良く落ち着いた色合いになっている。それが克彦の白い肌を一層艶めかしく見せていた。
「ありがとう…一度着てみたかったんだ…」
袷に手を滑らせ、素肌の滑らかな感触を楽しみながら胸元を押し開く。嬉しそうに微笑んでいた克彦がぴくっと身体を震わし目を伏せたのは…本田の指先が敏感な胸元の飾りに触れたから…
「克彦、気持ちいいのか?」
深く低い声で囁かれ、克彦は唇を噛んで首を縦に振った。
「ゆきっ…」
吐息とも囁きとも取れるせつなげな声で名前を呼び、本田の裸の胸に縋り付く。
一晩中、この大きな胸に抱き締められていたい。包まれていたい。一日中優しい手で身体に触れていてもらいたい。
そう思うのに、どうして素直になれないのだろう?
どんな馬鹿なことをやっても、大失敗しても、理解してくれると言うより、それがお前だ、と当たり前に受け止めてくれる。
「克彦、何を考えている?」
火照った思考回路では考えても考えても答えは出ない。せつなくて、もどかしくて…
「ゆきが、好き…」
その一言しか思いつかない。他にも色々言葉を探せば見つかるけど、結局はその一言に行き着く。
「ああ、分かってる。安心して、全てを任せると良い。何があっても俺がお前から離れることはない」
甘いだけではなく強い思いを秘めた口付けで、克彦の意識は遠のきそうになる。
「も…だめかも…」
我慢しようとして他のことを考えたりするのだけれど、本田の息遣いやアフターシェーブの香りで現実に引き戻され、愛しさがこみ上げる。
愛しさは一瞬で快感に変わり、体中を駆けめぐり、突き上げられるたびに出口を求めて身体の一点に押し寄せてくる。
「なんどでも…」
「ゆき…やさし…」
見つめる瞳も、言葉も、愛撫も、何もかもが優しくて、溶けてしまいそうだ。なぜだかいつもの激しさはなりを潜め、奥深くまで達しているのにゆっくり丁寧に克彦の中をかき回す。蠢く襞の隙間も満たそうとするかのようで、本田がじっとりと動くたびに全身に温かなうねりが広がり、包み込む。
「どうして…」
こんなに優しく愛してくれるの?
「お前だから…俺の全てを感じて、受け取って欲しい。嫌か?」
焦れったくもあるけれど、この優しさの中に埋もれていて良いのかな?
(すごく、気持ち良い…)
ぴったりと身体を密着させ、うねりに身を悶えさせながら、克彦はスローモーションで打ち寄せる大きな波に感覚を投じる。
「ゆき…きもちいぃ…」
背後からじっくり抉るように愛され、しっとり濡れそぼった形の良い性器を弄られ、克彦は柔らかく震える声を上げながら精を放った。
「ゆき…も、良いから…」
優しく愛され、自分ばかり気持ちよくて…でもそれでは本田も苦しいかも知れない。
「もう降参か?もっと味わっていたい…」
断続的に襲ってくる射精感を押さえつけ、ただひたすら克彦を愛する。そんな行為は本田にとって初めてではあったが、それは想像した以上に濃密な快感だった。気持ちよさに震える身体や声を存分に感じ、ほんのちょっとした動きの中に垣間見える色艶に刺激され、それだけでも満足だ。
「ゆきの、全部ちょうだい…」
本田は名残を惜しむように克彦の肌の滑らかさを手の平に感じ、甘く瑞々しい肌に熱い口付けの雨を降らせると、また次第に我を忘れて艶やかな声を上げはじめた克彦の後孔に刀身を激しく打ち付けはじめた。
しなやかな腕が本田の鍛えられた身体にしっかりと巻き付く。
「んぁっ…あぁっ!…ゆきっ!あ…っん…あっ…あっ…!」
長い間本田のものをくわえ込んでいたそこは驚くほど柔らかく絡みつき、まとわりつき、本田の快感を煽る。
「あっ…あんっ!い…っ…きもちい…っ!」
押し寄せる快感に跳ねる身体をがっしりと抱き込み、逃げ場を無くした克彦を激しく突き上げると、本田は克彦が待ちわびた愛情の全てを最奥に迸らせた。
沼田は女の甘い香りがする部屋に帰る気がせず、かといって恋人がいない自宅に一人で帰る気にもならず、吉野の部屋に転がり込んでいた。部屋に入るとテーブルの上に粘土のような物があり、得体の知れない形に練り上げてある。
「千草…これは…なんだ?」
吉野はすっと目元を綻ばせながら
「うさぎですよ。固まったら沙希ちゃんにあげようと思って…」
そりゃ迷惑だろうと、のど元まで出かかったがかろうじて飲み込んだ。 卵に角が生えたようなうさぎなんて…
「なぜこんな所で…」
工作してるんだ?
「道元組の方に差し上げた小箱の中身です。プラスチック爆弾…の代わりの、ただの粘土です。乾燥させて磨いて色を塗ればできあがりです」
粘土の固まりを口にくわえて怯えていたのか…そう思うと可愛そうな気がする。ちんぴらなら爆弾とわめいても信用されないが、黒瀬組の吉野が言うと真実味が増すから恐ろしい。
「本物のプラスチック爆弾を差し上げるなど、そんな勿体ないことはしませんよ。去年は随分と経費が抑えられましたから、今年もこの調子で頑張らないと…」
にっこり微笑んでいればどこかのエリートサラリーマンにしか見えない。
まっとうな人生を歩んでいれば普通に幸せになれたかもしれないのに…そう思うと不憫だが、黒瀬組には必要不可欠の人間だ。サイボーグじみた部分もあるが、だれよりも愛情に溢れた人間だ。もしかしたらひたむきに園部を見つめる沙希を見て、何か思い出したのかも知れない。幾重にも掛けられた催眠術がそう簡単に破られることなど無いと思うが、誰かを愛する純粋で温かな気持ちくらいは持って欲しいし、また恋をしてもらいたいと沼田は思う。
「何を考えているんですか?良からぬ事ではないですよね?」
沙希も園部と落ち着き、雪柾も自分も幸せだ。千草自身のことを話すのはタブーと思われているが、誰も何も言わないのも不自然すぎる。千草スイッチが切れている今この状態で恋をすれば、男漁りも無くなるか少なくなるのでは?
「どうだろうな…雪柾も園部も俺も、あり得ない幸せを掴んだが…お前はどうなんだ?そろそろ恋をしても良いのでは?」
吉野はふと生真面目な表情をして、手に持っていた角が生えた卵をじっと見つめた。
「恋…ですか?…どうでしょう…望んでどうこうなることではありませんから。遠ざけているつもりはありませんし、なるようにしかならないでしょう」
至極まっとうな意見ではぐらかされたような気もする。
「それに…」
「それに?」
かなり長い沈黙の後、吉野は卵の角を長細く美しい指先でひと撫でしながら言った。
「心配してくれる割には、誰も私に紹介してくれませんし…」
そう言えばそうだな、と沼田は己の落ち度に苦笑ってしまった。
とこしえに統べる者