金太郎のような髪型に黒目ばっかりの大きな目、綺麗な着物を着た日本人形のような少年はどうみても未成年だ。いつどこでどうやって知り合ったのか、何故そうなったのか、青少年保護育成条例はどこに吹き飛んだのか、個人的な好奇心と警察官としての使命が頭の中で殴り合いをした結果…
「料理上手で可愛い嫁だなー。で、そっちの綺麗なお兄さんが本田の嫁か」
 沙希のチョコバナナを2個、3個と口に入れ、もぐもぐさせながら克彦に向けて顎をしゃくったのだった。
「…品のない男。ゆき、せっかく都筑に会いに来たのに、この男、邪魔」
 警察がいると話ができないではないか。
「…だそうだ。滝川、聞きたいことがあるなら素直に俺を呼び出したらどうだ?条件次第で良い情報をやっても良い」
「そう言えば情報屋の沼田がいないな。どこに隠れてる?」
「一旦引けば教えてやる。こいつらは兄弟同然だ。ゆっくり見舞いをさせてやれ」
 本田が僅かでも譲歩するなど今までだったら考えられない事。
 滝川は変貌を遂げた本田の顔をまじまじと見つめたが、幾分柔らかくなった表情からいかに本田がこの美しい青年のことを想っているのか垣間見え、口の中に残っていたチョコバナナをごくりと飲み込んだ。
「…分かった。んじゃあ、俺たちだけでちょっと出ないか?」


「そっか、あの刑事に話しちゃったんだ…」
 見舞いを済ませ、本田のマンションへ帰る車の中で、克彦は滝川との会話の内容を教えてもらった。もちろん本田が滝川に話した内容は今回の件ではなく、克彦と沙希のことだけだったが。
「心配するな。滝川はお前が知っている刑事とは違って腹黒くはない。黒瀬組の先代には世話になっているから先代が生きている間はうちに不利益になることはしない」
「先代って…ゆきの父親にあたる人だよね?お元気なら、会いたいな…」
 本田の実の親はどこでどうしているのかまるで分からないそうだ。本気で探せば見つかるのかもしれないが、ロクでもなさ過ぎて顔すら思い出せない、親と思うにはほど遠い人間を探す気などない、と言ったところか。思い出せる古い記憶はどれも先代とのもので、日々の生活から教育まで全ての面倒を見てくれた。
「オヤジは…リタイヤして田舎に引っ込んでる。お前のことはとっくの昔に伝えてあるが…」
 本田は苦虫をかみつぶしたような表情で克彦から視線を反らす。
「…やっぱり俺の事は認めてもらえないんだ…」
「いや、そうじゃない。お前のせいではない。きっちり捕まえるまで俺に会いたくないそうだ。甲斐性無しのままでは会う気がないんだと」
「ぷっ…あんっ」
 思わず吹き出した克彦を抱き締めて首筋に軽く歯を立てると、笑っているのか感じているのか分からないような声を出す。
 肩が震えているので笑っているのだろう。
「こいつ…覚えていろよ。今回のことに片が付いたら…」
「片が付いたら?」
「監禁して鎖に繋いで…一緒に住むと言うまで、犯ってやる」
 シャツをめくり上げて脇腹を撫でているというのに、ツボにはまったのか、克彦は身を捩って笑い転げていた。


 石けんを丁寧に泡立て、克彦の背中にそっと延ばす。染み一つ無い白く輝く滑らかな背中を愛おしむように、優しく、何度も撫でる。本田の手の平用に誂えたかのようにすっぽり収まる双丘を片方ずつ柔らかく揉み、時々、悪戯するかのように両手で割り開くと、克彦が息を飲む音が浴室に微かに響いた。
「…中も、洗うか?」
 甘い声で囁きながら、指先でちょん…と蕾を突く。
「あ…やだ…」
 最初からやめる気は無かったのだろう。克彦の答えに構わず石けんのぬめりを借りてくっと指先を挿入した。
「もっ…やぁ」
 それまでの体中への愛撫ともとれる手の動きで身体の芯に熱を持ち始めていた克彦が、かくんと膝を折りそうになったが、本田は空いた腕でがっしりと抱きとめた。その腕に縋り付くように両手を絡ませ、無遠慮に暴れる指からの刺激に耐える。
「んぁっ…あぁ…はっ!…ゆきぃ…」
「気持ち良いのか?」
「んっ…」
 素直に頷く克彦の下半身が、触りもしないのにむくっと目を覚ましはじめた。


(昨夜…何度も愛されたのに…)
 のし掛かってくる本田の身体の厚みにさえ鼓動が上がる。自慢じゃないけど付き合った男の数は多い。それなりに色々とやってきたけど、本当に好きな人とするのはこんなに違うのか…後ろ姿を見ただけで嬉しくなり、振り向いて目が合うまで息が止まってしまう。近づいてくるとドキドキが大きくなり、自然に笑みがこぼれて吸い寄せられるように寄り添ってしまう。
 意思を持った動きで身体に触れられると頭がぼーっとなり、素肌で触れ合うともう足の先から頭のてっぺんまで気持ちよくなって、もっともっと、恐いくらいに本能が快感を求める。キスをされたらもう…
 だんだん頭が真白になっていき、本田を迎え入れた頃には必死でしがみついても荒れ狂う快感に流されてしまうのだった。

 黒瀬組事務所は朝から人の出入りが激しかった。朝一の便で帰ってきた沼田の報告をひとしきり聞いた後、黒瀬組が籍を置く誠仁会副会長の今津が数名の護衛を引きつれやってきたのだ。
「沙希ちゃんと克彦君もここに来ているそうじゃないか?土産を持ってきたんだが…」
 土産の包みを吉野に手渡し克彦が選んだ見た目も座り心地も最高のソファにどっしり腰を下ろした。しっとりと、それでいて滑らかな素材の感触を手で楽しんでいると、慎ましやかなノックの音が聞こえてきた。
 入れ、と部屋の主である本田が言った。
「今津のおじいちゃん!!」
 元気いっぱい、沙希が飛び込んでくる。その後ろから現れた克彦は、今津の目には背景に花をしょっているように見えた。
「ごきげんよう、今津組長」
「ごきげんよう。良い眺めだな…うちにも時々来て欲しいくらいだ」
 好奇心旺盛な克彦の瞳が黒瀬組以外の組がどうなっているのかぜひ知りたいとキラキラ輝いている。今津組は組長の趣味で純和風の内装なのだそうだ。本田に、期待を込めた眼差しを送ると、軽く頷いてくれた。
「克彦、今津組長が土産を持ってきてくれた。俺たちは仕事の話しがあるから、会議室で頂くと良い。話が終わったらそっちへ行く」
 これから竜姫の身柄を今津に預け、取引が安全に行われるように仲立ちをして貰うことになっていた。未だわめき散らしている竜姫を誰かに押しつけたい、という気持ちもあるが。
 克彦と沙希が土産の和菓子を嬉しそうに携えて部屋を出て行った後、段取りを話し合うべく、男達は仕事の顔に切り替えた。


「克彦さん、今日、あのおばさんを連れて道元組に乗り込むんだよね?」
 花びら餅をあーんと口に放り込みながら、沙希が尋ねた。
「うん。組に直接行くなんて、危なくないのかな?」
 克彦は『春の小川』と名付けられた竿物を切り分けている。
「…むしろ危ないのは道元組の方だと思うけど…一昨日も道元の人達、吉野さんにぼっこぼこにされたんだって。今日は経済的に凹るんだって」
「そっか…俺は、家具の代金だけでいいんだけどな…」
「克彦さんが損をした分は黒瀬組が払ってくれたでしょ?あとそれから壊れちゃった車の代金と都筑さんの病院代とお見舞い。これ以上のお金を貰うとしたら、それは黒瀬組のメンツのためだから…俺たちは口を出しちゃいけないと思うんだ」
 年も見た目も自分より子供なのに、考え方はずっと大人だ。克彦は沙希をしげしげと見つめ、と同時に自分の気持ちしか考えていなかった事に落ち込む。
「そっか…俺も3月にはボーナスもらえるわけだし…ゆきたちもボーナス上乗せしてもらわなきゃいけないよね、うん」
 ちょっと違うけど、まぁいっか…と、沙希は春の小川に手を伸ばしながら思った。

 
 地下の特別室に閉じこめられ、コンビニ弁当と毛布一枚で放置されていた竜姫の怒りは凄まじかった。
 今津組に預けるために嫌々その場所を訪れた本田は、マジックミラーの向こうで凄まじい姿になっている竜姫を見て毒ガスでも流し込んでやりたいと殺気を膨らませた。
「まあまあ、お前も女に対しては散々なことをしてきただろう?その罰だと思えば…」
 克彦に会うまでは適当に見繕った女で性欲を満たしていた。相手がどう思おうと気にせず、口も聞かずに抱いたこともある。
 だが、それは女達も望んだことである。
「ふん…だが誰も満足させてくれなかった。煩わしいだけだった」
 嫌なことは早く済ませてしまえと、組員に目で合図を送る。
 屈強な男が三人がかりで暴れる竜姫を拘束し、こちら側へ戻ってきた。
「よくも!よくもこんな目に合わせてくれたわねっ!」
「うるせぇ。俺の気が変わらないように口を閉じて大人しく言うことを聞いてろ」
 本田が恫喝すると、一瞬だけ、竜姫はたじろいだ。そのくらい、冷気やらどす黒い炎やらを含んだ地獄の底から這い上がってきたような声だったのだ。慣れているはずの組員達も半歩下がる。
「このアバズレに支度をさせろ」
 化粧ははげ、髪も乱れに乱れたまさに蛇女の様子を呈している竜姫をこのまま返すわけにも行かない。取りあえず身支度をさせるために、一番近くのまともな方のゲストルームに放り込んだ。

 一時間ほど待った後、身綺麗になって少しは落ち着いたのか、先ほどよりは大人しくなった竜姫を今津に預け、本田達は道元組へと向かった。

「お前達も吉野の恐ろしさは身に染みて分かっているだろう。不穏な動きをするヤツがいれば吉野が相手をする。ついでに言っておけば、破壊力は本田の方が上らしいぞ。さて、俺は中立の立場だと言うことも忘れるな。両者がお互いの要求を飲めばこの場で竜姫は返す。折り合いが付かなければ、うちで客人として預かることにする。この事に関しては誠仁会会長からも許しを得ている。今後約束を守らなければ誠仁会を裏切った者としてそれなりの処罰を受けることになる。分かったな」
 今津組長が穏やかだが芯のある声で言い切った。

 
「新しい車の購入金と重傷を負った都筑の治療費は黒瀬で負担します。道元組には…今回のことに関する慰謝料を、北海運輸の経営権を黒瀬から買い取る事で支払って頂きたい」
「北海運輸だと?あれは竜姫の会社じゃないか…なぜ今更うちが買い取らなくてはいかんのだ?」
「おや…まだ情報が来ていなかったようですね…昨日の夕方の時点で北海運輸の経営権は黒瀬に移っています」
「な…!」
 沙次郎が慌てて受話器を取った。
「それから…」
 電話が繋がるのを待たず、吉野は淡々と続ける。
「色々と内情を調べましたが、行方不明で現在警察が捜し回っている環境保護団体の代表、彼のパスポートが、金庫から出てきました。これはいったい?彼は誠仁会とは相対する組織と繋がっている議員と関係が深い事をご存じでしたか?相手側にばれたら、道元組長、大変なことになりますよ。今回のように金だけで解決できるかどうか…悪くすれば戦争回避のために関わった者達を自分たちで粛正するはめになります。よく考えなくても正しい結論を導き出せると思います。そして、竜姫さんですが…克彦さんは女性には酷いことはしないで欲しいとおっしゃっています。ですからこれ以降、黒瀬組に関わらないと誓って頂けるなら、このままお返し致します」

 
 緊迫する空気を切り裂いたのは竜姫だった。
「何を勝手なことを!あんな、綺麗なだけの男なんてこの世界には必要ないわ!あなたにふさわしいのはこの私よ!」
 そう叫ぶなり、腕を掴んでいた今津の若者の股間を蹴り上げ、辺り構わず腕を振り回した。拘束しようと近寄った男がうわっと叫んで一歩下がる。男の顔にみるみる血が滲み、怯んだ隙を狙ってまためくらめっぽうに暴れ回る。
 黒瀬組の組員達は、普段に比べると動きが鈍いように見えたが、もう2,3人の悲鳴が上がったところで吉野が足で竜姫の腕を蹴り、なにか刃物のような物が床に落ちたところで右腕を背後に捻りあげた。
「ぎゃっっ!!」
 耳を塞ぎたくなるような悲鳴と共に竜姫が白目を剥き意識を失ってしまった。
「道元組長、この落とし前はどうしてくれる?」
 事の成り行きを冷たい視線で眺めていた本田が唸る。
「今津組に怪我を負わせたときちゃあ、相応の処分が必要だぜ?」
 道元組長は舌打ちをしながら己の不幸を呪った。


 お前も相当な悪だな…今津組長は黒瀬組の会議室で手当を受けながら本田に向かって呟いた。
 竜姫を連れ出す前、ゲストルームで身支度させたのにはワケがあった。保護用のワイヤーが付いていないカミソリをバスルームに置いておいたのだ。竜姫がそれを使うかどうかは賭けではあったが、執念深い竜姫のことである、やられっぱなしでは済まさないだろうという打算があった。克彦の手前、竜姫には手を出さないように見せかけてはいたが、それで本田の気が済むはずがない。取り押さえるついでに腕の一本でも貰っておこうと考え、今津組にはあらかじめ注意するように伝えておいたが…まさか組長まで手の平にかすり傷を負うとは考えていなかった。黒瀬組の常識では考えられない。
「組長にまで怪我を負わせるとは、申し訳ありませんでした」
 吉野が包帯を巻きながら軽く目を伏せる。
「いや、このくらい構わんよ。うちの連中がいかにぼんくらか良く分かった。悪いと思うなら稽古を付けてやってくれ」
「いつでも。あとで傷薬を預けておきますので、毎日薬を塗って包帯を取り替えてください」
「ああ、ありがとう。うちのぼんくらどもは世話を焼かせてないか?」
「克彦と沙希が面倒みてる」
 本田が機嫌悪そうに答えた。
 一行が黒瀬組に血だらけで帰ってきたのを見た克彦は、やめろと言って押しとどめた本田にくってかかり、けが人の手当をかってでたのだった。自分が原因で都筑に重傷を負わせてしまったことを悔やんで悔やんで、悔やみ抜いた後のこの状況。この場は安全なのだから、せめて自分にも手伝わせてくれと詰め寄った。
『お前を血で汚したくない』
『何バカなことを!俺のせいでみんな怪我したんだよ?彼らの血が汚いと思う?』
 そう言って本田をかえりみずに、組員達の後を追って歩き去ってしまったのだった。
 取り残された本田は唖然として暫くその場を動くことができなかった…
「真正直な男じゃないか。お前を振り回すとは、度胸もある」
 今津組長に小突かれながら人の悪い笑顔を向けられ、本田は苦虫をかみつぶしたような顔を、去っていく克彦の背中に向けた。

 克彦は超が付くほど機嫌が悪い。本田に言われたことも気に障ったが、それより、黒瀬組の強者があれだけ揃っておきながら怪我人を出すなど、考えられないことだった。しかも女がカミソリを持った腕を振り回しただけで…
「なんで…!お前達がいたのに、なんでよその組員に怪我させたの!?」
 右頬に酷い裂傷を負った男の傷口を消毒しながら、克彦は後ろに控える黒瀬組組員達にずっと文句を言い続けていた。みな一様に肩を落とし、俯いている。最初から仕組まれていて、こちら側に怪我人が出るかもしれないと分かっていたが、克彦には絶対に知られてはいけない事だったのだ。しかし、言えないことが悔しいと言うより、本気になって心配し自分の手や服が血で汚れるのも構わず必死で手当をしてくれる克彦の姿に感激している、と言った方が良い。克彦が見ていないところで強面を微妙に綻ばせながら、子供のように叱られっぱなしで俯いているだけで、何やら幸せな気分なのだ。
「ねえ、名前は?」
 手当を受けていた今津組の組員に名前を尋ねる。
「え?いや、あの…」
 組員は傷ついていない方の頬を赤くして、どぎまぎしている。
「名前!」
「中村ですっ!」
「中村さん。これ、跡にならないかなぁ…医者に診てもらった方が…」
「いえ!大丈夫です!このくらい、跡が付いても…良い記念というか…」
「記念にはしなくて良いけど…ありがと、そう言ってくれて」
 克彦から美しい微笑みを向けられた中村に、全員の視線が突き刺さる。それは組員の誰もが自分に向けて欲しいと思う笑顔で、いつもは本田が睨みをきかせているので黒瀬組の組員ですらなかなかいただけない。それを、予め危険を知らせていたのに怪我をした馬鹿者がいい目を見るなど冗談もいいところだ。こうやって克彦が心配するので修羅場に巻き込んだり、ましてや怪我をするなど、あってはならないことなのに…
「克彦さん、こっちもみんな終わりました」
 沙希が救急箱を抱えて仁王立ちしている。
 可愛くて強くて礼儀正しく、テキパキ動く沙希も組員のアイドルだ。そして強面の自分たちを格好いいと言ってくれる珍しい宝物のような子供。いい加減な園部をきっちり尻に敷いて、ニューヨーク本部では影の社長と呼ばれているらしい。
「ん。ありがと、沙希ちゃん。救急箱しまって、お茶にしようか?今津のおじいちゃんが持ってきてくれたお菓子がまだいっぱい残ってるから」
「うん、でも俺、先におじいちゃんの様子見てくる」
「そっか、おじいちゃんも怪我してたよね…吉野さんが手当てしてくれてるから大丈夫と思うけど…」
「いっしょに行こう?」
 さっき克彦が本田にそっぽを向いていた姿を思い出す。はやく仲直りしてもらわないと自分の胸が苦しくなる。それに本田を仲間はずれにすれば、自分も園部も睨まれるのだ。
「あのさ、俺、克彦さんが言ったことやしたことは正しいと思う。助けてくれた人達が怪我したんだから、そのお世話をするのは当たり前だと思う。組長さんはいろんなことが終わった後だから、克彦さんと一緒にいたかったんじゃないかな?それにほら、ここのみんなを信用してるから、手当もしてちゃんともてなしてくれるって分かってるから…でもね、血は気をつけなきゃダメだよ?感染症とか、病気移したり移されたりすることがあるんだって。だから咄嗟に触っちゃダメなの」
 自分より小さくて子供の沙希から説教され、すっかりしおらしくなった克彦は、きっと機嫌を損ねているであろう本田に会って素直に謝ろうと、会議室へ向かうことにした。
「あのさ、沙希ちゃん、さっきの感染症のことだけどさ、沙希ちゃん検査とかしたことある?」
「俺は無い。俺は…はるさんが初めてだったし…あ、でもはるさんはきっちり調べて、ちゃんと診断書見せてくれた」
「え…そうなんだ…俺もそうしないといけないのかな…」
「お、俺にはわかんないけど…はるさんは恋人に対するマナーだって言ってた」
 真面目だが際どい会話に、後ろから付いてきていた今津組の組員達は視線を泳がしていた。


 本田の部屋にはいると本田は直ぐに克彦を抱き寄せ、ご苦労だったな、とねぎらいの言葉をかける。
「ゆき、さっきは怒鳴ってごめんなさい…」
「いや、お前の気持ちを考えなかった俺が悪かった」
「でもね、俺だって役に立ちたいんだ。みんな良くしてくれるのに、俺だけ何もしないってのは嫌だ。今度からは気をつける。だから救急箱には使い捨ての手袋とか入れといてね?」
「ああ。だがその前に二度と誰にも怪我をさせない。その方がよっぽどお前のためになる」
「うん。だいたい、ゆきも吉野さんもいたのに、なんで怪我させるかな?」
「それはうちのがぼんくらだからだ。黒瀬組に責任はないぞ」
 今津組長が何度目かのぼんくら発言をする。そのたびに部下達は首をすくめている。
 今津組長は決して強くはない。ただし度胸と肝の据わり方は尋常ではなく、奸計をめぐらすことにも長けていて、風流人だからとタカをくくっていたらいつの間にか身動きがとれない状況に落とされている。見た目以上にヤクザなのだった。
「さあ、克彦君も沙希ちゃんも着替えておいで、本田達はまだ少し仕事が残っているからな、今日はおじいちゃんと食事に行こう」


 まだ夕食の時間には早かったので、克彦なりに知っていることを知らせようと都筑の見舞いに病院へ寄った。頭の傷も大分良くなり、3日後の脳検査で異常が無ければその足で退院できることになった。
「良かったね都筑…こっちも色々上手く行ったみたいだし、退院したら盛大にお祝いするからね」
「そんな、俺は良いですよ。それより吉野さんにしごいてもらわないと…もっと強くなって、克彦さんに手が届く範囲には誰も入らせないようにします」
「ありがと、都筑。今度は殴られて倒れる所じゃなくて、格好いいとこ見せてよね」
 しばらく話した後、今津組長をロビーに待たせていたので急いで戻ると招かざる客が今津と話している姿が目に飛び込んできた。滝川である。
「ちょっと。あんたよっぽど暇なんだね。犯人捕まえたの?」
「犯人?今頃殺されてたりして…」
「今時そんなハイリスクな事するちんぴらは黒瀬組にいませんから」
「ふーん。なんで今津組長がここにいるんだ?つうかなんでお前達と一緒なんだ?」
 今津組長がもう既にわけを話しているかもしれないので克彦が組長を見つめると、肩をすくめて首を振った。
「一緒に食事する約束してたんだ。まだ少し早いからついでにお見舞いに来ただけ。今津組長は沙希ちゃんのおじいちゃんなんだ。おじいちゃんが孫と食事するっていうから、俺も付いてきたの。文句ある?」
「いーや、無い。晩飯食うのか?だったら俺も…おい?」
 最後まで聞かずに、克彦は今津と沙希の手を握ってずんずん歩き去っていった。
「おーい、たまには俺にも良いもん食わせてくれ…」
 克彦達が病院玄関の車寄せに出ると今津組のメルセデスがすっと目の前に止まった。乗り込んでいるうちに滝川も追いつき、遠慮無しに助手席へ乗り込むではないか。無理矢理降ろそうと手などかければ公務執行妨害だとかなんとか因縁を付けるので仕方なしに乗せたまま、車は病院を後にした。
「ちょっと。なんでお前までついてくるんだよ…」
「堅気のお前達のボディーガードにはもってこいだろ?」
「いらないよ。お前なんかより沙希ちゃんのほうがよっぽど強いから」
「そのちっこい方が?」
 滝川が驚いたように振り向き、ちっこいと言われて黒目を半分閉じて睨んでいる沙希を見つめた。
「俺は沙希です」
「沙希ちゃん、俺たち堅気ってこいつが言ったから、あとでのしちゃって良いよ」
 克彦がざまあみろと言った顔で意地悪く微笑む。
「まぁまぁ、お前達、滝川を呼んだのは俺だ。あんまり虐めんでやってくれ」
「「えええ!?」」

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